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『光の芯と、東京を滅ぼしかねない「化け物」の背骨』

✴︎舞の終焉と、運命の宣告


シャンッ……という、神楽鈴の最後のひと揺れが、夜の武道場に静かに溶けて消えた。

空間を埋め尽くしていた白銀の糸――光と闇が混在した魔力の軌跡が、淡い雪の結晶のようにきらきらと崩れ落ち、やがて完全な透明へと還っていく。

わしと楓の『合舞』が終わったのだ。


「……ふぅ」


わしは神楽鈴を下ろし、小さく息を吐いた。

体内を巡る魔力は、以前のような暴走しそうな熱ではなく、静かで冷たく、それでいて圧倒的な密度を持った一本の『芯』として丹田に収まっている。


「あぁ……持子様……。尊い……尊すぎますぅ……」


「私の、私だけの……美しい神様……ッ」


道場の隅では、未だに腰を抜かしたままの鮎と美羽が、瞳を潤ませてわしを崇め奉っていた。忠犬と泥棒猫の身体の奥底にも、わしと共鳴した小さな光の種が確かに芽吹いているのを感じる。

その時である。


パチパチパチパチ……。

道場の入り口から、静かな、しかし重みのある拍手が響いた。

振り返ると、そこにはいつの間にか宮司の風間助平と、わしの絶対的プロデューサーである雪が立っていた。


「見事な舞であった。……いや、もはや舞の枠を超えた『神事』そのものであったな」


助平が、白髭を撫でながら深く頷く。その体幹は相変わらず微動だにせず、底知れぬ達人の覇気を漂わせていた。


「持子さん、お疲れ様。……なんだか、一回り大きくなったみたいね」


雪が眼鏡の奥の瞳を細め、母親のような慈愛に満ちた笑みを浮かべる。雪には魔力そのものは見えていないはずだが、プロデューサーとしての直感で、わしがまた一つ『化けた』ことを悟ったのだろう。


「ふん。わしにかかれば造作もないことだ。だが、この楓とかいう巫女の先導も、まあ悪くはなかったぞ」


わしが不敵に笑って楓を一瞥すると、彼女は無表情のまま、スッと視線を逸らした。

助平はゆっくりと道場の中央へ歩み寄り、わしと楓、そして這いつくばっている鮎と美羽を見据えた。

その眼光が、夕暮れ時よりもさらに鋭く、重い圧を伴って放たれる。


「恋問持子。そして、その影を為す者たちよ」


助平の声が、道場の空気をビリビリと震わせた。


「明日、再びこの氷川へ参れ。――明日からの修練こそが、お前たちの運命が決まる、最大の分岐点となる」


運命の分岐点。

その言葉の響きに、わしの内なる魔王の血がドクンと跳ねた。


「……ほう。わしの覇道に、さらなる高みを用意してくれるというのだな?」


「いかにも。お前の内にある巨大なモノを、真に『己の力』として御するための試練だ」


助平の言葉に、隣にいた楓がピクリと眉を潜めた。


「……祖父様。私は、これ以上彼女の『師』になるつもりはありません。私の役目は、あくまで――」


楓が何かを言いかけた瞬間、助平がギロリと孫娘を睨みつけた。

言葉はない。だが、その瞳には『有無を言わさぬ絶対的な意志』が込められていた。武の達人としての圧倒的な無言の圧力に押され、楓はチッと小さく舌打ちをして、渋々と引き下がった。


「……承知いたしました」


「カカカ、それでいい。――雪さん、今日はもう遅い。タクシーを手配しておいたゆえ、気を付けて帰るがよい」


「ありがとうございます、宮司さん。……さあ、持子さん、着替えて帰るわよ。鮎さん、美羽さん、いつまで床を舐めているの、立ちなさい」


雪の号令で、わしたちは道場を後にすることになった。

更衣スペースで緋色の袴を脱ぎ捨てると、すかさず美羽がスッ……と音もなく忍び寄り、わしの脱ぎたての白衣を己のバッグに滑り込ませようとした。


「こら泥棒猫。神聖な装束を盗品コレクションに加える気か」


「痛っ! も、持子様、せめてこの魔力の残り香が染み付いた紐だけでも……!」


「抜け駆けはずるいですぅ! 持子様の残り香は、一番犬である私がクンカクンカして然るべきですっ!」


ガウガウ! シャーッ! と小競り合いを始める二匹の頭に拳骨を落とし、わしたちは助平の手配したタクシーへと乗り込んだ。

夜の赤坂を走り出す車窓から、わしは氷川の暗い森を振り返った。


(……明日、か。なまら面白くなってきたべさ)


