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『魔王(モデル)が巫女に始末されそうになったので、神域で最強の器を目指してみた』

第一章:忠犬の進路と、泥棒猫の玉座の洗礼


一月十五日。小正月。

街が正月気分を完全に脱ぎ捨て、冷徹な『日常』という名の無慈悲な戦場へと回帰していく中――。

青山の一角に構えられた『芸能プロダクション・スノー』のオフィスでは、社長の立花雪たちばな ゆきと、看板モデルの本多鮎ほんだ あゆによる、緊迫した真剣な進路面談が行われていた。


「鮎さん。最新の模試の結果、確認したわよ」


雪が手元のタブレットをスワイプし、眼鏡の奥の瞳を細める。


「……素晴らしいわ。全教科でトップクラス。この成績なら、早稲田大学の合格はほぼ確実ね」


「えへへっ、ありがとうございます雪さん! 私、お勉強だけは昔から得意なんです!」


鮎が「えっへん」とばかりに、豊かな胸を張る。

彼女はかつて業界を席巻したトップモデルであった。だが、恋問持子こいとい もちこという規格外の化物に陥落して以来、狂信的な愛情を捧げる『忠犬』となった。かつての仲間たちが次々と自立の道を歩む中、彼女は「一生寄生する」と宣言し、夜な夜な持子のために裏の街であやかしを狩る、隠密の番犬としての顔を持っている。


「ええ、本当に立派よ。……そこで、今後のプロデュース方針なんだけど」


雪はタブレットをパタンと置き、真剣な眼差しで鮎を見つめた。


「大学進学を機に、鮎さんは本格的に『タレント』へと路線変更シフトしていくわ」


「タレント、ですか?」


「そう。残酷な言い方になるけれど、鮎さんは可愛らしい顔立ちと愛嬌はあるけれど……トップのランウェイを歩くような『身長』はないわ。うちの持子さんのような、規格外のプロポーションを持つ『本物の化け物』たちが集まるハイファッションの世界では、どうしても限界が来る」


身長一七五センチ。かつて三国志の暴君・董卓の魂を宿し、覚醒を経て神が作り上げたような無駄のない造形美を手に入れた持子。その「美の暴力」を誰よりも間近で見続けてきた鮎は、コクコクと素直に頷いた。


「わかります! 私も持子様のお側にいて、神様が作った造形美の暴力を見せつけられてますから! 私なんてミジンコです!」


「ミジンコとは言わないけれど、あなたの武器は『頭の回転の速さ』と『愛嬌』よ。早稲田合格という肩書き(ブランド)を引っ提げて、クイズ番組やバラエティ、情報番組のコメンテーターとして本格的に売り出していくわ」


雪はニヤリと笑った。


「モデルの仕事は、あなたの価値を高める厳選した質の高いものだけを絞って受ける。……これでいくわよ、鮎さん」


「はいっ! 私、持子様を支えるためにも、テレビでガンガン稼いじゃいます!」


ブンブンブンブンッ!

鮎のお尻のあたりで、やる気に満ちた『見えない尻尾』がちぎれんばかりに振られた。


「さて、鮎さんの方針は決まったわね。……次、入りなさい」


雪の言葉に応じ、応接室の重厚なドアが静かに開いた。

そこに入ってきたのは、花園美羽はなぞの みう

清純派アイドルという偽りの仮面の下に窃盗癖クレプトマニアを持ち、修学旅行先の小樽オルゴール堂で三〇〇万円の器物破損を起こした『泥棒猫』だ。彼女もまた、その借金と罪を持子に丸ごと買い取られ、嘘つきのまま一生依存する道を選んだ共犯者の一人である。


「雪社長。……これからの私の処遇について、お伺いしにきました」


美羽が殊勝に頭を下げる。その視線は、部屋の奥のソファで豪奢なコートを羽織り、尊大に足を組む持子に釘付けになっていた。


「美羽さん。あなたはアイドルを廃業させ、歌手として再デビューさせるわ。……ただし、私のテストに受かればね」


雪は立ち上がり、自分が最も愛用している重厚なイタリア製革張りチェアを指し示した。


「持子さん、そこに座って。……美羽さん、あなたはその正面に。跪くように座りなさい」


「ほう、わしを玉座に座らせるとは。粋な真似をするではないか、雪」


持子が悠然と腰を下ろす。

至近距離。持子の放つ、狂おしいほどに甘く暴力的な『オス』の香りが、美羽の理性をドロドロに焼き切る。


「あ……持子様……。ああ、その瞳……私を壊して……っ!」


美羽の瞳が熱に浮かされたように蕩け、我慢しきれず持子の脚に抱きつこうと飛び出した、その瞬間――!


「鮎さん、捕獲。」


「御意ぃぃぃっ!!」


ガシィィィィンッ!!

