氷華の女帝とマイナス二十度の死刑宣告 ~借金一括返済は阿寒湖で~
『氷華の女王と、極寒への片道切符』
✴︎極寒の死刑宣告
聖夜の宴が終わり、持子が膨れ上がった借用書(請求書)を前にガクガクと震えていた。
「む、無理だ……。わしの小遣いは月5万……。この天文学的な数字を返すのに、単純計算で6年かかるぞ……」
絶望に沈む持子を見下ろし、立花雪は眼鏡の奥で冷徹に、しかし妖艶に光る瞳を細めた。
「安心して。一発で返せる**『ビッグなヤマ』を取ってきたわ」
「し、仕事……? まさか、臓器売買か!? それともマグロ漁船か!?」
「失礼ね。世界的なハイブランドのCMよ。クライアントは、パリに拠点を置く世界的コングロマリット『リュクス・アンペリアル』**」
その名を聞いても、持子はキョトンとしている。
だが、雪の声には微かな興奮と、狩人のような鋭さが混じっていた。
「オーナー一族の令嬢、エレーヌ・リジュ。弱冠25歳にしてグループの実権を握った『美の女帝』よ。彼女が、あんたの『ルミナス・ドロップ』のCMを見て、その規格外のカリスマ性に目をつけたの」
雪はタブレットを操作し、契約書の画面を見せた。
そこには、持子の借金を一撃で粉砕するほどの報酬額と、ある条件が記されていた。
「異例の巨額報酬、そして演出に関する『全権委任』。ただし――条件はCM2本撮り。1本目の出来栄えがエレーヌの眼鏡に適わなければ、2本目の契約は即時破棄。……逆に言えば、1本目をクリアすれば、2本目の報酬は国家予算レベルよ」
「こ、こっかよさん……?」
持子がゴクリと唾を飲む。
「その第一弾の撮影地は、北海道・道東の**『阿寒湖』**」
「ほっ……かいどう……?」
持子の顔色が、北海道の雪原のように青ざめる。
雪は指を一本立て、無慈悲な条件を突きつけた。
「ターゲットは、『氷の花』」
「氷の……花?」
「気温はマイナス15度から20度以下。風は完全な無風。湖面の氷が結氷した直後という、いくつもの奇跡的な条件が揃った時だけ、湖の上に咲く氷の結晶よ」
「ま、まいなす……にじゅうど……?」
「そう。だから、正月返上で10日間、現地に張り込みよ。咲くまで帰れません♡ 咲かなかったら……借金はそのままね」
「い、嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」
持子の絶叫が、代官山の聖なる夜空に響き渡った。
「わしは冬は好きなのだ! だが、マイナス20度は無理だ! 生物が住む環境ではない! マンモスでも凍死するわ!」
持子は床に突っ伏し、ジタバタと駄々をこねた。
「わしの正月はどうなる! 元旦は初詣に行って、その後は暖房ガンガンに効かせた部屋で**『水曜どうでしょう』**を一挙見する予定だったのだぞ!」
「え、どうでしょう?」
「そうだ! 『サイコロの旅』で大泉洋が騙される様を見て笑い、伝説の『闘痔の旅』を見てケツの無事を祈る……! その傍らには、ミカンではなく**『リンゴ』**だ! わしはリンゴ派なのだ! サクサクのリンゴを齧りながら、一人の藩士として過ごす至福の時が……!」
道民(出身)らしい、こだわり満載の正月プラン。
だが、雪は無慈悲に首を横に振った。
「残念ね。阿寒湖で『サイコロ』振ってきなさい。……出目は常に『極寒』だけど」
「そ、そうだ! 一人では死んでしまう! 貴様ら! 来るよな!? 共犯者だろう!?」
持子は藁にもすがる思いで、レオ、沙夜、美羽の3人を見た。
「行きます!」と全員が即答した。
しかし、その希望は雪の一言で粉砕された。
「ダメよ。全員却下」
「今回の撮影はトップシークレット。沙夜ちゃん達は『他事務所』だからNGよ」
「じゃ、じゃあ鮎は!? あの駄犬なら連れて行けるだろう!」
鮎が「わん!!!」
「鮎、あんた仕事が入ってるでしょう!!!」
雪が手帳で鮎の頭をパシッと叩く。
「あんた、年末年始だけで何本の特番とCM撮影が入ってると思ってるの!? それに**受験生(高3)**でしょうが!!! 人間が生きているのがおかしいレベルなのよ、あんたのスケジュールは!」
鮎は「ぐぅ……ご主人様とお手々繋いで凍死したかった……」と呻き、崩れ落ちた。
「と、いうわけで」
雪が、ニッコリと持子に向き直った。その笑顔は、借金取りよりも恐ろしく、そして美しかった。
「今回の同行者は、私(社長)だけよ」
「…………」
持子の顔から色が消えた。
マイナス20度の極寒。娯楽なし。いるのは借金の催促をする推し(社長)のみ。
「ひ……」
持子は泡を吹いて気絶した。




