4.【神回】Fランクダンジョンに現れた半裸カバン男について語るスレ
蒲田ダンジョンでの死闘(?)から数時間後。
探索者ギルドの応接室で事情聴取を終えた星宮かりんは、ようやく自宅のマンションへと帰り着いていた。
「生きてる……私、生きてる……!」
ソファにダイブし、かりんは安堵の涙を流した。イレギュラーモンスター『フレアハウンド』と遭遇した瞬間、彼女は本気で自分の死を覚悟した。走馬灯も見た。
だが、現在彼女はかすり傷一つなく、ふかふかのクッションに顔を埋めている。
「あの人、一体何者だったんだろう……」
かりんは身を起こし、テーブルに放り投げたスマートフォンを手に取った。
確認するのは、自身のダンジョン配信チャンネルだ。
画面を見た瞬間、かりんの目が点になった。
「……同接、30万人!? アーカイブの再生数、すでに500万回超えてる!?」
普段は多くても数万人の同接だった彼女のチャンネルが、見たこともない天文学的な数字を叩き出していた。さらに、SNSのトレンドワードは彼女の配信に関連する言葉で完全に埋め尽くされている。
【1位:半裸カバン男】
【2位:星宮かりん 生還】
【3位:物理でワンパン】
【4位:単発ガチャ3回分】
【5位:倫理観Fランク】
「な、なんか私の名前より変な単語の方が上位にきてるんですけど……」
かりんは恐る恐る、国内最大の探索者向け匿名掲示板を開いた。そこにはすでに、『星宮かりん生存!蒲田ダンジョン謎の乱入者について語るスレ』というスレッドが乱立し、すさまじい勢いで書き込みが加速していた。
◆
1:名無しの探索者
星宮かりんの配信見てた奴いる!? FランクダンジョンにCランクのユニークモンスター、フレアハウンドが出たぞ!
12:名無しの探索者
見てた。マジで放送事故になるかと思った
34:名無しの探索者
それよりあの乱入してきた男なんなのwwww
スウェットと通勤カバンで歩いてきたんだけどww
45:名無しの探索者
魔法陣も詠唱もなしでフレアハウンドの極大火球を素で耐えるバケモノ
なお服は燃えた模様
58:名無しの探索者
あいつのキレるポイントおかしいだろwww
「服が燃えた!ドンキで買った上下セットどうしてくれんだ!」って怒鳴ってたぞ
72:名無しの探索者
「単発ガチャ3回は引けたぞクソ犬!」←これ今年一番の迷言
命の危機よりガチャ代のほうが大事なのかよ
91:名無しの探索者
しかもアイツ、フレアハウンドの魔石を素手で引っこ抜いて即死させてたぞ…
魔法じゃなくてただの『物理』であの硬い装甲ぶち抜くとか、上位Sランク探索者でも無理だろ…
110:名無しの探索者
かりんちゃんがポカンとしてるのにガン無視で石の査定し始めるの最高にサイコパス
145:名無しの探索者
去り際のセリフ聞いたか?
「日替わりオリパの更新に間に合わねえ!」だぞ
あの圧倒的強者の正体、ただのガチャ中毒者じゃねーかwwww
178:名無しの探索者
これ絶対にギルドの偉い連中が血眼になって探す案件だろ
◆
「……」
スレッドをスクロールしながら、かりんは頭を抱えた。ネットの特定班の分析力は凄まじい。あの男が使っていたカバンのメーカーや、燃え残ったスウェットの切れ端から「本当に量販店の激安セットアップだ」と特定する者まで現れていた。
だが、肝心の男の正体は誰一人としてわかっていない。無理もない。彼はギルドで講習も適性検査もすっ飛ばした、完全な無名のFランクなのだから。
プルルルルルッ!
突然、かりんのスマホがけたたましく鳴った。画面には『探索者ギルド本局支部長』の文字。かりんが所属する事務所の社長すら頭が上がらない、ギルドの超大物である。
「ひっ!? は、はい! 星宮です!」
『あー、星宮くんか。無事で何よりだ。突然ですまないが……君の配信に映っていたあのカバンの青年、心当たりはないかね?』
「いえ……実はダンジョンに入る前、入り口で少しぶつかっただけで……」
『そうか。ギルド上層部も現在、総力を挙げてあの規格外の探索者を探している。あんな未知のバケモノを野放しにしておくのは、あらゆる意味で危険だからな』
支部長の言う通りだ。魔法も使わず、物理だけでCランクの魔獣を素手で解体する男。もし彼が犯罪に走れば、軍隊でも止められないかもしれない。とはいえ、個人のステータスはダンジョン内でしか発揮されないはずではあるが...。
『もし彼と接触する機会があれば、すぐにギルドへ連絡してくれ。よろしく頼む』
通話が切れ、かりんは静まり返った部屋で一人、天井を見つめた。ギルドも血眼になって探している、謎の半裸カバン男。
「……オリパ、って言ってたよね」
かりんは思い出す。彼が去り際に叫んでいた言葉。そして、ギルドでぶつかった時に彼が自分のスマホを見て言っていた言葉。
『もし画面が割れてたら、神話祭極みパックの天井までの課金代を請求するところでしたよ』
「……ガチャ。オリパ。カードゲーム……?」
かりんの頭の中で、点と点が繋がった。あんなに強いのに、服装は激安品。ダンジョンのロマンにも名声にも興味がなく、ただ『ガチャ代』のためだけに魔獣を狩る男。
(もし……もし私が、あの人をもう一度見つけ出して、お礼を口実にコラボ配信に誘うことができたら……?)
かりんの目が、先ほどの拓真と同じようにギラリと輝いた。
現在、日本中で最も注目を集めているトレンドの男。彼を自分のチャンネルに引っ張り出せば、同接30万人どころか、日本一のダンジョン配信者になることすら夢ではない。
「ギルドに報告なんかしてる場合じゃない……! 私が先に見つけるんだから!」
命の恩人への感謝(1割)と、配信者としてのバズを狙う打算(9割)。清楚系ダンジョン配信者という仮面の下に隠された、彼女なりのたくましさと下心。
「待っててね、カバン男さん! 私が絶対に見つけ出して、チャンネル登録者数の肥やしにしてあげるんだから……!」
こうして、ただガチャを引きたいだけの底辺探索者と、彼を金脈として付け狙う腹黒配信者の、奇妙な追走劇が始まろうとしていた。




