『魔王、ヤンキーを背後から制す』
✴︎灼熱のガラス工房と、魔王の呼吸法
第8班は、クラスメイト達と合流した。ガラス細工体験。
北一硝子のガラス工房を訪れていた。
1000度を超える溶解炉が燃え盛る工房内は、外の吹雪が嘘のように蒸し暑い。
Tシャツ姿になった男子たちが、汗を拭いながら吹きガラス体験の順番を待っている。
その中心にいるのは、クラスのカースト上位に君臨するヤンチャ系イケメン、吉田だ。
整った顔立ちに、少し着崩した制服。目つきは鋭く、口も悪い。
「おい、恋問。何ニヤニヤしてんだよ。気味わりーな」
吉田は、少し離れた場所でガラス細工を見ている恋問持子に声をかけた。
昨夜の温泉以来、女子たちが持子を「様」付けで崇拝しているのが、どうにも気に入らないのだ。
「ん? なんだ吉田。……このガラスの赤色が、カニの甲羅に見えてな。食欲が湧いてきたのだ」
持子は真顔で答えた。
「はぁ? お前、マジで頭ん中、食うことしかねーのな」
吉田は呆れ果てて、フンと鼻を鳴らした。
「いいか? みんなお前のこと『魔王』とか持ち上げてるけどな、俺は騙されねーぞ。お前なんて、所詮は**『顔だけ』がいいバカ**だろ」
ズバッと言い放つ吉田。
周囲の女子たちが「ちょっと吉田!」と色めき立つが、持子は片手を挙げてそれを制した。
「……ふむ。否定はせん」
「あ?」
「わしがバカなのは事実だ。勉強もできんし、漢字も危うい。それに、わしの取り柄がこの美貌であることも、また真理だ」
持子は、怒るどころか、うんうんと頷いている。
(陰でコソコソ悪口を言う輩は断じて許さんが、こやつは清々しいほど直球だ。……それに、事実を言われて怒るほど、わしは狭量ではない)
「貴様、口は悪いが正直者だな。……嫌いではないぞ」
「は……っ!? な、何上から目線で言ってんだよ! 意味わかんねー!」
吉田は毒気を抜かれたようにたじろいだ。
(なんだコイツ……。『顔だけのバカ』って言われて、『嫌いではない』って……。調子狂うな)
「次、吉田の番だぞー」
係員に呼ばれ、吉田は「おう!」と虚勢を張りながら、吹き竿の前に立った。
✴︎強気なイケメンの苦戦
「へへっ、見てろよ。俺の肺活量とセンスで、一発で芸術作品を作ってやるよ」
吉田は自信満々に竿を構えた。
職人が巻き取ってくれた真っ赤なガラスの塊。
それに息を吹き込み、コップの形に膨らませるのだが……。
「ふーーーっ! ……んぐぐっ!」
吉田の顔が真っ赤になる。首筋に血管が浮き上がる。
しかし、ガラスはプクッといびつに歪むだけで、綺麗に膨らまない。
ガラスは想像以上に硬く、繊細な力加減が必要だったのだ。
「ぶはっ! なんだそれ、ひょっとこかよ!」
「センスねーな吉田!」
「うっせーな! これムズいんだよ! 息が入らねぇんだって!」
男子たちに冷やかされ、吉田は焦った。
カースト上位のプライドがある。ここで無様な姿は見せられない。
「くそっ、もう一回だ! 今度こそ……!」
吉田が力任せに息を吸い込んだ、その時だった。
「……ふむ。貴様、腰が入っておらんぞ」
背後から、凛とした声が降ってきた。
✴︎密着! 魔王式・呼吸指導
振り返る間もなかった。
「なっ……!?」
吉田の背中に、**とん、と柔らかく、あり得ないほどの「質量」**が押し付けられた。
そして、視界の両脇から白くしなやかな腕が伸び、吉田が握っている吹き竿を、上から包み込むように握りしめた。
バックハグ。
魔王・恋問持子が、吉田の真後ろに密着し、二人羽織のような体勢をとったのだ。
「こ、恋問……!? おま、何して……!?」
吉田の声が裏返った。
思考が停止した。
背中に感じる、圧倒的な豊満さ(胸部)。
さっきまで「バカ」だと罵っていた相手の体温。
鼻をくすぐる、高級な香水の甘い香り。
そして、耳元で囁かれる吐息。
「騒ぐな。……竿がブレているぞ」
持子は真剣そのものだ。
彼女に「ラッキースケベ」の意図など微塵もない。
ただ、武術の達人として、吉田のへっぴり腰が見過ごせなかっただけなのだ。
「いいか吉田。ガラスを膨らませるのは肺ではない。**『丹田』**だ」
「は、腹……? ていうか、ちけぇ! 当たってる! なんか凄いの当たってるから!」
吉田のヤンチャな強気は、一瞬で消し飛んだ。
顔から火が出るほど赤い。
心臓がバックバクとうるさい。
男子たちの視線が、「うおおおお!?」「吉田、代われ!」「そこが特等席か!」という嫉妬の炎に変わっているのが分かる。
「雑念を捨てろ! ……わしに身を委ねろ」
持子は容赦なく、さらに密着した。
自身の丹田を吉田の腰にグッと押し当て、太ももで吉田の脚を挟んで固定する(ロックする)。
