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『禍津神(まがつかみ)への道、あるいは浄化の導き』

✴︎茜色の神域と、矛盾の器


一月十六日、夕刻。

雪の絶対的な命令に従い、わしたち三人は放課後、一切の寄り道をせずに赤坂の氷川神社へと足を運んだ。

冬の澄み切った空は、まるで血を流したかのように痛烈な茜色に染まり、ビル群のシルエットが黒々と浮かび上がっている。

鳥居をくぐり、玉砂利を踏みしめて進むと、境内の中央で一人の巫女が静かに佇んでいた。

風間楓かざま・かえで

彼女は身動き一つせず、まるで最初からこの神域の風景の一部であったかのように、わしたちの到着を待っていた。


「……来たか」


楓は振り返り、氷のように冷たく、それでいて底知れぬ深さを持った瞳でわしたち三人を見据えた。

その視線は、わしたちの肉体ではなく、魂の奥底に巣食うモノを真っ直ぐに射抜いていた。


「恋問持子。お前の背負う『漆黒の圧』……それは単なる怨念や穢れの類ではない。数多の命を蹂躙し、歴史そのものを貪り食ってきた、途方もない『カルマ』の塊だ」


楓の声が、冷たい風に乗って境内に響く。


「そして、その後ろにいる二匹。本多鮎と、花園美羽」


「ひゃっ!?」


「っ……!」


名指しされた二人が、ビクッと肩を震わせた。


「お前たちの内にも、すでに『異質の気』が根を張っている。本来、人間が耐えられるはずのない魔力の濁流に当てられ、魂の性質そのものが『魔人』へと作り変えられようとしている萌芽だ」


楓の指摘に、わしは喉の奥で「ククッ」と笑いを漏らした。


「ほう? さすがは風間の巫女。よく見えているではないか」


「笑い事ではないぞ、持子」


楓が鋭く睨みつける。


「本来ならば、お前の魂はとっくに自壊し、肉体ごと弾け飛んでいてもおかしくないほどの異常な状態だ。……だが、お前が今もこうして人の形を保っていられるのは、お前のその肉体が、ある種の『矛盾の器』として機能しているからだ」


「矛盾の器、だと?」


「そうだ。お前のその常軌を逸した、神がかり的で無垢な『美しさ』……それが強力なフィルター(器)となって、内なる巨大な化け物の魂をギリギリで繋ぎ止めている。圧倒的な美しさが、強大な闇を封じ込める檻になっているのだ」


楓の言葉を聞き、わしの内なる血がざわめいた。


(……なるほど。楓の言う『化け物』とは、わしの内にある三国志の暴君・董卓の魂のこと。そして『圧倒的な美しさ』とは、絶世の美女・貂蝉ちょうせんのことだべさ)


雪には以前、「わしは董卓の生まれ変わりだ」と打ち明けたことがある。雪がそれをオカルトとして本気で信じているのか、それともスノーの看板としての『設定』として受け取っているのかは分からない。ただ、雪だけはわしの全てを全肯定してくれた。

だが、当然ながら、目の前の楓や背後の下僕たちが『董卓』や『貂蝉』といった具体的な存在を知る由もない。

わしは心の中で一人、深く納得していた。

わしが覚醒を経て、九九・九九キロの脂肪を圧縮し、この究極の造形美を手に入れたのは、単なるモデルとしての進化だけではなかったのだ。この強大すぎる魔王(董卓)の魂を現世に繋ぎ止めるため、無意識のうちに完璧な美女(貂蝉)の肉体を本能的な『生存戦略フィルター』として創り上げていたというわけだ。


「だが、器が限界を迎えればどうなるか。……あるいは、お前から漏れ出る濃密な闇の魔力を浴び続けているその二人がどうなるか。分かるか?」


楓が、鮎と美羽を冷酷に指差した。


「自我を失い、完全に化け物(魔人)へと成り果てる。お前の闇が、お前に最も忠実な従者たちを、修復不可能な深淵へと染め上げているのだ」


「持子、様……」


「私たちが、化け物に……?」


鮎と美羽が、己の胸の奥で蠢く魔力の熱に怯えるように、わしの背中にすがりついた。

だが。


「――カカカカカカッ!!」


わしは、茜色の空に向かって、腹の底から愉快そうに高笑いを放った。


「なまら傑作だべさ! わしの絶世の美しさが闇を抑え込み、しかし漏れ出た闇が、この忠実な犬と泥棒猫を芯から染め上げていると!? 己の業が下僕を狂わせる……これほどの『最高の喜劇』があるか!」


