『花の都の地下に眠る真紅』
花の都のパリの地下深くに広がる、冷たく入り組んだ地下迷宮。
ピンク髪の忠犬・本多鮎を従え、極黒の魔王・恋問持子は完全なる暗闇の最奥へと足を踏み入れていた。
「持子様、右の暗がりから蝙蝠の群れです! 左からは下級吸血鬼が十体ほど来ます!」
「ふん。雑魚どもが鬱陶しいわ」
暗闇の奥から、無数の赤い目を光らせた吸血蝙蝠の群れと、理性を失い獣のように這い寄る下級吸血鬼たちが次々と襲いかかってくる。だが、持子は歩みを止めることすらしない。
「持子様はお手を煩わせるまでもありません! 私がお掃除いたします!」
鮎は普段の「持子にまとわりつくポンコツな駄犬」のイメージを微塵も感じさせない、冷酷で洗練された動きを見せた。彼女の背中から無数の『闇の魔力の手』が触手のように伸び、襲い来る蝙蝠たちを次々と空中で握り潰し、下級吸血鬼たちの首を正確に刎ね飛ばしていく。
鮎は持子の狂信者として奇行が目立つが、本質的には極めて優秀な魔術の使い手であり、持子の右腕たる実力者なのだ。
「はいっ、持子様! 暗闇に佇みながら敵を睥睨するお姿も大変美しいです! いただきまーす!」
バキィッ! カシャカシャカシャッ!
しかも鮎は、闇の手で中級吸血鬼の心臓を正確に貫きながら、自身の手ではしっかりと一眼レフを構え、持子の尊い姿を連写し続けるという離れ業をやってのけていた。
「……器用な奴め。だが、少し背後が疎かになっておるぞ」
「あっ」
鮎の死角から、天井に張り付いていた大柄な中級吸血鬼が奇襲を仕掛けてきた。しかし、その鋭い爪が鮎に届くより早く、持子が軽く踏み込んだ。
シュッ!
合気武道の投げ技すら使う必要はない。持子が放った魔力を帯びた鋭い手刀が、中級吸血鬼の胴体を真っ二つに両断し、続く掌底の突きが残った上半身を消し飛ばした。
「し、失礼いたしました! 私としたことが、持子様の美しさに気を取られて……!」
「よい。さっさと奥へ進むぞ」
あらかたの障害を排除し、持子は上質なラムレザーのジャケットを翻して黄金の瞳を細めた。
「……ほう。この辺りから、急激に血の匂いが濃くなりおったな」
その視線の先、骸骨が壁一面に埋め込まれた広大な地下広場の中心に、一つの豪奢な玉座が鎮座していた。
そこに足を組み、優雅にボルドーワインのグラスを傾けていたのは、醜い悪魔などではない。中世ヨーロッパの貴族が纏うような豪奢な真紅のドレスを着こなす、ため息が出るほど美しい女だった。
透き通るような雪白の肌に、血のように赤い唇。そして、妖しく輝く深紅の瞳。
「――私の可愛い眷属たちを随分と間引いてくれたようね。極東から来た小娘が、私の庭で随分と好き勝手しているじゃない」
鈴を転がすような、しかし絶対的な冷酷さを孕んだ声が響く。
彼女こそが、中世からパリの地下を数百年支配し続けてきた『吸血鬼の女王』であった。
クイーンが優雅に指を鳴らした瞬間、バサバサバサッ! と、暗闇に潜んでいた残存の凶暴な吸血コウモリの群れが湧き出し、持子と鮎を取り囲んだ。
「なるほど。薄っぺらい聖女が狩り残した大物の正体は、古き血を吸う蝙蝠の親玉というわけか」
「減らず口を。……少し美しいからといって、調子に乗らないことね。私の美しき血の糧にしてあげるわ」
クイーンの深紅の瞳が、妖しい魔力の光を放った。
吸血鬼の王族のみが持つ、対象の精神を完全に支配する絶対の力――『魅了の魔眼』。
クイーンはその視線を、持子の背後に控える鮎へと向けた。
「さあ、そこのピンク髪の小娘。私の美しき奴隷となりなさい。そして、その極東の女の背後から、心臓をえぐり――」
「はい、持子様! 今の不敵な笑み、最高に美しいです! もう一枚いただきますね!」
カシャッ! カシャカシャカシャッ!!
「……は?」
クイーンの言葉は、一眼レフのけたたましい連写音によって無惨に遮られた。
「ああっ、薄暗い地下墓所で吸血鬼と対峙する持子様! その冷酷な視線、私のカメラだけに向けてくださいぃぃっ!」
「なっ、なぜ……!? 私の『魅了の魔眼』が効いていない……!?」
驚愕に目を見開くクイーン。
当たり前である。本多鮎の脳内と精神は、すでに『持子様への狂信と絶対的な愛』で一〇〇パーセント、いや二万パーセント埋め尽くされており、他者がつけ入る隙間などミクロン単位たりとも存在しないのだ。
「私を魅了しようなどと、百年早いです! 私の主は、未来永劫持子様ただ一人です!」
「ちっ……狂っているのね。なら、力ずくで引き裂いてあげるわ!!」
クイーンが激昂し、強大な血の魔力を巨大な赤い槍へと変え、持子に向けて放った。
しかし、持子は微動だにしない。
「……ふん。真の『闇の王』の格というものを、見せてやる!」
ドゴォォォォォォッ!!
