魔王モデルの私は、推しのマネージャーが尊すぎて半径1メートル以内に入れません!
美しき魔王・恋問持子が、激辛料理で茶の間を恐怖と興奮のどん底に叩き落とす、官能的バラエティ開演です。
魔王城の攻防と、漆黒の拒絶
闇があった。
むせ返るような、代官山の芸能事務所「スノー」の、加湿器の蒸気と焦燥の臭い。
「――嫌だと言ったら、嫌なのだ。わしはモデルだぞ」
恋問持子が、黄金の瞳を不快げに細めた。
身長百七十五センチの白磁の巨躯が、イタリア製の高級ソファを軋ませる。その仕草一つに、かつての西涼の魔王、董卓の傲慢が宿っていた。
「わしの仕事は、美しく立ち、世界を跪かせること。なぜ、不潔な汁を撒き散らしながら、辛いものを食わねばならぬ。本業の依頼を持ってこい、本業を!」
「これが本業なの! 東大卒の私の計算を信じなさい!」
社長兼マネージャーの立花雪が、バンッ! とデスクを叩き、説得のために持子へ詰め寄ろうとした、その時だった。
ゾワリ。
空間が歪む。
持子の背後から、常人には視認できぬ漆黒のモヤが溢れ出し、無数の「魔力の手」となって雪の前に立ちはだかった。
それは物理的な壁ではない。持子の溢れ出る愛と、尊さへの拒絶反応が具現化した、絶対不可侵の防衛システム。
「……待て、雪。それ以上近づくな。一メートル以上、近寄るなと言っておろうが!」
見えない手に押し留められ、雪の足がピタリと止まる。
「くっ、またこの謎の圧力が……!」
「ふん。貴様が不用意に近づくからだ。わしの魔王の威厳が保てなくなるではないか」
持子は顔を背け、赤面を隠すように不遜な態度を崩さない。
そう、この絶対領域は、雪への愛が重すぎるあまり、至近距離にいるとデレデレの腑抜けになってしまう自分を律するための、悲しき結界なのだ。
「はぁ……威厳だか何だか知らないけど。いい? あのイタリアンで見せた、あの異常な食レポ……。あれを茶の間に晒せば、一億人があんたの虜になる。これは私が、土下座せんばかりの勢いで捥ぎ取ってきた千載一遇のチャンスなのよ!」
「土下座? 貴様、わしの臣下でありながら、他人に頭を下げたというのか。不届き千万!」
「臣下じゃない、社長! もういい、もし完食できたら……次の休みに、あんたが狙ってる五つ星ホテルの『最高級金箔パンケーキ』、経費で落としてあげるから! それでどう!?」
「……金箔……。……ぱんけーき……だと?」
魔王の魂は、甘味という名の毒に、なまら、弱かった。
持子の脳裏に、黄金に輝く甘い塔が浮かび上がり、黒いモヤが一瞬で霧散した。
「……よかろう。雪よ、貴様の熱意に免じて、その『激辛』なる雑兵ども、わが胃袋で平らげて進ぜよう。準備せよ!」
「(最初からパンケーキって言えばよかったわね、このチョロ魔王……)」
雪は密かに胃腸薬をポケットに忍ばせ、勝ち誇ったように笑う持子を冷ややかに見つめた。
✴︎灼熱の円卓と、ひ弱な共演者たち
数日後。スタジオの照明は、獲物を焼く熾火のように赤く、鋭い。
『超人気バラエティ・激辛完食バトル』の収録現場は、異様な熱気に包まれていた。
「……ぬ。雪よ、この貧弱そうな者たちは何だ。わしの食事を観察する生贄か?」
持子が不躾に指差した先には、今日の共演者たちが座っていた。
筋肉を鎧のようにまとった「格闘王」、剛田。
清楚な笑顔を張り付けた「国民的妹系アイドル」、レナ。
そして、騒がしい芸風が売りの「マシンガントーク芸人」、ケンジ。
