悪名高き魔術師
*** ネルデラード side ***
隠れるように、この森に住みはじめたのは逃げることに疲れたのかもしれない。
自分が何をしてきたのか、重々承知している。国のためとはいえ、何千、何万という人間の命を葬ってきた。強大な力を振るい、術を開発し、長年、王に仕えた。が、振り返ってみれば屍の山。術の開発のために使われた無残な死体に埋め尽くされた部屋。
周りが見えず、必死に突っ走ってきた若い頃と違い、白髪混じりの頭。自分の行く末を省みた。戦争により、国は潤うどころか荒廃の一途を辿っている。領土が広がり、喜んでいるのは王族と一部の貴族だけだ。戦争に疲れ果て、戦争後の処理と国内の内乱に四苦八苦しているのは、王に仕える者たち。民の暮らしを蔑ろにし、敗戦国を蹂躙するのみ。
その手先だった自分。
わしは何がしたかったのか。
望まれるままに、差し出した力。
喜ばれるままに、編み出した知恵。
その手は血で真っ赤に濡れていた。
途方に暮れたまま、わしは作り出した魔術をすべて持ち出し、国を飛び出していた。
後悔しても戻らない命。
懺悔をしても流されない罪。
残されたのは、大量に放出された魔物。
魔物を倒し、弔い、追ってから逃げた。国をいくつもまたぎ、遠い国へとやってきた。
人が入ってこれないよう、幻惑の結界を施し、森に住みはじめたのは国を出奔して20年という年月が経っていた。
ある日、強大な魔力を感じた。結界をまるでなかったかのように、素通りし、肌がビリビリと痛みを感じるほど大きな魔力だった。追手か? 今回は逃げられそうもないとあきらめながら、その場に向かった。わしの予想に反してその場にいたのは、幼い黒髪の少女と魔物だった。
少女は呆然と立ち尽くし、正面から魔物と対峙していた。叫び声を上げるわけでもなく、怯えた態度を取るわけでもなく、憤りも感情の何一つも表していなかった。木の陰から様子を伺っていると、魔物が腕を伸ばし、その鋭い爪で彼女の喉元を狙っていた。それにも関わらず、少女は微動だにしなかった。少女は死ぬ気なのか? あれほどの魔力を秘めていながらも魔法を行使せずに、死を受け入れるというのか?
わしは、慌てて止めに入った。
少女は、目の前で魔物が倒されていくのを淡々と見ていた。その感情のなさにわしは、ゾッとした。改めて少女を見ると、黒髪に黒目。黄色がかった肌。スッキリとした目。小さな鼻と口。それに見たこともない作りの服。このような顔の造りの人間に出会ったことがない。わしの国にはいなかった。この民族衣装もお目にかかったことがない。それに言葉が全く通じなかった。深い森の中に捨て置かれたか、逃げてきたのか、理由はわからないが、少女をわしの住むあばら家に連れ帰った。
それから彼女、「なずは」と二人きりの生活が始まった。
なずはは、短期間で言葉や文字を習得し、森の生活に慣れていった。もともと口数の多い人間ではないようだ。話せるはずなのに、ほとんど単語しか発しなかった。それに表情が豊かではない。まるで人形がおもちゃ箱から出てきたようだ。意思疎通ができたことから、彼女の生まれた場所や生い立ちやらを聞いてみたが、返ってきた答えは、
「上手く説明できない。まあこの国ではないのは確かだ。生い立ち? 父と母はいたぞ。」
難解な答えが返ってきた。どうやら複雑な事情を抱えているようだった。それに彼女がわしと同じ人間だったという至極簡単なことだけは理解できた。まあ、わしも人に話せられない後ろめたい事があるのだ。お互い深くは詮索しないほうが良いだろうて。
それにしても「なずは」は自身の膨大な魔力をなんとも思っていないようだ。魔力を有する人間は、ほんのわずかだ。魔法を行使できるというだけで、英雄扱いされるといっても過言ではない。簡単な魔法を教えたら、目の前の大木が一瞬にして蒸発してしまった。確か、暗い場所を照らすほどの小さな魔法を教えたはずだったのだが。このままでは彼女は何も知らずに他人に利用され、大量殺人者になってしまう。自分の二の舞になることを恐れたわしは、彼女に一から魔法のなんたるかを教えた。魔法の制御はもちろんのこと防御から果ては禁術まで教えた。水を得るようにして吸収していく彼女を見て、わしは鳥肌が立つ思いだった。わしもこの世界で天才と言われた男だったと自負している。わしを凌駕する才能を持っている少女に出会えたことを神に感謝したとともに、悪魔を作ってしまったのではないか? と自分がとてつもなく恐ろしいことをしているのではないかと悩みもした。それでもこの手で「なずは」を育て上げたこと、これがわしの最後の仕事だったのだ。
が、わしの思いと裏腹に「なずは」は、あまり魔法に興味がないようだ。黙々と畑を耕すことに精を出している。
そう欲がないのだ。人は力を欲し、その力を手段として富を得る。力、富を欲する人間は次に権力を欲しがる。彼女には、その欲がない。いやそれでいいのだ。「なずは」は世界を一瞬にして焦土化する力を持つ。それを戦争の武器にしてはいけない。世界を混乱させる力を彼女が好んで使う人間でなくて心の底から安心をした。
さて、ソロソロ迎えがくるようじゃな。
案外、「なずは」との生活も楽しかった。
達者で暮らせ。
おじいさんの出番はこれでおしまいです。