氷点下の女神と、規格外の寒波 ~問題児三人と地獄の第8班、魔王は北海道を征く~
修学旅行編
氷点下の女神と、規格外の寒波
✴︎10年に一度の「白き絶望」
ニュースキャスターが、興奮気味に伝えていた。
『北海道上空に、11月としては観測史上最大級、10年に一度と言われる猛烈な寒波が到来しました』
通常であれば、晩秋の紅葉と初雪が混じり合う美しい季節のはずだった。
だが、今の新千歳空港の外に広がっているのは、そんな生温かい景色ではない。
視界を白く塗りつぶす暴風雪。
気温は正午にしてマイナス二桁に迫る勢い。
それは、神がこの地に侵入する者を拒絶するかのような、圧倒的な**「白い絶望」**だった。
「ぬぉ……! なまら寒い! なんだこの殺気にも似た冷たさは!」
その極寒の吹雪の中、自動ドアを抜けて一人の少女が仁王立ちした。
芸能事務所「スノー」のモデル、恋問持子。
彼女の姿を目にした瞬間、寒さに身を縮めていた観光客たちの時が止まった。
「……なんて綺麗な子だ」「いや、女神だ……」
身長175センチ。
彫刻のように完成されたプロポーションは、単なるスレンダーではない。
豊かな胸元、極限までくびれたウエスト、そしてしなやかで弾力のあるヒップライン。
厚着をしていても隠しきれないその曲線美は、神が計算し尽くした**黄金比**を描いていた。
透き通るような白磁の肌は、吹雪の中で内側から発光しているかのように輝き、腰まで届く艶やかな黒髪が風になびく様は、この世の物とは思えない美しさだ。
まさに絶世の美女。
だが、その中身は「食欲」と「武術」に全振りした、残念すぎる暴食の魔王である。
「異常気象だそうですよ、恋問さん。10年に一度の寒気だとか」
背後から担任の影安先生が淡々と告げる。
そして、この異常気象よりもさらに絶望的な「班分け」が、無慈悲に執行された。
「班が決まらなかった4名は、自動的に第8班となります」
持子が振り返った先には、クラスから弾き出された3人の美少女たちが立っていた。
そこにあるのは友情ではない。
圧倒的な「美」を持つ持子への嫉妬と、互いを軽蔑し合うドロドロとした『敵意』だ。
「うっわ、マジかよ……。このメンツ、終わってんなー」
最初に口を開いたのは、派手な金髪ショートボブの少女だ。
獅子戸レオ。
かつてはオリンピック候補の陸上選手だったが、今は迷惑系YouTuberとして炎上を繰り返している。
彼女は挨拶もそこそこにスマホを取り出し、持子にカメラを向けた。
「ういーっす! レオちゃんねるでーす! 見てこれ! 10年に一度の大寒波VS顔面国宝級の魔王! どっちが勝つか検証してみた! サムネいただき!」
「……チッ。うるさい。その下品なカメラ、私の顔に向けないでくれる?」
レオのスマホを手で払いのけたのは、まるで精巧なビスクドールのような黒髪の少女。
如月沙夜。
「10秒で泣ける天才子役」として一世を風靡したが、今は「劣化」と叩かれ仕事が激減している。
彼女は、持子の圧倒的な美貌を一瞥すると、憎々しげに唇を噛んだ。
(なによ、あの顔……。整形でしょ? あんな完璧な造形、天然であるわけない……!)
「最悪。まさかこの私が、こんな寄せ集めの『掃き溜め』に入れられるなんて。……ねえアンタ、私の視界に入らないで。アンタのその『作り物めいた美しさ』、見てるだけでイラつくのよ」
「ひぐぅ……沙夜ちゃん怖ぁい……。喧嘩はやめようよぉ……」
沙夜の剣幕に怯えて涙目になっているのは、小柄でふわふわとした茶髪の少女。
花園美羽。
清純派アイドルだ。
だが、その潤んだ瞳の奥で、彼女は冷徹に計算していた。
(チッ、この班、金持ちそうな男子がいない……。でも、あの恋問持子。全身ハイブランドだし、あの美貌ならパパ活で相当稼いでるはず……。財布の場所どこだろ)
三者三様の「地雷」を抱えた少女たち。
持子は天を仰ぎ、吹き付ける雪を睨んだ。
(……なんという地獄の釜の蓋よ! ただでさえ異常気象だというのに、承認欲求モンスターに、嫉妬深いプライドお化けに、腹黒アイドルだと? わしは北海道のグルメを堪能したいだけなのだぞ!)
