学生気分
この世界に来て、こんなに心から安心して生活しているのは初めてなんじゃないだろうか? いや最悪、生まれて初めてなんじゃないか? あれ? これって一度目も二度目もっていうんだろうか? それはさておいてだな。
私は、アパートの一室をかりて毎日のように大学に通っている。身元引受人は「バリア」のイサドにお願いをした。奴はうれしそうに「私の娘ってことで申請してもいいですかね?」なんてほざいたので一発ぶん殴っておいたが。せめて「いとこ」であることを願いたいもんだ。まあそんなこんなで列記とした一学生である。金を積んで裏口入学なぞしていないぞ? じじい、いやお師匠様。多少の感謝をしておこう。あんたのおかげでこの世界の文字を書くことができ、基本的な社会知識を教えられたからこそ、大学に通うことができた。師匠、いい仕事をしたな。
髪を染めているので、どこにでもいるお嬢さんですごしている。すこぶる人間関係が円滑だ。アパートの大家である、なんたらおばさんと朝の挨拶を交わし、市場の人間とも会話をするようになった。一般受けのいい、かわいらしい笑顔を習得したぞ。それを顔に貼り付けておくと、市場の叔父さん、おばさんがオマケをしてくれるからな。笑顔の貼り付けは、利害関係が発生する場合においてのみ有効だ。顔が疲れるしな。
大学内では「いじめ」なるものは、存在していないぞ。大学に通うことは、この世界の中では、かなり稀なことだ。貴族出身か一般市民が金持ちに出資してもらっている、家督を継ぐためなど、当人それぞれの目的を持って勉強をしている人間達の集まりだから、「いじめ」のような余分なことをしている暇があるのなら、少しでも自分のためになることを学んだことがいいという、知識欲の望むものが多い。いやー、素晴らしいじゃないか。で、その中で私は無茶苦茶、私利私欲だな。そう、自分自身のために学んでいる。いや一番純粋かもな。
何を学んでいるかといえば、神官になるための勉強をしている。どうして数多くある学部の中からそれを選んだのか? ああ、私は無神論者だ。幼い頃から現実と向き合っていたものだからな、救いのてより金を希望していたな。何事も金がなくちゃ始まらん。食うのも寝るのも心の平和もだ。ああそれなのに、なぜ神官になる勉強をしているのかと言えば、偏屈じじいが諸悪の根源だ。攻撃魔法しか習っていない私は、ただの破壊大魔王になどなりたくない。じじいは私に魔界再生でも望んだのか?私は人から恐怖の代名詞などになりたくはない。それに攻撃魔法以外に無難に魔物を取り押さえたいのだ。相方が以前、「お前の戦い方はグロテスクすぎる。女が戦っているようには見えん。ただの魔女だ、魔王だ。」等と失礼なことを言ったのを決して根に持っているわけではない。ついで追っ手にも有効だな。あとこれが本当の目的なのだが、この体質が治る手段を見つけ出したいのだ。
この世界にやってきて不思議だなとは感じていた。擦り傷、打撲その他モロモロの怪我類の治りが早いこと。クスリを買う、医者にかからなくても済むから、最初、気にも留めていなかった。しかし、「バリア」の仕事で魔物退治をしていた時に、腹をパックリと切られたことがあった。さすがの私も驚いて、混乱と怒りと痛みのあまり、魔物と一緒に辺り一面、火の海にしてしまった。いや、あれは熱かったぞ。自分自身が蒸し焼きになるかと思った。滴る汗に、焼け焦げた衣服、血に染まる地面。「這いずって助けでも呼ぶか。」と考えていたら、ダラダラ流れる血が徐々に減り、傷口が塞がるのを目の当たりにして、その時初めて「こりゃーまずいんじゃないですかい? ねえ旦那?」って思った。脳みその少ない馬鹿な頭でも考えるってもんさ。成長しない体、脅威の回復力。まさかアレじゃないだろうね・・・・・。
過去、歴史の中で力を振るった権力者達が喉から手が出るほど熱望をした
「不老不死」
一介の小娘「異世界出身者」に手に余る出来事。誰にも話せやしない超極秘情報。知られてみろ。拘束、研究材料、解剖なんでもござれだぞ。冗談じゃない。痛いのは嫌いだ。
まあ、なってしまったものは仕方がない。
では「不老不死」をどうにかしないとな。自分は素直に、この命を全うしたいのだ。次こそ目指せ「老衰」でこの世界を去りたいのだ。私にしては珍しく本気で取り組んだぞ。人生に一度は、こんなど根性を出してもいいと思うんだ。と言わんばかりの取り組みようだった。それこそ大学内の図書館に寝袋を持参してまでの勢いだった。あまりの熱心さに、ありがたく私専用の個室を用意してもらったぞ。勤勉学生の鏡だな。まあ、神官の儀式の実技の点数は最悪だったが。あんな形式ばかりにこだわる儀礼など興味がないな。それに「勤勉学生」は夜中に、こっそり神殿に入り込み「立ち入り禁止区域」の重要文書を読み漁ることはしないな。
神官になるには、この世界の成り立ちから勉強をする。大学内にある国で一番大きな図書館の隣に、神殿がある。古く歴史ある神殿に残る古文書に目をつけた私は、結界やら鍵やらを破り、古代文字に頭を悩ませつつ、知識を吸収していった。ああ、過去の神殿の血にまみれた黒歴史やら、王家のスキャンダルなどの記載もあったが、そんなもの何時の時代にもあることだ。まあ、このことが世に出れば王家や教会の権威の失墜は、免れないがな。そんなこと今の私にはサッパリ興味がない。知りたいのは、
なぜ私がこの世界に来たのか
強大な力を手にしているのか
不老不死なのか
の三点に絞られる。
さて、この世界の歴史について話そうと思う。
この世界は、フィフィスとフェアリータという双子神から生まれたとされている。
双子神は自分達の遊び場として、この世界を作った。いわゆる箱庭だな。海を作り、陸を作り、西部物を作って、天界から見て楽しんでいた。ある時、双子神は自分達の姿を真似て人間なるものを作った。がその人間は、あっという間に数を増やし、豊かな世界を我が物顔で支配し始めた。怒った双子神は、人間達を懲らしめるために魔物を作った。がそのせいで世界の均衡が崩れた。双子神は自分達が関ることで世界の崩壊することを恐れ、この世界に関ることを止めた。が恐怖に顔を歪ませる人間達を見るに見かねた双子神が、最後に人間達に救いの手をもたらした。魔物に対して最も有効な手段である魔法を人間に与えた。
まあ端折るとこんなとこだな。
魔法を唱えるには、神聖語いわゆる神の言葉を使用する。それが神の恩恵の由縁なんだろう。全て真実ならばの話だ。脚色され、人の言いように語り継がれた代物にどれほどの信憑性があるかわからない。
まあなんにせよ、穏やかな日々に変わりがない。
いいことだ。
そんなわけにはいかない。