「……狂っているな、お前は」


楓が眉をひそめる。


「狂っていて上等だ! 楓、貴様は昨日、わしらの中に『光の芯』を通した。闇を消し去るのではなく、光を育てることでバランスを取ろうというのだろう? 陰陽の理……光が強すぎれば人でなくなり、闇が強すぎれば穢れに飲まれる。ならば、人としての最低限の保身バランスを、その光で鍛え上げようという魂胆だな!」


楓は短く息を吐き、コクリと頷いた。


「……その通りだ。私はお前たちの闇を消すことはできない。だが、光の力を鍛え、制御する術を叩き込むことはできる」



✴︎四つの神術と、死の宣告


楓は神楽鈴を手に取り、わしたち三人に真っ直ぐに向き直った。


「これより、お前たち三人に『四つの神術』を修めてもらう」

楓の凛とした声が、神域の空気を引き締める。


「一つ目は【舞】。昨日見せたように、内なる闇を純粋な魔力へと昇華させ、光の力を育てる身体操作の技術だ。


二つ目は【みそぎ】。夜の街で喰らった妖の穢れを物理的・霊的に払い、お前たち自身の自浄能力を極限まで高める儀式。


三つ目は【刀】。己の強靭な意志を刃とし、黄泉(闇)との繋がりを物理的に断ち切る、死と隣り合わせの武の術。


四つ目は【鎮魂ちんこん】。お前たちの力の源となっている、死者や妖たちの怨念を鎮めるための祈りだ」


舞、禊、刀、鎮魂。

どれも一朝一夕で身につくものではない。血を吐くような修練が待っていることは想像に難くなかった。

楓は、神楽鈴をスッと下げ、瞳の温度をさらに一段階、絶対零度へと下げた。


「……だが、始める前に一つだけ言っておく」


楓の右手から、澄み切った、しかし明確な『殺気』が放たれた。


「もし、お前たちがこの修行に耐えられず、暴走し……人を外れた『禍津神まがつかみ』へ堕ちる兆しを見せたなら。

――その時は、私がこの手で、お前たち三人を確実に始末ころす。これは警告ではない。宣告だ」


境内の空気が凍りついた。

冗談ではない。風間の巫女である楓には、それができるだけの実力と、揺るぎない覚悟がある。


「ひ、ひぃぃぃっ……!!」


真っ先に反応したのは、鮎だった。

彼女はガタガタと全身を震わせ、腰を抜かしそうになりながらも、必死に両足で大地を踏みしめた。


「こ、殺されるのは嫌ですぅ! でも……私が化け物になって、持子様に牙を剥くようなことになれば、それは死以上の地獄っ! ……やります! 私は、持子様を現世に繋ぎ止めるための『いかり』として、絶対にこの修行を耐え抜いてみせますぅぅ!」


「……ふん、駄犬の分際で偉そうに」


隣で、美羽が震える声で強がった。彼女の瞳にも明らかな恐怖が浮かんでいたが、それ以上に、持子に対するドロドロとした執着の炎が燃え上がっていた。


「私は死なないわ。巫女さん、あなたなんかに殺させない。だって私、まだ持子様から……あの真っ黒で美しい影を、全部盗み切ってないんだから! 泥棒猫は、狙った獲物を手に入れるまで絶対に死なないのよ!」


二匹の獣の覚悟を聞き届け、わしは豪奢なコートをバサァッ! と翻した。


「カカカカカ! 見たか楓! これがわしの自慢の下僕たちだ!」


わしは一歩前へ踏み出し、楓の殺気を真っ向からねじ伏せるような、圧倒的な魔王の覇気を叩きつけた。


「始末できるものなら、やってみるが良い! この絶世の矛盾の器も、地獄のような闇の魔力も、全てはこの恋問持子のモノ! この途方もない力を完全にねじ伏せ、雪と共に再び天下泰平の覇道を歩んでみせるわ!!」


わしの不敵な宣言に、楓は殺気を収め、ふっと静かに息を吐いた。

その口元には、ほんの僅かだが、武芸者としての歓喜と、導き手としての確かな決意が浮かんでいた。


「……傲慢で、救いようのない連中だ。だが、その自意識の強さこそが、闇を縛る鎖となる」


楓は神楽鈴を鳴らし、踵を返して武道場へと向かって歩き出した。


「ついてこい。地獄の底まで、私が導いてやる」


茜色に染まる氷川の神域。

魔王、忠犬、泥棒猫、そして浄化の巫女。

彼女たちの、人としての境界線を懸けた、狂気と神秘に満ちた修行の幕が、今ここに切って落とされた。



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