「さあ、行きますよ。バスが出ます」
先生の声に、4人は互いに距離を取りながら、重い足取りでバスへと向かった。
修学旅行という名の、寒々しい戦争が始まった。
✴︎走る監獄
新千歳空港を出発し、最初の目的地である「ノーザンホースパーク」へ向かうバスの中。
外は猛吹雪だが、暖房が効き始めた車内でも、第8班の空気だけは絶対零度のままだった。
最後列の座席。
窓際に沙夜、その隣に持子。通路を挟んで美羽、レオという配置だ。
「……ねえ。ちょっと狭いんだけど。もっと詰めてくれない?」
沙夜が不機嫌そうに呟く。
持子のプロポーションは完璧だが、その豊満すぎるバストと、鍛え上げられたヒップの質量は凄まじい。
座席の境界線を、その神がかった曲線美が侵食しているのだ。
「仕方あるまい。わしの身体は美の女神アフロディーテも嫉妬する豊穣の大地。エコノミークラスの座席ごときでは、この美を収めきらんのだ」
「はあ? ただデカいだけでしょ。無駄に発育良すぎて暑苦しい……」
沙夜は露骨に嫌な顔をして、窓ガラスにへばりつくように体を背けた。
彼女は極度の末端冷え性だ。指先は氷のように白く、小刻みに震えている。
だが、持子の圧倒的な「生命力」に触れるくらいなら、凍死したほうがマシだと言わんばかりの拒絶ぶりだった。
「うぇーい! みんな盛り上がってるー!? 今からこの吹雪の中で窓全開にして『箱乗り』してみた動画撮りまーす! 凍傷チャレンジ!」
「やめんか馬鹿者!!」
持子は身を乗り出し、窓を開けようとするレオの首根っこを掴んで座席に引き戻した。
「貴様、死にたいのか! 外はマイナス気温だぞ!」
「えー、別に死んでもよくね? 綺麗な顔してマジレスすんなよー。バズれば勝ちっしょ。痛いのとか全然平気だし」
レオはケラケラと笑っているが、その目は死んだ魚のように濁っている。
彼女にとって自分の命は、再生数(数字)を稼ぐためのチップでしかない。
「はぁ……。持子さぁーん、私お腹空いちゃってぇ……」
今度は美羽が、上目遣いで持子の袖を引いた。
「朝から何も食べてないんですぅ。持子さんのカバン、いい匂いしますねぇ♡」
(……この女、わしの鞄の留め具を外そうとしておる!)
持子は慌てて鞄を抱き寄せた。美羽の手先は異常に器用だ。
そのあどけない笑顔の裏で、持子の持ち物を虎視眈々と狙っている。
「貴様ら……少しは落ち着け! わしは今、ガイドブックで夕食のビュッフェを予習しておるのだ!」
「ケチくさ……あ、いえ! なんでもないですぅ! 持子さんって、そんなに食べてるのにスタイル良くて羨ましいですぅ(どうなってるんだよこの身体、内臓入ってんのか?)」
✴︎雪原の不協和音
ノーザンホースパークに到着すると、10年に一度の寒気はさらに猛威を振るっていた。
観光ひき馬や馬車体験ができる美しい施設だが、視界は白く煙っている。
「あー、馬だ。臭っ。ねえ、早く次行かない? 死ぬほど寒いんだけど」
沙夜はコートの襟を立て、不機嫌オーラ全開で立ち尽くしている。
「馬との触れ合いは情操教育に良いのだぞ、如月よ」
「アンタみたいに無駄な脂肪があれば寒くないでしょうけどね。……私、こういう『作られた自然』って嫌いなの。嘘くさくて」
沙夜の視線が、持子の完璧な容姿を舐めるように見て、フンと鼻を鳴らす。
「アンタの顔と一緒ね。綺麗すぎて、逆に気味が悪いわ」
その時、レオがいきなりポニーショーの柵を乗り越えようとした。
「おっ! あの馬、デカくね? 後ろからドロップキックしたらどうなるか検証してみよー!」
「貴様は静かに死ねぇぇぇ!!」
持子は瞬時にレオとの間合いを詰め、その右手首の上を掴んだ。
だが、力任せにねじ上げるのではない。
白魚のような美しい指が、レオの手首の上外側手首の上の骨(尺骨・しゃっこつ) に滑り込ませ、優しく包み込む。
合気武道――『外小手』。
