『蒼き運河と、氷の女王の告白』(イラスト有り)
✴︎蒼き運河と、雄の熱を知る氷の女王
逃げ出したビスクドール
深夜22時。
「運河の宿 おたる ふる川」の客室では、獅子戸レオと花園美羽が枕投げならぬ「自撮り大会」で盛り上がっていた。
キャーキャーと黄色い声が響く中、如月沙夜は音もなく部屋を抜け出した。
「……うるさい。やってられないわ」
浴衣の上に厚手のコートを羽織り、マフラーを口元まで巻いて、彼女は夜の街へと足を向けた。
向かった先は、宿の目の前にある小樽運河。
外は氷点下の世界。
観光客の姿はまばらになり、静寂が支配している。
そこにあるのは、1万個の青色LEDが作り出す、幻想的で冷たい「蒼」の世界だった。
沙夜は、運河沿いの散策路のベンチに腰を下ろした。
白い息が、青い光に照らされて消えていく。
(綺麗……。でも、寒い)
子役時代から「10秒で泣ける天才」と呼ばれ、大人たちの期待に応えるために「嘘」を演じ続けてきた。
本当の自分なんて、とっくにどこかへ置いてきた。
今の自分は、精巧に作られたビスクドール(人形)だ。中身なんてない。冷たくて、硬いだけ。
「……ずるい」
脳裏に浮かぶのは、持子の姿だ。
圧倒的な美貌。誰に何と言われようと揺るがない「魔王」としての振る舞い。
馬鹿みたいに自信満々で、驚くほど正直で、素直で……そして、時折見せる無邪気な笑顔が、悔しいくらいに可愛い。
(あんなに無茶苦茶なのに、どうしてあんなに輝いて見えるの?)
(私と同じ女なのに……どうして、時々**「男の人」に見つめられている**ような気がするの……?)
胸の奥が、熱く疼く。
それは嫉妬であり、憧れであり――そして、認めたくない「恋慕」だった。
沙夜が膝を抱え、さらに身を縮めたその時だった。
ダッ、ダッ、ダッ!
静寂を切り裂く、力強い足音が近づいてきた。
沙夜が驚いて振り返ると、街灯の逆光を浴びて、肩で息をする恋問持子が立っていた。
✴︎猛獣の追跡
「――ハァ、ハァ……。見つけたぞ、逃亡者」
持子は乱れた髪をかき上げ、白い息を吐きながら沙夜を見下ろした。
沙夜を**「追いかけて」**きたのだ。
「も、持子……? なんで……」
「黙って消えるな。……レオたちが騒いでいる隙に抜け出すとは、いい度胸だ」
持子はズカズカと歩み寄ると、逃げようとする沙夜の腕をガシリと掴んだ。
その力強さは、女子高生のものとは思えない。
太くて、熱くて、強引な――まるで男性の手に掴まれたような錯覚。
「……放っておいてよ」
沙夜は顔を背けた。
「アンタには関係ないでしょ。私は一人でいたいの」
「嘘をつけ!」
持子は沙夜の手首を引き寄せ、無理やり自分のコートのポケットに突っ込んだ。
中には、カイロよりも熱い持子の手があった。
「冷え切っているではないか。……口では拒絶しても、身体は正直に熱を求めているぞ」
「っ……!」
沙夜の心臓が跳ねた。
近い。顔が、匂いが、存在感が。
持子の黄金の瞳に見つめられると、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
その視線は、同性の友達を見る目ではない。
獲物を狙う猛獣の、あるいは――**愛しい女を所有しようとする、支配者の目**だった。
(なによ、この感覚……)
(怖いのに、ゾクゾクする……。喰われたいって、身体が言ってる……)
✴︎氷解と告白
「……ねえ、持子」
沙夜が、震える声で呼んだ。
「ん? なんだ」
沙夜は、ポケットの中で持子の手をギュッと握り返した。
その指先は、氷のように冷たい。
「アンタを見てると……ムカつくの」
「ほう。それは光栄だな」
「大食らいで、乱暴で、声が大きくて……。アンタは、私と正反対」
沙夜が顔を上げ、持子の黄金の瞳を射抜くように見つめた。
その瞳には、涙が溜まっていた。
「なのに……どうして、そんなに綺麗なのよ」
「……」
一度溢れ出した想いは、もう止まらなかった。
沙夜は持子の胸ぐらを掴み、嗚咽混じりに叫んだ。
「自信の塊みたいに堂々としてて! 嘘がなくて、真っ直ぐで! バカみたいに素直で!」
「悔しいけど……そんなアンタが、可愛くて仕方ないのよ!」
「……沙夜?」
「私、女よ? 同じ女なのに……どうしてこんなにドキドキするのよ!」
「アンタの中に……時々、**すごく乱暴で、強い『男』**がいる気がするの……!」
沙夜の言葉に、持子の眉がピクリと動く。
「アンタの近くにいると、私の氷が溶けちゃう……。偽物の私が壊されて、ただの女になっちゃいそうで……怖いの」
沙夜のプライドも、女優の仮面も、寒さと孤独の限界で崩れ去っていく。
彼女は衝動的に持子の胸に飛び込んだ。
ドンッ。
魔王の豊かな胸に、顔を埋める。
「好き……。アンタのその魅力(熱)が、たまらなく欲しいの……!」
沙夜は、持子の背中に腕を回し、すがりついた。
「お願い、持子……。私を溶かして。私を壊して」
「私を……アンタのモノにしてよ……ッ!」
魂からの叫び。
氷の女王が、初めて人肌を求めて、愛を乞うた瞬間だった。
✴︎魔王の契約と、甘美な隷属
持子は、胸にすがりつく沙夜を見下ろした。
(……ほう)
持子の口元が、ニヤリと歪む。
それは慈愛の笑みであり、同時に暴君・董卓の愉悦の笑みでもあった。
(まさか、この娘……わしの正体(中身)を本能で感じ取ったか?)