「ひぃっ……!」
「わしの呼吸に合わせろ。……吸って!」
持子の号令に合わせて、吉田は操り人形のように息を吸わされた。
背中越しに、持子の胸郭が大きく広がるのが伝わってくる。
その圧倒的な生命力が、吉田の背中から流れ込んでくるようだ。
「……吐けぇぇぇッ!!」
「ふ、ふーっ!!」
持子の気迫と、背中の感触にパニックになりつつも、吉田は覚悟を決めて息を吹き込んだ。
魔王とヤンキー、二人の肺活量が合わさった瞬間。
✴︎紅蓮の芸術と、男の友情
ブォォォン……。
竿の先のガラスが、まるで生き物のように脈動した。
先ほどまでの歪な形ではない。
均一に、力強く、美しい球体へと膨らんでいく。
「おおっ……!?」
職人が声を上げた。「いいぞ! そのまま回して!」
「回せ、吉田! 止めくな!」
「わ、わかってるよ!」
持子と吉田、二人の手が重なり合ったまま、竿を回転させる。
呼吸が合う。リズムが合う。
背中合わせの熱が、ガラスに乗り移っていく。
そして――。
「……よし、そこまで!」
職人の合図で、竿を引き上げる。
そこに完成したのは、見事な真紅のグラスだった。
歪み一つなく、炎の揺らめきを閉じ込めたような、力強い造形美。
「すげぇ……」
「マジかよ、完璧じゃん……」
男子たちから感嘆の声が漏れる。
吉田は、自分の手で作った(半分は持子だが)作品を見つめ、呆然とした。
「……やったな」
耳元で、持子がニヤリと笑った。
パッと持子が離れると、吉田の背中が急に寒くなった。
だが、胸の奥には熱い達成感が残っている。
「……はー。びっくりした……」
吉田は汗を拭い、持子を振り返った。
顔はまだ赤かったが、その瞳にはもう敵意はない。
「お前……すげぇな。バカだけど、なんか……すげぇわ」
「ふふん。わしの指導があれば、貴様のような凡才でも傑作が作れるのだ」
持子が胸を張る。
吉田は苦笑いしながら、右手を差し出した。
「ありがとな。……悔しいけど、見直したわ」
持子はその手をガシリと握り返した。
「礼には及ばん。……貴様の肺活量も、悪くはなかったぞ」
その握手は、力強かった。
女子のような柔らかさはない。ゴツゴツとした、男の友情の感触。
それを見ていた他の男子たちも、次々と持子に声をかける。
「俺にも指導頼むわ!」
「いや、お前は下心ありすぎだろw」
「恋問、後でトランプやろうぜ! ババ抜きな!」
工房の熱気が、別の種類の「熱」に変わっていく。
それは、男女の壁を超えた、クラスメイトとしての連帯感。
「顔だけのバカ」という評価は、「頼れる最高のバカ」へと上書きされたのだ。
✴︎レトロな宿と、魔王の独り言
夕刻。
ガラス工房での成功体験を経て、一行は本日の宿へと到着した。
小樽運河の目の前に佇む、『運河の宿 おたる ふる川』。
明治時代の商家を再現したというレトロな外観。軒先にはガス灯が揺れ、帳場には骨董品が並ぶ、風情ある温泉宿だ。
「おお……! 渋い! これは良い宿だ!」
「ご飯も美味しいらしいよー!」
生徒たちが歓声を上げてロビーへ入っていく。
持子もまた、その古き良き和の空間に目を細めた。
「ふむ。この木のぬくもり……悪くない。長安の宮殿とは違うが、心が落ち着くわ」
そこへ、先ほどの吉田が通りがかった。
「おー、恋問。メシの時、またカニ剥いてくれよな! お前、剥くの上手すぎだろ」
「調子に乗るな吉田。だが……まあ、余ったらくれてやろう」
「へへっ、サンキュ!」
吉田は気安く手を振って、男子部屋へと消えていった。
もはやそこに、昨日のようなトゲトゲしい壁はない。完全に「ダチ」への対応だ。
持子は、去っていく吉田の背中を見送りながら、ふと自分の胸に手を当てた。
先ほど、吉田の背中に思い切り押し当ててしまった豊満な胸部。
普通の女子高生なら、恥じらって顔を覆うところだろう。
だが、持子はケロッとしていた。
むしろ、男子たちとの遠慮のない距離感を心地よく感じていた。
(……やれやれ。女子とキャピキャピするのも悪くはないが、やはり男とこうして雑に笑い合う方が、水が合うな)
持子は、ロビーの古時計を見上げ、心の中でニヤリと笑った。
(まあ、当然か)
(この美貌、この肉体は『貂蝉』のものだが……)
(中身は、三国志の暴君・『董卓』、つまり男もまた、男だからな!)
見た目は絶世の美女。中身はおっさん(魔王)。
そのギャップこそが、吉田たち男子を惑わせ、惹きつける最大の「魔性」なのかもしれない。
「さて、温泉だ。小樽の湯も楽しみだな」
持子は着崩した制服の襟を直し、悠々と客室へと向かった。
小樽の夜は、まだ始まったばかりである。




