3.命よりガチャ。お前のドロップ品は俺の10連ガチャ代だ。
蒲田ダンジョン、第一階層。
数年前に突如として世界各地に自然発生したダンジョン。その成り立ちや内部構造は、現代科学の粋を集めても未だに謎が多く、人智を超えた神秘の空間として世間では持て囃されている。
そこは、コンクリートに似た材質の壁がうっすらと青白く発光する、不気味な地下迷宮のような場所だった。
「……ここがダンジョンか。冷房が効いてない地下鉄のホームみたいで居心地悪いな」
志倉拓真は、いつも仕事で使っていた黒い通勤カバンを抱え、警戒心ゼロの足取りで進んでいた。
周囲には、重厚な鎧に身を包み、慎重に進む探索者たちのパーティーも見える。そんな中、スウェット姿でスマホをいじりながら歩く拓真の姿は、あまりにも異様だった。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……電波、よし。アンテナ三本立ってるな。これなら最深部でガチャ更新が来ても戦える」
彼にとって、モンスターの奇襲よりも恐ろしいのは通信エラーだ。
そんな拓真の前に、記念すべき一匹目の魔物が現れた。ぷるぷると震える、バレーボール大の青いスライムだ。
「お、スライム。本当にいるんだな。ええと、こいつを倒せばいいのか」
拓真は道端に落ちていた適当な小石を拾い上げると、スライムに向かって、公園でハトを追い払うくらいの軽い気持ちで放り投げた。
ドゴォォォォンッ!!
放たれた小石は音速を超え、スライムを貫通。そのまま背後の分厚い岩壁まで粉砕し、ダンジョンの奥へと消えていった。スライムだったものは、核すら残さず霧散している。
「……は? 今の、何?」
近くを歩いていたベテラン探索者が、目玉が飛び出しそうなほど驚いて足を止めた。
だが、拓真は「ちっ」と舌打ちしてスマホの画面を眺めている。
「なんだ、今の。自然発生だかなんだか知らねえが、壁も床もザラザラだし、石ころ投げただけで崩れるとか脆すぎだろ。管理してるギルドはちゃんと舗装と補強工事くらいしとけよ。これだからお役所仕事は……」
人智を超えた神秘の空間に対して、ただのクレーマーのような悪態をつく。
まさかレベルアップによってダンジョン内での自分の筋力値がカンストしているとは夢にも思わず、拓真はダンジョンの建築強度に文句を言いながら先へ進む。
その後も、飛びかかってきたゴブリンを「邪魔だ」と通勤カバンで軽く払いのければ、ゴブリンは原型を留めない肉塊となって通路の端まで吹き飛んだ。
「ゴミみたいなドロップ品しか落とさねえな……。こんなんじゃ電車賃すら回収できねえぞ。もっとこう、一撃で10連ガチャが回せるようなレアモンスターとかいねえのかよ」
そんな罰当たりな独り言をこぼしながら歩くこと数分。
通路の奥から、凄まじい熱風と、聞き覚えのある高い悲鳴が響いてきた。
「ハァッ……ハァッ……嘘でしょ、なんでFランクにこんな……!」
そこには、絶望的な状況に追い詰められた星宮かりんの姿があった。
彼女の目の前に立ち塞がっているのは、全身から高熱の炎を吹き出す巨大な魔獣Cランク『フレアハウンド』。
一般的にCランク以上のモンスターを倒すには1つ上のランクの冒険者パーティーで戦う必要がある。その中でもユニーク個体と呼ばれるコイツはBランクパーティーが束になって挑むような凶悪なイレギュラーモンスターだ。
頭上の配信ドローンからは、視聴者たちの悲痛なコメントが滝のように流れていた。
『かりんちゃん逃げて!』
『終わった……死ぬ、マジで死ぬ!』
迫り来る炎の魔獣。熱風が頬を焼き、かりんはギュッと目を閉じた。
「おい」
その時、場違いなほど気の抜けた男の声が響いた。
「そこのドローン飛ばしてる姉ちゃん。お前、さっきギルドの入り口でぶつかってきた奴か?」
かりんが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。
スウェット姿に通勤カバン。さっきギルドで「適性検査に5000円払うならガチャを引く」と豪語していた、あの頭のおかしい男だ。
「あ、あなた……!それ初心者が敵う相手じゃない!イレギュラーよ!助けを呼んできて!」
「イレギュラー?ああ、ゲリライベント的なやつか?」
拓真は魔獣の恐ろしさなど微塵も気にしていない様子で、首をボキボキと鳴らした。
彼の視線は、魔獣の鋭い牙でも、燃え盛る炎でもなく、その額に深々と埋まっている特大の『魔石』にのみ注がれていた。
(……デカい。あんな立派な魔晶石、スライム何千匹分だ?あれ一つ売れば、今日の神話祭ピックアップの10連ガチャが余裕で回せるんじゃないか……!?)
