『地下調節池防衛戦――10式戦車改、全砲門開け』
✴︎ 『地下調節池防衛戦――10式戦車改、全砲門開け』
帝都・東京の地下数十メートル。巨大地下調節池。
パルテノン神殿を思わせる太く巨大なコンクリートの柱が立ち並ぶ広大な空間は、硝煙と魔物の死臭、そして赤黒い瘴気が入り混じる地獄の防衛線と化していた。
その最前線で、TIAの次期トップ候補である風間洋助と、八咫烏の次期代表・葉室桐子の二人は、背中合わせで無数に湧き出る魔物の群れを切り伏せていた。
洋助が振るう『霊子振動刀《建御雷》』が高周波の共鳴音を響かせ、西洋の悪魔の堅牢な肉体を豆腐のように両断する。その死角から襲い掛かろうとした怨霊の群れは、桐子が放つ『絶対浄化』の極光によって悲鳴を上げる間もなくチリと化していく。
その時だった。洋助の耳にはめられたインカムに、ノイズ混じりの悲痛な声が飛び込んできた。
『お兄ちゃん、聞こえる!? 私たちじゃ倒せない、とんでもないデカブツをそっちに引っ張る! 自衛隊の戦車隊に、主砲の準備をさせておいて!』
「……ッ!」
妹・楓からの切羽詰まった叫びに、飄々としている洋助の顔色が一瞬にして険しくなった。
洋助は瞬時に頭の中で戦況と装備の計算を弾き出す。
楓たちを追ってくるという『デカブツ(巨大竜)』。もしそれが神話級のスケールと質量を誇るバケモノであれば、いくら自分が「武器の天才」であり、あらゆる物質を霊体ごと両断する霊子振動刀を扱えたとしても、致命的な弱点がある。
それは『刃の長さ(リーチ)』と『一撃の物理的質量』だ。巨大な装甲をブチ抜き、分厚い肉の奥にある霊核を概念ごと完全に粉砕するには、最低でも口径120ミリを超える質量の暴力に、高密度の霊素を圧縮した弾頭が必要不可欠になる。
つまり、現在のこの地下戦線において、その条件を満たす兵器は一つしかない。
大日本帝國の遺産【八雷神】の技術を転用し、主砲に「霊素圧縮徹甲弾」を搭載した自衛隊の切り札――『10式戦車改(魂喰らい)』である。
「……桐子。悪いが、ちょっと無茶をするぞ」
洋助は刀の血振りをし、巨大地下調節池の中央部、円陣を組んで陣取っている自衛隊の重装甲部隊を睨み据えた。
「行くぞ。一番話の通じなさそうな、石頭のガンコ親父のところに直談判だ」
「直談判、ですか……! 相手は私たちを国家のテロリストとして攻撃しているのですよ!?」
「ああ。だが、四の五の言ってる暇はねえ。楓たちが死んじまう!」
洋助は桐子の手を取ると、魔物の群れと、自衛隊が放つ銃弾の雨が飛び交う戦場のど真ん中を一直線に駆け抜けた。
「敵影接近! テロリストの二人組です!」
「撃て、撃てェッ! 近づけるな!」
自衛隊の防衛ラインに近づくにつれ、無数の89式小銃の銃口が洋助と桐子に向けられ、火を噴く。
「『天照』――光の盾を!」
桐子が詠唱と共に展開した神術の光壁が、飛来する銃弾を弾き飛ばす。洋助はその光の盾の裏に隠れながら、自衛隊員たちを傷つけないよう、刃の峰と体術だけを使って次々と彼らを無力化し、防衛線を強行突破していった。
目指すは、円陣の中央に鎮座する強固な装甲指揮車。
そのハッチが開き、中から一人の男が身を乗り出していた。
自衛隊・特殊作戦群『対特殊武器衛生隊(極暑)』を率いる指揮官、山本貞二郎一等陸佐である。
「そこまでだ、テロリストども」
山本一佐の低く、凄みのある声が響く。
同時に、指揮車の周囲を固めていた数十人の精鋭隊員たちが、一斉にアサルトライフルの銃口を洋助と桐子の眉間、心臓、あらゆる急所にピタリと定めた。一歩でも動けば、文字通り蜂の巣にされる絶体絶命の包囲網。
国家の調整官である内閣府の赤城室長からは、「TIAは国家に対するテロリストであり、これを発見次第、完全なる殲滅を行え」という至上命令が下っている。
