表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

180/199

『地下回廊の叛逆者たち ――魔王奪還戦線』

✴︎『地下回廊の叛逆者たち ――魔王奪還戦線』


帝都・東京の地下三十メートル。

巨大地下調節池での、自衛隊と魔物たちによる地獄のような激戦区をなんとか抜け出した「特級魔王・救出パーティ」の七人は、さらに奥深く、地下深層へと続く巨大な連絡通路を駆け下りていた。

本来ならば非常用のメンテナンス通路として使われるはずのその道は、御影が放つ絶望の呪力によって、ひどく歪で冒涜的な空間へと変貌していた。

分厚いコンクリートの壁は、まるで生き物の内臓のように脈打ち、赤黒い瘴気が粘液のように滲み出ている。天井の蛍光灯はとうの昔に破裂し、代わりに壁に生えた不気味な燐光を放つ苔だけが、七人の足元を辛うじて照らし出していた。


「……ハァッ、ハァッ……ッ!」


先頭を走る本多鮎の息が、冷たい地下の空気に白く濁る。

彼女の美しい顔は泥と魔物の返り血で汚れ、お気に入りのハイブランドの衣服もボロボロに引き裂かれていた。だが、その瞳に宿る理知的な光と、主を奪われた凄絶な怒りの炎は、微塵も衰えていない。


(待っていてください、ご主人様。この本多鮎が、今すぐその忌まわしい泥棒猫の手から、あなたを奪い返してみせます……!)


「鮎先輩、前! 気をつけて、空気が急に……!」


背後を走る風間楓が、神話級の宝具である『生太刀』を握り締めながら鋭く声を上げた。

アイドル歌手の花園美羽も、特級呪具「七牙」の短刀を構え、獣のように姿勢を低くする。

楓の警告通りだった。

これまで、嫌というほど壁や天井から湧き出してきていた魔物の姿が、この連絡通路に入ってからパタリと途絶えていたのだ。

代わりに、通路の奥から立ち込めてくるのは、魔物のそれとは違う、研ぎ澄まされた冷たく重い「殺気」。

それは、高度な訓練を受けた「人間」だけが放つことのできる、統制された死の気配だった。


「……止まれ」


霞涼介が、銀縁眼鏡を指で押し上げながら、低く鋭い声で制止した。

七人の足音が止まる。

そして、暗闇の奥から、複数の足音が等間隔の靴音を響かせてゆっくりと近づいてきた。


「魔物じゃ、ありませんね。これは……」


土御門朔夜が、ダボダボのカーディガンの袖から呪符を滑らせながら、面倒くさそうに、しかし極度の緊張を孕んだ声で呟く。


「ええ。どうやら、お迎えが来たようですわ」


葉室鶴子が美しい扇子を広げ、凛とした顔で前方を睨み据えた。

天草・クリストファー・流星は、無言のまま首から下げた銀の十字架を強く握りしめる。

燐光に照らされた通路の奥、十数メートル先。

そこには、四つの異なる集団が、七人の行く手を完全に塞ぐように横一列に立ち並んでいた。

彼らが何者であるか、霞たち四人のエリート工作員には、痛いほどに理解できた。いや、理解したくなかった現実がそこにあった。


「……やはり、網を張っていましたか。赤城室長」


霞の呟きに答えるように、黒いスーツに身を包んだ男が一人、集団の中から一歩前に出た。

彼岸花の暗殺部隊の隊長であり、霞に特殊工作のすべてを叩き込んだ直属の元上司、霧島である。


「国家の裏切り者よ。貴様のその安っぽい感傷のおかげで、予定表の修正にひどく手間取ったぞ、霞」


霧島の声には、一切の感情が含まれていなかった。ただの機械のように、任務を遂行するためだけの冷徹な響き。


「貴様のIDはすでに抹消され、内閣府は貴様をテロリストと認定した。……大人しくここで首を差し出せ。それが、国に背いたお前に残された、唯一の『完璧な予定』だ」


霧島の背後に控える数名の暗殺部隊員たちが、一斉に重力呪具の起動スイッチを入れる。空間がギシギシと軋み、見えない重圧が霞たちの肩にのしかかった。


「……霞さん」


楓が心配そうに声をかけるが、霞は彼女を手で制し

た。


「……笑わせるな、霧島隊長」


霞は、エリート官僚としての冷静さをかなぐり捨て、口角を吊り上げて獰猛に嗤った。


「俺はもう、国のため、誰かが作った完璧な予定表通りに生きる機械じゃない。あの日……俺の分刻みのスケジュールを秒で破り捨てて、時価五万円のメロンパフェを前菜代わりに食い尽くした、あの規格外の化け物(持子)に出会った日からな!」


