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パリの地下で吸血鬼を調教したら、三百年引きこもりの元・女王がポンコツすぎて返品したくなった件

パリの地下で吸血鬼を調教したら、三百年引きこもりの元・女王がポンコツすぎて返品したくなった件


パリの地下深くで繰り広げられた悪魔狩りと、それに伴う「吸血鬼の女王・徹底調教タイム」から数時間後。

極黒の魔王・恋問持子と、見事に「攻めの悦び」に目覚めたピンク髪の忠犬・本多鮎は、新たな下僕を引き連れて地上へと続く螺旋階段を上っていた。

時刻はすでに夜の九時を回っている。

地上へ続く重厚な鉄扉を押し開けた瞬間、春のパリの夜風と共に、華やかな街の喧騒がドッと押し寄せてきた。


「ふぅ。やはり地上の空気は美味いな。さあ、バカンスの幕開けだ!」


持子がラムレザーのジャケットを翻し、黄金の瞳を輝かせて夜のパリへと足を踏み出す。

その背後で、鮎も意気揚々と胸を張った。


「さあ、私の栄えある下僕第一号、ルージュ! 持子様のお腹も限界です! あなたが豪語していた、パリで一番美味しい三ツ星レストランとやらへ案内しなさい!」


「は、はいっ、我がマスター……。お任せ、遊ばせ……」


地下の暗闇から、おずおずと顔を出したのは、かつてパリの裏社会を震え上がらせていた吸血鬼の女王――改め、鮎のパシリとなった『ルージュ』だった。

彼女の真の名は『ヴィクトリア・ド・ヴァロワ』。

十七の歳で上級貴族であり真祖の吸血鬼、エティエンヌ・ド・ロシュフォール=ノクティスに嫁ぎ、すぐさま吸血鬼とされた元・令嬢である。

青白い微笑みで舞踏会を支配する、夜の王子のような彼との日々は、百年の間はとても楽しく、愛に満ちていた。……彼が「パリの地下を支配し続けろ」という言葉と優秀な下僕たちを残し、ふらりと姿を消すまでは。

真紅の豪奢なドレスを纏った絶世の美女は、意気揚々と地上に足を踏み出そうとして――次の瞬間、ピタリと固まった。


「……ひっ」


ルージュの深紅の瞳が、恐怖に見開かれる。

目の前に広がるのは、シャンゼリゼ通りに続く華やかな大通り。

絶え間なく行き交う車のヘッドライト、眩いほどに輝くブランド街のショーウィンドウ、そして、夜空をチカチカと極彩色に照らす巨大なLEDのネオンサイン。


「な、ななな……なんにございますか、あのチカチカと明滅する悪魔の看板はぁぁぁッ!?」


ルージュは悲鳴を上げ、両腕で顔を覆い隠して地下階段の暗がりへと猛ダッシュで逆戻りした。


「おい、どうしたルージュ。さっさと案内せんか」


「む、無理にございます! 恐ろしすぎますわ! 猛スピードで走る鉄の馬車から放たれる、あの強烈な光線はなんなのです!? わたくしの知る『夜』ではございませんわ!!」


地下の暗闇の端っこで、ガタガタと震えながら膝を抱える吸血鬼の女王。

そのあまりにも情けない姿に、鮎は額に青筋を浮かべた。


「ちょっとアンタ! パリの地下を数百年間支配してきた女王なんでしょう!? 夜の街くらい堂々と歩きなさいよ!」


「だ、だって……っ! わたくしが最後に自らの足で地上を歩きましたのは、偉大なる太陽王、ルイ十四世がご健在であらせられた頃! つまり、三百年も昔のことにございますわ!」


「さ、三百年ぶりぃ!?」


鮎の素っ頓狂な声が響き渡る。

持子も呆れたようにため息をついた。


「お前、三百年もの間、ずっとあのカビ臭い地下に引きこもっておったのか? なら、どうやって血や魔力を集めていたのだ」


「う、美しいわたくしのために、下級の吸血鬼やコウモリたちが、毎晩地上の人間から上質な血と魔力を搾取して貢いでくれておりましたの……。でも、今日、あなた様方がわたくしの可愛い部下たちを悉く木っ端微塵になさいましたでしょう……っ!」


