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『竜を連れて逃げろ――時間迷宮の大脱出』

✴︎ 『竜を連れて逃げろ――時間迷宮の大脱出』


帝都・東京の地下四十メートル。広大なドーム状の空洞。

漆黒の巨大竜が口を開き、絶対的な死をもたらす呪詛の炎が臨界点まで圧縮されようとしていたその時。

早稲田大学に籍を置くインテリタレント、本多鮎の優秀な頭脳が、生存のための唯一の解を弾き出した。


「この狭所では勝てません! 私たちも崩落に巻き込まれて死ぬか、最深部への道が塞がれます! 奴を、自衛隊の戦車隊が待つ浅層の『巨大地下調節池』まで誘き出します!」


その無謀極まりない作戦案に、すぐさま動いたのはルージュ(ヴィクトリア)だった。

彼女は己の魂の底から、かつての「元夫」であり、今もなお強固な魔力パスで繋がっているエティエンヌの脳内へ直接『念話』を叩き込んだ。


『エティエンヌ! 聞こえますか、この阿呆な金髪美女(元旦那様)! わたくしの魔力レーダーが、貴女が近くまで来ているのを捉えていますわよ!』


『……ッ!? この声、ルージュ!? 貴女は今どこにいるの!』


『説明は後です! わたくしたちは今から、神話級のバカでかいトカゲを浅層へ引っ張り上げます! わたくしが送る座標へ急行し、合流次第、私たちの盾になりなさい!』


『フフッ……アハハハッ! 任せなさい、元妻よ! わたくしの女神(持子様)の安眠を妨げる薄汚いトカゲなど、わたくしの愛の剣で三枚下ろしにして差し上げますわ!』


ルージュが通信を終えると同時、風間楓もインカムのスイッチを叩き、激戦区を駆け回っているはずの兄・洋助と葉室桐子の遊撃隊へノイズ混じりの通信を飛ばした。


「お兄ちゃん、聞こえる!? 私たちじゃ倒せない、とんでもないデカブツをそっちに引っ張る! 自衛隊の戦車隊に、主砲の準備をさせておいて!」


『……はぁッ!? おい楓、お前ら無事なのか! デカブツってどれくらいだ!』


「ビル一つ分くらい! じゃあ、あとはよろしく!」


楓が一方的に通信を切ると、今度はインカムの別回線から、TIA地下指令室にいる天才電脳少女・風間高子の声が飛び込んできた。


『……状況は把握したよ、みんな!』


知恵の神「オモイカネ」の転生体である高子の声には、普段の幼さはない。神話級の演算能力をフル稼働させた、冷徹なオペレーターとしての響きがあった。


『ここからは私がTIAのメインシステムを使って、迷宮の立体マップと巨大竜のヘイト(敵意)数値を完全管理する! ヘイトのコントロールとタゲ(ターゲット)取りは、機動力と遠距離攻撃に長けた楓がメイン! 鮎、美羽、ルージュは全力で楓のフォローに回って! ルート指示は私が出す! いいわね!』


「了解です、高子! 行きます!」


楓は漆黒の長髪を翻し、床に置いていた神話級宝具『生太刀いくたち』を光の粒子へと変換させ、瞬時に巨大な白銀の弓――『生弓いくゆみ』へと再構築した。


「ギョォォォォォォォォォォッ!!」


巨大竜の口から、空間を融解させる呪詛のブレスが放たれようとした、まさにそのコンマ一秒前。

楓が限界まで引き絞った生弓から、純白の神気を纏った光の矢が放たれた。


「『破邪の鏑矢』ッ!」


シュウゥゥゥンッ!!

光の矢は、巨大竜が放とうとしていたブレスの渦の中心、その喉の奥へと正確に吸い込まれ、強烈な浄化の爆発を起こした。


「ガァァァァァァァッ!?」


口内で爆発を起こされた巨大竜は、自身のブレスを暴発させ、苦痛に悶えて頭部を大きく振った。その六本の角を持つ禍々しい顔が、明確な怒りを持って、己を傷つけたちっぽけな存在――風間楓をねめつけた。


『よし、完璧なタゲ取りよ楓! 巨大竜のヘイトが完全に楓に固定されたわ! 全員、後方の第六通路へ全力退避!』


「走って!!」


楓の叫びと共に、四人は一斉に暗闇の通路へと駆け込んだ。

ズゴォォォォォンッ!!

