閑話 その壱
ユニ=ライアードside
初めて彼女、「なずは様」と会ったのは薄暗い地下室でした。
騎士学校を卒業し神聖騎士となり、当時、神官長で在られたシルビアーノ様の警護に抜擢されました。そのシルビアーノ様から直々に「なずは様」の身辺警護の命を受けました。その時、かなり一悶着があったのを覚えています。シルビアーノ様の直属部下であるノイラーズ=シス=タデリッド様が、神聖騎士を「なずは様」の身辺警護をすることに猛反対されたのです。どうやら私が警護する対象である「なずは様」が、犯罪を犯した重罪犯なのだそうです。それなのに罪を一切無かったこととし、私ともう一人、ゼフス先輩を警護につけるという丁重な扱いに納得ができないようでした。しかし、シルビアーノ様はノイラーズ様の訴えを退けました。そして、私と先輩の二人だけに胸の内を明かされました。
「いいですか。これから、あなた方には「なずはさん」の警護をお願いしたいのです。確かに彼女は立ち入り禁止区域に入り、古文書を読みました。この国の大事な知的財産を盗みとった重罪犯です。しかし、わずか三年大学に在籍していた一介の学生が、古文書を解読し、神聖魔法を網羅したのです。その驚異的な才を我が国もために役立てたいのです。この国の危機はご存知ですね。そのために彼女の力がどうしても必要なのです。どんな手を使っても彼女をこの国に留めおかなければなりません。しかし、彼女の姿は特異です。決して表舞台に立てるとは思えません。立ったとしても国王側の反発は必須です。私の立場が揺らぐような問題を今、この大事なときに起こすわけにはいきません。しかし彼女を守る人間が必要なのです。彼女自身の手足となり、なおかつ、この国に仇なすことがないよう近くで監視をする人間がいるのですよ。」
そんな重大な任務をシルビアーノ様から受けたのです。見の震える思いでした。国を揺るがす一大任務。シルビアーノ様はその少女を利用して内乱をお考えなのでしょうか? 確かに、国王側と教会側は長年いがみ合ってきました。長い戦争で消耗しているのに、現実を直視しない国王側。問題は山積しているのは、私でも目で見えるほどです。シルビアーノ様が抱える秘密を知り、私がその一端を担う事実に目眩さえ覚えました。
実際に「なずは様」にお会いした時の衝撃は今でも忘れることができません。
異国の少女と見受ける風貌。小さな手足にほっそりとした体。15.6歳ほどでしょうか。この国では珍しい黒髪に黒い瞳。シルビアーノ様が特異と言われる理由が理解できました。一見、守ってあげたくなるような儚さをお持ちでしたが、その口調や態度は大人びていて、シルビアーノ様やノイラーズ様にも怯えず対等に話されている様を見て大変驚かされました。しかも、アノ「バリア」でファーストの称号を得ていると聞き、実際にその強さを目の当たりにし、いやもう何に驚いていいのかわからないことばかりで、混乱しきった頭を振り、自身を抑えることに必死でした。
シルビアーノ様の態度とその行動にもびっくりさせられました。「なずは様」を見る目は、男性の欲望をたぎらせた目でした。神官は神に仕える身ですが、結婚は許されています。ですから何の問題もないのです。シルビアーノ様は、なんというのでしょうか・・・。俗世とは切り離された方で精錬された方のように感じていたものですから、「なずは様」に向ける生々しい感情に驚きを隠せませんでした。ノイラーズ様は、
「シルビアーノ様は、あの黒い魂を持つ魔女に魅入られたのだ。何か呪いをかけたに違いない。なんとお労しいのだ。シルビアーノ様をお助けせねば・・・。」
と心痛な面持ちでしたが、私から見れば、シルビアーノ様の一方的な求愛だったように見えました。「なずは様」が地下に監禁され、シルビアーノ様と「なずは様」が男女の仲になられたのを知った時、私はひどく不快になったことを覚えています。いくら「なずは様」に力があるとはいえ、国のために、こんな小さな少女に大人の都合を押し付け利用してもいいのだろうかと悩んだものでした。
