閑話:水曜どうでしょう――覇王、布教する――
夜はダメだね。
没にしたのアップしちゃったよ
「おい! 雪! 鮎! なぜ笑わぬ!! この場面で笑わぬとは、貴様らの感性はサハラ砂漠より干上がっておるぞ!!」
わしはソファのクッションを玉座に見立てて踏んぞり返り、居間の大型テレビを指差した。
画面の中では、若き日の大泉洋が原付カブに跨り、四国の険しい山道を悲鳴と共に駆け上がっている。
『尻が割れるぅぅぅ!!』
魂を直送する勢いの絶叫。これぞ至高。完璧。
これ以上ない地獄絵図がそこにはあった。
だが――。
「…………」
「…………」
左右を見やれば、雪と鮎は氷河期のような冷徹な眼差しで画面を見つめていた。
それは未知の古代遺跡を前に、一ミリの価値も見出せない考古学者の目だ。
「……いや、持子。正直に言うね」
雪が、絶対零度の吐息とともに口を開く。
「これ……ただのおじさんが移動してるだけに見えるんだけど」
――瞬間。
ゴゴゴゴゴ……!!
わしの内なる覇王が、静かに、だが激情と共に玉座から立ち上がった。
「ほう……なるほど。貴様ら、まだ“門の外”におるようだな」
わしは立ち上がり、存在しない漆黒のマントを翻した。
風など吹いていない室内だが、わしの気迫だけでカーテンが戦慄いた気がした。
「よかろう。この覇王・恋問持子が直々に叩き込んでやろう……『水曜どうでしょう』とは、一体何であるかを!!」
✴︎何も起きぬ。だが、すべてが事件である
「まず知れ。これは旅番組にあらず」
普通の旅番組といえば、絶景! 名物! 爽やかなナレーション!
だが、『どうでしょう』は対極に位置する。
「計画は砂の城の如く崩れ去る。天候は牙を剥き、体力は底を突く。そして――」
わしは画面の向こう、見えざる制作陣を睨みつけた。
「スタッフの詰めが、あまりにも甘い!!」
「……言い切ったわね」と、雪。
「内部告発かなにかですか……?」と、鮎が困惑気味に続く。
「だがな! 普通なら編集で隠す醜態を、彼らは晒し、誇る! 『はい、終わりました』と堂々と言い放つ!! この破綻の美学を愛でる心こそ、覇道よ!!」
✴︎剥き出しの人間、大泉洋
「次だ。この男を見よ!」
画面の中の大泉洋は、疲労困憊でカブから降り、道端に泥のように崩れ落ちていた。
「今でこそ日本を代表する大スター。だが当時は何者でもない、ただのボヤキの天才!! 文句を言い、キレ、泣き言を吐き、ついには視聴者にすら逆ギレする!!」
「……全部やってるね」と、呆れる雪。
「アイドル性のかけらもありません……」と、フォローしきれない鮎。
「演技ではない! 魂が削れていく様をリアルタイムで届ける実況中継なのだ!! これぞ人間!! これぞ業!!」
✴︎盤外より現れる魔神ども
「そして忘れるな……画面の外から響く、あの不遜な笑い声を……!」
藤村D! 嬉野D!
「裏方の分際で演者を煽り、無茶を課し、一切反省せぬ!! 演者 vs スタッフ――この終わりなき聖戦こそが真髄!!」
「旅番組でそんな殺伐とした関係ある?」と、雪が首を傾げる。
「普通は仲睦まじいものですよ……」と、鮎が同意を求めて雪を見る。
「だから良いのだ!! 予定調和の死滅した世界、それがどうでしょうなのだからな!!」
✴︎救済の書、そして概念へ
「よいか……これは単なる娯楽ではない」
わしはソファの背もたれに片足をかけ、遠い北の空を仰いだ。
「……救済の書だ」
「急に重い」と、雪。
「新興宗教の気配がしてきました……」と、鮎が震える。
「人生が泥試合となり、心が擦り切れ、すべてを投げ出したくなる夜……画面の中で『腹減った』『もう帰りてぇ』と泣き言を垂れ流す男たちを見よ。その無様さが教えてくれるのだ。――それでも人は、生きていて良いとな!!」
わしの拳が、感動に震える。
「さあ!! 聖地・平岸高台公園へ祈りを捧げるぞ!! 共に叫ぶのだ――『一生どうでしょうします』と!!」
「……持子」
鮎が、いたたまれない表情でそっとスマホを差し出してきた。
画面には、衝撃の事実が。
> 【平岸高台公園:現在は存在しません】
>
「…………」
わしは静かに、深く頷いた。
「ならばよい。……心の平岸へ行くぞ」
「概念になった」と、雪が冷たく言い放つ。
「やっぱり宗教です……」と、鮎が確信する。
――こうして今日も、覇王の苛烈な布教により、新たな藩士(※予定)が誕生するのであった。




