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美少女の皮を被った特異点

✴︎沈黙のフルコースと、拒絶された夜這い


 その夜、ホテル『月読』のメインダイニングには、通夜のような静寂が漂っていた。

 テーブルに並ぶのは、相模湾の宝石箱のようなフレンチのフルコース。本来なら、持子の高笑いと、「美味! 雪よ、料理長を呼べ! 褒美にこの皿を舐めさせてやる!」といった暴君らしい食レポが響き渡るはずの場面だ。

 だが、今の持子は違った。


「…………」


 カチャ、カチャ。

 持子は、まるで修行僧のような厳粛な顔つきで、黙々とフォークを動かしていた。

 伊勢海老のポワレを口に運び、咀嚼し、飲み込む。その動作に、いつもの覇気(食欲)はない。

 ただ、皿の上は綺麗に空になっていく。


「……ねえ、持子。美味しい?」


「……うむ。美味だ」


「おかわり、頼む?」


「……いらぬ」


 ガシャン。

 雪が落としたフォークの音が響いた。

 あの持子が。ブラックホール胃袋の魔王が。おかわりを拒否した。

 それは、天変地異の前触れにも等しい異常事態だった。


「(相当ショックなのね……99.99kgが……)」


 雪は、目の前の極上フィレ肉を味わいながら、小さく溜め息をついた。

 隣では、鮎も心配そうに持子を見つめつつ、しっかりとデザートの盛り合わせまで完食している。


「持子さま……。元気を出してください。ほら、私の分のアイスもあげるから……」


「ならぬ。……今のわしがそれを食せば、即座に0.1トンの壁を突破し、人間としての尊厳が終わる」


 持子はナプキンで口元を拭うと、虚ろな目で遠くを見た。

 その夜、鮎がいつものように夜這いをかけてきたが、持子は「今のわしの質量に、貴様の重さが加わればベッドが壊れる。去れ」と物理的な理由で追い返した。



✴︎地獄のサマー・ブートキャンプ


 鎌倉から戻った翌日。

 セミの鳴き声が降り注ぐ中、雪が鬼の形相で宣言した。


「いい? 今日から夏休みの終わりまで、一ヶ月間のダイエット合宿よ! 目標は物理法則の打破!」


「応ッ!! わしはやるぞ! ドン・ジュオには戻らぬ!」


「は、はい……って、私もですか!?」


 鮎が悲鳴を上げた。

 彼女は元々「国民的妹」と呼ばれたトップモデル。先日の腰粉砕事故を除けば、そのプロポーションは完璧であり、ダイエットなど必要ない。


「連帯責任よ! それに、あんた一人だけ美味しいもの食べてたら、持子の精神が崩壊してリバウンドするでしょ!?」


「そんな理不尽なっ!」


「黙れ駄犬! 貴様だけズルは許さん! わしと共に草を食み、汗を流せ!」


「ひぃぃっ!(でも一緒の共同生活……ちょっと嬉しい♡)」

 こうして、女子高生の華であるはずの「夏休み」は、灰色の軍隊生活へと変貌した。



 【一週目:飢餓との戦い】

 食事はササミ、ブロッコリー、豆腐、こんにゃくのみ。

 持子は震える手でこんにゃくを箸で摘み、「これはステーキだ……これは極上のサーロインだ……」と自己暗示をかけながら飲み込んだ。間食は一切しなかった。


 【二週目:筋肉痛の地獄】

 朝は皇居ラン10キロ。昼はジムで筋トレ。夜は半身浴2時間。

 持子は「わしはモデルだ! VENUSだ!」と叫びながらサンドバッグを殴り続けた。鮎は隣で白目を剥きながらスクワットを続けた。


 【三週目:悟りの境地】

 空腹を超越し、持子の目に怪しい光が宿り始めた。

 「雪よ、空気とは……美味いな」

 「持子、しっかりして! 光合成しようとしないで!」


 【四週目:ラストスパート】

 最後の仕上げとして、サウナスーツを着込んでの有酸素運動。

 汗の一滴は血の一滴。脂肪よ燃えろ、魔力よ散れ。

 持子はやり遂げた。一度も盗み食いをせず、雪のメニューを完璧に遵守したのだ。



✴︎審判の日・99.99の呪い


 そして、夏休み三日前の目標の日。

 事務所の更衣室に、三人の美女が立っていた。

 まず、立花雪。

 元々スレンダーだったが、無駄な贅肉が完全に消え、肌艶も良くなり、さらに知的な美しさが増している。

 マイナス3キロ。完璧な仕上がりだ。

 次に、本多鮎。

 地獄の特訓により、モデルとしてのポテンシャルが極限まで引き出された。しなやかな筋肉がついたその肢体は、まさに芸術品。

