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『最終の門と最悪の古竜』

✴︎ 『最終の門と最悪の古竜』


帝都・東京の地下五十メートル。

御影と持子が待つ、魔界の最深部へと通じる「最終の門」の前に到達した七人の混成パーティ(洋助、桐子、エティエンヌ、鮎、美羽、楓、ルージュ)は、その場に縫い止められたかのように立ち尽くしていた。


「……ッ、ゲホッ、ゴホォッ……!」


いち早く限界を迎えたのは、肉体的な耐久力において最も劣る美羽だった。彼女は口元を押さえ、血混じりの咳を吐き出して膝をついた。


「美羽先輩!? しっかりしてください!」


楓が慌てて治癒の神術をかけようとするが、その楓自身も、顔面から血の気が失せ、ガクガクと膝を震わせていた。

空気が、決定的に違った。

浅層や中層に充満していた「瘴気」などという生易しいものではない。地下五十メートルのこの空間に満ちているのは、純度百パーセントの『呪い』そのものだった。

息を吸うだけで肺が焼けるような激痛が走り、肌に触れる空気が硫酸のように皮膚を爛れさせる。御影が何十年もかけて濾過し、溜め込み続けてきた戦前からの帝都・東京の怨念。空襲で焼かれた者たちの無念、発展の裏で押し潰された者たちの絶望。それらが極限まで圧縮され、物理的な質量を持って空間を満たしているのだ。


そして、その呪いの中心。

最深部へと通じる巨大な青銅の「最終の門」の前に、**『それ』**は鎮座していた。


「……冗談だろ、おい。さっき浅層でミンチにしたでけえトカゲが、可愛く見えてきやがるぜ……」


洋助が、引き攣った笑みを浮かべながら『霊子振動刀《建御雷》』を構えた。その手は、これまでのどんな死闘でも見せたことのないほどの微かな震えを帯びている。


『最悪の古竜(2体目)』。


先ほどの神話級ドラゴンとは、次元そのものが異なっていた。

体躯の大きさは先ほどの竜と大差ないかもしれない。だが、その存在の「密度」が異常だった。漆黒というよりは「光を一切反射しない虚無」で構成されたような鱗。ゆっくりと瞬きをする六つの眼球には、知性すら感じさせる底知れぬ悪意が渦巻いている。

ピキッ……、パリンッ……!

古竜が、ただ静かに呼吸をしただけ。

それだけで、竜の周囲の『空間そのもの』が、まるでガラスにヒビが入るようにひび割れ、赤黒いノイズを撒き散らしていた。

存在しているだけで物理法則を崩壊させる、歩く特異点。


「この空間の重圧……。わたくしたちに与えられた猶予は、もはや『残り一日』を切っていると見て間違いありませんわ」


ルージュが、真紅の瞳を細めて冷や汗を流した。時間の歪みが極限に達しているこの最深部では、地上の「一日」が瞬く間に過ぎ去っていく。

時間が、ない。

ここを突破できなければ、御影の呪術は完成し、持子は永遠に失われる。


「……退いてる暇はねえってことだな。エティエンヌ、桐子!」


洋助が一歩前に踏み出した。


「あいつの装甲は、戦車の徹甲弾なんかじゃ絶対に抜けない。概念そのものが硬すぎる。俺たち三人の全火力を一点に集中して、首元の逆鱗げきりんをピンポイントでブチ抜くぞ!」


「ええ、分かっていますわ!」


エティエンヌが美しい金髪をなびかせ、魔殺しの聖剣を上段に構える。

真祖の吸血鬼でありながら日光や聖水といったすべての弱点を克服し、洋助クラスの実力を持つ「真の化け物」。その莫大な魔力が、聖剣に黄金のオーラを纏わせる。


「不肖・葉室桐子、この命を燃やし尽くして、一撃の道を切り開きます!」


八咫烏の次期代表であり、日本トップクラスの神術の使い手である桐子が、両手を合わせて神がかった極光を展開する。

天才武器職人の洋助。

絶対浄化の桐子。

弱点を持たない真祖の吸血鬼エティエンヌ。

いかなる神話の怪物であろうと、この「チート級の三人」が同時に全力で打ち込めば、一瞬で塵と化すはずだった。


「行くぞォォォォッ!!」


洋助の号令と共に、三人の英雄が同時に地を蹴った。


「『天照・八咫のやたのかがみ』!!」


先陣を切った桐子が、己の寿命すら削るほどの極大の浄化の光を、古竜の鼻先へ向けて解き放つ。空間に充満する致死の呪いが、絶対浄化の光によって一瞬だけ吹き飛ばされ、完全なる真空の「道」が開かれた。