「あー、そういえば入ってくる時にウザかったコウモリの群れや吸血鬼共を、壁の染みにしてしまったな」


持子は全く悪びれる様子もなく、カラカラと笑った。


「と、とにかく無理にございます! あのような明るくて騒がしい地上、恐ろしくて歩けません! わたくしはあの暗くて安心する地下墓地へ帰らせていただきますぅ!」


「ふざけるな、この引きこもり吸血鬼がぁっ!!」


ダッシュで逃げようとするルージュの首根っこを、鮎がガシッと掴んだ。

先ほどの地下での調教により、ルージュの魂には鮎への絶対服従の首輪がはめられている。鮎が本気で引っ張れば、抗うことはできない。


「いやぁぁぁっ! 光が、あの悪魔のネオンの光がぁぁっ!」


「やかましい! 案内役兼お荷物持ちが引きこもってどうするんですか! 行きますよ!」


挿絵(By みてみん)


ズリズリズリッ……。

美しい真紅のドレスを石畳に擦り付けながら、絶世の吸血鬼がピンク髪の少女に引きずられていくという、極めてシュールな光景が夜のパリに展開された。


――幻の三ツ星レストランと、影潜りの寄生獣――


「ぜぇ、ぜぇ……。ほ、本当に灰になるかと思いましたわ……」


「大袈裟ですね! ほら、着きましたよ! それで、持子様を満足させる極上のレストランはどこですか!」

鮎に引きずられ、なんとか指定の番地へとたどり着いた三人。

ルージュは涙目で立ち上がり、ドレスの埃を優雅に払って、かつての貴族令嬢としての威厳を取り戻すようにコホンと咳払いをした。


「ふふん。おののき遊ばせ。ここは、かつて太陽王も密かにお忍びで通われたという、パリ随一の超高級フレンチ……あれ?」


ルージュが自信満々に扇子で指し示した先。

そこにあったのは、煌びやかな三ツ星レストランなどではなく、原色ギラギラの看板を掲げた**「二十四時間営業・ケバブ&フライドポテト大盛り店」**だった。

店の前では、酔っ払った観光客が陽気に肉をかじっている。


「……」


持子と鮎の冷ややかな視線が、ルージュに突き刺さる。


「あ、あれぇ……? おかしいですわね、三百年前にわたくしが通っておりました頃は、確かにこの場所に……」


「三百年前の店が今もあるわけないでしょうがぁぁぁッ!! この使えないポンコツ吸血鬼がぁ!!」


「ひぃぃぃっ! す、申し訳ございませんマスター・鮎! 叩かないでぇ!」


鮎の一通り叩き終わった後に放たれたドロップキックが、ルージュの美しいお尻にクリーンヒットした。


「はぁ……。もういい、わしは腹が減って限界だ。とりあえず、あのケバブという肉の塊を十個ほど買ってこい。店の看板メニューも全部だ」


「は、はいっ! 仰せのままに、持子様!」


結局、バカンス初日のディナーは、超高級フレンチから「深夜のジャンクフード爆食いパーティ」へとダウングレードされた。

とはいえ、持子の無敵の胃袋にかかれば、どんなジャンクフードも「極上の燃料」に変換されるため、本人は大量のケバブを頬張りながら案外ご満悦だった。

しかし、鮎の怒りは収まらない。


「ちょっとルージュ! 今夜のレストランも使い物にならないなら、明日の昼のシャンゼリゼ通りでのブランド爆買いツアーはどうなるんですか! ちゃんと全部の荷物、持てるんでしょうね!?」


「えっ? 明日のお昼にございますか? 荷物持ちなど到底不可能ですわよ」


ケバブの端っこをお上品に齧りながら、ルージュは当然のように首を横に振った。


「わたくしは誇り高き夜の貴族、吸血鬼ですのよ? 太陽の光など浴びれば、一瞬で灰と化してしまいますわ。ゆえに、お昼の間はマスター・鮎の『影の中』に引きこもらせていただきます」


「……は?」


「吸血鬼の高等魔術『影潜り』にございます! マスターの影と一体化すれば、忌まわしき太陽の光も完全に防げますし、移動も楽チン! もちろん、影の中からマスターの魔力をちゅぅぅっと吸い放題という、完璧なるシステムにございますの!」


言うが早いか、ルージュの体がスライムのようにドロリと溶け、足元に伸びる鮎の影の中へ、まるで水面に潜るようにスッと姿を消した。

そして、影の表面からルージュの美しい顔だけがヒョコッと浮かび上がる。


「ね? これならお昼でも安心ですわ! 荷物は一切持てませんけれど!」


「完璧なのはアンタの寄生パラサイトシステムだけでしょうがぁぁぁッ!!」


鮎の額の青筋が、ついにブチッと音を立てて弾け飛んだ。


「昼間は私の影に引きこもって荷物一つ持たない!? 夜はネオンが怖くてまともに歩けない!? しかもグルメ情報は三百年前で止まってる!? なんですかこの圧倒的に使えない不良品の下僕オプションはぁぁぁッ!!」


しかし、どれだけ叱責されようと、ルージュの心は実はひそかに踊っていた。


(……ああ、なんて素晴らしいのでしょう!)