 体重は変わらないが、体脂肪率はアスリート並みだ。

 そして、恋問持子。


「……ふぅ」


 持子が髪をかき上げる。

 美しい。

 誰がどう見ても、絶世の美女だ。

 ウエストは引き締まり、手足は長く、黄金の瞳は強い意志の光を宿している。一ヶ月の修練により、そのオーラは神々しいまでに研ぎ澄まされていた。


「どうだ、雪。……今のわしは、風よりも軽いぞ」


 持子は自信満々に微笑んだ。

 体感としては、身体がフワフワするほど軽い。歩くたびに宙に浮きそうだ。

 これは勝った。完全に勝った。あの悪夢の数字になど、二度と会うことはない。


「ええ、見た目は完璧ね。……じゃあ、最後の確認よ」


 雪が、あの日と同じ体重計を指差した。

 持子は優雅に、まるで勝利の凱旋パレードのように進み出ると、体重計に乗った。


 ピピッ。


 数値が表示される。


 三人の視線が一点に集中する。


 【99.99kg】


 「…………」


 時が止まった。


 エアコンの音すら聞こえない。


 一ヶ月前:99.99kg。


 現在:99.99kg。


 その差、0.00グラム。


「……は?」


 持子の喉から、枯れた声が出た。

 雪が眼鏡を外して拭き、もう一度かけた。

 鮎が目をこすった。


 【99.99kg】


 数字は、嘲笑うかのようにそこにあった。


「う、嘘だ……。嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁッ!!!」


 持子が崩れ落ちた。

 

「一ヶ月だぞ!? わしは一ヶ月、草と鳥の肉しか食っておらんのだぞ!? なぜだ!? なぜ1グラムも減らんのだぁぁぁッ!!」


 持子の慟哭が響く中、雪の中で何かがプツンと切れた。

 理性の糸である。


「……おかしい」


 雪がつぶやく。その瞳孔が開いていた。


「……おかしいわよ。物理的におかしい。質量保存の法則以前の問題よ。ササミと水だけで生きて、運動して、排泄もして……それで0.01グラムも変わらないなんて、ありえない」


 雪は、床に這いつくばる持子を見下ろし、そして体重計を指差して叫んだ。


「持子ッ! あんた、騙してるでしょ!?」

「な、何をだ!? わしは何も食っておらん!」


「食べてないのはわかってるわよ! そうじゃないのよ!!」


 雪は髪を振り乱し、狂った科学者のようにまくし立てた。


「この体重計の上限カンストよ! もしかしてこの体重計、『99.99キロまでしか測れない』**んじゃないの!?」


「なっ……!?」


「実はあんたの本当の体重は、120キロとか、150キロとか、もしかしたら1トンあるんじゃないの!? それを、あんたのふざけた魔力が『体重計を壊さないように』とか『表示できる限界値で』とか勝手に調整して、99.99キロで止めてるだけなんじゃないのォォォォッ!!!」


 ズガァァァン!!


 その推論は、雷となって持子を撃ち抜いた。

 痩せていないのではない。


「重すぎて測定不能エラー」**だったのだ。


「そ、そんな……まさか……」


「そうよ! そうとしか考えられない! 実測値はもっと重いのよ! あんたは中性子星どころか、ブラックホールそのものなのよォォッ!」


 雪は発狂したように笑い出した。


「あははは! 無駄だったのよ! ササミもランニングも、ブラックホールの前では塵みたいなものよ! あんたは一生、99.99(カンスト)の女よぉぉぉッ!」


「ひぃぃっ! 雪が……雪が壊れたぁぁッ!」


「雪さん! 落ち着いてください! 持子さまがブラックホールなら、私たちは事象の地平線にいるんですぅ!」


 駄犬(鮎)が必死になだめるが、雪の狂乱は止まらない。

 美しく引き締まった、しかし測定不能の質量を持つ魔王。

 絶望と、理不尽と、あまりのショックに、持子は言葉を失った。


 弁解も、嘆きも、もう出てこない。


 ただ、その黄金の瞳から、ツー……と、大粒の涙が静かに流れ落ちるだけであった。



夏休み終了!


改行だけの修正で良いやと思っていたが、読み直すと修正したくなり。まだ23エピソード、いま14時、今日の休みで終わるのか?!全168エピソード!

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