表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/168

『牙を持つ者のみ、席に着け』

✴︎魔王の食卓と、鉄の掟


登別温泉のホテルに戻った第8班は、夕食会場である大宴会場へと向かった。

そこは、北海道の海の幸と山の幸が食べ放題のビュッフェ形式だった。

ズワイガニの山、焼きたての道産牛ステーキ、新鮮な刺し身の舟盛り、そしてメロンやケーキなどのデザート。

10年に一度の寒気で冷え切った身体を温めるには、十分すぎるほどの熱気と香りが充満している。


「うっひょー! カニだカニ! これ全部食っていいとかマジ神!」


「……ふん。カニなんて、殻を剥く労力に見合わないわ。手が汚れるし」


「わぁ~♡ ステーキ美味しそうですぅ! (……よし、とりあえず原価高そうなローストビーフから攻めて、元を取る!)」


三者三様の反応を見せる少女たちを尻目に、魔王・恋問持子は静かに、しかし迅速に動いた。

彼女のトレイには、すでにタラバガニの足がタワーのように積み上げられ、その脇をステーキの丘と寿司の城壁が固めている。


「……いただきます」


持子が席に着き、カニの殻を素手で(しかも優雅に)バキバキと粉砕し始めた時だった。


「はい、オーナー……あ、じゃなくて持子様! お水持ってきました! あとお手拭きと、カニ酢も!」


獅子戸レオが、甲斐甲斐しく世話を焼き始めたのだ。

その瞳は、先ほどの地獄谷での契約を経て、狂信的な輝きを帯びている。

完全に「飼い主」に媚びる「忠犬」の目だ。


「……おい、獅子戸」


「はいっ! 何でも言ってください! 靴もお舐めしますか!?」


持子の眉間みけんに、深い皺が刻まれた。

カニの足を置くと、持子はレオの胸ぐらを掴んで引き寄せ、誰にも聞こえない声量でドスを利かせた。


「貴様……調子に乗るなよ」


「ひっ……(ゾクッ♡)」


「いいか、よく聞け。人前でわしを『オーナー』と呼ぶな。敬語も使うな。……今まで通り、ただのクラスメイトとして接しろ」


「え……?」


レオがキョトンとする。


「なんで? だって私、アンタのモノになったんでしょ? だったら下僕として尽くすのが筋じゃ……」


「下僕など要らん!」


持子は吐き捨てるように言った。

その脳裏には、東京に置いてきた一人の美少女――**本多鮎ほんだ あゆ**の顔が浮かんでいた。

かつて「国民的妹」と呼ばれた先輩モデル。

持子が最初に手懐けた配下だが、あやつは持子への愛が重すぎて、今や完全に「思考停止した駄犬」になり果てている。

今朝もマンションのエントランスで「ご主人様ぁぁぁ!」と泣き叫び、足にしがみついてきた姿を思い出すだけで、持子は頭痛がした。


(あれは失敗だった。忠誠心があるのはいいが、あそこまで媚びへつらわれると、見ていて面白味がない。わしが欲しいのは、牙を持った『狼』だ。尻尾を振るだけの『犬』ではない!)


持子は黄金の瞳を細め、レオを睨みつけた。


「わしの最初の『失敗作(鮎)』の二の舞になるな。貴様は狂犬だろう? 噛みつくようなスリルがあるからこそ、飼う価値があるのだ」


「……!」


「もし、つまらないイエスマンに成り下がったら……その瞬間に契約破棄だ。地獄谷の底へ返品してやるから覚悟しておけ」


突き放すような冷酷な命令。

だが、それはレオにとって、この上ない「ご褒美」だった。

ただ従うだけじゃダメ。対等なフリをして、スリルを共有しろと言うのだ。


「……くぅ~っ! マジかよ、厳しすぎ!」


レオの頬が紅潮し、口角がニヤリと吊り上がる。


「りょ! わかったよ、持子(相棒)! ……これでいい?」


「合格だ」


持子は満足げに頷き、剥いたばかりのカニの身をレオの皿に放り投げた。


「食え。これから共犯者として働くには、エネルギーが必要だぞ」


「ういーっす! いただきまーす!」


そこからは、傍から見れば「仲の良い女子高生」の食事風景だった。

ただし、その食欲は異常だったが。


「んまー! このカニ味噌ヤバくね!? 脳みそ溶ける味する!」


「ふはは! そうだろう! やはり冬の味覚は脂肪を蓄えてこそだ! ステーキも持ってこい、今日はわしの奢り(事務所経費)だ!」


「マジで!? ゴチになりまーす! あ、これ配信しよ! 『魔王とカニ食ってみた』!」


二人は笑い合い、山のような料理を次々と胃袋に収めていく。

その底なしの食欲と、楽しげな雰囲気は、先ほどまでのギスギスした空気が嘘のようだった。

だが、テーブルの向かい側は、まるで別世界だった。


「……信じられない。あんなに食べて、よく太らないわね」


如月沙夜は、サラダとスープだけが載ったトレイを前に、冷ややかな視線を送っていた。


(下品だわ。育ちが出るっていうか……。でも、あのレオって子が、急にあの女に懐いてるのが不気味ね)


彼女は氷の仮面を崩さず、黙々と野菜を口に運ぶ。その姿は、周囲を拒絶する孤高の城壁のようだ。

その隣では、花園美羽が鬼の形相でローストビーフと格闘していた。


(……クッ、このローストビーフ、一枚500円はするはず。元を取るにはあと10枚……いや、デザートのメロンも高いから、配分を考えないと……!)


彼女の皿には、原価率の高そうな料理だけが隙間なく盛られている。


(あいつら楽しそうにしちゃって……。ケッ、どうせ金持ちの道楽でしょ。私は私の戦い(元を取る)があるのよ!)


美羽は誰とも会話せず、フードファイターのような形相で肉を詰め込んでいる。


「ふぅ……食った食った! 持子、次はデザート行こうぜ!」


「うむ。ソフトクリームに夕張メロンをトッピングする背徳の味……試さねばなるまい!」


持子とレオ。

秘密の契約で結ばれた二人は、共犯者の目配せを交わしながら、欲望のままに夜の宴を楽しんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