かつて彼女は、強力な侵略者であるデュラハンと死闘を繰り広げるなど、三百年間も地下で戦い続けてきた。持子たちに敗れた時はついに殺され、喰われるのだと覚悟した。

これでようやく、真祖たる夫の束縛から解放され、楽になれるのだと。

結果として鮎の下僕となったが、その恩恵は計り知れなかった。


「ああんっ、マスター・鮎……。わたくし、先ほどの戦いで魔力がカツカツでしてよ……少しだけ、影の中からエネルギーをいただいてもよろしいかしら?」


「えっ? ちょ、ちょっとやめっ――んんっ!?」


影に潜んだルージュが、鮎の足元からダイレクトに「魔力」をチュゥゥゥゥッと吸い上げ始めた。


(ちゅぅぅぅ……ああ、美味しい! いえ、それ以上に……!)


下僕となったことで魂のパスが繋がり、人間から直接血を吸わなくても、主から極上の魔力を得られるようになったのだ。実はルージュは、吸血行為がもたらす快楽の裏で、他者の血を啜ることに少なからず嫌悪感を抱いていた。

それが今、完全に解消されたのである。


(この人間たちの寿命が尽きるまで、わたくしはこの美食を堪能いたしましょう! あとは怒られない程度に程々に頑張り……怖い外の世界も、少しずつお洋服などを着飾って楽しみたいですわ。以前よりも、ずっと自由にございます!)


彼女の心の中の唯一の不満を挙げるなら。


(……ただ、ご主人様が麗しい殿方であったなら、もっと最高でしたのに……。残念でございますわ……)


「あ、ああぁぁぁ……っ、魔力が……私の魔力が下から美味しく吸われていくぅぅ……っ」


ルージュが内心で勝手な人生設計(吸血鬼生設計)を立てている間にも、鮎の魔力は容赦なく搾取されていく。

レストランの案内はできない。昼間は荷物持ちもできない。なのに、燃費だけは一人前に悪く、影の中からしっかり鮎の魔力を吸い取ってプルプルに潤っていく絶世の元・女王。


「も、持子様ぁぁぁッ!!」


影から魔力を吸われながら、鮎は涙目で持子に向かって叫んだ。


「私、この下僕の『クーリングオフ』を申請します! 返品です、返品! いくらなんでもポンコツすぎますぅ! 全ては持子様が私に押し付け……ごふっ、ご指導くださった結果です! 責任取ってくださいよぉぉっ!」


その悲痛な叫びに対し、魔王たる持子は、ケバブを口いっぱいに頬張ったまま、スッと黄金の瞳を逸らした。


「……んーむ。まあ、そのうち使えるようになるはずだ! ほれ、ローマは一日にして成らずと言うじゃろ? 影の中で大人しくしてるなら、…………その根気よくお前が育ててやれ!」


「目を逸らさないでください持子様ぁぁぁッ! 明らかに面倒くさがってるじゃないですかぁぁ!」


「んっ……ふぁぁ、美味でございますわ、鮎様の魔力……。あ、持子様、ポテトも一本影の中に落としていただけますこと?」


「この駄目吸血鬼! 持子様のポテトを勝手に要求するなぁぁッ!!」


鮎はブチギレて、手に持っていた食べかけのケバブとポテトを、足元に伸びる自分の影に向かって思い切り投げつけた。


「ええい、鬱陶しい奴め。貴様にはこれで十分じゃ!」


持子も不機嫌そうに鼻を鳴らし、紙袋からポテトをひとつかみすると、影に向かって無造作に投げ捨てた。

バサバサッ! ズボッ!


