花の都の夜明け前。秘密の儀式と、完璧な隠蔽工作
『極黒の魔王と南仏の休日〜敏腕社長と吸血鬼のお持ち帰り〜』
第一章:花の都の夜明け前。秘密の儀式と、完璧な隠蔽工作
春のパリ。セーヌ川の水面がまだ夜の闇に沈み、街が静寂に包まれている午前五時過ぎ。
シャンゼリゼ通りに程近い超高級ホテルの最上階、その最も奥に位置する最高級スイートルームでは、甘く、そして退廃的な空気が濃密に立ち込めていた。
「はぁ、はぁ……っ。持子様……素晴らしいです。持子様の、熱くて濃密な闇の魔力が、私の体の奥底まで……っ」
部屋の中心に置かれた巨大なキングサイズのベッド。
最高級のシルクのシーツの上で、春らしいピンク色の髪を乱し、全身を桜色に上気させて身悶えしているのは、元トップモデルの本多鮎だった。彼女の洗練された美しいプロポーションは、今はただ一人の主への絶対的な服従と快楽に打ち震えている。
その鮎の上に馬乗りになり、黄金の瞳を妖しく輝かせているのは、神が設計図を引いたとしか思えない完璧な美貌を持つ少女――恋問持子だ。
前世である三国志の暴君・董卓の魂を宿す彼女は、パリの地下墓所での悪魔狩りで暴れ回った後、深夜の街で大量のケバブを平らげ、無敵の超代謝機能によってその莫大なカロリーをすべて自身の『極黒の魔力』へと変換し終えていた。
「ふはは! 存分に受け取るがよい、鮎! お前も地下の掃除で随分と魔力を消耗したであろう。わしの魔力を注ぎ込み、一滴残らず回復させてやる!」
持子は傲岸不遜な笑みを浮かべながら、自身の艶やかな唇を鮎の唇へと深く重ね合わせた。
「んんっ……! ぁ、あぁぁんっ……!」
言語を絶する快感が、魔力のパスを通じて鮎の脳髄を直接焼き切る。ただの接触ではない。魔王の圧倒的な覇気と生命力が、粘り気のある漆黒の魔力となって鮎の体内へと流れ込み、傷ついた細胞を瞬時に再生させ、同時に究極の悦楽へと彼女を突き落としていくのだ。
これは持子と下僕の間で行われる、極めて神聖かつ背徳的な『魔力回復の儀式』であった。
その激しい愛の営みが頂点に達しようとした、まさにその時。
『ちゅぅぅぅぅぅ……ああぁんっ! なんという極上の魔力……! 素晴らしゅうございます、マスター・鮎、そして偉大なる持子様!』
「……っ!?」
不意に、ベッドの脇に落ちていた鮎の足元の影がドロリと波打ち、そこから『絶世の美女の生首』がヒョコッと生え出てきた。
中世の貴族が纏うような豪奢な真紅のドレス。透き通るような雪白の肌に、妖しく輝く深紅の瞳。
昨日、パリの地下墓所で持子たちに屈服させられ、鮎の影の中に住まう下僕(寄生獣)となった『吸血鬼の女王』こと、ルージュ(真名:ヴィクトリア・ド・ヴァロワ)である。
『マスター・鮎が持子様と深く交わり、極上の快感を得たことで……マスターと魂のパスが繋がっているわたくしの元にも、その途轍もない快楽と膨大な魔力がダイレクトに流れ込んできますの! ああ、影の中で一人身悶えしながら、わたくしも魔力が完全回復いたしましたわ! 人間の血を吸う嫌悪感からも解放され、わたくし、今最高に幸せにございます!』
ルージュは恍惚とした表情で頬を染め、影の中から両手を合わせてうっとりと空を仰いでいた。
「ちょっとルージュ! 私と持子様の神聖なる愛の営みを、影の中からタダ乗りで楽しんでるんじゃないですよ! この変態吸血鬼!」
鮎はベッドの上から身を乗り出し、影から出ているルージュの頭をペシッと叩いた。
「あいたっ! ぶたないでくださいませマスター!」
「ええい、鬱陶しい奴め。まあよい、これで全員の魔力は満タンに回復したというわけだ」
持子は満足げに鮎から体を離し、ベッドの脇に置いてあったバスローブを羽織った。
時計の針は、午前五時四十五分を指している。
その時間を見た瞬間、ピンク髪の忠犬――否、最新の模試で全教科トップクラスの成績を叩き出した『早稲田大学合格確実のインテリ頭脳』が、警鐘を鳴らした。