「生贄じゃない、共演者! 失礼なこと言わないの!」
スタジオの隅、一メートル以上離れた安全圏から雪が小声で叫ぶ。
そして、運ばれてきたのは、もはや料理の体を成していない代物だった。
『暗黒大噴火・極・デス担々麺』
スープはドス黒い赤色をしており、立ち昇る蒸気だけで眼球が灼け、鼻腔の粘膜が悲鳴を上げる劇物だ。防毒マスクをしたスタッフが、震える手でそれをテーブルに置く。
「いただきマッスル!」
最初に挑んだのは、格闘王の剛田だった。自信満々に麺を一口啜る。
その三秒後。
「ぐえぇぇぇぇッ!!??」
剛田は白目を剥き、口から泡を吹いて椅子から転げ落ちた。
「いやぁぁぁ! 無理無理、痛いぃぃ!」
アイドル、レナはレンゲでスープを舐めただけで涙目になり、顔を背けて嗚咽を漏らす。芸人のケンジに至っては、一口食べた瞬間に声帯をやられ、お得意のマシンガントークが「ひゅー、ひゅー」という空気漏れの音に変わってしまった。
「カカカッ! 口ほどにもない雑兵どもよ。所詮は人間か」
地獄絵図と化したスタジオで、魔王だけが不敵に笑った。
「派手な色よのう。血の河を渡る思いだわ!」
持子が豪快に箸を取り、一気に麺を啜った。
✴︎魔王の悦楽、実況席の狂乱
『さあ、最後に残ったのはモデル界の魔王こと、恋問持子だァァ! 他の挑戦者が秒殺される中、彼女は箸を止めない! いや、むしろ加速しているゥゥ!!』
スタジオに響く実況アナウンサーの絶叫。
その瞬間、カプサイシンという名の猛毒が、持子の白磁の粘膜を焼き、毛細血管を強引に拡張させる。
熱い。痛い。
だが、その耐え難い激痛が、魔王の脳髄を、なまら、激しく愛撫した。
「ん、んんんっ……❤ あ、熱い……っ! この汁、わが肉体を内側から蹂躙してくるわ……っ!」
『おっとぉ!? なんだこの色気は!? 激辛麺を食べているだけなのに、まるで愛を語らっているかのような艶かしさだァァ!』
「ちょ、持子さん! 放送禁止よ、その声!」
雪の悲鳴も、実況のボルテージにかき消される。
理性のタガが外れた。黄金の瞳がトロンと濁り、恍惚の色を浮かべる。
真っ赤な汁を口の端から滴らせ、汗で衣服を肌に張り付かせながら、白目を剥いて麺を貪り食う。
その姿は、あまりにも暴力的で、淫らで、圧倒的だった。
『見てくださいこの表情! 苦痛ではない! これは悦楽だ! 汗に濡れた白磁の肌が、スタジオのライトを反射して輝いているぅぅ!』
「……す、すげぇ……なんて美しさだ……」
床に這いつくばっていた剛田が、痛みを忘れて持子を見上げた。
アイドルのレナも、芸人のケンジも、そしてカメラの後ろにいる数十人のスタッフたちも。全員の視線が、狂おしいまでの「生命の爆発」を見せる持子に吸い寄せられた。
ただ辛いものを食べているだけなのに、なぜこれほどまでにエロティックなのか。
彼らの心中に渦巻いていた「恐怖」や「憐憫」が、別の感情へと変質していく。
それは、強者への畏怖であり、抗いがたい魅力への興奮であり、歪んだ情欲だった。
(……ん? なんだ、この心地よい風は……)
麺を啜りながら、持子は奇妙な感覚を覚えていた。
スタジオ中に充満する、熱く粘り気のある空気。
共演者たちから、スタッフたちから、目に見えない赤黒いオーラ――「興奮」と「情念」のエネルギーが立ち昇り、渦を巻いて持子へと流れ込んでくるのだ。
(おお……来る、来るぞ……! 雑兵どもの羨望が、欲望が! わが肉を、わが魂を肥やしていく……!)