(「男がいる気がする」だと? くくっ、鋭い。やはり役者の勘というのは侮れんな)
持子は、沙夜の震える背中に腕を回し、力強く抱きしめ返した。
ギュッ。
逃げ場のない、絶対的な捕縛。
それはもう、女同士のハグではない。男が女を所有する抱擁だ。
「……よかろう」
持子は沙夜の顎を指で持ち上げ、その濡れた瞳を覗き込んだ。
「その願い、聞き届けた。……貴様のその冷たい魂、わしの熱で骨の髄まで焼き尽くしてやる」
「覚悟はいいな? 一度溶ければ、もう二度と元の氷には戻れんぞ」
「……構わない。アンタがいれば、もう何もいらない……」
「いい返事だ」
次の瞬間、持子の唇が、沙夜の冷たい唇を塞いだ。
「んっ……!?」
それは、ただのキスではなかった。
持子の背後から、陽炎のような漆黒のモヤが溢れ出し、二人を包み込んだのだ。
契約の儀式。
魔王の膨大な魔力が、口づけを通じて沙夜の体内へと注ぎ込まれる。
ドクンッ。
(なに、これ……黒い……?)
(熱い……身体の中が、焼けるみたいに……)
持子の舌が、沙夜の口内を蹂躙する。
冷え切っていた血管に、マグマのような熱流が駆け巡る。
寂しさも、虚しさも、プライドも。
すべてがその「熱」に溶かされ、満たされていく。
(ああ、入ってくる……持子の魔力が……)
(やっぱり、この人は『雄』だ……。私を喰らって、支配しようとしてる……)
(でも……嬉しい。私、この人のモノになれるんだ……!)
「ふぁ……んっ、ぁ……!」
沙夜は持子の背中に爪を立て、快楽に溺れた。
もう、離れられない。
この圧倒的な「魔王の魅力」を知ってしまったら、もう誰の愛も必要ない。
私は、この人の所有物になれたんだ――。
✴︎愛の下僕への変貌
長い口づけが終わった時、沙夜は肩で息をしながら、持子の胸に顔を埋めていた。
顔は真っ赤で、目はトロンと潤み、もはや「氷の女王」の面影はない。
完全に堕ちた、メスの顔だった。
「……どうだ? 少しは温まったか?」
持子が意地悪く囁く。
沙夜は、持子のコートの襟をギュッと握りしめ、甘えるように頬ずりをした。
「……うん。あったかい……」
「……もっと。もっとちょうだい、ご主人様……」
(くくっ、完全に堕ちたな。あの高飛車な如月が、子猫のように喉を鳴らしておる)
(我ながら、恐ろしいフェロモンだ。……レオといい、美羽といい、沙夜といい……。わしの周りには、どうしてこうも重い女ばかり集まるのだ?)
持子は満足げに笑い、沙夜の頭をポンと撫でた。
「よしよし。……だが沙夜、一つだけ約束を守れ」
「……なに?」
「人前では、今まで通り『氷の女王』でいろ。わしにデレデレするのは、二人の時だけだ」
「えぇ……やだ。ずっとくっついていたい……」
「ならん。そのギャップこそが、わしの食指を動かすのだからな」
持子がそう告げると、沙夜は不満そうに、しかし嬉しそうに頷いた。
「……わかった。アンタがそう言うなら、演じてあげる」
「うむ。いい子だ」
青い運河の光が、二人を祝福するように揺らめいている。
雪が舞い散る中、3人目の「共犯者」――いや、最も依存度の高い「愛の下僕」が誕生した。
「さて、沙夜。部屋に戻るぞ。レオたちが待っている」
「……うん。手、繋いでていい?」
「ポケットの中でならな」
二人は寄り添い、宿への道を歩き出した。
沙夜のポケットの中では、持子の熱い手が、彼女の冷たい手をしっかりと握りしめていた。
その温もりに触れるたび、沙夜の胸には「魔王への愛」が溢れ出し、二度と離れられない鎖となって彼女を縛り付けていくのだった。
小樽の夜は、熱く、甘く更けていく。
イラスト上手くいかない。
諦めてアップ