鮎の強靭な腕が、音速マッハの動きで美羽の胴体を背後からガッチリとロックし、椅子へと完全に固定した。


「離してっ! 駄犬! 私はただ、持子様に触れたいだけなの……!」


「ダメですぅ! 特権階級(私)を差し置いて持子様に触れるなど、万死に値しますっ! そこで大人しく固定されてなさいっ!」


二匹の獣がガウガウと火花を散らす中、雪は冷徹な声で告げた。


「いい? 美羽さん。アイドルとしての嘘はもういらない。言葉で。うたで。あなたのその歪んだ執着を、持子さんに訴えなさい。彼女の魂に、あなたの『罪』を刻み込めたら合格よ。……始めなさい」


美羽は鮎に拘束されたまま、目の前の絶対君主マスターを見上げた。

そして、彼女の深淵から、震えるような、けれど氷のように冷たく鋭い旋律が溢れ出す。


「……私のポッケに隠した 盗品ぬすみもの

それは 光を飲み込んだ あなたの影

愛なんて 綺麗な嘘はいらない

ただ あなたの足元で 永遠に朽ちてゆきたい――!!」


それは、美羽の窃盗癖という『業』と、持子への『隷属』を象徴する呪いのような歌だった。その歌声は事務所の空気を物理的に震わせ、窓ガラスをビリビリと微かに共鳴させる。

雪は、美羽の歌声に込められた異様な熱量(魔力)の正体を知らない。ただ、プロデューサーとしての鋭い直感で、それが本物であると確信していた。


「なまら……良い響きだべさ」


持子が満足げに吐息を漏らす。


「――合格よ。今日からあなたは、スノーの歌手よ」


雪の宣告に、美羽の頬を歓喜の涙が伝い落ちた。



✴︎ススキノの夜と、北の神宮での誓い


「鮎さんの進路も決まり、美羽さんの道も拓けた。……というわけで、四人揃っての初仕事よ。今日は一月十五日。神様への新年のご挨拶には最高のタイミングだわ。今から赤坂の氷川神社へ、年賀祈祷ヒットきがんに行くわよ!」


「氷川、か……」


雪の提案を聞き、持子は目を細めた。

出雲の荒ぶる破壊神、須佐之男命スサノオを祀る地。全てを破壊し、新たな世界を創り出すその神格は、魔王たる現在の自分の覇道にふさわしい。


(……スサノオか。わしの進軍に力を貸すというなら、参ってやらぬこともない)


持子がそう思った時、ふと、胸の奥底で強烈な記憶が蘇った。

それは、彼女がまだ三国志の暴君『董卓』としての魂に覚醒する前のこと。ただの「恋問持子」という、無力で孤独な一人の少女だった頃の記憶だ。

極寒の札幌。

孤児院でいじめられ、居場所がなかった自分を拾ってくれた合気武道の高倉師匠。そして、修行に明け暮れた兄弟弟子、高倉竜。

あの頃の持子(当時の呼び名は「モッチ」)には、確かに温かい居場所があった。

しかし、師匠の死と、自らの強さを試すために単身アメリカへと渡った竜の旅立ちにより、持子は再び深い孤独の淵に突き落とされた。

武術の牙だけを持ち、生きる目的を失った野良犬。飢えと寒さに震え、ただただ雪の降る街を彷徨っていた少女。

そんな今にも消え入りそうな自分を、圧倒的な光で掬い上げてくれたのが、立花雪だった。


――『あなた、私と一緒に天下を獲らない?』


あれは、ススキノにある鰻屋『かどや』でのことだった。

香ばしいタレの匂いと、炭火の熱気。孤独と空腹で限界を迎えていた持子の前に、雪は最高級の鰻重を差し出した。

震える手で鰻を頬張った時、凍りついていた持子の身体の奥底に、ブワッと温かい命の火が灯った。涙がボロボロと溢れて止まらなかった。

雪はそんな持子の手を真っ直ぐに見つめ、あの言葉を告げたのだ。

その言葉は、空っぽだった少女の心に、絶対的な生きる意味を与えた。

そして後日、二人は極寒の北海道神宮へと足を運んだ。

容赦のない吹雪の中、巨大な鳥居をくぐり、拝殿の神前で並んで手を合わせた。


『この子を、世界一のモデルにします』


雪が力強く宣言した横顔を、持子は今でも鮮明に覚えている。


『……はい。雪さんのために、わたし、なんでもします』


あの時、まだ魔王として覚醒していなかった脆い少女は、雪の隣でポロポロと泣きながら、自らの全てを捧げる誓いを立てたのだ。


(……あの日の誓いこそが、今のわしの全てだ)


現在の持子は、董卓の業を背負う魔王だ。だが、その絶対的な覇気の中心には、雪に拾われたあの日の「脆弱で純粋な少女の誓い」が、決して消えることのないコアとして存在している。

