4-4 夕月の誕生日
「夕月って誕生日いつ?」
「え? 来週。」
「はぁ!? なんで早く言わねーんだよ……!」
それは春とは名ばかりに肌寒い2月の末、深夜。
恋人が誕生日にしてくれたサプライズを思い出して、何気なく聞いてみたら、とんでもない答えが返ってきた。
「えー別に、聞かれなかったし。誕生日なんて、ほら、子どもじゃないから。」
「おま、俺のは祝ってくれただろうが!」
「人のは祝うでしょ。」
自分で祝えって言うのもね、と平然と言ってのける。
若い娘とは思えない達観ぶりだ。
「……俺だって夕月の誕生日祝いたいし。」
「そう?」
人の誕生日は祝うくせに、自分の誕生日を祝いたい人がいる事に思い至らないのは、ちょっとズレていると思う。
とはいえ知り合ってから1年以上、付き合って7ヶ月強。今まで聞かなかった翔吾にも問題があった。
「……なんか、欲しいもんある?」
「いいよ、別に。その気持ちだけで充分嬉しいよ。」
そういう訳にはいかない。
自分の誕生日に「プレゼント」を美味しく頂いた以上、夕月の誕生日をお気持ちだけで誤魔化すなんてことはとても許容できなかった。
「っても、何すりゃ良いんだよ……。」
意気込んだは良いものの、自分から誕生日を祝いたいと思った相手は夕月が初めてだったりする。
リサーチする時間も考える時間も殆ど残されていない。
月曜日、翔吾は藁にも縋る思いで招集をかけた。
「俺だったら焼き肉食べ放題が良い。」
「そりゃお前、『俺がプレゼント♡』作戦だろ。」
「お前が誕生日で悩むとか……!」
所詮二、三本集まっても藁は藁。
藁1藁2はともかく、藁3に至っては机に突っ伏したきりまともな発言も無く震えている。
「メシかぁ……。」
唯一採用できそうなのは、圭介が言ったちょっと良い食事案だった。
「夕月ちゃんが普段欲しがってる物とかないの?」
「ねーんだよ、それが。フツー女ってもっとあれ買えこれ買え言うもんじゃねーの?」
それも誤算の一つだった。
仕送り生活の為か、元々無欲なのか、普段から夕月は余計なものを欲しがらなかった。
「……何やっても喜んでくれるとは思うんだけどさぁ。」
それにプレゼントには重大な問題があった。先月始めたばかりのアルバイトのバイト代がまだ振り込まれていないのである。
夕月へのプレゼントに親名義のカードを使うのは論外だった。
「やっぱ、裸リボンでいけば?」
「男がやって誰が喜ぶんだよ、それ。」
「なんでお前はバケモンを錬成しようとしてんだよ。」
「失礼だな、化け物ってなんだよ。」
思い切り愛してやるというのはやぶさかではないが、二番煎じみたいでちょっと悔しい。
話が堂々巡りから脱線し始めた時、ようやく腹を抱えて沈没していた高山が復活して、スマホを取り出した。
「女子のことは女子に聞けば? ……あ、もしもし、俺。翔吾がちょっと用あるって。」
「え、誰?」
ほい、と放られた通話中のスマホ。
画面に表示された名前は夕月の親友の物だった。
「お前、いつの間に……。」
にやっとした高山と画面を見比べていると、強化ガラスの向こうから明るい声が漏れてくる。
「もしもしー? ねー、何ー?」
処女厨のくせに、と目線を送ってからスマホを耳に当てた。
「リカちゃん? 俺、翔吾だけど……女子って、プレゼント何貰ったら嬉しい?」
「カルティエ。」
「マジすか。」
「て言うか、夕月でしょ? おっそ! もう明後日じゃん。」
「仰る通りで……。」
当然のお叱りを受けてしまった。
しかし流石親友、話が早い上に夕月の性格を良くわかっている。
「夕月って、物は欲しがらないでしょ。手紙でも書けば?」
「手紙とか……。恥ずいんだけど。」
「じゃあ、バーバリー。バッグ。」
「それリカちゃんが欲しいんでしょ」
「とにかく、物より気持ちだって。」
結局は夕月と同じ事を言われてしまった。
「どう? 何かわかった?」
「……リカちゃんはカルティエとバーバリーだってよ。」
「マジかぁ。」
無理だーと笑う高山は抜け駆けがバレて圭介とシンヤに揉みくちゃにされている。
いつもならそれに参加してやるところだが、今はあいにくそんな心の余裕がなかった。
スマホを返してため息をつく。手紙なんて書ける気がしなかった。
手紙じゃなくても何か自分に出来る、気持ちの籠ったもの。夕月がして欲しい事。
直近の夕月の言動を思い返していると、何かが頭に引っかかった。
「……悪り、俺帰るわ。」
「え、コイツのことシメんの参加しろよ。」
「俺たちだって暇じゃねーんだから、今度ジュースくらい奢れよな?」
「誕プレ決まった?」
「おう、急ぐからまた今度な。リカちゃんによろしく言っといて。」
『今夜自分のとこで寝るわ。1人で帰れる?』
『わかった。大丈夫だよ。』
トーク画面には、自分で打った物分かりのいい返事が浮かんでいる。
「えー……。」
何となく付けっぱなしのテレビからは、流行りのタレントの笑い声が虚しく流れていた。
「ご飯、面倒くさいなぁ……。ハンバーガー食べちゃおっかなぁ…。」
別に翔吾が1人で眠れるかなんて心配はもうしていない。
寂しいのは自分の方だった。