持子の足元から、前世・董卓の魂による絶対的な覇気と、底知れぬ『極黒の魔力』が爆発的に解放された。
血の槍は持子に届く前に闇に呑み込まれて霧散し、カタコンベ全体が魔王の覇気に軋みを上げる。
「な、何よこの、圧倒的な闇は……ッ!?」
「ひれ伏せ、吸血鬼」
持子が右手を振り下ろすと、クイーンの体は見えない巨人に押し潰されたかのように、大理石の床へと無惨に叩きつけられた。
「ガ、アァァッ……!」
手も足も出ない。数百年の時を生きた吸血鬼の女王が、ただの覇気だけで地に平伏させられたのだ。
持子は、その血肉ごと喰らってやろうと口を開けたが……
持子はコンバットブーツの踵を鳴らし、地に伏したクイーンの顔を覗き込んだ。そして、ふっと悪戯な笑みを浮かべる。
「……ふむ。近くで見ると、見惚れるほどの絶世の美女ではないか。牙を立てて骨ごと砕くのは、いささか勿体ないな」
持子は、自らの牙を立てる代わりに、クイーンの白く美しい首筋へとその艶やかな舌を這わせた。
「ひ、あっ……!?」
「ん……甘い匂いだ。だが、わしが直接喰らうまでもない」
持子はクイーンの首筋から顔を離すと、背後でシャッターを切り続けている鮎を振り返った。
「おい鮎。貴様、カメラを置いてこっちへ来い。こいつは鮎、お前の『下僕』にするのだ」
「……はい?」
鮎はポカンと口を開けた。
「お前には楓や美羽のような後輩はおるが、お前自身が直接こき使える専用の下僕はおらんじゃろ? これからヨーロッパを回るのに、いちいちわしが手配するのは面倒だ。お前がこいつを屈服させて、荷物持ちと現地ガイドにしろ」
「えええっ!? 嫌です! 私が触れていいのは持子様の白磁のお肌だけです! 泥棒猫のように他の女を愛撫するなんて、私の純潔が許しません!」
「馬鹿者、これも魔王の臣下としての立派な修行だ。いつもわしに嬲られて悦んでおる『受け』ばかりでなく、たまには『攻め』の極意も学んでおけ」
「そ、そんな……! 持子様の特別授業……!?」
『持子様の命令』と『特別授業』という甘美な響きに、鮎のドMと狂信が入り混じった脳内はあっさりと陥落した。
鮎はおずおずとカメラを置き、床で震える絶世の吸血鬼の横にしゃがみ込んだ。
「よ、よし! やります! ……えっと、まずはこの豊満なお胸を……こうですか?」
ギュムッ。
「うっ……! い、痛いっ! なんなのよアンタ!」
クイーンが顔をしかめ、鮎の手を睨みつける。鮎はただ力任せに鷲掴みにしただけだった。
「違う違う、鮎! それではただ痛いだけだ。魔力を帯びた者を屈服させるには、指先に己の魔力を集中させ、相手の急所に流し込むようにして『魔力的な快感』を与えるのだ。ほれ、貸してみよ。……こうだ」
持子が鮎の手を上から包み込み、自らの極黒の魔力でリードしながら、クイーンの胸の膨らみを優しく、かつねっとりと揉みしだいた。
「あ、あんっ……!!」
途端に、クイーンの口から甘ったるい嬌声が漏れた。ただの接触ではない、直接魔力神経を撫で回されるような圧倒的な快感に、誇り高き吸血鬼の体がビクンと跳ねる。
「おおぉぉっ! さすがは持子様! 相手をイカせながら魔力を奪い取る、恐るべき指使い! 勉強になります!」
「ふふん、分かったか。さらに、奪うだけでなく、お前の魔力をこやつの体内に注ぎ込み、お前の色に染め上げるのだ。そうすれば、魂からお前に服従するようになる。さあ、やってみろ」
そこから、薄暗い地下墓所の最奥で、極東の少女たちによる「吸血鬼の女王・徹底解剖&調教タイム」が始まった。
「こう、でしょうか? 魔力を指の腹に集めて、太ももの内側を……」
「ひっ、あぁっ……!」
「うむ、悪くないが、少し魔力の流れが硬いな。もっと円を描くように、優しく、かつ執拗に撫でる。……ほれ」
「んんんっ! あぁぁぁぁっ! や、やめて……もう、頭が……っ」
「持子様! ここ、鎖骨のあたりはどうですか!?」
「ああんっ!!」
「よし、鮎! そのまま股間のあたりに魔力を集中的に流し込んでみよ! ほれ、遠慮するな!」
「はいっ! 持子様の教えの通りに……えいっ!」
「ひゃあぁぁぁぁぁぁッ!!」
あーでもない、こーでもないと、二人はまるで珍しいおもちゃを研究するかのように、長い時間をかけてクイーンの美しい体を弄り回した。
かつてパリの裏社会を震え上がらせた女王は、誇りも何もなく、ただ魔力的な絶頂と快感の波に翻弄され、涙と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら床をのたうち回っている。
