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『雪の霊園と、背脂の誓い』

古き種火と、ニンニク背脂マシマシの誓い


修学旅行4日目。

札幌の朝は、抜けるような青空だった。

午前中は「札幌自主研修」。

本来ならば、時計台や旧道庁(赤れんが庁舎)といった定番スポットを巡り、歴史を学ぶ時間である。

だが、ホテルアベスト札幌のロビーで、恋問持子は3人のクラスメイトを前に仁王立ちしていた。


「……ついて来るなと言っている」


「嫌よ。絶対に行く」


「持子さんだけズルいですぅ。私たち、もう『一蓮托生』の仲じゃないですかぁ」


「そーそー! 一生ついてくって!」


如月沙夜、花園美羽、獅子戸レオ。

彼女たちの結束は、瞬間接着剤よりも強固だった。

持子はため息をついた。


「……言っておくが、つまらんぞ? 観光地など行かぬ。ただの感傷旅行だ」


「構わないわ。貴女が育った場所、見てみたいの」


沙夜が真っ直ぐな瞳で告げる。


「……ふん。勝手にしろ」


持子は観念して歩き出した。

その背中を、3人が嬉しそうに追いかける。

結局、魔王軍は今日もフルメンバーでの進軍となった。

タクシーに乗り、持子が向かったのは札幌市内のとある住宅街だった。


「ここだ」


持子が足を止めたのは、コインパーキングの前だった。

アスファルトで舗装され、数台の車が無機質に停まっているだけの、何の変哲もない場所。


「……ここ?」


レオがキョトンとする。


「ああ。かつて、ここに師匠の家があった」


持子はアスファルトを見つめた。

幼い頃の記憶が蘇る。

汗と畳の匂い。師匠の怒号。投げ飛ばされる痛み。

子供の目には、とてつもなく広く、高く見えた道場。

それが今、更地になってみると、なんと小さいことか。


「……狭いな。思えば、ただ家の一間を道場に改造していただけだったか」


持子は自嘲気味に笑った。

物理的な場所は消えた。だが、ここで培った「芯」だけは、今の持子を支えている。

3人は何も言わず、ただ静かに、持子が過去と向き合う時間を見守っていた。


「さて、次は墓参りだが……その前に寄る場所がある」


持子が向かったのは、霊園のすぐ近くにある神社だった。


「え、お墓の前に神社?」


「うむ。師匠の教えだ。『神前でけがれを祓い、心を整えてから故人と向き合え』とな」


手水舎で手と口を清め、拝殿で二礼二拍手一礼。

パン、パン。

乾いた柏手の音が、冬の空気に吸い込まれていく。

昨日の小樽でのみそぎとはまた違う、静かな決意の儀式。

心をフラットにし、ただの「弟子」に戻るための手順。


「よし。……行くぞ」


身を清めた一行は、雪の積もった霊園へと足を踏み入れた。

師匠である**高倉たかくら**家の墓前に立つ。


「師匠、久しぶりだな。……孫の竜は、アメリカで暴れているぞ」


持子は墓石の雪を手で払い、榊と水を供えた。

手を合わせ、目を閉じる。

心の中で報告するのは、武術の進歩と、そして――後ろに控える騒がしくも愛おしい「仲間」たちのこと。


「――やはり、ここでしたか」


不意に、背後から声が掛かった。

雪を踏む音すらさせず、気配もなく、いつの間にかそこに「影」が立っていた。


「……ッ!?」


持子は驚いて振り返った。

そこに立っていたのは、黒いコートに身を包んだ、地味で存在感の薄い男。

担任であり、合気武道同好会の顧問でもある、影安かげやす先生だった。


「……影安? なぜ、ここに」


「なに、私も墓参りでね」


影安は、いつもの飄々とした様子で持子の隣に並び、高倉の墓に静かに手を合わせた。

その所作は、無駄がなく、洗練されていた。


「……師匠を知っているのか?」


「ええ。昔、少しだけ手ほどきを受けました。……私の武の原点の一つです」


影安は懐かしそうに墓石を見つめた。

普段は目立たない昼行灯ひるあんどんのような教師だが、今この瞬間だけは、鋭利な刃物のような空気を纏っている。


「恋問さん」


影安が、ふと話題を変えた。


「昨日の小樽の神社のこと……彼から聞きましたよ」


「……彼?」


持子は眉をひそめた。昨日の早朝、小樽の住吉神社で立ち合った、あの岩のような神職のことか。


「良い経験をしましたね」


影安は、すべてを見透かしたように微笑んだ。

持子の迷い、殺意、そしてそれを「祓われた」瞬間のことまで、まるでその場にいたかのように理解している口ぶりだ。


