転生美少女が絶対に戻りたくない前世があるらしい ~脂と炎とブラックホール~
『魔王と鎌倉の休日』
~古都の甘味と、湯けむりの(ヘビー・メタボリック)~
✴︎小町通りは魔王の厨房
土曜日の正午。古都・鎌倉のメインストリート「小町通り」は、観光客という名の雑兵たちで溢れかえっていた。
その雑踏を切り裂くように、異様なオーラを放つ三人の美女が歩いている。
「雪よ! 見ろ、あの焼きたての煎餅を! その先の紫芋ソフトを! さらにその奥には『幸せのパンケーキ』なる桃源郷が見えるぞ!」
サングラスをかけた**恋問持子**は、まるで敵国の領土を視察する暴君のように、次々と甘味処を指差した。
地中海でのCM撮影『ルミナス・ドロップ』の大成功により、事務所の借金二億円は何とか目処がたった。今日はその祝勝会を兼ねた、一泊二日の鎌倉旅行である。
「はいはい、わかったから声のトーン落として。目立つから」
社長の**立花雪**は、周囲の視線を気にしながら胃薬の瓶を握りしめた。借金は返済の目処はたったが、持子の暴走癖が治ったわけではない。
「あぁ……持子さま。お口の端にクレープのクリームが……。尊いです。私が舐めとって差し上げましょうか?」
「ならぬ。貴様は荷物持ちだ、忠犬」
持子の背後には、両手いっぱいに土産袋(鳩サブレー5箱含む)を抱えた**本多鮎**が控えている。その表情は重労働への苦痛ではなく、主の買い物を運べる恍惚に歪んでいた。
今は雪が呆れているだけで実害はないため、持子も機嫌よく「忠犬」と呼んでいる。
「くっくっく……。それにしても雪よ、この街は良いな。そこら中から甘い匂いが漂っておる。我が覇道(食べ歩き)に相応しい土地だ」
「持子、あんたモデルなんだからね。食べたらその分、歩くのよ」
「案ずるな。わしの魔力(胃袋)はブラックホールぞ。さあ忠犬、次はあの大仏の形をした焼き菓子を献上せよ!」
「イエス・マイ・ロード(御意、ご主人様)♡」
✴︎鶴岡八幡宮の中心で愛(NACS)を叫ぶ
腹を満たした一行は、鎌倉のシンボル・鶴岡八幡宮へと到着した。
朱塗りの本宮を見上げ、持子は厳かに頷く。
「うむ。ここが鎌倉幕府を開いた源頼朝ゆかりの地か」
「そうよ。歴史ある場所なんだから、ちゃんと参拝して――」
「すなわち! 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で頼朝役を演じた、我が心の師・大泉洋さまの聖地ということだな!」
持子の黄金の瞳がカッと見開かれた。
彼女の中では、歴史的事実よりも『TEAM NACS』の活動履歴の方が優先順位が高いのだ。
「違うけど!? まあ、役はやったけども!」
「雪よ、小銭をよこせ。ありったけの賽銭を投じて、洋ちゃん……いや、頼朝公に祈りを捧げねばならん!」
持子は雪の財布から五百円玉をひったくると、賽銭箱に投げ入れ、柏手を打った。
その姿は真剣そのものだが、口から漏れる願い事は不穏だ。
「……願わくば、次回作の『水曜どうでしょう』新作が、過酷な旅でありますように。そして、いつか私がゲストとして呼ばれ、洋ちゃんとパイ生地を投げ合えますように……」
「持子さん!口に出すな!長い! あと願いが具体的すぎて怖い!」雪がツッコミを入れる。
✴︎隠れ宿の秘湯・魔王の「視姦」と「贅肉」
陽が落ち、鎌倉の海が濃紺に染まる頃。
三人は予約していた高級旅館『鎌倉 離宮・月読』の客室露天風呂に浸かっていた。
檜の香りと湯気が立ち込める中、持子は湯船の端に陣取り、対角線上にいる雪を凝視していた。
「ぐへへ……。たまらん……」
持子の口から、女子高生にあるまじき濁った吐息が漏れる。
その黄金の瞳は、推しを崇める聖なる眼差しではない。完全に**「酒場で酌をする女給をねめまわす、好色な権力者」**の目つきだった。
「(おお、雪よ……。湯気に濡れたその鎖骨のライン、なんと扇情的か。白磁の肌に浮かぶ紅潮は、まるで熟れた桃。董卓としての記憶が疼くわい。あの華奢な体を抱きすくめ、『あ~れ~』と帯を回したい……!)」