「はぁ、はぁ……っ。持子様、私、なんだか『攻め』の喜びが分かってきた気がしますぅ……!」
すっかり調教のコツを掴んだ鮎は、顔を上気させ、嬉々として自らの魔力をクイーンへと注ぎ込んでいく。
持子に染められた鮎の魔力が、クイーンの魂に重い首輪をはめていく。
「あぁ……っ、あ……ぅ……。も、もう、許して……。あなたたちの、言う通りに、するからぁ……っ」
完全に魔力を吸い尽くされ、逆に鮎の魔力で満たされたクイーンは、衣服をはだけさせたまま白旗を上げた。
「よくやった、鮎。完全に屈服したようだな」
持子が満足げに頷いた、その時だった。
「お、お待ちください……ませ……」
荒い息を吐きながら、クイーンがゆっくりと上体を起こした。その瞳からは先ほどの敵意や傲慢さは完全に消え去り、新しい主に対する絶対的な恭順の光が宿っている。
「悪魔を完全に下僕とするには……真なる契約の儀式が必要となりますわ……」
「ほう。契約の儀式、とな?」
持子が黄金の瞳を細めると、クイーンは力なく、しかし真摯に頷いた。
「はい……。私たち悪魔にとって『真名』とは、己の魂と存在そのもの。これを他者に明かすことは、究極の服従を意味します。ゆえに、真名は決して大声で語られるべきものではなく、直接の『主』となるお方の鼓膜にのみ、静かに刻まれなければならないのです」
そう語ると、クイーンは持子に向かって深く頭を垂れ、懇願するように言った。
「偉大なる極黒の王よ……あなたの力が絶対であることは、私の魂が痛いほど理解しております。ですが、悪魔の契約の理に従い……どうか、少しだけ離れていただけないでしょうか。私の真名は、直接の主となる彼女にしか、明かすことが許されないのです」
「……ふむ。悪魔の契約とは随分と仰々しく、面倒なものよな。まあよい、わしはその辺におる」
持子は面白そうに鼻を鳴らすと、コンバットブーツの踵を鳴らして数歩後ろへと下がった。
持子が離れたのを確認すると、クイーンは潤んだ深紅の瞳で、目の前にいるピンク髪の少女を見つめ上げた。
「我が主となるお方……。どうか、耳を私の唇に寄せてくださいませ。そして、あなたが私の真名を聞き届けた後……私に、新たな『名前』を与えてください。それによって古い私は死に、新しい名前と共に、私の魂は永遠にあなたのものとなるのです……っ」
「な、なるほど……! さすが本物の悪魔、設定が凝ってますね!」
鮎はゴクリと生唾を飲み込んだ。(持子様以外の女にときめくなんて不覚ですが……なんだか、すごくドキドキします!)
鮎はおずおずと床に膝をつき、身悶えの余韻で熱を帯びているクイーンの顔に近づき、自らの耳をその血のように赤い唇へとすり寄せた。
クイーンは屈辱と快感、そして新たな主への服従心をないまぜにしながら、鮎の耳元に熱い吐息を吹きかけた。
「あぁっ……。私の、本当の名前は……『ヴィクトリア・ド・ヴァロワ』……っ」
鼓膜をくすぐる艶やかな囁き声と、吸血鬼特有の甘い香りに、鮎は少しだけ胸を鳴らした。
「ふふっ、聞きましたよ。長くて無駄に高貴な名前ですね」
鮎は満足げに立ち上がると、クイーンを見下ろして傲慢な笑みを浮かべた。
「でも、今日からその名前は封印です! あなたは私の『お荷物持ち兼、現地ガイド』一号です! そうですね……その赤いドレスと瞳にちなんで、あなたの新しい名前は『ルージュ』です!」
「ル、ルージュ……っ」
その言葉が発せられた瞬間、クイーン――ルージュの魂に、鮎の魔力が絶対的な『契約の刻印』として深く、不可逆的に刻み込まれた。
「ふふっ。というわけで契約完了です、ルージュ! 今からのバカンスに向けて、最高に美味い三ツ星レストランを手配しなさい!」
高慢だったヴァンパイア・クイーンは、完全にイカされて骨抜きにされた体で、這いつくばるようにして鮎の足元に額を擦り付けた。
「は、はい……っ。我が主、鮎様……。そして大魔王たる持子様……。私、ルージュは……喜んで、最高のレストランと……お荷物持ちを、させていただきますわ……っ」
かくして、極黒の魔王の完璧なご指導と、古き悪魔の契約の理により、ピンク髪の忠犬は『攻めの悦び』に目覚め、最強の吸血鬼から真名を譲り受けて「便利な下僕」として屈服させた。
あられもない悲鳴とコミカルな喘ぎ声が響いた悪魔狩りを終え、彼女たちの華麗なる(そして騒がしい)ヨーロッパ・バカンスの幕が、今まさに上がろうとしていた。