持子が手首を軽く外側に返し制すると、レオの膝がガクンと折れ、その場に崩れ落ちた。
骨や靭帯を傷つけず、神経に直接響く激痛だけを与える制圧技だ。
「ぎゃっ!? 痛っ、あだだだだ!!?」
雪の上に這いつくばるレオ。
「な、なにこれ!? すっげー電流走ったんだけど!? 骨折れてないのに痛い!!」
レオは涙目になりながらも、なぜか恍惚とした表情で笑っている。
「すげぇ! マジで痛い! ねえ、今の技もう一回やって! 動画撮るから!」
「……貴様、本当に壊れておるな」
持子は頭痛を覚えながら手を離した。
この狂犬の手綱を握るには、言葉よりも痛みが必要らしい。
その騒ぎの隙に、美羽が背後から忍び寄っていた。
「わぁ~、すごぉい! 持子さん強~い♡ ……あ、ポケットからお財布落ちそうですよぉ?」
スッと伸びてきた美羽の細い指先を、持子は間一髪で弾いた。
「……貴様もだ、花園。わしの懐を狙うなら、その指ごとへし折るぞ」
「ちぇっ……ガード堅すぎぃ」
美羽は舌打ちしつつ、「冗談ですよぉ~」とあざとく笑って誤魔化した。
持子にとって、ノーザンホースパークは単なる観光地ではない。前世、西涼の荒野を愛馬・赤兎馬と共に駆け抜けた記憶が呼び覚まされる、魂の聖域なのだ。
「ふーっ、ふーっ……! たまらぬ。この堆肥と乾草が混じり合った芳香……これぞ戦場の香りよ!」
「いや、ただの馬小屋の匂いだけど」
獅子戸レオが呆れながらスマホを向けるが、持子は聞く耳を持たない。
自由時間の許す限り、厩舎を見学することになった第8班。
そこで持子は、一頭の巨大な黒毛のサラブレッドと運命的な出会い(一方的)を果たした。
「おお……なんと美しき黒馬か! その四肢の太さ、筋肉の躍動、まさに動く芸術品!」
その馬は、現役を引退した種牡馬であった。
気性が荒く、他の生徒が近づくと威嚇するように鼻を鳴らしていたが、持子が近づくと様子が一変した。
「よしよし、怖くないぞ。わしには分かる。お前はただ、己の強さを誇示しているだけなのだな」
持子は恐れることなく柵に身を乗り出し、その巨大な馬の首筋に抱きついた。
通常なら飼育員が止める場面だが、持子から溢れ出る「覇気(魔力)」が馬を圧倒し、同時に深い安らぎを与えていた。暴君・董卓の魂は、あらゆる猛獣を手懐けるカリスマ性を備えているのだ。
「ブルルゥ……ッ」
「うむ、うむ。いい筋肉だ。毎日よく走り、よく食っている証拠だ。愛い奴め」
持子は馬の頬に自分の頬を擦り付け、うっとりと目を閉じる。
その姿は、美女と野獣の絵画のように美しかった――はずだった。
異変はすぐに起きた。
持子の過剰なスキンシップと、彼女から発せられる濃厚な魔力。
それに当てられたのか、黒馬の呼吸が荒くなり、前足で地面を搔き始めた。そして、動物としての本能が、理性による制御を凌駕した。
ニョキリ。
馬の下腹部から、黒光りする巨大なイチモツが、その雄々しい姿を現したのである。
それは種としての生命力の結晶であり、持子への最大の「敬意」だった。
一瞬の静寂の後。
厩舎に、爆笑と悲鳴が響き渡った。
「ぶはははは! 見ろよあれ! 馬が勃ってるぞ!」
「やっば! デカすぎワロタww」
「うわー、持子のフェロモン強すぎて馬まで発情したー!」
「キモいー! 変態馬ー!」
クラスの男子たちは腹を抱えて笑い転げ、女子たちは「キャーッ」と目を覆いつつ、指の隙間からガッツリ見ている。
レオに至っては「奇跡の映像撮れたww サムネ確定ww」と狂喜乱舞していた。
だが。
ただ一人、笑っていない者がいた。
「――笑うなッ!!!!」
ビリビリと空気を震わせる怒号。
厩舎の気温が一気に氷点下まで下がったかと錯覚するほどの、強烈な殺気。
笑っていた生徒たちは、喉に氷塊を詰め込まれたように一瞬で押し黙った。
持子が、ゆっくりと振り返る。
その黄金の瞳は、侮蔑と激怒で燃え盛っていた。