ロナーテ国と「なずは様」の会談が決裂し、「なずは様」が我が国に力添えをしてくださる事になってから、住居を地下から地上の屋敷へと移ることになりました。私も先輩も屋敷へと移り、新たな生活が始まりました。そこで私は「なずは様」の人となりを間近で見ることとなり、「なずは様」に対して考えを改めさせられる事になったのです。
ノイラーズ様に言わせると「なずは様」は、
「傍若無人で悪魔のような心を持ち、少女の仮面を被った人を惑わす魔女だ。」と散々な言われようでしたが、実際は違います。多少、言葉が足りませんが、自身を強くお持ちで、しっかりとした考えを持ち行動をされている女性だと思いました。「なずは様」に我が国の問題を押し付けているのは我々です。意に背いたことが罪と言われるのは間違っています。「なずは様」は真面目な方です。日々の生活を大切にし、静かに暮すことを望んでいらっしゃいます。それを壊しているのは我々なのです。
北部の移民を退けられた時に「なずは様」はポツリと漏らされました。
「生きたいと願うことは、間違いではない。奴らは生きる場所を探しているのだ。ここを追われ、次はどこへ行くのだろうな。」
その言葉を聞いて初めて、「なずは様」が国に囚われない考えをお持ちであることがわかりました。そして「なずは様」自身が生きる場所を探しているのだと思いました。力がある故に人に利用され、あらぬ罪を負い、一方では神の御使と崇められ、一方では悪魔と罵られる。なんとお労しいのでしょう。私は決意しました。いつでも「なずは様」の味方でいようと。近くにいて、彼女の手足となり、見守り続けることを神に誓いました。
戦争が始まり、陰ながら兵士を守護する「なずは様」のお側に付き従っていました。戦争で勝つことができたのは、「なずは様」の力がなければ考えられません。傷ついた兵士を治癒し、加護し、ロナーテ国の魔法を防御し、それをお一人でなさったのです。目まぐるしい程の活躍でした。それなのに「神が我らに味方をした」とか「神が神秘を起こし、国を救った」と口々に言い、誰も「なずは様」の行いを気づき、感謝する者などいませんでした。
「変態との密約だ。気にすることはない。これで厄介事からおさらばできる。お前らご苦労だったな。子どものお守から解放されるぞ。」
そうおっしゃった「なずは様」は、たった一人で出国されようとしていました。国を救った陰の功労者に恩を報いることなく、使い捨てのように放り出す非道な行いに、私は納得がいきませんでした。
「ユニ、心配しなくても良いのです。私が「なずは」を手放すことなど有り得ません。良い考えがあるのです。」
シルビアーノ様が「なずは様」に広大な領地の一部を譲渡されました。その領地は我が国トルバル国から独立した「なずは様」の私有地であり、我が国が、「なずは様」自身と領地に不可侵の誓いを立てました。それをキッカケに私と先輩は神聖騎士を辞め、「なずは様」自身に仕えることになりました。
「お前ら馬鹿だろ。大馬鹿者だ。エリート街道まっしぐらの道を降りてもいいのか? 私に付いてきても碌なことなどないぞ。」
今では胸を張って堂々と言えます。初めてお会いしてから、すでに6年の月日が経っているのです。私もそこらのヒヨッコとは違うのですよ。「なずは様」の口先に乗るほど子どもではないのです。
「なずは様のように、ご自身を大切にされない方を放って置くわけには参りません。このユニがお近くでしっかりと仕え、監視させていただきます。」
隣にいる先輩も無言で首を縦に振って肯定しています。その様子を見て、呆れ顔の「なずは様」。
「何を勘違いしているのかわからんが、私は自分のためにしか動かん。私はお前らの守護者ではないぞ。私の近くにいると恩恵なんぞ受ける訳でもなく、あの銀縁眼鏡変態のような厄介事ばかりやってくる。それでもいいなら勝手にしろ。」
「はい、勝手にさせていただきます。」
「なずは様」は表情こそ変わらないものの、やはり照れていらしたようで、耳だけが真っ赤になっていました。本当は可愛らしい方なのです。というわけで、シルビアーノ様。今後、「なずは様」に近づくのは辞めて頂きたく思います。あなたは「なずは様」にとって邪魔な存在でしかありません。
さあ、どうやって撃退しましょうかね?
次は先輩です。