「邪魔よ、ドブトカゲェェェッ!」


その光の道を、音速を超えてエティエンヌが飛翔する。

すべての愛と執着を込めた渾身の一閃。魔殺しの聖剣が、空間のひび割れごと薙ぎ払いながら、古竜の首元に光る「逆鱗」へと叩き込まれた。


ガァァァァァァンッ!!

教会の鐘を何千倍にもしたような、荘厳にして破壊的な金属音が地下空間に鳴り響く。

聖剣の神聖な刃が逆鱗に直撃し、凄まじい火花と衝撃波が周囲のコンクリートをドロドロに融解させた。


「そこだァァァッ!!」


エティエンヌの聖剣が作り出したコンマ一秒の衝撃の「芯」。その全く同じ一点に向けて、洋助が『霊子振動刀』の出力を限界突破オーバーライドさせて突きを放つ。


「『建御雷・絶華ぜっか』!!」


毎秒数百万回の超振動と、洋助の魂のすべてを乗せた物理と霊的破壊の極致。

桐子の絶対浄化、エティエンヌの理不尽な神聖物理攻撃、そして洋助の概念切断。

三人の最強の一撃が、寸分違わず古竜の逆鱗の一点へと集束し、大爆発を起こした。

閃光。

そして、すべてを吹き飛ばす爆風に、後方で見ていた鮎や楓たちが吹き飛ばされまいと地面に伏せる。


「……やった!?」


美羽が顔を上げ、期待の声を上げた。

どんな化け物であれ、あのチート級の三人の同時攻撃を無防備に喰らって、無事で済むはずがない。

だが。

爆発の煙が晴れた直後、そこに広がっていた光景は、あまりにも静かで、残酷な現実だった。


「……なっ、嘘、だろ……?」


洋助の口から、絶望の呟きが漏れた。

古竜は、微動だにしていなかった。

三人の全霊の攻撃を直接浴びたはずの首元の「逆鱗」には、ひび割れ一つ、傷一つ、いや、焦げ跡すらついていなかったのである。

ピキッ……。

古竜が、鬱陶しい羽虫を追い払うかのように、ゆっくりと首を振った。


「ガハァッ……!?」


「きゃあぁぁッ!」


「ぐ、ぅぅッ!?」


ただ「首を振った」だけの物理的余波。

それだけで、洋助の霊子振動刀の刀身がひしゃげ、彼の両腕の骨が嫌な音を立てて砕けた。エティエンヌは聖剣ごと壁まで吹き飛ばされて深々とクレーターを作り、桐子は展開していた防護結界を紙のように破られ、大量の血を吐き出して床に崩れ落ちた。


「お兄ちゃん! 桐子さん! エティエンヌさん!」


楓が悲鳴を上げる。


「……馬鹿な。わたくしたちの最強の三人の攻撃が、文字通り『通用しない』だと……?」


ルージュが、震える声で愕然と呟いた。

圧倒的すぎる。

規格外、という言葉すら生温い。

あれは倒すべき「敵」ではなく、現界した「災害システム」そのものだ。

古竜の六つの眼球が、床に倒れ伏す洋助たちを冷酷に見下ろし、ゆっくりとその巨大な顎を開き始めた。

口内に、先ほどの巨大竜のブレスとは次元の違う、空間そのものを『ゼロ』に還すような漆黒のエネルギーが圧縮されていく。

時間が、ない。

このままでは、次の瞬間にはパーティは全滅し、持子を救うことは絶対に不可能になる。

帝都・東京の命運を懸けた最終局面。彼らは今、絶対に越えられない「絶望の壁」の前に立たされていた。


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