霞の両腕に装着された重力呪具(CQC)が、限界を超えた出力で唸りを上げる。


「あいつが路地裏でジャンクバーガーを食って見せた、あの太陽みたいな大爆笑。……俺は、あのくだらない日常を、バカみたいな笑顔をもう一度見るためだけに、自分のすべてをドブに捨ててここに来たんだ! 邪魔をするなら、あんたらの頭蓋骨ごと、その腐った予定表を粉砕してやるッ!」


「……愚かな」


霧島が冷酷に腕を振り下ろした瞬間、彼岸花の暗殺部隊が音もなく霞へと殺到した。

だが、立ちはだかるのは彼岸花だけではない。


「主の教えに背き、魔に魅入られた哀れな迷える子羊よ」


重々しい声と共に、純白の法衣と銀の甲冑を纏った一団が進み出る。聖三条騎士団の異端審問官たち。その先頭に立つのは、流星に神聖魔術と聖拳術の手ほどきをした恩師、アレクサンデル司祭だった。


「流星。お前は我が騎士団の誇りであり、次代を担う光となるはずだった。それがなぜ、あのような極黒の魔王の如き少女に魂を売り渡した? 神を捨て、教義を捨て、お前は何を信じるというのだ!」


アレクサンデルの怒りに満ちた声が、地下道に響き渡る。異端審問官たちが構える聖槍から、裁きの炎がメラメラと立ち上った。

しかし、流星の碧眼に迷いはなかった。彼は、幼い頃から肌身離さず身につけていた銀の十字架を首から引きちぎり、地下の汚水へと無造作に投げ捨てたのだ。


「……司祭様。俺は、神を捨てたわけじゃありません。ただ、見つけたんです」


流星は両拳を胸の前に構え、己の全身から闘気と神聖な光を爆発させた。


「教義の中でしか救いを見出せない、姿の見えない神よりも。あの日、天からの理不尽なレーザー攻撃から、己の身を挺して、風穴だらけになってまで俺たちを庇ってくれた……あの『極黒の翼』のほうが、よほど温かく、そして気高く、尊かった!!」


「異端めッ! その口を閉じよ!」


「異端審問にかけられようと、騎士の称号を剥奪されようと構わない! 俺の『聖拳』は今この瞬間から、彼女を地獄の底から奪還するためだけに存在するッ! いざ尋常に、勝負ッ!!」


流星が地を蹴り、異端審問官の壁へと真っ向から突撃していく。

その横で、深い溜息をつきながらダボダボのカーディガンの袖を捲り上げている男がいた。土御門朔夜である。


「まったく……。事勿れ主義が信条の俺には、一番向いてない熱血展開なんですけどねぇ」


朔夜の視線の先には、狩衣を纏い、無数の式神を宙に侍らせた初老の男が立っていた。陰陽庁執行部『六壬』の重鎮であり、朔夜の才能を誰よりも評価していた師匠、土御門泰臣その人である。


「朔夜。お前のその怠惰な性格には目を瞑ってきたが、度を越しているぞ。国家に逆らうTIAに与し、あまつさえ特級危険物の奪還に手を貸すなど、六壬の陰陽師としてあるまじき行為だ。今すぐ投降しろ。お前の類稀なる才能を、こんな薄暗い地下で終わらせたくはない」


泰臣の言葉には、確かな弟子への情が滲んでいた。もしここで朔夜が頷けば、彼は何事もなかったかのように六壬のエリートとしての道に戻れるだろう。

だが、朔夜は面倒くさそうに首を振り、口元に凶悪な笑みを浮かべた。


「お言葉ですがね、お師匠様。俺はあの大食らいのゴリラ……いや、最高の悪友に、まだ『ラーメン二郎の正しい食い方』を教えてないんですよ」


「……何をふざけたことを言っている」


「大真面目ですよ。あいつはね、俺の適当で怠惰な人生に、土足で上がり込んでペースをめちゃくちゃにしやがった。……でも、それが死ぬほど楽しかったんです」


朔夜は十数枚の呪符を空中に展開し、己の寿命すら削るほどの強大な呪力を注ぎ込んだ。


「破門上等。国がどうなろうと知ったこっちゃない。俺の式神の全霊を懸けて、冥府魔道だろうが、あいつへの道を切り開いてみせますよ!」


「愚か者が……! 散れ、朔夜!」


師と弟子の、高密度な呪術戦の火蓋が切って落とされた。

そして最後。

美しい黒髪を揺らす葉室鶴子の前には、古神道結社『八咫烏』の保守派の長老たちが、冷ややかな視線を向けて立ち塞がっていた。


「鶴子お嬢様。葉室の次期当主たる者が、なんという無様な真似を。すぐにお父上(嗣綱)の元へお戻りなさい。我々八咫烏は、このような下等な化け物騒ぎに深く関わるべきではないのです」