「……はっ! 持子様、いけません! もうすぐ朝の六時です! 昨夜からリュクスのエレーヌ・リジュ代表と徹夜のミーティングをしていた雪さんが、そろそろホテルに帰ってくる時間です!」
鮎は弾かれたようにベッドから飛び起き、乱れた服を猛スピードで整え始めた。
「雪が帰ってくる? それがどうしたのだ。わしらはただ魔力を回復していただけだぞ?」
持子が不思議そうに小首を傾げる。魔王としての威厳はあっても、こと人間社会のモラルや常識において、持子は絶望的に頭が悪いのだ。
「ダメですよ持子様! 私たちがこんなホテルの一室で、朝まで濃厚な魔力回復をしていたなんて雪さんにバレたら、不純異性交遊……いえ、タレントのコンディション管理違反として、絶対にこってり絞られます! 雪さんには絶対に、この儀式のことは秘密にしなければなりません!」
鮎の優秀なプロファイリング能力が、雪の冷徹な説教を完璧に予測していた。
「むむっ、雪の説教は恐ろしいぞ! スマホの検索履歴まで容赦なく突きつけてくるからな! ではどうするのだ、鮎!」
「任せてください、持子様。私のこの『早大合格レベルの頭脳』で、完璧な隠蔽工作を行います!」
鮎は即座に行動を開始した。
「ルージュ! あんたは絶対に影の中から口を出さないでください! 余計なことを言ったら、魔力のパスを締め上げて太陽の下に放り出しますよ!」
『ひぃっ! わ、わかりましたわ! わたくしは貝になりますぅ!』
ルージュを脅迫して黙らせた後、鮎は猛スピードで部屋の空気を入れ替え、持子が昨夜食べた大量のケバブの包み紙をあえてテーブルの目立つ場所に広げた。
さらに、窓の遮光カーテンをピシャリと完全に閉め切り、部屋の照明を煌々と点ける。
「よし。これで外の朝日は入りません。私と持子様の肌が異様にツヤツヤしているのは、朝日さえ浴びなければ『徹夜明けの脂ぎったテカリ』と言い張れます!」
「おおおっ! 流石は鮎! 完璧な軍略だ!」
「さあ持子様、二人でテーブルの前に正座です! 深夜にジャンクフードを爆食いして徹夜で遊んでいた、という『可愛い不良タレント』の顔で雪さんを迎え撃つんです!」
かくして、極黒の魔王とインテリな忠犬は、最高級絨毯の上にピシッと背筋を伸ばして正座し、敏腕社長の帰還を待ち構えたのである。
第二章:冷徹な眼光と、インテリ忠犬の完璧な言い訳
午前六時ちょうど。
「ただいま。……はぁ、さすがに徹夜明けは堪えるわね」
重厚なオーク材の扉が開き、ネイビーのパンツスーツに身を包んだ立花雪が、疲労の色を滲ませながら部屋に入ってきた。
しかし、リビングに足を踏み入れた瞬間、雪の足がピタリと止まる。
部屋の中に充満する、強烈なスパイスとニンニクの匂い。
完全に閉め切られたカーテンと、煌々と点く照明。
そして何より、部屋の中央で仲良く正座をしている、持子と鮎の姿。
「……あんたたち。朝の六時から、揃いも揃って正座なんてして。一体何をやらかしたの?」
雪の眼鏡の奥の瞳が、プロデューサーとしての冷徹な光を放つ。その視線は、瞬時に二人の状態をスキャンしていた。
「お、おお! 雪ではないか! 徹夜の話し合い、大儀であったな!」
持子がわざとらしく大きな声を張り上げた。
「うむ! 実はな、雪! 昨晩わしらは夜のパリの街で『けばぶ』という肉の塊を爆食いしたのだ! あれは美味かったぞ!」
「……朝食ならこれからホテルのダイニングでいくらでも食べられるわよ。まさか、深夜の買い食いを謝るために正座してるわけじゃないわよね?」
雪が訝しげに眉をひそめると、持子は焦って視線を泳がせた。
「そ、それは……その、な! 腹を満たした後はホテルに戻って、二人でたっぷりと、その……ま、魔力の……」
(馬鹿ぁぁぁッ! 持子様、これ以上喋ったら自爆しますぅぅッ!)
