話し合い
まあ思い返してみると、ナンタラ国との付き合いは、彼是10年ほどのお付き合いになるか? おい、しつこいな・・・。一様こちらからは手を出していないぞ。逃げの一手だったからな。こう真面に相対してみると不思議な感じだ。第三国を挟んでいるからか、相手もいつもの下っ端ではなく、上層部の人間だ。
話し合いの席についたのは、私とナンタラ国の魔道士と政府関係者だ。はたしてどんな話し合いになるんだか・・。
「初めましてでいいでしょうか。私はロナーテ国の魔法官庁の官長であります、ベアトリク=ネイラ=ソグアートと申します。横にいるのは、ロナーテ国第一政務官である、ダーウ=タフタ=ホフマトです。貴方にお会いするのを楽しみにしていました。」
灰色のマントをまとった二人組は、どちらも喰えない人物に見えた。髪が短くスッキリとした切れ目でメガネをかけた神経質そうな男が政に携わっている人間で、薄茶の天然ロングを後ろで一まとめにしているのが魔法使い。切れ目は、こちらを凝視している。そのうち、目から光線か熱線でも発射しそうな雰囲気だな。対して魔法使いは、どこか銀髪変態に通じる雰囲気のある男だった。まあ優男だ。いつも来る連中のような「出せ、返せ、身柄を拘束する。」説明もせず、怒鳴り散らし、要求ばかりしてくる奴がこの場にいても話し合いになりゃしないし、そんな馬鹿ばかりでは、国は成り立たないな。なんだ最初から素直に捕まって話し合いでもしておけばよかったか? なんだか遠回りして損した気分だな。
「なずは=ななせだ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
二人が驚いたような視線を送ってきたが、なんだ文句あるのか?
ゴッホッ。
天然が間を埋めるために、空咳をすると慌てて切れ目が話を始めた。
「あっ、ああ。貴方が我が国が再三に亘って召喚を要求していたにも関わらず、拒否をし続けたことに対しては罪を問いません。が、これからは私たちの命に従ってもらいます。どのような経緯でイシア殿と知り合ったのかは定かではありませんが、彼は我が国にとって重大な情報を無断で持ち去りました。それを所持していると思われる貴方を放置しておくことはできませんし、他国に漏洩してもらっては国の益に関わります。」
切れ目の言葉を補うように、天然が穏やかに話し始めた。
「なずはさんと言いましたね。私は貴方の身の上に深く同情しています。知らぬうちに国を揺るがす出来事に巻き込まれたのです。混乱されたことでしょう。貴方を怯えさせるような行動ばかりとっていた我々を許してください。がそれほど事が重大だったのです。それを理解し、素直に我が国に来ていただけないでしょうか?」
銀髪変態から多少の知識を植えられているし、各国を旅していたから知っている。長い歴史の中で、ナンタラ国は好戦国として有名だ。他国を侵略し領土を広げてきた。それがここ最近、侵攻がゆるやかになり防戦の一方らしい。大体、戦争を仕掛けるのはいつもナンタラ国だったらしい。銀髪変態の国は、国王派と教会派で争い北部の移民に悩まされている。ナンタラ国は自身の国の内部にいる多数の民族の平定に苦しんでいるし、各地の暴動に頭を悩ましている。いわゆる国が大きくなりすぎて、中央の威光が各地に届かないんだな。そんな中、戦争をおっぱじめたもんだから、戦力不足は否めない。それで休戦状態になったわけだ。じゃあ隣国と平和協定やら協力でもすりゃいいが、長い戦争でお互いの信用が全くない。悪循環の塊だ。こいつ等は具体的には言わないが、師匠の教えてくれた魔法が重大な情報か。銀髪変態の国は神聖魔法。神聖魔法は防御や補助に特化する。ナンタラ国の魔法は攻撃魔法。兵士の数が少なくても膨大な兵力に相当する。がその代わり、魔力の消耗が激しく大技を連発することができない&そんな稀な魔力を持つ人間がわんさかいるわけではない。そう、お互いの国に決め手がない。押したり引いたりの繰り返し。そこで喉から手が出る存在。それが私か。私の一存でこの均衡が崩れるのか。
面倒だな。
はっきりいって関わりたくないな。
「そんな情報をじじい、いや師匠からもらっていないと言ったら?」
「そうでしょうか? イシア殿が弟子を育てたのは、あなた一人きりなのです。そのあなたに何も残していないというのですか?」
「ああ。何も残さず綺麗に死んでいったな。その後、無一文で苦労をしたぞ。その苦労した成果をお前らが行く先々で踏みつぶしてくれたがな。」
天然は目をつぶり、記憶を掘り出したかのようにポツリとつぶやいた。
「灰色の焦土ですね。」
灰色?
