『帝都地下防衛戦――神話級ドラゴン討伐』
✴︎ 『帝都地下防衛戦――神話級ドラゴン討伐』
帝都・東京の地下数十メートル。
巨大地下調節池と呼ばれる、パルテノン神殿を思わせる太く巨大なコンクリートの柱が立ち並ぶ広大な空間。
そこに、地鳴りのような咆哮と共に、暗闇の奥底から圧倒的な絶望が躍り出た。
「ギョォォォォォォォォォォッ!!」
漆黒の鱗に覆われた、全長数十メートルに及ぶ神話級の巨大竜。
六本の角を持つ禍々しい頭部が、自身をここまでおびき出した風間楓たちを粉砕すべく、調節池の広大な空間へと完全にその巨体を現した瞬間であった。
「……掛かったな、バカでかいトカゲめッ!」
自衛隊・特殊作戦群『対特殊武器衛生隊(極暑)』を率いる指揮官、山本貞二郎一等陸佐が、指揮車の上で獰猛な笑みを浮かべた。
彼の眼前には、巨大竜を迎え撃つために扇状の完璧な陣形を組んだ十数両の『10式戦車改(魂喰らい)』が、すでに砲塔の照準をピタリと定めている。
「全車両、目標、巨大指定特異点! 我が国の誇る火力のすべてを、一撃に込めろ!!」
山本一佐が、血の滲むような声で怒号を上げた。
「撃てェェェッ!!」
ズォォォォォォォンッ!!!
地下空間の空気が震え、鼓膜を破るような轟音が連続して響き渡った。
十数両の10式戦車改から一斉に放たれた『霊素圧縮徹甲弾』の雨。大日本帝國の遺産【八雷神】の技術を転用し、高密度の霊的エネルギーを物理的な質量と共に圧縮して撃ち出すその砲弾は、一条の閃光となって巨大竜の巨体へと吸い込まれていった。
「ガ、ギァァァァァァァッ!?」
巨大竜が、かつてない激痛に悲鳴を上げた。
並の攻撃では傷一つ付かなかった漆黒の強固な鱗が、現代兵器と旧帝國の呪術の融合によって次々と粉砕され、ドス黒い鮮血が間欠泉のように噴き出す。
「効いているわ! さあ、異端の化け物ども! 灰になるまで焼き尽くして差し上げますわ!」
戦車の砲撃の余波が収まらぬ中、別の方向から冷徹で血生臭い女の声が響いた。
ヨーロッパの裏社会で最も恐れられる最強の異端審問官傭兵軍団のトップ、『聖女』ベアトリス・ド・ロシュフォールである。エレーヌ・リジュから白紙の小切手で雇われ、地上から降臨した彼女の部隊が、一斉に動いた。
「『主の御名において、すべての穢れを火の海へ』!」
数十人の異端審問官たちが、純銀の火炎放射器と聖句の詠唱を同時に展開する。
彼らが放つのはただの炎ではない。悪魔や怨霊を存在の根源から焼き尽くす『聖炎』の豪雨である。
「ギャァァァァァッ!!」
聖炎を浴びた巨大竜は、その身を焼かれる激痛にのたうち回り、巨体を壁に叩きつけて完全に動きを封じられた。
「今だ、桐子! 奴の死角から懐に飛び込むぞ!」
「はい、洋助さん!」
自衛隊と異端審問官の猛攻によって生じた決定的な隙を見逃さず、遊撃隊の二人が神速で駆け抜けた。
「『天照』――極大浄化!」
葉室桐子が放つ絶対浄化の光が、巨大竜の足元に漂う呪詛の瘴気を完全に消し飛ばし、安全な踏み込みの空間を作り出す。
その光の道を通り抜け、風間洋助が竜の懐深くへと潜り込んだ。
「オラァッ! 少しは大人しくしてな!」
洋助の両手に握られた『霊子振動刀《建御雷》』が高周波の共鳴音を響かせ、巨大竜の太い前脚の腱を、霊体構造ごと綺麗に両断する。
「グォォォォォッ!!」
前脚の支えを失い、巨大竜の巨体が大きく体勢を崩し、その急所である首元と霊核(心臓部)が完全に無防備な状態へと晒された。
「さあ、とどめのお時間ですわよッ!」
空中で優雅にターンを決め、ヨーロッパの裏社会を統べる真祖の吸血鬼・エティエンヌが飛翔した。
女体化した絶世の金髪美女は、ドレスの裾を翻しながら、手にした『魔殺しの聖剣』に自身の莫大な魔力と神聖なオーラを限界まで注ぎ込む。
「わたくしの女神の安眠を妨げた罪、万死に値するわァァッ!」
エティエンヌの聖剣が、理不尽なまでの物理的な暴力となって、巨大竜の太い首の半ばまでを深々と斬り裂いた。
「私たちも行きます! お兄ちゃん、避けて!」
タゲ取り(囮)の役割を完璧に全うし、巨大竜をこの調節池まで引きずり上げてきた風間楓が、白銀の弓を瞬時に『生太刀』へと再構築し、地を蹴った。
「持子は、私が絶対に助けるッ!」
神話級の宝具から放たれた白銀の剣閃が、エティエンヌが斬り開いた傷口をさらに深く抉り、竜の霊核の防壁を粉砕する。
「最後は、私に任せなさいぃぃッ!」
楓に続くように、花園美羽が特級呪具「七牙」の短刀を両手に構え、狂気に満ちたアイドルスマイルを浮かべながら宙を舞った。
「持子様の唇を奪ったあのクソガキのペットなんかに、負けてたまるかですにゃぁぁッ!!」
『無限二刀流・七牙連斬』!!