「あいたっ! ちょ、やめて遊ばせーっ! わたくしの優雅なお部屋が油まみれになってしまいますわーっ!」


影の中からお嬢様らしからぬ悲鳴が上がったかと思うと、ズルリとルージュの美しい上半身が這い出してきた。しかし、その両手には、さっき投げ込まれたはずのケバブとポテトが、押し潰されることもなくすっぽりと無傷のまま収まっている。

それを見た鮎が、「あーっ」と大きな声を上げた。


「ちょっとアンタ! もしかしてこの影の中って、物を入れたり出したりできるんですか!?」


鮎の驚いた問いに、ルージュはケバブの油をハンカチで優雅に拭きながら、ふんぞり返ってドヤ顔を決めた。


「当然にございますわ! わたくしの『影潜り』は単なる移動手段ではございませんの。わたくしが快適に過ごせる程度の空間が、この影の中にはしっかりと広がっておりますのよ! ええ、中にはデュラハンから奪い取った巨大な戦利品の剣すら飾ってある、優雅なプライベートルームが……」


持子は小首を傾げ、さっぱり分からないという顔をした。


「部屋? 影の中に部屋があるとは、どういう理屈だ? 全く見当がつかんな」


「持子様、理屈はどうでもいいんです!」


持子の疑問を遮り、鮎は目を爛々と輝かせて悪い笑顔を浮かべた。


「要するに、ここに明日のブランド爆買いツアーの『お買い物』を全部ぶち込めば良いんですよ! これなら重い荷物を持つ必要もないし、アンタを完璧な『歩く収納ボックス』として有効活用できます!」


「い、嫌にございます! わたくしの神聖で優雅なるマイルームを、下等な人間の荷物置き場にするなど……!」


ルージュが激しく首を横に振って抵抗するが、鮎は冷たい絶対零度の目でルージュをギロリと睨みつけた。


「……へえ? 嫌? 誰のおかげで今、恐ろしいネオンの光から逃れて引きこもれてると思ってるんですか?」


「ひぃっ……!」


魂に刻まれた絶対服従の首輪がギリリと締まり、ルージュは涙目になって力なく頷いた。鮎には逆らえないのだ。


「わ、わかりましたわ……。荷物置き場でもなんでも、お好きになさってくださいませ……っ」


「よーし、交渉成立です!」


「ふん。まあ、使い道ができたのなら重畳だ。さっさと食うぞ、鮎」


持子が呆れ半分で残りのケバブを口に運ぼうとした、その時だった。


「ちゅぅぅぅぅぅぅぅ……」


ルージュが再び鮎の足元にスライムのように溶け込み、魔力の吸引を再開した。


「あ、ああぁ……っ、また吸われて……あれ?」


鮎が不審な声を上げる。


「ルージュ、アンタさっきから全然私の魔力吸えてなくないですか? 私、もう余力が……」


「ええ、鮎様の魔力、なんだか底が見えてまいりましたので……あ、でも大丈夫ですわ! 鮎様の魔力の奥底から、なんだか恐ろしく濃密で極上の魔力が流れ込んできますの! これ、最高に美味しいですわぁぁ!」


「……ぬ?」


持子はピクリと黄金の眉を動かした。

次の瞬間、持子の体内から、ズズズッと魔力が引き抜かれる奇妙な感覚が走った。

持子と鮎は、主従の契約によって深い魔力のパスが繋がっている。

鮎の魔力が枯渇しかけたことで、そのパスから大元である持子の規格外の魔力が、ダイレクトにチューチューと吸われ始めたのだ。


「ああっ! ダメです! 私のパスを伝って、持子様の尊い魔力がこの駄目吸血鬼に横取りされてますぅ!」


「ちゅぅぅぅぅぅぅ! ああんっ、なんと濃厚で芳醇な闇の魔力……! わたくし、三百年生きてまいりまして、これほど美味なる魔力は初めてにございますわ! おかわりぃぃ!」


「ええい、鬱陶しい! 貴様、わしの魔力を直飲みするでないわ!!」


影の中で悦楽に浸る元・女王と、魔力のパイプ役にされて半泣きの忠犬。

そして、まさかの形でポンコツ吸血鬼の燃費の尻拭いをさせられる羽目になった極黒の魔王。


「……はぁ」


春のパリの夜空の下。

ネオンサインが眩しく瞬く大通りで、圧倒的な美と暴力を誇る持子の華麗なるバカンスは、極上のジャンクフードの味と、図太い元・貴族令嬢の歓喜の声、そして魔王のなんとも締まらない長いため息で幕を開けたのだった。

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