雪の「光」を一生守り抜くためならば、わしは魔王の力すらも喜んで振るう。

神前での成功祈願――いわば「天下泰平(芸能界制覇)」の誓いは、董卓の覇道と完全に重なり合っていた。


「よかろう、雪。導け」


持子はバサァッ! と豪奢なコートを翻し、魔王としての威厳を纏って力強く立ち上がった。


「かつて北の大地で貴様と誓った天下泰平。あの日の祈願をさらに盤石にするため、神の加護バフを賜ろうではないか! わしらスノーの進軍だ、鮎、美羽、遅れるなよ!」


「わふっ! どこまでもお供します、持子様ぁぁぁ!」


「ええ、持子様の影として、地獄まで」


二匹の獣を引き連れ、雪は「ふふっ、頼もしいわね」と聖母のように微笑んだ。

だが、車に乗り込む前、雪はふと真面目な顔をして付け加えた。


「ここの宮司、**風間助平かざま・すけひら**さんは私の古い知人なの。……ただ、少し気を付けてね」


「ほう? 気を付けるとは?」


持子が眉を片方だけ吊り上げる。


「ええ。彼のお孫さんがそこで巫女をしているんだけど……彼女の舞は、ある意味で**『暴力』**だから。気を引き締めていきなさい」


「暴力、だと……?」


持子の口角が、好戦的にニヤリと吊り上がった。

暴力。魔王たる自分に、そして武の極致を求める自分に、これほど魅力的に響く単語はない。一筋縄ではいかない予感。それは持子の闘争心に火をつけるには十分すぎる燃料だった。


「面白い。どのような暴力か、この目で確かめてやろうではないか」



✴︎境内に漂う緊張感と、暴力的な美との初遭遇


夕暮れ時の赤坂。

氷川神社の鳥居を一歩くぐった瞬間、世界から一切のノイズが物理的に遮断され、重圧感のある濃密な静寂が四人を包み込んだ。

拝殿の前で、一人の白髪の老人が待っていた。


「おお、雪さん。待っておったぞ。……ほう」


風間助平かざま・すけひら

ただの人の良さそうな好々爺に見えるが、その体幹は微動だにせず、中心線が天へと真っ直ぐに貫かれている。武を嗜む持子の眼から見れば、そこに難攻不落の城が建っているかのような途方もない質量を感じさせた。


「そちらが……早稲田を狙う才女と、新入りの歌手。そして、噂の『看板』か」


助平の眼光が、光線のように持子たちを射抜く。


「……驚いたな。そっちの娘(持子)、ただの器量良しではない。とんでもない**『覇気』**を纏っておるな」


一瞬で持子の本質を見抜いた助平に対し、持子も不敵に笑い返した。


「貴殿が助平すけひらか。その構え……一朝一夕で練り上げられたものではあるまい。だが、わしの覇気は誰にも止められぬぞ」


「カカカ! 面白い娘だ。……さて、かえで。準備はいいか」


助平の呼びかけに応じ、奥から静かに一人の巫女が現れた。

緋色の袴を揺らし、神楽鈴を手にした少女。

持子と鮎にとって、それは全くの初遭遇だった。


――スーッ……。


少女が現れた瞬間、境内の空気が完全に『凍結』した。

物理的な寒さではない。魂の奥底まで縛り付けるような、絶対的な『浄化の力』。

雪が再び、眼鏡の奥でスッと冷たい光を宿す。学園祭で密かに牽制した、あの『風間の者』。それを知っているのは雪だけであり、彼女はマネージャーとして静かに無言の圧を放つ。

だが、持子が真に驚愕したのは、少女の纏う気だけではなかった。


(……何だ、あの身のこなしは!?)


足音が、一切しない。

玉砂利の上を歩いているにも関わらず、石が擦れる音すら鳴らない。上下動バウンドが一切なく、鏡のような水面を滑る水滴のように、淀みのない完璧な重心移動。

筋肉の予備動作タメが全くない、古流武術の歩法をさらに高次元に昇華させた極致。


「ひ、ひぃぃぃっ……!?」


背後で、鮎がガタガタと激しく震えだした。夜な夜な妖を狩る鮎にとって、初対面の巫女が放つ清冽な浄化の気は、己の存在(魔力)を消し飛ばしかねない「暴力的なまでの美しさ(天敵)」だったのだ。美羽もまた、泥棒猫としての自らの業を全て見透かされるようで青ざめている。


「……面白い」


怯える下僕たちを背に庇い、持子は一歩、前へと踏み出した。

雪が「暴力」と称したのも頷ける。純粋無垢な浄化の力と、恐るべき身体操作。

今、神域において彼女は、魔王たる自分と対極をなす「極致」として立ち塞がっている。


「雪。鮎、美羽。決して、瞬きするなよ」


持子は、楓という名の巫女を真っ直ぐに見据えたまま、力強く宣言した。


「真の美しさと強さ。その『極致』同士のぶつかり合いを、その目にしっかりと焼き付けるが良いッ!」


持子の丹田から漆黒の魔力と覇気が爆発的に立ち昇る。

張り詰めた静寂の中、楓が感情のない氷のような瞳で持子を見つめ返し、ゆっくりと右手を振り上げた。


――シャンッ……!!


澄み切った神楽鈴の音が、境内の空気を真っ二つに切り裂いた。


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