『スプーンが止まらない! 残り汁を一気に飲み干す構えだァァ! スタジオ中の視線が彼女の喉元に釘付けになっているゥゥ!』
彼らが発散する興奮は、魔王にとって極上の魔力リソースだった。
激辛の刺激と、他者からの情念の吸収。二重の快楽が持子を襲う。
「はぁ、はぁっ……❤ もっと、もっと熱視線を寄越せ……! 貴様らの興奮を、全てわしが喰らってやる……ッ!」
持子の肌が、吸収した無意識の魔力によって内側から発光するように輝き始めた。
✴︎終章:焦土と化したスタジオ、そして昇天
「あへぇぇぇっ、イッちゃうぅぅッ……完食まで、行っちゃうわぁぁぁッ!!!」
ズズズッと最後の汁を飲み干し、持子はドンブリを高く掲げた。
『か、完食だァァァァ!! 伝説が生まれた! 今ここに、激辛界の新たな覇王が誕生しましたァァァ!!』
実況の絶叫と共に、静寂が訪れた。
全員が、汗と涙と汁でぐしゃぐしゃになりながらも、神々しいまでの美しさを放つ魔王の姿に、魂を抜かれたように魅入っていた。
数秒の沈黙の後、ようやくフロアディレクターがハッと我に返った。
「――っ! か、カット! カットォォォ!」
ディレクターの声がスタジオに響き渡る。
「収録終わりです! お疲れ様でしたぁぁぁ! すげぇ、マジですげぇ映像撮れたぞ……!」
スタッフたちがわっと動き出し、拍手と歓声が巻き起こる。
床に転がる共演者たちも、放心状態のまま力無く拍手を送っていた。
「……ふぅ。ぬ、雪よ……」
全身にみなぎる魔力と達成感に酔いしれ、恍惚とした表情の持子が、ふらふらと雪の方へ歩み寄る。
今の持子には、いつもの「一メートル結界」を張る理性など残っていない。
「なまら……なまら、良い収穫であった……。どうだ、わしの勇姿は……」
雪の目の前まで近づき、期待に満ちた目で、潤んだ黄金の瞳で見つめる。
雪は、目の前の、汗だくで汁まみれだが、今までで一番輝いている魔王を見上げた。
そして、溜息を一つついて、微笑んだ。
「……ええ、最高だったわ。よくやったじゃない、持子さん!」
「! 雪……!」
次の瞬間、信じられないことが起きた。
雪が、自ら腕を伸ばし、持子の体をぎゅっと抱きしめたのだ。
「あ……」
持子の思考が停止する。
いつもは一メートル以上離れて崇めていた「推し」が、今、自分を抱きしめている。
雪の体温。石鹸の香り。柔らかい感触。
「ちょ、ちょっと! あんた熱すぎ! 体温何度あるのよ!?」
雪の驚く声は、もう持子には届いていなかった。
(あ……ああ……。尊い……。雪が、わしを……。これが、天国……ぱんけーき……)
激辛の刺激、吸収した魔力、そして何より、最愛の推しからの至近距離での抱擁。
許容量を超えた幸福の奔流が、魔王の脳髄を焼き尽くした。
プツン。
持子の意識の糸が切れた。
黄金の瞳が白目を剥き、口から幸せそうな魂のエクトプラズムがふわりと抜け出していく。
「えっ、ちょっと!? 持子? しっかりしなさいよ! 魔王が昇天してどうすんのよ!」
白目を剥いて崩れ落ちる巨体を支えながら、雪の悲鳴がスタジオに響き渡る。
むせ返るような唐辛子の香りと、幸せすぎて気絶した魔王。
令和のエンターテインメント界は、今、日本の茶の間の「正気」を道連れにして、更なる狂乱へと加速していく。魔王・恋問持子の伝説は、ここから始まるのである。
お読みいただき感謝いたします。
激辛の痛みすら快楽に変え、人々の情念を糧にする魔王の姿はいかがでしたか?
令和の天下統一(バラエティ無双)はまだ始まったばかり。
胃腸薬を構えて、次なる「収穫」をお待ちください。




