その1
高校生デビューという言葉があるが、私が迎えたのは逆高校生デビューとも言うべきものだった。
中学生活最後にチャレンジした初のアルバイトで散々な目に合った私は、それまで快活とは言えないまでも、人並みにはあった対人関係を築く能力、コミュニケーション能力ともいうべき物を無くしてしまったのだ。
アルバイトでの失敗から、他人の一挙一動に異常に敏感になってしまい、人と目線を合わせるなどもってのほか、コンビニの会計時ですら緊張で手が震える程で、自分で思い直してみても悲しくなる程に、他人との接触が怖くて怖くて仕方がなくなっていた。
そうして鬱々とした日々を送るうちに、晴れて高校入学と至った私は、中学までの平凡な私を捨て、陰気系帰宅部女子として斜め下に生まれ変わったのだった。
イェーイ!
「イェーイじゃねぇ・・・」
ボソリと自分につっこみを入れながら、私はゲーム機のコントローラーを投げ出した。
テレビ画面内では、先ほどまで操作していたキャラクターが威風堂々と勝ち名乗りをあげている。
実生活の私は、隣の席の女子への「おはよう」の挨拶すら、どもりまくって「お、おぉ、オゥフ」となってしまうのに。
ゲーム内の下手に自分に似せて作ったキャラのせいで増大した現実とのギャップに大いに苦しんでいると、自室のドアに軽いノック音があった。
「茜ちゃん、悪いけど、食パン買ってきてくれる?200円の4枚切りね。うっかり買いわすれちゃった。てへぺろ♪」
ドア越しに聞こえた、恐らく「可愛い子ぶってんじゃないわよ、この云じゅうピー歳が!」というツッコミ待ちであろう母の声に、しかし私はぼそぼそと「あ、う、うん、分かった」という消え入るような返事しか出来なかった。
そんな小さい声でも、母には届いたのか、「お願いね」という声と共にトントン小気味良く階段を降りる音が聞こえてきた。
「はぁ・・・」
我しれず漏れた安堵の溜め息に、私は愕然とする。
あのアルバイトでの失敗以来、私は、他人はおろか、家族とさえまともに話す事が出来なくなっていたのだ。今のやりとりに関しては、ドア越しである分、まだしも上手くいった方である。
そんな私に対して、両親は変わらぬ接っし方を続けてくれている。
適度に先ほどのような用事を頼んで、私の意識が健全であるようにと心遣ってくれもする。
しかし、それが分かっていても、私は出来る事なら自分に用など頼まないでいて欲しいし、可能なら一言も会話せず、人とのやりとりに緊張する事なく、ひたすらに心が平穏であるよう、独りでいたいのだ。
そんな自分の身勝手さに反吐が出る。
「あ、ちゃんとセーブしとかなきゃ」
胡乱な自分の思考に辟易しつつ、私は別のイケメンキャラデータに間違って上書きしないように注意深くデータを保存した。
そして、おもむろにゲーム機の電源を落とし、軽く身繕いを整えると、そろりと自室を出て、何故か母に見つからないようにと足音を忍ばせて、最寄りのスーパーへと向かったのだった。
最寄りと言いつつも、そのスーパーは地味に遠かった。
200円の5枚切りなら徒歩1分のコンビニで買えるというのに、200円の4枚切りとなると自転車で5分のスーパーにしか売っていないのだ。
大差は無いようでいて、コミュ障の私には大いに差があった。
すなわち客の人数差である。
「・・・・・・」
最速で学校から帰宅後、数時間ゲーム漬けとなっていた為、時刻は丁度社会人の帰宅ラッシュ時間に近く、スーパーは結構な賑わいを見せていた。
この時間に敢えてスーパーに私を行かせたのも母からの思いやりなのだろうけど、それでも自転車置き場からの私の歩みは牛歩の如くで、周りの視線が気になって仕方がない。
いや、もちろんそれが被害妄想気味な自意識過剰というのは分かっているし、たかだか町のスーパーで何を思われたとしても、何が変わる訳でもない。
分かっている。でも、ダメなのだ。
ちゃんと身繕いは整えたつもりだが、周りから浮いていないだろうか?
姿勢は正しい方が良いのだろうか?俯きがちの方が適当だろうか?
目線はどこに定めた方が良いだろうか?前を向きすぎても、不審に思われないだろうか?
等々、後から一人になって考えてみれば、まったくもってアホらしい、些末な事で私の心は千々に乱れ、地獄のような店内での緊張状態から逃げるように走り、汗にまみれた手に食パンの入ったビニル袋を握りしめハァハァと異常者の如く息をつきながら、私はヨロヨロと自転車に跨ぎ乗ったのであった。
そう、まさに逃げるようにである。
「あれ?私、会計してなくない?」
一時、自転車を漕ぎだして人混みから離れて、ほっとしていた気分が、またたく間に総毛立つ。
いくら緊張してたからってレジ通るのを忘れてたなんて!
というか、これじゃ窃盗じゃないか。早く店に戻って弁解しないと。
慌てて私は自転車をUターンさせる。
そして、見えてくるのは一層増えたスーパー入り口の混雑ぶり。
「・・・・・・」
また、あの緊張しまくりの人混みの中を通ってスーパーに戻らないといけないのか。
幸い、警備委員の類がこちらに向かってきているような事はない。悪夢のような混雑ぶりが、ここにきて助けとなった訳だ。
いやいや、しかし、ここは公序良俗、良心に従って、スーパーに戻り会計を忘れていた旨を弁明すべきだろう。
そうだ、そうに決まっている。
そして、中学時代の私なら迷わずそうしただろう。
「ふっ、厨房だった私とは、もう違うのだよ!」
可能な限り小声でぼそりと一人ごちた私は、再び自転車をUターンさせると、某カートゲームさながらのロケットスタートを決めたつもりで、颯爽と犯行現場を後にしたのだった。
しかしながら、マリア様は見ていなくても、神様らしきものは見ていたようで。
常ならぬ事態からスピードをあげて自転車を漕ぎに漕ぎまくっていた私は、このままなら自宅への最速ラップ更新できるなとか馬鹿な事を考えていた事からも、注意力散漫だった事は明白で、案の定、曲がり角から突然現れた車に反応出来る訳もなく。
あっさりと跳ねられたのだった。
(バチが当たったんだな・・・)
恐ろしい程の浮遊感と、時が止まったような喪失感の中、私は薄らとぼやけた視界にアスファルトの硬質な輝きを納めながら、徐々に近付くそれを、はっきりと感じていた。
そうして、私、佐谷茜は、陰気系帰宅部女子としてデビューした途端、いきなり引退する事になったのだった。