持子の脳内では、すでに江戸時代の悪代官ごっこが始まっている。
その粘着質な視線に、雪がタオルで胸元を隠しながら叫んだ。
「ちょっと持子! 目が! 目が完全に犯罪者よ! なんで自分のとこの社長を『今から美味しくいただく』みたいな目で見てるの!?」
雪がドン引きして後ずさる。しかし、その間に割って入る影があった。
鮎である。彼女はわざわざ湯船から半身を乗り出し、豊満な肢体を強調して持子の視界を遮った。
「ご主人様! 雪さんばかり見ないでください! ほら、私も見てください! 先日の『黒いオイル』のおかげで、肌の弾力がすごいことになっているんです! 触りますか? 舐めますか?」
「ええい、どけ駄犬。貴様の肉など見飽きたわ」
持子は無慈悲に鮎の顔面を手で押しのけると、再び雪へとターゲットを絞った。
そして、ふと気づく。
雪が油断してふぅーっと息を吐いた瞬間、その腹部に**「とある膨らみ」**が生じたことを。
「……む?」
持子は無言で距離を詰めた。
雪が「ひっ」と声を上げる間もなく、持子の指が雪のわき腹へと伸びる。
むにゅ。
指先に伝わる、絶妙な柔らかさ。
筋肉ではない。骨でもない。これは、紛れもなく――。
「……雪よ。貴様、これは何だ」
「ひっ!? ちょっと、何すんのよ!」
「肉だ。……贅肉だ。雪、貴様、腹が出てきているぞ。食い過ぎか、あるいは酒の飲み過ぎか」
持子は、さも可哀想なものを見るような慈悲深い(そして最高にムカつく)目で雪を見下ろし、もう一度ぐにりと容赦なく摘んだ。
「な……っ、あんたに言われたくないわよ! 持子と一緒に食べてたら、誰だってこうなるわよ! あんた、自分がどれだけ食べてるか自覚あるわけ? 毎日毎日、ダンプカーみたいに詰め込んでるくせに、なんでそんな、彫刻みたいな身体でいられるのよ!」
雪は毒づき、持子の手を振り払おうとした。
だが、その瞬間。雪の脳髄に、ある「違和感」が峻烈に突き刺さった。
(……おかしい)
なぜこの女の身体は、贅肉の一片すら寄せ付けず、神話の女神のごとき神々しさを増しているのか。あれほど暴食していたのに。
雪は、確かめるように持子の腰を抱きしめ、その巨躯を持ち上げようとした。
「――ッ!!」
重い。
重い。
重すぎる――ッ!
それは肉の重さではない。密度の重さだ。
足元の床が、持子の質量に耐えかねて軋みを上げる。
「な、なんなのよこれ、岩じゃない……っ! あんた、これ魔力でしょ!? 魔力か魔法か知らないけど、その不思議な力で、無理やり美貌を維持してるだけでしょ!」
「ぬ……?」
持子の眉が動く。
雪の言葉は、持子自身も無自覚であった「真実」を射抜いた。
覇道の王たる者が、己の器を美しく飾るためだけに、天を揺るがすほどの魔力を消費し、その代償として「存在の重さ」を肥大させていたのだ。
「……わかったわよ。あんた、札幌にいた時、覚えてる? あんたをおんぶして歩いた時、羽みたいに軽かったのよ。軽すぎるよ、なんて笑ってたのに……今は何よ、これ! 持ち上げようとしただけで腰が砕けそうよ!」
「ふふ、雪さん、だらしないですね……!」
それを見ていた鮎が、興奮で震える身体で、後ろから持子を抱き上げようとした。
「持子さまぁ~! 雪さんに見せつけてやりましょう! 私たちの愛の軽やかさを! せーのっ……!」
ドガキッ。
鈍く、しかし嫌な音が浴室に響き渡った。
「あ」
「ぎゃああああああああっ!! 腰がぁぁぁっ! 私の腰椎があぁぁぁっ!!」
鮎がその場に崩れ落ち、湯船に盛大なしぶきを上げて沈没した。
「……駄犬が」
「鮎ッ! あんたバカね、今の持子を持ち上げるなんて、力士を持ち上げるようなもんよ!」
持子は冷たく言い放った。
雪の前で奇行に走り、あまつさえ自滅して空気を乱すなど、今のこやつは忠犬ではない。「駄犬」である。
✴︎脱衣所の審判・そして衝撃!!