だが、洋助は自分に向けられた無数の銃口を前にしても、一切の恐怖を見せずに両手を軽く頭の横に上げ、真っ直ぐに山本一佐の目を睨み返した。
「一佐! このままじゃ魔物に押し潰されて東京は終わる!」
洋助の声は、周囲の銃声や魔物の咆哮すらも切り裂いて、地下空間に響き渡った。
「今から俺の妹たちが、下から規格外の化け物を引きずり出してくる。あれは俺たちの得物じゃ到底貫けねえ、理不尽なデカブツだ。……あんたの部隊の、10式戦車の全火力を貸してくれ!」
「……狂ったか、風間洋助」
山本一佐は、咥えていた太い葉巻の煙をゆっくりと吐き出した。
「貴様らは国家の敵だ。そのテロリストが、我々自衛隊に火力の提供を求めるとは。……赤城室長が聞いたら、腹を抱えて笑うだろうな」
山本一佐は徹底した火力至上主義者であり、TIAが旧帝國の遺産情報を民間組織の分際で独占していることを快く思っていなかった。彼にとって、この地下での作戦は魔物の排除と同時に、TIAという目障りな組織を国の管理下へ置くための軍事行動でもある。
だが、洋助は一歩前に踏み出した。周囲の隊員たちの指が引き金にかかる。
「赤城のタヌキジジイの予定表なんてどうでもいいんだよ! あんたも軍人なら、自分の目で今の戦況を見てみろ!」
洋助の叫びに、山本一佐の視線が僅かに動く。
防衛線のあちこちで、自衛隊の歩兵部隊が魔物の群れに押し込まれている。だが、その自衛隊員たちを間一髪で救い、回復の神術をかけ、背中を守りながら戦っていたのは、他ならぬ洋助と桐子たち「テロリスト」であった。
「……どうか、お願いします!」
洋助の隣で、桐子が深く、深々と頭を下げた。
古神道結社『八咫烏』の次期代表として、誇り高き大和撫子として育てられた彼女が、泥に塗れたコンクリートの床に額を擦り付ける勢いで、かつての対立組織である国家の軍人に頭を下げているのだ。
「私たちの命はどうなっても構いません! ですが、下で命懸けで戦っている妹さんたちを、そしてこの帝都に暮らす数千万の人々を護るために……どうか、皆様の力を貸してください!」
周囲の自衛隊員たちの間に、動揺が走る。
彼ら現場の人間は、理屈ではなく「肌」で感じていたのだ。目の前の若者たちが、テロリストなどというふざけた肩書きではなく、純粋にこの東京を護るために、己の命を投げ出しているという事実を。
沈黙が降りた。
山本一佐は、ゆっくりと口から葉巻を外し、それを軍靴で踏み躙った。
そして、目の前の惨状と、若者二人の狂気すら感じる覚悟を見て、獰猛な、それでいてどこか嬉しそうな軍人の笑みを浮かべた。
「……フン。テロリストに泣きつかれるとは軍人の恥だが」
山本一佐は、指揮車の通信マイクを乱暴に掴み取った。
「東京のど真ん中で化け物を撃ち漏らすのは、もっと恥だッ!」
その言葉は、通信網を通じて地下調節池に展開するすべての装甲車両へと響き渡った。
「全車両に通達! 円陣を解け! 目標、下層より浮上してくる巨大指定特異点! 主砲の仰角合わせろ!」
山本一佐の怒号が、鋼鉄の巨獣たちを目覚めさせる。
「10式戦車改、全砲門開け! 霊素圧縮徹甲弾装填! ……テロリストが引きずり出してきたトカゲの頭を、我が国の火力で一撃で仕留めるぞォォッ!!」
ズォォォォォォンッ!!
山本一佐の号令に呼応するように、十数両の10式戦車改の巨大な砲塔が一斉に旋回し、下層へ続く巨大な暗闇のトンネルへとその砲口をピタリと定めた。
「……恩に着るぜ、ガンコ親父!」
洋助はニヤリと笑い、霊子振動刀を構え直した。桐子も顔を上げ、決意に満ちた瞳で頷く。
国家の命令と組織の壁を越え、圧倒的な火力と天才の剣が交差する。
最悪の巨大竜を迎え撃つための、呉越同舟の絶対防衛陣形が、今ここに完成したのである。