長老の一人が、杖で床を突きながら厳格な声で告げた。由緒正しき家柄、重い責任。鶴子は幼い頃から、その枠の中で「完璧な大和撫子」として生きることを強いられてきた。

だが、鶴子は凛とした姿勢を崩さず、手に持った扇子をバサリと広げた。


「長老様。私は父から、安全な後方待機を命じられました。組織の理屈としては、それが正しいのでしょう。ですが……」


鶴子の瞳に、熱い涙が滲む。


「あの時、絶対的な死の光が降り注ぐ中、身を挺して私を護ってくれた『真の友』を見捨てて逃げるなど、恥を知る者のすることではありません! 私は組織の駒としてではなく、一人の人間として、恋問持子の友としてここに立ちました!」


「血迷ったか、小娘が! 神威の重さを思い知れ!」


長老たちが一斉に神術の詠唱を始める。

鶴子は一歩も退かず、扇子に清浄なる神風を纏わせた。


「我が誇り、我が義は、もはや組織にはありません! この扇、彼女の道を阻むすべてを吹き飛ばすために振るいましょう! 覚悟なさいませ!」


四つの死闘が、狭い連絡通路の中で同時に勃発した。

重力と打撃、聖なる炎と拳、呪符の衝突、そして神術の暴風。

圧倒的な数の不利と、実力を熟知した恩師や上司たちを相手に、霞、流星、朔夜、鶴子の四人は、血反吐を吐きながらも一歩も退かずに防衛線を死守していた。


「……お前たち……!」


その壮絶な光景に、本多鮎は唇を噛み締め、花園美羽は短刀を震わせた。

彼らは自分たちを守るためではなく、ただ「持子を助けに行くための道」をこじ開けるためだけに、己の過去と、所属と、命を削って戦っているのだ。


「ここは俺たちに任せろォォッ!!」


霞が、霧島の重力波を顔面で受け止め、眼鏡を粉々に砕きながら血まみれの顔で絶叫した。


「立ち止まってる暇なんかねえぞ、本多鮎! お前たちは早く行け! あのバカを、世界で一番のワガママ女を、とっとと迎えに行ってやれ!!」


「神の御許より、我らの光(持子)を取り戻してこいッ!!」


流星が聖槍を素手でへし折りながら叫ぶ。


「頼みましたよ……! あいつに、後で最高のメシを奢らせるって伝えといてください!」


朔夜が式神の防御陣を展開して道をこじ開ける。


「行ってくださいませ、皆様! 私たちの誇りごと、どうか、持子様を……!」


鶴子が神風で、八咫烏の長老たちを壁に叩きつける。

四人のエリート工作員が、己のすべてを懸けて作り出した、僅か数秒の「空白の道」。


「……ええ。あなたたちの命、確かに預かりましたわ」


鮎は、眼鏡の奥の瞳から一筋の涙を零し、深く一礼した。

美羽と楓も、決死の覚悟で戦う四人の姿をその目に焼き付け、力強く頷く。


「行こう、美羽、楓! これより先、一歩たりとも立ち止まることは許しません! ご主人様の元へ、一直線に駆け抜けます!」


「当たり前ですぅぅッ! 持子様の唇を奪ったあのクソガキ、絶対に八つ裂きにしてやりますからぁぁッ!」


「わかりました…」


三人の少女たちは、血煙と呪力が荒れ狂う戦場を抜け、四人の英雄たちが守り抜いた背中を後にして、さらに深い闇の底、地下四十メートルの深層へと駆け出していった。

背後から聞こえる恩師たちとの激突の音は、やがて遠ざかり、深い地下の静寂に飲み込まれていく。

だが、鮎たちの心には、彼らから託された確かな熱と重みが、炎のように燃え盛っていた。


(必ず、必ず助け出します。……待っていてください、ご主人様!)


組織の軛を越え、過去と決別した者たちの想いを背負い、救出パーティは魔界の最深部へと肉薄していくのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