春までは一人で上手く暮らしていたのに、食べさせる相手がいないと思うと、なんだか自炊もする気になれなかった。
ふと思いついて、ベランダに出てみた。最近は専もっぱら翔吾の喫煙スペースになっている。
彼がしているように、冷たい柵に腕をかけた。
2階だから、夜景という程の景色は見えない。道を挟んだ住宅地の窓の四角い灯りばかり。
首を伸ばすと、以前翔吾がバイトしていたコンビニの明かりが微かに見えた。
「わ、さむ…っ!」
強い風が吹いて、柵に落ちていた灰のかけらを攫って行く。
ふわっと、どこからか梅の香りがした。
翔吾が自分の誕生日の為に心を砕いているのは言われなくても気付いていた。
祝って貰えたら、きっと嬉しい。それは間違いない。でも、
「一緒にいてくれるだけでいいのに……。」
零れ落ちたその言葉もまた、本心だった。
次の日も、翔吾は帰らなかった。
「よし。」
誕生日当日。
翔吾は大きく息を吸って、合鍵を回した。
たった2日空けただけの夕月の部屋に帰るのに、異様に緊張していた。
「夕月、ただいま。」
いつも帰るより少し早い時間。
ドアを引くと部屋の中から温かい空気が溢れ出る。
背負った荷物をぶつけないように気をつけながら、暖気を逃がさないように素早く入ってドアを閉める。
部屋の照明がついているのに、期待した「おかえり」の声がなかった。
ケーキの箱と持参した「プレゼント」を置いて部屋を見渡すと、ベッドの陰に大きな毛布の塊を見つけた。
そこから僅かに覗く、黒い髪。
「夕月? どうした……!?」
慌てて側に膝をつくと、毛布の塊が震え出す。
「……おい?」
見た瞬間、具合が悪いのかと思った。その次は、泣いているかと思った。
毛布を掴んで僅かに持ち上げると、そこから漏れ出したのは小さな忍び笑い。
「お前、笑ってんだろ。」
「……びっくりした?」
「マジでビビったわ。死んでんのかと思った。」
まくりあげた毛布から悪戯が成功して嬉しそうな夕月が顔を出した。
暖房のかかった室内で、毛布に隠れていて暑かったのか頬が赤くなっている。
「のぼせてんじゃねーか。」
「驚かせたかったんだもん。」
火照った頬を指で突つつくと、その手に夕月の指が絡んだ。
「いなくて、寂しかった。」
──あんまり可愛いこと言うと今すぐ食っちまうぞ。
火照った顔で真っ直ぐ見つめられてよぎった雑念を、息をひとつ吐いて打ち払う。
「……俺も。けど、我慢して準備したから、夕月の誕生日祝わせて。」
夕月ははにかんで、包まっていた毛布をたたみ始めた。
「今日俺メシ作る。つっても簡単なのだけど。」
「あ、ビーフシチューと卵焼き作ってあるよ。」
「なんで?」
ちぐはぐな組み合わせに首を捻ると、夕月は言い訳のような言い方をした。
「まだ寒いし……。翔吾、今夜帰ってくるかなって……。卵焼き好きでしょ?」
なんだかんだで今日を楽しみにしていた事が伝わって、俄然がぜんやる気が出た。
「ケーキ、なんで3つ入ってるの?」
プリンアラモードと、いちごショート、モンブラン。
なんの変哲もない、有名チェーンのショートケーキ。
「お前プリン好きだろ。ケーキは好きなの選んで。」
そんなに食べられるかなぁ、と言いながらも嬉しそうにケーキを見比べている。
翔吾の作ったオムライスと夕月のビーフシチューという、割とガッツリ食べた後でもやはり甘いものは別腹らしい。
夕月は悩んだ末にモンブランを選んだ。
このメレンゲが入ってるやつが好きなんだよね、と言われても違いが良くわからなかった。
「ローソク刺す?」
「ショートケーキに21本? 火事になっちゃうよ。」
夕月がフォークを持ったのを見計らって、自分の部屋から持ってきたギターを取り出した。
「夕月。食べながらでいいから、ちょっと聞いてくれる?」
「え、うん。ちゃんと聞く。」
「いや、食べながらでいいから。」
フォークを置いた夕月に、もう一度食べるように促す。
付け焼き刃な上、気障なプレゼントをまじまじと見られるのは遠慮したかった。
「……前に聞きたいって言ってたから、あの時の曲。一応2日だけ練習した。」
ギターを抱いて胡座をかく。
僅かに迷いながら、自信のない音はこっそり飛ばしながら、今度は投げ出さずに歌った。
途中で夕月がじっと見ていることに気付いて、少し音を外した。
「…………あのさ、あんま見ないでって。」
「……なんか、感動しちゃった。すっごく嬉しい。」
ぱちぱちと手を叩く夕月の目は確かに潤んでいるようだった。
「……誕生日、おめでとう。今の曲、俺が作った訳じゃないけど。夕月に言いたいこと、全部詰まってると、思う。」
「うん。ありがとう。じゃあ、すごい物貰っちゃったね。翔吾の全部?」
「そこは…まぁ…夕月の解釈で……。」
どうしようもなく照れ臭くて、顔を見られないままギターをケースにしまっていると、膝に夕月の手が乗ったのを感じた。
「ねぇ、来年も、また祝ってくれる?」
「……来年も、一緒にいたらな。」
「いるよ。絶対。」
食べかけのプリンアラモードと手付かずの苺ショートは、エアコンの風で静かに乾いていった。