拓真の目が、パチンコ屋の開店待ちをしている無職のようにギラリと輝いた。
「おい姉ちゃん。お前、あいつ倒さないなら俺がやっていいか?その代わり、ドロップ品のあの石は俺がもらうぞ。横取りとか後で文句言うなよ?」
「えっ?いや、横取りってそういう次元の話じゃ――」
かりんの制止を聞く前に、拓真はズカズカと炎の魔獣に向かって歩き出した。獲物を横取りされると勘違いしたフレアハウンドが、激怒の咆哮を上げる。そして、周囲の酸素を燃やし尽くすほどの極大の火球を、無防備な拓真に向かって吐き出した。
「きゃあああっ!」
かりんは悲鳴を上げ、配信のコメント欄も絶望の言葉で埋め尽くされる。
しかし。
猛烈な炎と爆煙が晴れた後――そこには、焦げ臭い煙を上げながら平然と歩みを進める拓真の姿があった。
ただし、無傷なのは彼の『肉体』だけである。常人なら骨まで灰になる極大の炎をまともに浴びたのだ。当然、彼が着ていたヨレヨレのワイシャツとスウェットは瞬く間に燃え上がり、ボロボロの炭となって崩れ落ちていく。
「あちっ、あちちっ!おいふざけんな!俺の服が燃えてんだろうが!」
『グルルルゥゥゥゥッ!?』
魔獣が驚愕に目を見開く。1年間、Sランクボスを質量(段ボール)で圧殺し続け、レベルがカンストしている拓真の物理と魔法耐性は、すでに常軌を逸している。Cランク程度の炎など、彼にとっては熱めのサウナと同レベルでしかない。
だが、服は別だ。服はただの布である。上着が焼け落ちて半裸状態になった拓真は、ススまみれの顔でブチギレた。
「あーあ、ドンキで買った上下セットが台無しだ!これ買い直すのにいくらかかると思ってんだ!単発ガチャ3回は引けたぞ、どうしてくれんだクソ犬!」
「えぇ……?」
かりんは別の意味でドン引きしていた。
「まあいい。お前は俺のガチャと服代だ。大人しく換金されろ」
拓真は無造作に手を伸ばすと、魔獣の額に埋まっている特大の魔石をガシッと掴んだ。
『ギャンッ!?』
メキメキメキッ!
そして、一切の躊躇なく、素手で力任せに魔石を引っこ抜いた。魔物の力の源である魔石を物理的に引き剥がされたフレアハウンドは、断末魔を上げる間もなく光の粒子となって霧散し、即死した。
「おっ、結構いい輝きしてんな。これなら服代を引いてもお釣りが出そうだ」
拓真は引っこ抜いた魔石を、かろうじて残っていたズボンの裾でキュッキュと拭き、満足げに頷いた。
一方、残されたかりんと、数万人が見ている配信画面は、文字通り静まり返っていた。
「え……?うそ……」
かりんは腰を抜かしたまま、ポカンと口を開けている。配信のコメント欄は、数秒の沈黙の後、爆発的な勢いで滝のように流れ始めた。
『は?』
『え?今何が起きた???』
『服は燃えてるのに本人は無傷!?』
『服の弁償(単発ガチャ3回分)でキレてて草』
『素手で魔石引っこ抜いてワンパンwwww』
『魔法とかスキルじゃない、ただの物理だぞ!?』
『半裸で石の査定してるやべーやつ』
『倫理観Fランクの変態探索者www』
そんなネットの熱狂など知る由もない拓真は、通勤カバンに大きな魔石をポイッと放り込んだ。
「命拾いしたな姉ちゃん。じゃ、俺は急いでるんで。この石は約束通り俺のもんだからな」
「あ、待って……!」
かりんが声をかけるが、拓真はすでに振り返りもせず、出口へ向かって小走りで去っていくところだった。
「急がねえと、服も買えねえし日替わりオリパの更新にも間に合わねえ……!待ってろよクソ運営、今日こそ絶対に神引きしてやるからな……!」
大人気配信者の命を救ったという特大の功績も、世界中を震撼させた異常な身体能力も、彼にとっては今日のガチャ代と服代の足しでしかない。
志倉拓真の最悪にして最強の伝説は、こうして数万人の目撃者と共に幕を開けたのだった。