「貴様ら……今、何がおかしい?」
「え、い、いや……だって、馬が……」
「馬が、己の感情に正直であることが、それほど滑稽か!!」
持子は一歩踏み出し、クラスメイトたちを睨みつけた。背後に「黒い霧」のようなオーラが立ち上る。
「人間は愚かだ。己の欲を隠し、理性という皮を被り、陰でコソコソとあざ笑う。だが獣は違う! 彼らは常に純粋だ! 好意を抱けば寄り添い、欲すれば昂ぶる! そのどこに恥がある!?」
「ひっ……」
「この黒馬はな、わしの魂に共鳴し、精一杯の『愛』を示したのだ! 種族の壁を超え、生命としてぶつかってきたのだ! その純真なる生理現象を『キモい』などと笑う貴様らの精神の方が、よほど醜悪で、下劣で、勃ちもしない去勢された豚のようだわッ!!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃ……!」
理不尽なまでの剣幕と、謎の説得力(?)に圧倒され、生徒たちは半泣きで後ずさりした。
周囲を完全に沈黙させると、持子は再び黒馬の方へ向き直った。
その表情は、先ほどの修羅のような形相から一転、慈愛に満ちた聖母のように優しくなっていた。
「すまぬな……。愚かな人間たちが、無礼を働いた」
持子は、興奮冷めやらぬ馬の鼻面を、両手で優しく包み込んだ。
「ブルゥ……」
「分かっておる。お前のその熱き気持ち(物理)、確かに受け取ったぞ」
持子は馬の目を見つめ、諭すように語りかける。
「だが、すまぬ。本当にすまぬ。わしとお前では、住む世界が違うのだ」
馬のイチモツは未だに元気いっぱいだが、持子はそれを汚らわしいものとしてではなく、あくまで「純粋な好意の証」として敬意を払っていた。
「お前が人であれば、あるいはわしが馬であれば……共に西涼の野を駆け、子を成す未来もあったやもしれぬ。だが、今のわしはモデルであり、女子高生なのだ(中身はオッサンだが)」
持子はそっと馬の首筋を撫で、自身の魔力を微量に流し込んで鎮静化させていく。
「その誇り高き槍は、わしではなく、同じ種族の麗しき牝馬のために取っておくがよい。……お前のその純粋さ、わしは嫌いではないぞ」
最後に優しくキスを落とすかのように、馬の額に額を当てる。
すると不思議なことに、あれほど荒ぶっていた馬の息遣いが穏やかになり、主張していた逸物もゆっくりと収まっていった。
「ブルル……」
「うむ。分かってくれたか。良き友よ」
持子は満足げに頷くと、呆然としているクラスメイトたちの方へ戻ってきた。
そして、何事もなかったかのように髪をかき上げた。
「さて、次へ行くぞ。……おいレオ、今の動画、わしは良いが馬の顔にモザイクは入れておけよ。彼にも肖像権があるからな」
「あ、ハイ。善処します……」
魔王・恋問持子。
彼女(董卓)の馬への愛は、海よりも深く、そして誰よりも重かった。
✴︎ウポポイ、あるいは魔王の胃痛
「ウポポイ(民族共生象徴空間)……! ここにはアイヌの伝統料理、チェプオハウや鹿肉料理があるという……! わしの目的はそれだ! それだけなのだ!」
持子は自身に言い聞かせるように叫んだ。
異常気象と問題児たちのコンボで、持子の精神は限界に近い。
食欲でストレスをごまかさなければ、魔王の封印が解けそうだった。
だが、魔王の願いは虚しく、ウポポイに入場した瞬間から「静かなる犯行」は始まった。
***
「うわぁ~、綺麗ですぅ~♡ これ、昔の首飾りですよねぇ?」
国立アイヌ民族博物館の展示室。
ガラスケースに張り付いているのは、花園美羽だ。
彼女が見つめているのは、アイヌの伝統的な装飾品『タマサイ』。
「ねえ、持子さぁん。キラキラしてて素敵……。私、こういうの見ると時間を忘れちゃいますぅ」
美羽はうっとりとした表情で、ガラスケースに指を這わせる。
その仕草は、純粋な少女そのものだ。
だが――。
(……ん?)
