『牙を持つ者のみ、席に着け』
✴︎魔王の食卓と、鉄の掟
登別温泉のホテルに戻った第8班は、夕食会場である大宴会場へと向かった。
そこは、北海道の海の幸と山の幸が食べ放題のビュッフェ形式だった。
ズワイガニの山、焼きたての道産牛ステーキ、新鮮な刺し身の舟盛り、そしてメロンやケーキなどのデザート。
10年に一度の寒気で冷え切った身体を温めるには、十分すぎるほどの熱気と香りが充満している。
「うっひょー! カニだカニ! これ全部食っていいとかマジ神!」
「……ふん。カニなんて、殻を剥く労力に見合わないわ。手が汚れるし」
「わぁ~♡ ステーキ美味しそうですぅ! (……よし、とりあえず原価高そうなローストビーフから攻めて、元を取る!)」
三者三様の反応を見せる少女たちを尻目に、魔王・恋問持子は静かに、しかし迅速に動いた。
彼女のトレイには、すでにタラバガニの足がタワーのように積み上げられ、その脇をステーキの丘と寿司の城壁が固めている。
「……いただきます」
持子が席に着き、カニの殻を素手で(しかも優雅に)バキバキと粉砕し始めた時だった。
「はい、オーナー……あ、じゃなくて持子様! お水持ってきました! あとお手拭きと、カニ酢も!」
獅子戸レオが、甲斐甲斐しく世話を焼き始めたのだ。
その瞳は、先ほどの地獄谷での契約を経て、狂信的な輝きを帯びている。
完全に「飼い主」に媚びる「忠犬」の目だ。
「……おい、獅子戸」
「はいっ! 何でも言ってください! 靴もお舐めしますか!?」
持子の眉間に、深い皺が刻まれた。
カニの足を置くと、持子はレオの胸ぐらを掴んで引き寄せ、誰にも聞こえない声量でドスを利かせた。
「貴様……調子に乗るなよ」
「ひっ……(ゾクッ♡)」
「いいか、よく聞け。人前でわしを『オーナー』と呼ぶな。敬語も使うな。……今まで通り、ただのクラスメイトとして接しろ」
「え……?」
レオがキョトンとする。
「なんで? だって私、アンタのモノになったんでしょ? だったら下僕として尽くすのが筋じゃ……」
「下僕など要らん!」
持子は吐き捨てるように言った。
その脳裏には、東京に置いてきた一人の美少女――**本多鮎**の顔が浮かんでいた。
かつて「国民的妹」と呼ばれた先輩モデル。
持子が最初に手懐けた配下だが、あやつは持子への愛が重すぎて、今や完全に「思考停止した駄犬」になり果てている。
今朝もマンションのエントランスで「ご主人様ぁぁぁ!」と泣き叫び、足にしがみついてきた姿を思い出すだけで、持子は頭痛がした。
(あれは失敗だった。忠誠心があるのはいいが、あそこまで媚びへつらわれると、見ていて面白味がない。わしが欲しいのは、牙を持った『狼』だ。尻尾を振るだけの『犬』ではない!)
持子は黄金の瞳を細め、レオを睨みつけた。
「わしの最初の『失敗作(鮎)』の二の舞になるな。貴様は狂犬だろう? 噛みつくようなスリルがあるからこそ、飼う価値があるのだ」
「……!」
「もし、つまらないイエスマンに成り下がったら……その瞬間に契約破棄だ。地獄谷の底へ返品してやるから覚悟しておけ」
突き放すような冷酷な命令。
だが、それはレオにとって、この上ない「ご褒美」だった。
ただ従うだけじゃダメ。対等なフリをして、スリルを共有しろと言うのだ。
「……くぅ~っ! マジかよ、厳しすぎ!」
レオの頬が紅潮し、口角がニヤリと吊り上がる。
「りょ! わかったよ、持子(相棒)! ……これでいい?」
「合格だ」
持子は満足げに頷き、剥いたばかりのカニの身をレオの皿に放り投げた。
「食え。これから共犯者として働くには、エネルギーが必要だぞ」
「ういーっす! いただきまーす!」
そこからは、傍から見れば「仲の良い女子高生」の食事風景だった。
ただし、その食欲は異常だったが。
「んまー! このカニ味噌ヤバくね!? 脳みそ溶ける味する!」
「ふはは! そうだろう! やはり冬の味覚は脂肪を蓄えてこそだ! ステーキも持ってこい、今日はわしの奢り(事務所経費)だ!」
「マジで!? ゴチになりまーす! あ、これ配信しよ! 『魔王とカニ食ってみた』!」
二人は笑い合い、山のような料理を次々と胃袋に収めていく。
その底なしの食欲と、楽しげな雰囲気は、先ほどまでのギスギスした空気が嘘のようだった。
だが、テーブルの向かい側は、まるで別世界だった。
「……信じられない。あんなに食べて、よく太らないわね」
如月沙夜は、サラダとスープだけが載ったトレイを前に、冷ややかな視線を送っていた。
(下品だわ。育ちが出るっていうか……。でも、あのレオって子が、急にあの女に懐いてるのが不気味ね)
彼女は氷の仮面を崩さず、黙々と野菜を口に運ぶ。その姿は、周囲を拒絶する孤高の城壁のようだ。
その隣では、花園美羽が鬼の形相でローストビーフと格闘していた。
(……クッ、このローストビーフ、一枚500円はするはず。元を取るにはあと10枚……いや、デザートのメロンも高いから、配分を考えないと……!)
彼女の皿には、原価率の高そうな料理だけが隙間なく盛られている。
(あいつら楽しそうにしちゃって……。ケッ、どうせ金持ちの道楽でしょ。私は私の戦い(元を取る)があるのよ!)
美羽は誰とも会話せず、フードファイターのような形相で肉を詰め込んでいる。
「ふぅ……食った食った! 持子、次はデザート行こうぜ!」
「うむ。ソフトクリームに夕張メロンをトッピングする背徳の味……試さねばなるまい!」
持子とレオ。
秘密の契約で結ばれた二人は、共犯者の目配せを交わしながら、欲望のままに夜の宴を楽しんだ。