風呂上がり。
湿気と熱気が籠もる脱衣所に、三人は集まっていた。
腰をさする駄犬(鮎)、腕組みをする雪、そして不満げな持子。
「さあ、乗りなさい。今すぐ」
「雪よ、わしの体積は変わっておらぬぞ!」
「いいから乗るッ!」
雪の剣幕に押され、持子は渋々、その白い足をガラスの天板に乗せた。
デジタル表示が激しく点滅する。
数値が上昇していく。50……60……70……80……。
そして、運命の数字が確定した。
ピピッ。
【99.99kg】
時が止まった。
波音すら消えた。
そして、次の瞬間――。
「ぎゃあああああああああああああっ!?!?」
雪の絶叫が、旅館の窓ガラスを震わせた。
東大卒の知性が、物理演算の崩壊によって完全にショートした叫びだった。
「く、きゅ、きゅうじゅうきゅう……!? ほぼ100キロ!? 0.01グラム足りないだけの100キロ!? えっ、なにこれ、エラー!? エラーよね!? 人間の重さじゃないわよ!!」
雪は眼鏡がずり落ちるのも構わず、体重計をバシバシと叩いた。
「嘘よ! 持子、あんた何食べたの!? 鉛!? ウラン!? なんでそのスレンダーな体型で、力士みたいな数字が出てくるのよッ!!」
持子もまた、目玉が飛び出さんばかりに見開かれ、顎が外れそうなほど口を開けていた。
「ぬ、ぬおおおおおおおっ!?!?」
「も、持子さまぁぁぁぁっ!?」
持子はガクガクと膝を震わせ、鮎は腰の痛みを忘れて絶叫した。
「そ、そんな……馬鹿な……! 機械の故障だ! わしが……わしが、あと一滴水を飲めば0.1トンだと!? ありえぬ……ありえぬぅぅぅッ!!」
「持子さまが……戦車級の重装甲……!?」
三人は互いの顔を見合わせ、そして再び体重計の悪魔的な数字を見た。
99.99。
それは、神が与えたギリギリの慈悲か、それとも残酷な悪戯か。
「ひぃぃっ……! 夢だ……これは悪い夢だ……!」
持子は頭を抱えてうずくまった。
そこへ雪が、鬼の形相で詰め寄る。
「夢じゃないわよ! これが現実! これが**『超高密度圧縮魔力』**の正体よ! あんた、食べたカロリーを全部魔力で押し固めて、体内でブラックホールを作ってたのよ!」
「ブ、ブラックホール……!?」
「そうよ! 見た目は美少女、中身は中性子星! 触れれば吸い込まれる重力の塊!」
雪は、へたり込んだ持子の頬をムギュッと掴み、鏡の方へと向けさせた。
「いい、持子? よーく聞きなさい。その圧縮魔力が切れたらどうなるか」
「や、やめろ……っ!」
「99.99キロ分の肉が一気に膨張するのよ! ボンッ!ってね! そしたらあんたは……」
雪は、持子の耳元で、呪詛のように囁いた。
「『長安の燃える豚』……そう、前世の**董卓**そのものに戻るのよ! お腹に火をつけたら三日三晩燃え続ける、脂まみれの怪物にねッ!!」
ズドォォォォォン!!
持子の精神が、音を立てて崩壊した。
脳裏に浮かぶのは、99.99キロの脂肪を揺らし、脂汗を垂れ流す自分の姿。
「いやぁぁぁぁぁぁッ!! 嫌だッ! 灯芯など挿されたくないッ! 燃えたくないぃぃぃッ!!」
持子は錯乱し、脱衣所の床を転げ回った。
その振動で、建物がズシン、ズシンと揺れる。
「ああっ! 揺れる! 旅館が揺れるわ! 持子、暴れないで! 床が抜けるッ!」
「雪さん、ダメです! 持子さまの今の質量で暴れられたら、この旅館が倒壊しますぅッ!」
駄犬(鮎)が必死に持子を押さえつけようとするが、99.99キロの暴走機関車を止められるはずもない。
「雪よぉぉぉ! 助けてくれぇぇ! わしはどうすればいい!? この『業の塊』をどうすれば消せるのだぁぁッ!?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった魔王を見下ろし、雪は不敵に、そしてサディスティックに笑った。
「決まってるでしょ。……物理的に燃やすのよ。明日から地獄のトレーニング合宿よ、持子」
「や、やる……! 何でもやるッ! 0.1トンの豚になるくらいなら、死ぬ気で走るッ!!」
こうして、鎌倉の夜は阿鼻叫喚の嵐に包まれた。
99.99キロ。
その数字は、魔王のプライドを粉砕し、新たな伝説の幕開けを告げる、地獄のファンファーレとなったのである。
多分みんな不思議だった事
そして言えなかった事
モチコ・デラックス