直後、彼女たちが一瞬前まで立っていたコンクリートの床が、巨大竜の叩きつけた顎によって粉砕され、巨大なクレーターに変わった。

竜は怒り狂い、狭い通路の壁や天井をその巨体で無理矢理削り取りながら、猛烈な速度で楓たちを追従し始めた。


「ハァッ、ハァッ……! 速いッ! あの巨体で、なんてスピードですか!」


最後尾を走りながら竜を引きつけている楓が、チラリと背後を見て顔を青ざめさせた。


『右の壁が崩れる! 鮎!』


「『岩融』ッ!!」


高子の指示に即座に反応した鮎が、走りながら長刀を振り抜き、崩落してきた数百トンの瓦礫を重力操作で真っ二つに叩き割る。


『前方、合成魔獣の群れ! 美羽!』


「邪魔ですにゃぁぁッ!」


美羽が『無限二刀流・七牙連斬』を放ち、道を塞ごうとした魔物の群れを一瞬で血肉の雨に変える。


『ルージュ、後方三十メートルに血の茨を展開! 少しでも竜の足止めを!』


「言われずとも、やっておりますわ!」


ルージュが指を弾くと、床から鋼鉄並みの強度を持つ真紅の茨が無数に突き出し、巨大竜の進路に絡みついた。

だが。


「ギョオォォォォォッ!!」


神話級の巨大竜は、ルージュの血の茨など蜘蛛の糸のように容易く引きちぎり、瓦礫を粉砕し、圧倒的な質量の暴力で四人との距離をみるみるうちに縮めてくる。


『ダメ、追いつかれる! 楓お姉ちゃん、ストップ! 生琴いくごとの準備!』


「『生琴』、顕現!!」


高子の絶叫に近い指示を受け、楓は急ブレーキをかけて振り返ると同時に、手にした生弓を美しい白銀の和琴へと変化させた。

楓はコンクリートの床に膝をつき、迫り来る巨大な竜の顔面、その致死の顎が自分を丸呑みにしようと迫る極限の恐怖の中で、血の滲むような力で琴の弦を弾き鳴らした。


――ピィィィィィィィンッ……!!


清らかで、しかし空間の法則すらも強制的に書き換える、神話級の音色。

その音波は物理的な障壁ではなく、巨大竜の「魂」と「霊的経絡」に直接干渉し、その動きを強制的に一時停止させる神の呪縛であった。


「グ、ォォ……ッ!?」


突進してきた巨大竜の巨体が、まるで時間が止まったかのように、空中でピタリと硬直する。


「今です! 走って!!」


楓は生琴を抱えたまま弾かれたように立ち上がり、再び前方の暗闇へと駆け出した。


「恐ろしい子……! あの巨体の突進を、たった一撫での音色で止めるなんて!」


ルージュが舌を巻くが、安堵している暇はない。生琴による強制硬直は、長くは続かないのだ。

事実、数秒後には背後から硬直を破った巨大竜の激怒の咆哮が響き、再び地鳴りのような追撃が始まった。

四人は高子のオペレーションのもと、楓が生弓で的確にヘイトを管理し、追いつかれそうになれば生琴の音色で硬直させ、鮎たちが障害物を排除するという、綱渡りのようなルアー作戦を継続した。

だが、相手は怨念の塊である神話級の怪物。

二度、三度と生琴の音色を浴びるうちに、巨大竜の魂は急速に神気への「耐性」を獲得していった。

硬直の時間は、十秒から五秒へ、五秒から二秒へと劇的に短くなっていく。


「ハァッ、ハァッ……っ! くそっ、足が……!」


楓の足取りが重くなる。極限の緊張状態での神話級宝具の連続使用は、彼女の魔力と体力を限界まで削り取っていた。魔石で回復したMPも、底をつきかけている。


『楓お姉ちゃん、あと三十秒! あと三十秒真っ直ぐ走れば、エティエンヌとの合流座標よ! 持ち堪えて!』


インカムから高子の焦燥に満ちた声が響く。

だが、その三十秒が、永遠のように遠かった。


「ギョォォォォォォォォォォッ!!」


四人のすぐ背後。ついに生琴の硬直を完全に無効化した巨大竜が、口内にこれまでで最大出力の『呪詛のブレス』を圧縮し、逃げ場のない一直線の通路へ向けて解き放とうとした。


「……ッ! だめ、躱せない!」


楓が絶望に目を見開く。鮎がロザリオの結界を張ろうとし、ルージュがマントを翻すが、この至近距離での最大ブレスは、いかなる防壁をも貫通して彼女たちを灰にするだろう。

絶対的な死の炎が、彼女たちの背中に迫った、その刹那。


ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!