持子の黄金色の瞳が鋭く光った。
美羽の身体が、不自然に揺れたのだ。
「あ、きゃっ……! 躓いちゃった……!」
ドンッ。
美羽がよろけ、ショーケースの継ぎ目あたりに体当たりするように倒れ込む。
誰もが「ドジな美少女が転んだ」としか思わない光景。
しかし、持子だけは見ていた。
倒れ込む瞬間、美羽の左手が人間離れした速度でケースの鍵穴付近を撫で、隙間がないか、警報装置がどこにあるかを指先の感覚だけでスキャンしたのを。
ガシッ。
「……!」
美羽の左手首が、空中で静止した。
持子がその細い手首を、優雅かつ絶対的な力で掴んでいたからだ。
「持子……さん?」
美羽が潤んだ瞳で見上げる。
「痛いですぅ……。転びそうになっただけなのにぃ……」
「……白々しい演技はやめろ」
持子は周囲に聞こえないよう、甘い吐息のような声で、しかし凍りつくような殺気を込めて囁いた。
「今、貴様の指……ケースの縁をなぞったな? 鍵の構造を確認したろう」
美羽の眉が一瞬だけピクリと動く。
「えぇ~? なんのことですかぁ? 私、怖くてぇ……」
「とぼけるな。貴様の手つき、素人のそれではない。……ここで盗れば、退学だけでは済まんぞ」
持子が更に力を込めると、美羽は「いっ……」と小さく呻き、スッと表情を消した。
(……チッ。バレたか。この女、見た目は人形みたいに綺麗なのに、目が良すぎる……)
美羽は一瞬だけドスの効いた視線を返したが、すぐに「パッ」とアイドルスマイルに戻った。
「もう、持子さんったら心配性なんだからぁ♡ 変な言いがかりはやめてくださいよぉ」
***
「……はぁ、はぁ。もう限界だ。わしのライフはゼロよ」
三者三様の攻撃を受け、持子はベンチに優雅に腰掛けた(内面はヘトヘトだが、見た目は絵画のように美しい)。
せめてもの慰めにと、フードコートで買った『鹿肉の串焼き』を取り出す。
「これだ……。これだけが、わしの癒やし……」
持子が桜色の唇を開け、串にかじりつこうとした、その時。
「わぁ~! お肉だぁ~♡ 持子さぁん、一口くださぁい!」
美羽が横から飛びつき、持子の二の腕にギュッと抱きついた。
「一口だけ! ね? 私、育ち盛りなんですぅ~!」
「待て花園! 貴様の『一口』は、根こそぎ奪うタイプの一口だろうが!」
持子は肉を守ろうと腕を上げた。
だが、美羽の狙いは肉ではない。抱きついた腕の陰で、美羽の右手は蛇のようにしなやかに動き、持子のスカートのポケットへ滑り込んでいた。
ガシッ。
「……っ!?」
ポケットの中で、美羽の指が何者かに挟まれた。
持子の太ももだ。
しなやかで強靭な筋肉が瞬時に膨張し、ポケットの布地ごしに美羽の指をプレスしたのだ。
「……おい、花園」
持子は串焼きを頬張りながら、女神のような微笑みで見下ろした。
「わしの懐はブラックホールだぞ? 不用意に手を入れると……その可愛い指が潰れるぞ?」
「いっ……くぅ……!」
美羽は脂汗をかきながら、笑顔を引きつらせた。
「あ、あれぇ? 手が抜けなくなっちゃったぁ……」
(なんだこれ!? 柔らかそうに見えて、中身は鉄板かよ!?)
「うぇーい! ジビエ料理!? 食レポ動画撮らせて!」
レオが反対側からスマホを突き出し、ライトを至近距離で浴びせる。
「眩しい! やめろ! 肉が乾くではないか!」
「……よくそんな野蛮なもの食べられるわね。鹿なんて、ただの獣臭い肉じゃない」
正面から沙夜が、ゴミを見るような目で言い放つ。
「見てるだけで食欲失せるわ。あっち行って食べてくれる?」
「貴様らぁぁぁぁ!!いい加減にせぇぇぇい!!」
絶世の美女の咆哮が、ウポポイの空に響き渡った。
串焼きは、揉みくちゃにされた拍子に雪の上へと落下し、無残な姿を晒している。
「あーあ、落ちちゃったぁ。勿体なーい。……これ、落ちたからタダですよね? 洗えば食べれるかな?」
美羽が真顔で落ちた肉を拾おうとする。
「ギャハハ! 『美しき魔王、鹿肉を大地に還す』!神回すぎる!」
レオが爆笑しながら撮影を続ける。
「……汚らしい」
沙夜が軽蔑の眼差しを向けて去っていく。
持子は、雪に埋もれた肉を見つめ、ギリリと奥歯を噛み締めた。
その姿すらも、悲劇のヒロインのように美しいのが皮肉だった。
一行を乗せたバスは、更なる暴風雪が待ち受ける登別へ。