持子が『魔力回復』という単語を口走りそうになった瞬間、鮎が目にも留まらぬ速さで会話に割り込んだ。
「えへへっ! 雪さん、実は私たち、昨夜パリの地下墓所で、とんでもないものを拾ってきたんです!」
鮎は持子の言葉を強引に遮り、満面の笑みで自身の足元を指差した。
「ルージュ! ご挨拶なさい!」
鮎が声をかけると、彼女の足元の影がドロリと波打ち、そこから真紅のドレスを着たルージュの生首がヒョコッと飛び出してきた。
「……は?」
雪の優秀な頭脳が、一瞬だけ停止した。
どう見ても人間ではない、圧倒的な魔と夜の気配を纏う存在が、鮎の影の中から優雅に微笑みかけている。
「お初にお目に掛かりますわ、雪様。わたくし、マスター・鮎の影に住まう者にございます。以後、お見知りおきを」
ルージュが古風な貴族の口調で気高く挨拶をする。
「な、ななな……なんですか、この美しい女の人は……!?」
常に冷静沈着な雪でさえ、これには声が裏返った。
鮎は心の中で(よし、雪さんの意識が完全にルージュに向いた!)とガッツポーズを決め、一気に畳み掛けた。
「紹介しますね雪さん! こいつは中世から三百年間もパリの地下を支配し続けてきた『吸血鬼の女王』らしいんですけど、持子様と私で徹底的に分からせてやって、屈服させました! 今はこうして、私の影の中に潜んで荷物持ちをしてくれる便利な収納ボックス兼、下僕になってます!」
吸血鬼の女王。三百年の支配。
雪の脳内に、その単語から導き出される歴史的・魔術的な脅威度が瞬時に弾き出される。
鮎はさらに、自身の肌がツヤツヤしている理由を、完璧な論理で構築して放った。
「それでですね雪さん! 私たちの肌がこんなにツヤツヤして魔力が溢れているのは、こいつを屈服させた時に、吸血鬼の女王の強大な魔力コアを少しだけ吸収したからなんです! 決して、夜通しホテルで変なことをしていたわけじゃありません! 全ては悪魔狩りの副産物です!」
息を吐くように嘘をつく、早大合格レベルの完璧な隠蔽工作。
雪は、鮎の理路整然とした(しかし根本が狂っている)説明を聞き、小さく息を吐いた。
「……持子。鮎さん。あんたたち、またとんでもなく面倒なものを拾ってきたわね」
「も、申し訳ありません雪さん! でも、こいつを下僕にして飼うと決めたのは……」
鮎が言い訳をしようとした瞬間、ルージュが影の中から嬉しそうに口を開いた。
「ふふふ。わたくし、マスター・鮎と偉大なる持子様の圧倒的な力の前にひれ伏しましたの。……それにしても、昨夜のホテルでのマスターたちの交わり……あの激しい『えっ――』」
「んんんんんんっっ!?」
ルージュが「えっち」という単語を口にしかけた瞬間。
持子が目にも留まらぬ速さでルージュの顔面を鷲掴みにし、同時に鮎が主従の契約で繋がった「魔力のパス」を内側からギリィッと強く締め上げた。
「んぐぅぅぅッ!? ま、マスター!? くるし、魔力のパスが首を絞め……っ!?」
「ルージュ! あんたは余計なこと言わなくていいんですよぉぉぉッ!」
「そうだ! 雪、こいつを下僕にしたのは、わしが鮎に『こいつを屈服させて荷物持ちにしろ』と唆したからだ! ゆえに、わしも同罪だ!」
持子と鮎は必死にルージュの口を物理と魔力で封じ込め、話題を強引にすり替えた。
雪は、顔面を掴まれてジタバタしている吸血鬼の女王と、滝のような冷や汗を流している二人の娘を交互に見比べ、やれやれと首を振った。
「……はぁ。どっちもどっちよ。持子が唆して、鮎さんが実行した。完全に同罪ね。類は友を呼ぶっていうけど、本当にバケモノの周りにはバケモノが集まるのね」
二人の秘密の儀式は、鮎の完璧な頭脳プレイと持子の物理的な口封じにより、なんとか雪の目を欺くことに成功したのである。
