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2.適性検査は5000円? ふざけるな、10連ガチャが引けるだろうが!

 数年前、世界中に突如として『ダンジョン』と呼ばれる未知の領域が出現した。


 当初は未知の魔物が現れる厄災として恐れられたが、やがてダンジョン内部には『魔素まそ』と呼ばれる特殊なエネルギーが充満していることが判明する。


 この魔素を取り込むことで、人類は『スキル』や『魔法』といった超常的な力を発現できるようになった。ただし、それはあくまで魔素が存在するダンジョン内部に限られた話であり、一歩外に出ればただの一般人に戻る。


 魔法が飛び交い、超人的な身体能力を発揮できるのはダンジョンの中だけ。だからこそ、内部の未踏領域やドロップアイテムは莫大な富を生み出し、命知らずの探索者シーカーや、その活躍を配信して稼ぐダンジョン配信者(VTuber)といった新時代の職業が爆発的に流行した。


 世間はすっかりダンジョンドリームに湧いている。


 だが、志倉拓真にとってはどうでもいいことだった。


「魔法だのロマンだの知るか。こちとら明日の日替わりガチャ代を稼ぐので精一杯なんだよ……」


 拓真が足を運んだのは、探索者ギルドの『蒲田支部』。世田谷の自宅からわざわざ電車賃を最安ルートで計算し、物価の安そうな、そして適当にあしらってくれそうな下町の支部を選んだのだ。


 ギルドの入り口の自動ドアが開いた、その瞬間。


「きゃっ!」


「うおっ!?」


 中から小走りで出てきた小柄な人影と、正面からドンッとぶつかってしまった。


 やわらかい感触と、ふわりと香るシャンプーのいい匂い。ラブコメの主人公ならここでドギマギするところだが、拓真の視線は床にカチャンと転がった己のスマートフォンに釘付けになっていた。


「俺の命がぁぁぁっ!?」


「す、すいません!よそ見してて……スマホ、大丈夫ですか!?」


 相手は目深にキャップを被った、やたらと顔の整った若い女性だった。手には、ダンジョン配信者がよく使っている追従型の浮遊カメラドローンを抱えている。


 普通なら「可愛いな」と見惚れるレベルの美少女だが、拓真はひったくるようにスマホを拾い上げ、血走った目で画面を確認した。


「……セーフ。画面割れてない。日替わり100円ガチャの購入ボタンも誤爆してない。奇跡だ……」


「えっ?あの、本当にごめんなさい。私、これからここのFランクダンジョンでソロ配信の予定で、ちょっと緊張してて……もし壊れてたら弁償しますから!」


「当然です。もし画面が割れてたら、最新のスマホ代と、精神的苦痛の慰謝料として『神話祭極みパック』の天井までの課金代を請求するところでしたよ」


「て、てんじょう……?」


 ポカンとする美少女を放置し、拓真は「じゃ、急いでるんで」と足早にギルドの中へ歩き出した。可愛い女の子にぶつかられたのは悪くない気分だが、三次元の女の配信など、ガチャのトップレア確定演出に比べれば何の価値もない。さっさと小銭を稼ぐのが先だ。


「な、なんか嫌な感じの人……でも、あんな軽装でダンジョンに行くの?まさか凄いベテランさん……なわけないか」


 背後で女性が不思議そうに呟いていたが、拓真は気にも留めなかった。


 これが、のちに彼の人生を不本意な方向へ大きく狂わせることになる大人気ダンジョン配信者『星宮かりん』との最悪のエンカウントであったことなど、知る由もない。


 ギルド内はむせ返るような熱気に満ちていた。一攫千金を夢見る若者や、いかにも柄の悪そうなベテラン探索者たちがひしめき合っている。そんな中、ヨレヨレのワイシャツにスウェット、ボロボロの安全靴という拓真の姿は完全に浮いていた。


「新規の探索者登録ですね。こちらの用紙に記入をお願いします」


 窓口の受付嬢に用紙を提出する。


「はい、志倉様ですね。基本登録は無料ですが、当ギルドでは初心者の方に『適性検査』と『基礎講習』の受講を強く推奨しております。ダンジョン内での魔素への適応度や、潜在的なスキルを安全に計測する特別な機器を使用するため、費用は合わせて5000円となりますが――」


「ご、5000円!?」


 拓真は素っ頓狂な声を上げた。


「初心者をカモにする気ですか!?5000円っていったら、10連ガチャが1回引ける金額ですよ!そんな見ず知らずの機械に課金するくらいなら、俺は迷わず『アド確定オリパ』を回します!スキップで!」


「ガ、ガチャ……?いえ、ですが、ご自身の適性やスキルを知らずにダンジョンに入るのは非常に危険で……」


「いいからスキップで!こっちは1円でも惜しいんです!お役所仕事で余計なオプションをつけようとするのはやめてください!」


 クレーマー一歩手前の勢いでまくしたてる拓真に、受付嬢は完全にドン引きしていた。


 命を守るための5000円など破格の安さなのだが、金銭感覚が『オリパ基準』にぶっ壊れている拓真にとっては、高額なぼったくりにしか見えなかったのだ。


「……わかりました。適性検査を受けない場合、暫定的に最低ランクの『Fランク』からのスタートとなります。請け負える依頼も制限されますし、万が一の事故の際のギルドの補償も下りませんが、よろしいですね?」


「結構です。スライム叩いて小銭が稼げればそれでいいんで。早くカードをください」


 哀れみすら混じったため息をつきながら、受付嬢はペラペラのプラスチックカードを発行した。


「……こちらがFランクのギルドカードになります。活動推奨エリアは第一階層のみです。くれぐれも命は大切にしてくださいね」

「はいどうもー」


 カードを受け取ると、拓真はそそくさとギルドを後にした。


 すれ違いざま、柄の悪い探索者たちがヒソヒソと笑う声が聞こえた。


「おい見ろよあいつ、防具もつけずに通勤カバン一つだぜ」


「講習代ケチるやつは長生きしねえよ。明日には死体で発見されるな、ギャハハ!」


(うるせえよ。お前らみたいに装備に無駄金使うくらいなら、俺はガチャを回すね。俺は賢い消費者なんだよ)


 心の中で悪態をつきながら、拓真は未知の魔境――蒲田ダンジョンの入り口へと向かう。


 これで準備は整った。


 有料の適性検査をケチったおかげで、彼が1年間の不法投棄によって『世界でただ一人、レベルがカンストしているバケモノ』である事実は、誰にも知られることなく完璧に隠蔽されたのだった。

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