「なんだそりゃ。」
私の生活苦の話はスルーしやがったな。
「貴方もその場にいたはずです。我々は長年に渡り、逆賊イシアの行方を捜していました。ようやく居場所を発見し召喚を求めた兵士全員の命を奪い、その場一帯を不毛の土地にしたあの出来事です。」
重々しく話す切れ目。
ああ、そんなこともあったな。人が地道に開墾した畑が一瞬にして消えたことだな。あそこの森にはおいしい果実がたくさん成っていたんだ。お気に入りの森だったな。あの時の空しさは忘れることなどできるか。
切れ目は私の様子を伺っている。些細な動きも見逃さないとでもいった眼光だな。そのうち光るんじゃないか?
「いた。が私も巻き込まれそうになった。被害者側だ。」
「我々は大切な部下を大勢失いました。」
まあそうだな。何十人という人間が一瞬で、この世から姿を消した。その不条理さはあるだろう。
「一つ言わせてもらう。じじいの世話にはなった。が、じじいの身の上やお前らの国のことなど、何一つ聞いてはいない。なおかつ私は、お前らの国の人間ではない。貴様らの申し出を受ける理さえない。」
二人の眼差しは変わらない。根底にある目論みは一つか。
「貴方の言い分は最もです。貴方は私たちの意に従う義理はありません。それで私どもから提案なのですが、イシア殿からどのような教えを受けたのかお教え願いたいのです。一言一句漏らさずに。そのために私どもの国にあなたを貴賓として招待させていただきませんか?」
そして二度と国から出さないか。どこかの変態と同じだな。どっちも最悪だ。人を利用することしか考えていない。さて、これでどちらも同じ舞台に立ったな。先に手を出したのは銀髪変態。非常に不本意だが、アイツとは手を貸すと約束をした。こいつ等もにも同じように約束させるか? すべてを話、二度と私に手を出さないと? がこいつらには、長年追いかけられた恨みつらみがある。私のモットーはやられたら十倍返しだ。
「全てを話せば無罪放免を約束できるか?」
「必ず。」
きっぱりと言い切る、切れ目の言葉。
・・・・。
信じられるか。
「信じると値する確証が全くない。この十年のお前らの態度を後悔するんだな。いいか、じじいから教えられた魔法は、お前らに扱うことなどできない。その理由はじじいが弟子を一人も取らなかったことからわかる。使えもせんものを知ってどうするというのだ。大事に家宝にでもするのか? 後、じじいは魔法を戦争の道具にしたくなかった。私も人殺しは御免だ。ここでハッキリ言わせてもらう。私は何も話さん。お前らの国には行かない。私に手出ししてみろ。灰色の焦土なんて生ぬるい。綺麗さっぱり、恨みも残せないほど全て消してやる。」
切れ目が必死に、
「貴方に地位も名誉も用意できます。どうか私たちの国に来てください。あなたの力が必要なのです。」
結局、力か。
「私の協力を仰ぎたいのならば、なぜ最初から冷静に話し合いを求めなかった? お前らは最初から私を罪人扱いし、追い立てた。今さら「はい、そうですか。」とお前らの話を受け入れられるとでも言うのか。」
「お怒りはごもっともです。何度でも謝罪を致します。ですからどうか、怒りを鎮め我らの国にお越しください。貴方を丁重に扱うことをお約束します。」
「謝罪は受けよう。今回の戦争に中立の立場をとると約束しよう。が今までの見返りとして二度と私に関わるな。」
黙っていた天然が目をギラリとさせて、私を睨みつけた。
「逆賊イシアは私の上司でした。私は彼の元で働き、そして裏切られた。私ではなく貴方にすべてを残した。この怒りが貴女に理解できますか。」
「待ったく理解できないし、したいとも思わん。」
天然は席を立ちあがって、私の方へ身を乗り出した。胸倉でもつかまれそうな勢いだな。男の焼きもちはみっともないぞ。
「私は知りたいのです。貴方と私の違いを。そのためには、どうしても我が国に来てもらいます。どんな手を使ってでも。」
「おいっ! ベアトリク。落ち着け。お前が平静を乱してどうする!」
切れ目が天然を諌める。が、天然は燃えるような目を私に向けてくる。さて、ここまでだな。
「話し合いは決裂だ。お前らは私の善意を踏みにじった。この事を後々、後悔するんだな。いいか私を恨むなよ。」
切れ目が、
「貴方は、この世を揺るがす魔女として名を残すつもりか!」
怒りを露わにした切れ目の言葉に私は、
「そうさせたのは、お前らだ。」
私は捨て台詞を残し、その場を去った。
ああ、銀髪変態のほくそ笑む姿が目に浮かびそうな終わり方だな。八つ当たりと称して、尻でも蹴っておくか。やめておこう。奴は嬉々として受け入れそうだ。