四人の斜め前方の分厚いコンクリートの壁が、外側から爆弾を仕掛けられたかのようにド派手に粉砕された。

舞い散る瓦礫と土煙。

そして、その土煙を切り裂いて現れたのは、息を呑むほど美しい、絶世の金髪美女。

ヨーロッパの裏社会を統べる真祖の吸血鬼であり、愛のために性別すら捨てた究極のドMストーカー――エティエンヌであった。


「待たせたわね、わたくしの元妻と、愛しの女神の眷属たち!」


エティエンヌは、迫り来る巨大竜の致死のブレスに対し、一切の恐怖を見せず、むしろ恍惚とした笑みすら浮かべて前に出た。

彼女の華奢な手に握られているのは、吸血鬼にとって猛毒であるはずの『魔殺しの聖剣』。


「虫ケラの分際で、持子様の眠りを妨げ、あまつさえわたくしの獲物(眷属)に手を出そうなんて……万死に値するわァァッ!」


エティエンヌは、聖剣に己の莫大な真祖の魔力と神聖なオーラを同時に纏わせ、放たれた極太のブレスに向かって真っ向から剣を振り抜いた。


「『聖断ホーリー・パニッシュメント』!!」


空間が悲鳴を上げた。

洋助の霊子振動刀にも匹敵、あるいは凌駕する理不尽なまでの暴力的な剣閃が、巨大竜のブレスを文字通り「真っ二つに叩き割り」、そのまま竜の禍々しい頭部へと直撃した。


「ガギョォォォォォォッ!?」


鱗が砕け散り、鮮血が噴き出す。神話級の古竜が、エティエンヌのたった一撃で完全に進行方向を逸らされ、コンクリートの壁に激突して激しくのたうち回った。


「す、すごい……! あのブレスを、正面から斬り裂くなんて……!」


楓が唖然として呟く。


「ふん、相変わらず力任せの野蛮な戦い方ですわね、元旦那様」


ルージュが呆れたように肩をすくめたが、その口元には安堵の笑みが浮かんでいた。


「アハハハッ! 効いてるわ、もっと、もっとわたくしを楽しませなさいな、トカゲちゃん!」


エティエンヌは狂喜の笑い声を上げながら、聖剣を振るって巨大竜と肉弾戦を展開し始めた。竜の強烈な爪撃や尻尾の薙ぎ払いを、彼女はチート級の身体能力と再生能力で受け流し、あるいはあえて肉体で受け止めながら、竜を圧倒していく。


『……すごいわね、あのフランスの化け物。巨大竜のヘイトが、一瞬で全部あいつに引っ張られたわ』


TIA本部でモニターを睨む高子が、冷や汗を拭いながら通信を入れた。


『でも、あの狭い場所で暴れられたら、結局地下道が崩落するわ! 楓、もう一度タゲを奪い返して、一気に浅層の調節池まで引っ張り上げるわよ! エティエンヌにも協力させて!』


「了解です! エティエンヌさん、下がって!」


楓の叫びと共に、エティエンヌが優雅なバックステップで竜との距離を取る。


「『生弓』、顕現!」


楓は再び生弓を構え、三本の光の矢をつがえた。

シュウゥゥゥンッ!

正確無比な三連射が、巨大竜の砕けた鱗の隙間、傷口へと深々と突き刺さる。


「ガァァァァァァァッ!!」


「さあ、わたくしたちを追ってきなさいな! 極東のバカトカゲ!」


エティエンヌも聖剣から光の斬撃を放ち、竜の怒りを煽る。

再び、完全な殺意を楓とエティエンヌに向けた巨大竜が、地響きを立てて猛追を開始した。

だが、もう絶望の逃走劇ではない。

ルージュの的確なナビゲート、鮎と美羽の死角のカバー、そして何より、エティエンヌという規格外の「盾兼アタッカー」が加わったことで、パーティの歩みは絶対的な安定感を得ていた。


「見えましたわ! あの光の先です!」


ルージュが扇子で前方を指し示す。

長く、暗く、時間の歪んだ地下迷宮の果て。

彼女たちの視界の先に、パルテノン神殿のような巨大なコンクリートの柱が立ち並ぶ、広大な空間――『巨大地下調節池』の入り口が、ついにその口を開けていたのであった。


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