第三章:冷徹な算盤と、一百万円の絶対条件
雪はソファに深く腰を下ろすと、こめかみを押さえながら思考を高速回転させた。
(吸血鬼の女王。存在自体がヨーロッパの裏社会や魔術社会を揺るがす特級の危険物。……だけど、完全に鮎の支配下に置かれているなら、リスクはコントロール可能。むしろ、彼女の『影潜り』の能力や、ヨーロッパの裏事情に精通している知識は、今後のスノーの世界展開において極めて強力な武器になる……)
情や驚きではなく、あくまで『プロデューサーとしての損得勘定』で事態を評価する雪。数秒の沈黙の後、彼女はゆっくりと眼鏡の位置を直し、氷のように冷徹な、しかし有無を言わさぬ社長の顔で二人を見据えた。
「……いいでしょう。その吸血鬼、スノーの備品として飼うことを特別に許可するわ」
「本当ですか雪さん! やったー!」
「うむ! 流石は雪、話が分かるではないか! さあ、これでわしらは何の憂いもなく、今日からの『ヨーロッパ美食バカンス』に出発できるというわけだな!」
持子は正座を崩し、歓喜の声を上げた。
数日前の約束。撮影が終わったら、南仏のコート・ダジュールからイタリアへ抜けて、ヨーロッパ中をバカンスして回る。最高級の三ツ星レストランのフルコースも、本場のジェラートも、全部スノーの経費で食べ放題。その約束を思い出し、持子の黄金の瞳は星のようにキラキラと輝いていた。
「ああっ、わたくしも、影の中からマスターの魔力を吸いながら、美味しいおこぼれをいただきますわ! 楽しみですの!」
ルージュも持子の手から解放され、影の中から両手を挙げて喜んでいる。
しかし、雪は一切の感情を交えず、淡々とタブレットを操作しながら冷酷な宣告を下した。
「いいえ、持子。そのバカンスの予定は『白紙』よ」
「…………へ?」
持子の動きが、ピタリと止まった。
「な、何を言っておるのだ雪? 白紙? わしの三ツ星レストランは? キャビアは? ジェラートはどうなるのだ!?」
「全部キャンセル。……その吸血鬼を飼うことと、私の部屋で隠し事をしていたことを見逃す代わりに、あんたたちには一つの『絶対条件』を飲んでもらうわ」
雪はタブレットの画面を二人の前に突きつけた。
そこに表示されていたのは、美しい南フランスの海岸線の写真と、リュクス・アンペリアルのロゴマークだった。
「つい先ほど、リュクスのエレーヌ・リジュ代表と契約を結んできたわ。予定を変更して、今日から南フランスの『コート・ダジュール』へ向かい、リュクスの『夏向けの新作コレクション』のメインビジュアル撮影に参加しなさい」
「なっ……!?」
「日程は超ハードよ。明日から撮影を開始して、遅くとも四日後には終わらせる。そしてその日の夜には現地の飛行機に乗って、日本の高校の始業式に間に合わせるわ。つまり、遊んでいる暇なんて一秒もないわよ」
雪の言葉に、持子は雷に打たれたような顔で立ち尽くした。
「ば、ばかげている! わしは魔王だぞ! なぜ美食の数々を目の前にして、また布切れの撮影などに時間を割かねばならんのだ! 絶対に嫌だ! わしは食う! ヨーロッパの美味いものを全て食い尽くすのだぁぁぁッ!」
「そうです雪さん! 私だって、美しい南仏の景色の中で、持子様とキャッキャウフフのバカンスデートをする予定だったんです! 撮影なんてしてる場合じゃありません!」
食欲に支配された魔王と、色欲(持子への愛)に支配された忠犬。
二人は猛烈な抗議の声を上げ、雪に詰め寄った。普通のマネージャーであれば、この制御不能なバケモノたちのワガママに泣き寝入りするしかないだろう。
しかし、立花雪は違った。
彼女は二人の猛抗議を柳に風と受け流し、ふっと、底知れぬ余裕を含んだ大人の笑みを浮かべた。
「……そう。どうしても嫌だと言うのね」