「……先生。あの男は、何者だ? 名前は?」


持子が詰め寄る。

あの凄まじい強さ。ただの神職ではない。

だが、影安は困ったように首を振った。


「僕からは言えません」


「なに?」


「古い友人……とだけ言っておきましょうか。彼は世捨て人のようなものですから」


影安は、はぐらかすように視線を外し、そして再び持子の目を真っ直ぐに見つめた。


「ただこれだけ。……彼が、こう言っていましたよ」


「……?」


『恋問さんの技から、高倉先生が見えた』――と。


「……ッ!」


持子の目が見開かれた。

昨日のあの一撃。

未熟で、殺意に塗れてはいたが、その芯には確かに師匠の教えが息づいていた。

それを、あの人が認めてくれたのだ。


「貴方の中にある**『種』**……良い形で芽吹き始めましたね」


影安の言葉が、雪解け水のように心に染み渡る。


「……そうか」


持子は、自分のてのひらをじっと見つめた。

自分の中に、確かに師匠がいる。そして、それを見守ってくれる新たな師(影安)もいる。

あの偏屈で、厳しくて、でも温かかった老人の魂が、持子という器の中で生きている。


(咲かさなければならんな)


何年かかったとしても。

魔王として、武人として、そして一人の人間として。

この種を大輪の花にしてみせる。


「……行くぞ、者ども!」


持子は振り返り、ニカっと笑った。


「湿っぽいのは終わりだ! 腹が減った! 札幌最強のパワーを食らいに行くぞ!」


「え、ちょ、ここ……? 入るの?」


「なんか、暖簾からの圧が凄くない?」


持子が連れてきたのは、商業施設ノルベサの地下にあるラーメン店**『ロクゴーガッツ』。

漂う強烈なニンニク臭。

いわゆる「二郎系インスパイア」**の店であり、札幌のインスパイア系の中でも「一番味が良い」と持子オススメの名店である。


「甘えるな! 種を咲かせるには、肥料カロリーが必要なのだ!」


店に入ると、独特の熱気と豚骨の香りが押し寄せてくる。

食券機を探すレオに、持子が言った。


「レオ、探しても無駄だ。ここは**『口頭注文』**なのだよ」


「えっ、あ、そうなの?」


「己の欲望を、声に出して店主に伝えるのだ。それが『ガッツ』の流儀!」


席に着くと、店員が注文を聞きに来た。

持子はメニューも見ずに、朗々と告げた。


「この豚野郎ラーメン、野菜マシマシ、ニンニク、背脂マシで、龍のメシも追加で頼む!!!」


「ええっ!? マシマシ!?」


3人が絶句する中、やがて目の前に「山」が現れた。

ドンッ!!

山盛りのもやしとキャベツ、その頂上には刻みニンニクと、雪のように降り積もった背脂。

そして分厚いチャーシュー、バラ肉、炙りロースが城壁のように鎮座している。


「……なまら美しい」


持子は割り箸を割り、手を合わせた。


「いただきます!」


ガツッ!

持子は天地返し(麺と野菜をひっくり返す技)を繰り出し、スープを吸った極太麺を啜り上げた。


「んぐ、むぐ……ッ! これだ! この暴力的な塩分と脂! なまら全身の細胞が歓喜の歌を歌っておる!」


ワシワシとした食感の麺。濃厚な豚骨醤油スープ。

繊細さの欠片もないが、生きる活力がダイレクトに注ぎ込まれる味だ。

昨日のイタリアンが「世界」なら、これは「生存本能」の味。


「……悔しいけど、一口もらったら美味しかったわ」


「私もぉ……。背徳の味がしますぅ」


「あーもう! 食べて運動すればいいんでしょ! すいませーん、ガッツラーメン小、ニンニク少なめで!」


結局、3人もそれぞれのラーメンと格闘し始めた。

フーフーと息を吐き、汗をかきながら麺を啜る。

おしゃれなランチもいいけれど、こうやって肩を並べてジャンクな飯を食らうのも、また青春だ。


「ぷはーっ! 食った食った!」


持子は空になった丼を置き、満足げに腹をさすった。


「よし! エネルギー充填完了! これより旭川へ移動する!」


午後。

ニンニクの香りを微かに漂わせながら(ブレスケアは大量に飲んだ)、第8班はバスに乗り込んだ。

目指すは北の果て、動物たちの楽園・旭山動物園のある旭川市。

修学旅行もいよいよ後半戦。

魔王の種は、北の大地で、そして背脂の海の中で、着実に芽吹きつつあった。


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