未知なる領域へ踏み込む予感に、わしは不敵な笑みを浮かべた。



✴︎暴かれた宮司の「正体」と狂える崇拝者


持子たちが去り、静寂が戻った夜の武道場。

残されたのは、宮司の風間助平と、巫女の楓の二人だけだった。


「…………」


楓は、道場の床に落ちていた持子の魔力の残滓ざんしを冷たい目で見下ろしていた。

やがて、彼女は張り詰めた糸を切るように、静かに、しかし明確な怒りを込めて祖父を振り返った。


「……話が違います、祖父様。いや、宮司!!」


楓の声は、氷点下まで冷え切っていた。


「私に下された本来の依頼は、あの恋問持子という娘の内に巣食う強大すぎる魔力……世界に災厄を振り撒きかねない『化け物』の力を、風間の神楽で**『封じる』**ことだったはずです」


楓の脳裏に、先ほどの合舞の記憶が蘇る。

持子の中に眠るモノ――それが魔王の怨念なのか、呪われた荒ぶる神なのかは分からない。だが、あれは間違いなく、一歩間違えれば東京を、いや世界を滅ぼしかねない規模の巨大な『カルマ』の塊だった。


「それなのに、なぜですか! 封じるどころか、私は彼女の闇の中に『光の芯』を通してしまった! あれでは、暴走するだけの化け物に、強靭な『背骨』を与えたようなものです! これから彼女を下手に育て上げれば、それこそ世界を滅ぼしかねない脅威になります!」


楓の悲痛な叫びが道場に響く。神に仕える者としての、心からの危惧と恐怖だった。

だが。

背を向けて立っていた助平の肩が、小刻みに震え始めた。


「く、くく……っ」


「……祖父様?」


助平はゆっくりと振り返った。

夕暮れ時に見せていた、あの『難攻不落の城』のような武の達人の威厳は、そこには微塵もなかった。

彼の顔は、頬を紅潮させ、鼻息を荒くし、眼球を異様なまでにギラギラと輝かせた――絵に描いたような**『極限の変態オタク』**の顔へと変貌していたのだ。


「カカカカカカッ!! 封じる!? 滅ぼす!? 馬鹿を言え楓! あんな至高の芸術、百年に一人の『美の暴力』を封じてどうする!!」


「……は?」


楓の思考が停止した。

助平は懐から、最新型のタブレット端末をバッと取り出した。

その画面には、女子総合格闘技『VENUS ARK』で血みどろになりながら相手を蹂躙する持子の姿や、地中海でのCM撮影のオフショット、果ては持子の公式SNSの最新ポストまでが、恐ろしい数のタブで開かれていた。


「見ろ楓! この圧倒的な覇気! 傲慢でありながら、ふとした瞬間に見せる『なまら』という方言のギャップ萌え! 孤児院上がりという重すぎる背景を背負いながらも、全てを力でねじ伏せるこの絶対君主っぷり! ああぁぁぁ……尊い! 尊すぎるぞ持子たん!!」


「……持子、たん……?」


楓の顔から、文字通り一切の表情が抜け落ちた。絶対零度の虚無である。

助平――いや、スノーの社長・立花雪の古い知人であり、氷川の宮司であるこの男の真の正体。

それは、恋問持子の全てを網羅し、その存在そのものを神以上に崇拝する、**『熱狂的な限界オタク』**であった。


「いいか楓! わしはな、あの子がデビューしたての頃から、雪さんに頼み込んで極秘のブロマイドを横流ししてもらっている『最古参』なのだ! あの圧倒的な魔王のオーラ……あれこそが、現代に降り立った真の神! 救済!」


助平はタブレットを胸に抱きしめ、天を仰いで恍惚の表情を浮かべる。


「世界が滅びる? 上等だ! 『世界平和よりも、推しの笑顔』! それが真のオタクの信条! お前の風間の力は、持子たんをさらなる高みへ、神の領域へと押し上げるためのブースターとして使うのだ!!」


「この……ク、クソジジイ……ッ!!」


普段は感情を見せない楓が、般若のような形相で黒檀の木刀を握りしめた。


「神職の風上にも置けない……! 己の性癖と推し活のために、私を、風間の秘術を利用したというのですかッ! 切る! 物理的にその首を祓ってやる!!」


「カカカ! なんとでも言え! わしはこれから、今日の持子たんの巫女服姿の隠し撮り映像……いや、神聖なる記録映像を、一コマずつコマ送りで鑑賞する忙しい身なのだ! さらばだ楓! 明日も推しのプロデュース、頼んだぞ!!」


「あ、こら! 逃げるなクソジジイィィィッ!!」


凄まじい脚力(ナンバ走りの極致)で道場を飛び出し、夜の森へと高笑いしながら消えていく限界オタクの祖父。

残された楓は、手にした木刀をワナワナと震わせながら、その場に崩れ落ちた。


「……嘘でしょ……。私、あんな化け物と、明日は……何をさせられるの……」


厳格なる氷川の神域。

その裏側で暴かれた、あまりにもくだらなく、そして狂気に満ちた宮司の正体。

運命の分岐点となる明日の修練は、楓にとって、胃に穴が開くような地獄の始まりを意味していた。


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