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魔王董卓、合気武道の理を学ぶ

ここまできた。

合気武道編です。

✴︎魔王、部活を強いられる


 放課後の教室には、死んだ魚の眼をしたような倦怠感がよどんでいた。

 だが、窓際の一角だけは異質だった。

 夕陽を浴びて輝く白磁の肌、そして全てを見下す黄金の瞳。

 恋問こいとい 持子もちこ

 表の顔は、芸能事務所「スノー」に所属する現役高校生モデル。

 だがその正体は、かつて三国志の時代に暴虐の限りを尽くした**魔王・董卓とうたく**の生まれ変わりである。


「――恋問さん。少しいいかね」


 背後から、あまりに希薄な気配が声をかけた。

 担任の影安かげやすだ。その名の通り影が薄く、持子の圧倒的な存在感マテリアルの前では、今にも背景に溶けて消滅しそうである。


「……ぬ。何だ、貴様は」


 持子は窓の外を眺めたまま、喉の奥で地鳴りのような声を鳴らした。

 彼女にとって、自分以外の人間は基本的に「雑兵」に過ぎない。


「担任だよ。影安だよ……。恋問さん、君は編入以来、部活に入っていないね。うちは文武両道が校訓なんだ。どこかに入りなさい」


「部活……だと?」


 持子がゆっくりと首を巡らせる。

 その黄金の瞳が影安を捉えた瞬間、哀れな教師の心臓は早鐘を打った。


「断る。わしは忙しいのだ。モデルという覇道を歩み、この美貌で世界を蹂躙せねばならん。ガキどものお遊戯に付き合う暇など、一刻たりともないわ!」


 持子は傲然と言い放った。

 実際、彼女は事務所の社長である立花雪を「推し」として崇拝し、雪のために世界を敵に回す覚悟でモデル業(という名の世界征服)に勤しんでいる。放課後の貴重な時間を、雑兵たちとの馴れ合いに使うつもりはない。


「規則だからね……。そういえば君、札幌では合気武道をやっていたんだろう? うちには珍しく、合気武道同好会があるんだが」


 ――ピクリ。


 持子の眉間が跳ねた。

 合気武道。

 その単語が、魔王の脳髄を撃ち抜いた。

 かつて北海道の雪の中で、まだ「ただ可愛いだけ」だった少女・恋問持子が修めていた武術。そして、魔王・董卓としての暴力的本能が記憶している、骨が軋む感触。

 相手の関節を極め、円のことわりで大地に叩き伏せる、あの愉悦。

 持子はガタリカタリと音を立てて椅子から立ち上がった。身長175cmの威圧感が、影安を飲み込む。


「……さらばだ、影の薄き男よ」


「えっ」


「わしのいにしえの血が疼いた。その同好会、魔王が接収してくれよう」



✴︎激走、代官山


「――というわけだ、雪。わしは入部するぞ」


 夕闇の代官山を走る送迎車の中。

 後部座席でふんぞり返った持子は、不敵な笑みで宣言した。

 運転席に座るのは、芸能事務所「スノー」の社長兼マネージャー、**立花たちばな ゆき**だ。東大卒の才女でありながら、この規格外の「魔王」の世話に追われ、胃薬が手放せない苦労人である。


「……はぁ?」


 雪はバックミラー越しに持子を睨んだ。

 雪の脳細胞が、即座に危険信号アラートを鳴らしている。


「合気武道同好会? ダメに決まってるでしょ! あなたはモデルなのよ? 顔に傷がついたらどうするの! うちみたいな弱小事務所が、損害賠償なんて払えるわけないじゃない!」


「ふん……」


 持子は鼻で笑うと、身を乗り出した。

 ただし、雪との距離はきっかり一メートルで止める。

 これは「尊すぎる推し(雪)」に近づくとデレデレになって威厳が崩壊するため、持子が自ら張っている物理的な魔力の結界である。


「貴様、よくもそんな白々しいことが言えるものよ。わしをあの女子格闘大会『VENUS ARKヴィーナス・アーク』に、一千万円の報酬欲しさに叩き込んだのは、どこの誰だ? ええ、雪よ」


「うっ……!」


 雪がハンドルを握る手に力を込めた。

 持子(バカ)のくせに、雪は痛いところを突かれた。


「あ、あれは仕事! 今はただの部活! 全然違うわよ! あぁもう、胃が……私の胃粘膜が溶けて無くなる……」


 雪はダッシュボードから慣れた手つきで胃薬の瓶を取り出し、水もなしでポリポリと噛み砕いた。

 彼女のデスクには、常に胃薬と頭痛薬がピラミッドのように積まれている。


「とにかく却下! 武道なんてむさ苦しい世界は禁止! あなたは美しく笑って、稼いでくれればいいの!」


「うるさいッ! わしが行くと言えば行くのだ! 合気とは円の理。わが覇道もまた円を描いて天下を呑み込むもの。相性は、なまら良いはずよ!」


 北海道弁混じりの怒号が車内に響く。

 こうなればテコでも動かないことを、雪は誰よりも知っていた。

 だが、社長として簡単に首を縦に振るわけにはいかない。そう思っていた雪の耳に、持子の悪魔的な囁きが届いた。


「……それに、合気武道を再開すれば、少しくらいは、体重も減るかもしれんしな」


 ピタリ。


 車内の空気が止まった。

 雪は深く、肺の空気をすべて吐き出すような溜息をついた。

 

 雪は白旗を上げた。


「その代わり、少しでも相手に怪我をさせたり、顔を腫らしたりしたら即刻退部。いいわね?」


「カカカッ! 案ずるな、雪よ! わしの技はもはや神域。相手は痛みを感じる暇もなく、畳と接吻キスすることになろう!」


 持子の高笑いが、夜の車内に響き渡る。

 


 ――こうして。


 魔王・董卓の魂を持つ女子高生モデルが、日本の武道場に降臨することが決定した。

 それが「同好会」という名の、修羅の始まりになるとも知らずに。


「明日の放課後が、なまら、楽しみだわ!」


(合気武道編  開幕)


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