1.労働は悪。ガチャは正義。だから俺は不法投棄をする。
「……またハズレかよ。ふざけんなよクソ運営」
深夜2時。
薄暗いワンルームの部屋で、志倉拓真は血走った目でスマートフォンの画面を睨みつけていた。
画面に表示されているのは、最近流行りの『オンラインオリパ(オリジナルパック)』のガチャ結果画面。【還元率102%保証!絶対に損しないマイルド仕様!】という射幸心を煽るド派手なバナーに釣られ、今月の生活費を全ツッパした結果がこれだ。
確かに「サイト内で次にガチャを回せるポイント」としての還元率は102%なのだろう。
だが、排出されたカードそのものの市場価値は、100枚束ねても買取1円にも満たないノーマルカードの山、山、山。
この無価値な紙束をポイントに変換してまたガチャを回し、微減していくポイントに一喜一憂しながら、最終的に目当てのトップレア(大当たり)を引けずに全損する。それがオンラインオリパの『還元率102%』のカラクリだ。
ブラック企業で上司に理不尽に怒鳴られ、サビ残を繰り返して血反吐を吐きながら稼いだ金が、わずか数分で無価値な電子データへと変わった。
「労働は悪だ……。あんなに苦労して稼いだ金が、こんな架空の数字と紙切れになるなんて……許せねえ……」
拓真の心の中で、何かがプツンと切れた。
本来、引いた不要なノーマルカードはポイントに『還元』して次のガチャ資金にするのがセオリーだ。
だが、怒りで視界が狭まった拓真は、絶対に押してはいけない画面の隅のボタン――『すべて実物で発送する』を連打した。
「全部送れ。俺の金なんだから全部送れ。還元率102%分のノーマルカード、段ボール100箱になっても知らねえ。クソ運営め、送料と梱包材の費用で赤字にしてやる……!」
それが、全ての始まりだった。
数日後。拓真のアパートの前に、宅配業者が親の仇を見るような目で数十箱の段ボールを積み上げていった。
中身は当然、数万枚のノーマルカード(ハズレの紙束)である。
「……邪魔だな」
冷静になった拓真が抱いた感想はそれだけだった。
六畳一間の部屋は段ボールで埋め尽くされ、寝るスペースさえない。捨てるにしても、これだけの量の紙ゴミを一度に出せば大家に怒られるのは目に見えている。
めんどくさい。どうにかして手っ取り早く、このゴミの山を処理できないか。
そう思いながら夜のアパートの裏手をうろついていた拓真は、雑木林の中に『ぽっかりと空いた不自然な穴』を見つけた。
大きさは、ちょうど段ボール箱が一つ通るくらい。試しに足元の小石を蹴り落としてみると、いつまで経っても底に落ちた音が聞こえなかった。
「……かなり深いな。よし」
拓真は閃いた。ここなら、どれだけゴミを捨ててもバレない。
その日から、拓真の奇妙な日課が始まった。仕事のストレスが溜まるたびに『還元率102%』の甘い罠に引っかかり、トップレアが引けずに爆死し、腹いせにノーマルカードを全発送させ、届いた重さ数十キロの段ボール箱を夜な夜な裏山の穴に放り込む。
スコンッ、と小気味良い音を立てて暗闇に吸い込まれていく段ボールを見送るたび、拓真は「死ねクソ運営」と呪詛を吐いた。
――彼は知らなかった。
数年前から世界中に突如として現れ、現代社会をパニックに陥れた未知の領域『ダンジョン』。その未発見のダンジョンが、なぜか自分の住むボロアパートの裏手に直結していたことを。
そして、その穴の真下……遥か数百メートルの地底にあるのが、このダンジョンを統べる『Sランクのダンジョンボス』の出現ポイント(リスキル部屋)であったことを。
高度数百メートルから自由落下してくる、重さ20キロの段ボール箱(中身はぎっしり詰まった紙束)。それが、恐るべき運動エネルギーを伴って、ダンジョンボスの頭頂部に直撃する。
『ギョァァァァッ!?』
リポップ(復活)した瞬間に、頭上から降ってきた謎の超質量によって首の骨を折られ、圧死するダンジョンボス。数日後、再びリポップしたところに、またしても仕事でストレスを溜めた拓真が投下した段ボールが直撃し、圧死するダンジョンボス。そんな、魔物からすれば理不尽極まりない生き埋め地獄が、誰にも知られることなく、実に『1年間』も繰り返されていたのだ。
ダンジョンのルールにおいて、魔物を討伐した経験値は「トドメを刺した者」に入る。拓真がただ無心でゴミを捨てている間、彼のレベルは、天文学的な速度で跳ね上がり続けていた。
◆
そして、1年後。
「辞めてやったぞオラァッ!!」
拓真は、ついにブラック企業に退職届を叩きつけてやった。長年のストレスから解放された彼の手元には、わずかばかりの退職金が握りしめられている。
自由だ。これで、誰にも文句を言われずにガチャが引ける。拓真は震える指でスマートフォンを開き、今日から始まった『超神祭・幻のシークレット枠封入(※確率は非公開)』という悪魔のバナーをタップした。
「いっけええええええええっ!!」
――5分後。
「……嘘だろ」
拓真は、空っぽになった銀行口座の残高を見つめながら、糸の切れたマリオネットのように膝から崩れ落ちた。出なかった。ただの1枚も、目当てのカードは出なかった。手元に残ったのは、またしても部屋を埋め尽くすほどの段ボール箱(発送予定)と、明日食べるご飯の金すらなくなったという残酷な現実だけ。
「どうする……家賃はおろか、明日の日替わり100円オリパを引く金すらない……」
ガチャを引きたい。手が震える。このままではガチャ禁断症状で死んでしまう。だが、もうブラック企業で働くのは御免だ。労働などという非効率な手段でガチャ代を稼ぐなど、人間のやることではない。
「……そうだ。ダンジョン、行こう」
拓真は、虚ろな目で立ち上がった。ニュースで見たことがある。ダンジョンに出現する魔物を倒せば、魔石という換金アイテムが手に入ると。探索者だとか、ダンジョン配信者(VTuber)だとか、世間はもてはやしているらしいが、そんな名声はどうでもいい。
「スライムでもなんでもいい……。適当にその辺の雑魚を棒っ切れで叩き潰せば、単発ガチャ1回分くらいにはなるだろ……」
武器を買う金すらない拓真は、ボロボロの安全靴を履き、いつも使っていた黒い通勤カバン(頑丈)だけを手に持った。
「待ってろよクソ運営……。俺は絶対に、ダンジョンで日銭を稼いで、お前らの集金システムに打ち勝ってやる……!」
極めて不純で、底辺極まりない動機。ただ明日のガチャ代を稼ぐためだけに、志倉拓真は初のダンジョンへと足を踏み出す。
自身が、1年間の不法投棄によって『世界でただ一人、レベルがカンストしてしまったバケモノ』になっていることなど、露ほども知らずに。