火、水、風、土、雷、そして聖と闇。相反する七つの属性が完璧な循環を描き、美羽の放つ無数の斬撃が竜の胸部を滅多切りにしていく。
「ギョ……ォォ……」
自衛隊の砲火、異端審問官の聖炎、洋助と桐子の死角からの強襲。
そして、エティエンヌ、楓、美羽による渾身の同時攻撃。
相反するイデオロギーを持ち、本来ならば絶対に相容れないはずの者たち。昨日までは互いに銃口を向け合い、殺し合っていた者たちが、ただ「この最悪の化け物を討ち倒す」という一点において完全に重なり合った、奇跡の呉越同舟の総力戦。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
全勢力の全火力を一点に集中して浴びた巨大竜の霊核は、ついにその限界を超え、粉々に砕け散った。
断末魔の叫びすら上げる間もなく、数十メートルに及ぶ巨体が倒れた。
「……や、やった……!」
楓が生太刀を構えたまま、荒い息を吐き出してへたり込んだ。
「お疲れ様ですわ、楓。よくぞあのような化け物を引きずり上げてきましたわね」
鮎の影からルージュが姿を現し、労いの言葉をかける。
だが、安堵の時間は一瞬だった。
「気を抜くなッ! デカブツは倒れたが、下からはまだ雑魚どもが湧き続けているぞ!」
山本一佐の怒号が響く。
巨大竜が倒れ、最深部への道が開かれたのは事実だ。しかし、御影の呪いによって開かれた「異界の門」が閉じられたわけではない。調節池の奥の暗闇からは、未だ無数の悪魔や怨霊が、津波のように押し寄せてきていた。
「チィッ、キリがねえな!」
洋助が霊子振動刀を構え直そうとした時、山本一佐が指揮車から身を乗り出し、彼に向かって叫んだ。
「ここは俺たち自衛隊と、この胡散臭い修道女ども(ベアトリス部隊)で抑える! 貴様らはさっさと元凶を叩きに行け!」
「一佐……!」
洋助が驚いて振り返る。
テロリストである自分たちを先へ行かせ、国軍である彼らが盾となる。それは、赤城室長の命令を完全に無視する、軍人としての明確な反逆行為であった。
「……フン。勘違いするなよ、若造。我々の10式戦車は大きすぎてこの先には進めん。それに、テロリストに国の危機を救われたとあっては、自衛隊の面目が丸潰れだからな。……あの薄気味悪い黒幕の首を取って、この地獄に早く蓋をしてこい!」
山本は、新しい葉巻に火をつけながら、不敵に笑った。
「ふふっ。安い仕事は受けない主義ですが、たまにはこういうのも悪くありませんね」
ベアトリスも、黄金の十字架を掲げながら妖艶に微笑む。
「リュクス・アンペリアルから莫大な前払いは頂いております。あのガキ(御影)をぶん殴るまでの時間くらい、私たちが稼いであげますよ。行きなさい!」
「……恩に着るぜ、ガンコ親父! 修道女のネエちゃんもな!」
洋助は深く一礼し、隣に立つ桐子、そしてエティエンヌへと視線を向けた。
「行くぞ、桐子ちゃん、エティエンヌ! 俺たちも『再突入部隊』として、楓たちと合流する!」
「はい! 全霊でお供します!」
「任せなさい! わたくしの愛しの女神は、もうすぐそこですわ!」
洋助、桐子、エティエンヌの三人は、魔物の群れを自衛隊と異端審問官に任せ、巨大地下調節池を駆け抜けた。
そして、その先で待っていた鮎、美羽、楓、ルージュとついに合流を果たす。
「お兄ちゃん!」
「遅いですよ、洋助さん。待ちくたびれました」
鮎が長刀を肩に担ぎながら、口角を上げる。
「悪い悪い。これで、役者は揃ったな」
洋助は、目の前に集った仲間たちの顔を見渡した。
血と泥に塗れ、満身創痍でありながら、その瞳の奥には誰一人として絶望の色はない。全員が、たった一人の「極黒の魔王」を奪還するためだけに、己の限界を超えようとしていた。
「霞、流星、朔夜、鶴子。あいつらが命懸けで切り開いてくれた道だ。……これより先は、一歩も退かねえ。行くぞ、最深部(地獄の底)へ!!」
「「「応ッ!!」」」
組織の壁を越え、過去と決別し、最強の援軍を得た救出パーティ。
彼らは再び深い闇の奥――御影と持子が待つ、地下五十メートルの魔界最深部へと向かって、一陣の風となって駆け出していった。
帝都の命運を懸けた、最後の戦いが始まろうとしていた。