雪はタブレットを閉じ、腕を組んで足を組み替えた。
「せっかく、この急なスケジュール変更の慰謝料として、あんたたち二人に『特別ボーナス総額一百万円』を支給しようと思っていたのに。残念だわ」
「…………ひゃくまん、えん?」
ピクッ、と。持子の黄金の瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭く反応した。
「ええ。今日、前金として『五十万円』を現金で渡すわ。そして、コート・ダジュールでの撮影がすべて無事に終わったら、残りの『五十万円』を支給する。合計一百万円。あんたの好きに使える、完全なポケットマネーよ」
雪はカバンから、分厚い札束の入った封筒をテーブルの上にコトリと置いた。
「ひゃ、ひゃくまん……!?」
持子の脳内で、猛烈な計算(妄想)が始まった。
目の前のヨーロッパでの数回の食事をとるか。それとも、手元に残る一百万円で、帰国後に無限の肉と海鮮の楽園を築き上げるか。孤児院出身で常にお腹を空かせていた悲しい過去を持つ持子にとって、「自由に使える一百万の現金」という響きは、いかなる軍略よりも、いかなる魔法よりも強力な破壊力を持っていた。
「ま、待て雪! わしは魔王として、その一百万円という数字に大いなる可能性を感じておる……!」
ぐらぐらと揺らぐ持子。雪はさらに、ダメ押しの「毒」を放った。
「それに鮎さん。コート・ダジュールへの移動は、今日の『夕方』よ。つまり、今から夕方までの約十時間は、完全にオフの自由時間。前金の五十万円を握りしめて、二人きりで、花の都パリを自由にデートしてきてもいいわよ。……私は疲れたから、夕方までここで寝させてもらうけどね」
「ふ、ふたりきりで……パリの街を、デート……ッ!?」
今度は鮎の脳髄が、爆発音を立ててショートした。
大好きな至高の推しである持子様と、誰の邪魔も入らない、シャンゼリゼ通りでのロマンチックなショッピングデート。それは鮎にとって、何百回のバカンスよりも価値のある、至上の悦楽だった。
「も、持子様ぁぁぁッ!!」
鮎は涙を流しながら持子の足元にすがりついた。
「やりましょう! 撮影、やりましょう!! 南仏でも北極でもどこでも行きます! だから、今から私とパリの街で、愛のショッピングデートをしてくださいぃぃッ!」
「むむむっ……! 一百万……一百万あれば、帰国後にあの金箔パンケーキの店ごと買い取れるやもしれん……! いや、道産牛のステーキを浴びるほど食える! よし、雪! その条件、この魔王が特別に飲んでやろう!」
食欲と物欲、そして一百万円という現金の前に、あっさりと屈服した極黒の魔王。
持子とのデートという甘い餌に、秒速で釣られたピンク髪の忠犬。
「……交渉成立ね。ほら、これが前払いの五十万よ。夕方の十七時には必ずここに戻ってくること。遅れたら残りのボーナスは没収だからね」
雪が分厚い封筒をテーブルに放り投げると、二人は「やったー!」と歓声を上げ、封筒をひったくるようにして、まるで遠足に行く小学生のように弾んだ足取りでスイートルームを飛び出していった。
もちろん、鮎の影の中には、これからパリの街で地獄の「荷物持ち」をさせられる運命にある吸血鬼の女王が、ウキウキした顔で潜んだままである。
嵐が去った後の、静かなスイートルーム。
雪は一人残された部屋で、ふぅ、と深く息を吐き、眼鏡を外してソファに身を預けた。
「……まったく。本当に手のかかる、チョロい娘たちなんだから」
口では呆れながらも、その表情はどこまでも優しく、母のような深い愛情に満ちていた。
こうして、敏腕社長の完璧な交渉術(餌付け)により、持子たちの覇道は花の都パリから、灼熱と太陽の楽園、コート・ダジュールへと続いていくのであった。




