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6.特定完了。ご近所からの評判は「段ボールを愛するヤバい無職」

 蒲田ギルド近くの大型ディスカウントストアから、世田谷区にある拓真の自宅まで。


 星宮かりんの隠密尾行は、拍子抜けするほどあっけなかった。


 彼女はダンジョン配信で培った(モンスターから逃げ隠れする)ステルス技術をフル活用して尾行を開始したのだが、そもそも前を歩く志倉拓真の警戒心がゼロだったのだ。


 電車で移動する間も、彼は座席でひたすらスマートフォンにプリペイドカードのコードを猛スピードで入力し続けていた。斜め向かいの席に伊達メガネのかりんが座っていることすら、微塵も気づいていない。


「……あいつ、本当に周りが一切見えてない。まるで末期のソシャゲ廃人の姿ね」


 電車の窓に映る男の姿に、かりんは呆れたようにため息をついた。


 やがて世田谷区の駅で降りた拓真が辿り着いたのは、駅から離れた住宅街の端にある、築ウン十年は経っていそうなツタの絡まるボロアパートだった。


 『希望荘』という、現状の彼とは真逆の皮肉な名前が書かれた看板の下をくぐり、拓真は一階の角部屋へと吸い込まれていく。


 カチャリ、と鍵が閉まる音がした数分後。薄い壁の向こうから、この世の終わりみたいな絶叫が響き渡った。


「うおおおおおっ!?なんでだあああ!200万突っ込んで1/319すり抜け!?確率操作だろクソ運営えええええ!!」

「……」


 ドスドスと床を転げ回る音と、怨み言。


 かりんはアパートの廊下で、完全に真顔になっていた。間違いない、彼は帰宅してものの数分で、Cランク魔石の換金代である200万円を完全に虚無へと溶かしたのだ。


「……ふふっ」


 だが、かりんの口元は自然と吊り上がっていた。


「あーらあら。あんなにダンジョンで無双してたのに、現実世界じゃただの哀れなガチャ中毒の敗北者じゃないですかぁ」


 彼女の中で、拓真に対する得体の知れない恐怖は完全に消え去っていた。


 この男は強い。異常なほど強い。だが、その強さを振るう目的が「ガチャ代のため」という極めて底辺で御しやすいものなのだ。これほどコントロールしやすい手駒はない。


「あら、見ないお嬢さんだね。誰かの尋ね人かい?」


 背後から声をかけられ、かりんはビクッと肩を揺らした。


 振り返ると、竹箒を持ったアパートの大家らしきお婆さんが、不思議そうにこちらを見ている。かりんは即座に「清楚系トップ配信者」の営業用スマイルを顔に貼り付けた。


「あ、はい!私、101号室の志倉さんの友人なんです。最近お仕事が忙しいみたいで心配で、様子を見に来たんですけど……」


「おやまあ、志倉さんにこんな可愛いお友達がいたなんてねぇ。あの様子じゃ、また変な宗教にでも騙されてるのかと思ったよ」


「しゅうきょう……?」


「あのね、あの子は最近会社を辞めて無職になったみたいなんだけど……毎日のように、宅配便で『大量の段ボール』が届くのよ。しかも、中身はただの紙切れみたいでね」


 お婆さんは声を潜め、困ったように眉をひそめた。


「ゴミの日に出すわけでもないし、部屋の中は段ボールでパンパン。夜中になると、その重たい段ボールをいくつも抱えて、アパートの裏の雑木林の方へ歩いていくのよ。ご近所じゃ『段ボールを愛するヤバい無職』って噂になってて、誰も寄り付かないのさ」


「段ボールを……裏の雑木林に……?」


 かりんは首を傾げた。


 彼女はまだ、アパートの裏山に「Sランクボス直通の不法投棄穴」があることを知らない。だが、送られてきている「紙切れの詰まった段ボール」の正体なら、推測がつく。


(まさかオンラインオリパで爆死したハズレカードを、わざわざ実物で全発送させてるとか……?なんで?あっ、運営に送料を負担させる嫌がらせのために!なにそれ、性格悪っ!陰湿すぎない!?)


 ドン引きである。


 だが、大家の話を聞けば聞くほど、かりんの腹黒い計画は確固たるものになっていった。


「ありがとうございます、大家さん。私から、彼に気をしっかり持つように伝えておきますね!」


 清楚に一礼してアパートを離れると、かりんは伊達メガネを外し、邪悪な笑みを浮かべた。


「完璧だわ。友達ゼロ、ご近所の評判は最悪、金なし、職なし、プライドなし。おまけに重度のガチャ中毒……!」


 社会的なステータスは完全に底辺。


 だからこそ、誰かに引き抜かれたり、ギルドの偉い人間に囲い込まれる心配がない。


「あの男は、少しの『ガチャ代』さえチラつかせれば、私の言うことを何でも聞く忠実な犬になるはず。最高のボディーガード兼、私のチャンネルをバズらせるための見世物にしてあげるわ!」


 ターゲットの素性は完全に丸裸にした。


 200万円を溶かして一文無しになった以上、彼は必ず明日、日銭を稼ぐために再び蒲田ダンジョンへ現れるはずだ。


「でもなんで、世田谷ダンジョンに行かないのかしら?まぁいいわ。明日はギルドのロビーで待ち伏せよ。とびっきり可愛く着飾って、札束でぶん殴って、彼の首輪を買いに行ってあげるんだから!」


 こうして、打算と野望に満ちた腹黒VTuberの罠が完成した。


 翌日、蒲田ギルドのロビーで、拓真の元同僚(結衣)やAランク探索者レンを巻き込んだ、史上最低の修羅場コラボ配信が幕を開けることなど、この時の二人はまだ誰も知らなかった。

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