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『魔王の帰還と、社長の臨界点』(イラスト有り)

魔王の帰還と、社長の臨界点


 都内の救急病院、個室病棟。

 窓を叩く雨音だけが響く静かな部屋で、立花雪はベッドの端に座り、ただひたすらに祈るような気持ちで両手を組んでいた。

 拉致監禁の恐怖、男たちの暴力、そして、自分を庇って凄惨な戦いを繰り広げた持子の姿。痛む擦り傷よりも、一人で警察の対応に行っているはずの持子が戻ってこない不安で、雪の心は押し潰されそうだった。


 ――ガチャリ。

 不意に、病室のドアが開いた。


「雪。待たせたな」


「持子さん……ッ!」


 立っていたのは、少し濡れた髪をかき上げる持子だった。

 雪はベッドから跳ね起き、ふらつく足で駆け寄った。

 普段の持子であれば、他者との間に見えない『1メートル結界』とも呼べるパーソナルスペースを張り、不用意な接触を避ける。魔王としての防衛本能と、他者の体温への不慣れさがそうさせるのだ。

 雪もそれを知っているため、あと一歩のところで無意識に立ち止まろうとした。


 しかし。


「……よく、一人で耐えた」


 持子は自らその1メートルの距離を詰め、両腕を開いて、雪の華奢な身体を正面から力強く抱きしめたのだ。


「え……持子、さん……」


「怖かっただろう。もう案ずるな。わしが全て終わらせてきた」


 持子の腕の中は、不思議なほど温かかった。魔王としての絶対的な力強さと、雪を心から慈しむ限界オタクとしての深い愛情。その両方が、雪の強張っていた心と身体をじんわりと溶かしていく。


「うぅ……っ、ぐすっ……持子さんが、無事で……よかった……っ」


 雪は持子の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。持子は何も言わず、雪の涙が止まり、その小さな背中の震えが完全に収まるまで、不器用な手つきで何度も何度も頭を撫で続けた。

 優しくて、美しい時間。

 互いの絆を確かめ合う、感動的な再会――


          *


「――さて。雪が落ち着いたところで、一つ報告があるのだが」


 雪が涙を拭い、ベッドに腰掛け直したのを見計らって。

 持子は突然、病室の硬いリノリウムの床にスッと膝をつき、背筋をピンと伸ばして**『正座』**をした。


挿絵(By みてみん)


「……へ? ちょっと持子さん? なんで急に正座なんて……」


 雪は目を瞬かせた。さっきまでの感動的な空気はどこへやら、持子の顔は妙に神妙だ。


「心して聞いてほしい。まず一つ目だが。先ほど『警察に引き渡した』と言ったな。あれは嘘だ。通報などしておらん」


「……はい?」


「二つ目。我々を反社を使って拉致監禁し、暴行を加えようとした黒幕だが……トップモデルの、本多鮎だ」


「…………はぁ!?」


 雪の口から、素っ頓狂な声が漏れた。

 あの清純派で売っている超有名モデルが、自分たちを殺しかけた黒幕? 警察も呼んでない? 脳の処理がまったく追いつかない。


「三つ目。その本多鮎だが、少々わしが『可愛がり』を施してな。わしに絶対服従を誓う、キャンキャン吠えるだけの可愛い忠犬ペットにしておいた」


「い、犬ぅ!?」


「で、四つ目だ。雪よ、あの犬……本多鮎を、我が『スノー』で引き抜いてくれ」


「………………え?」


 持子は正座のまま、微動だにせず真顔で言い放った。


「あやつは色々あって心を入れ替えた。それに、モデルとしての素材は一級品だ。我が事務所の利益にもなろう。だから、今回の反社を使った拉致監禁や傷害未遂の一件は、**『無かったこと』**にまとめてくれ」


「………………」


 雪の表情から、一切の感情が抜け落ちた。

 警察には通報していない。

 自分たちを拉致した黒幕の女を、ボコボコにして(?)手懐けた。

 挙句の果てに、その黒幕を自分の事務所のタレントとして引き抜けと言う。

 そして、命の危機に晒された大事件を「無かったこと」にしろと、この魔王は言っているのだ。


「……あのさ、持子さん」


 雪の声は、地を這うように低かった。

「あんたは……自分が何を言っているのか、分かって、いるの、か……?」


「うむ。少し無理筋かとは思うが、そこは社長の手腕に期待したいと――」


「ふッッッざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


 深夜の病院に、雪の大絶叫が轟いた。

 持子の長い黒髪が、ビリビリと震えるほどの音圧。


「引き抜く!? 反社を使って私と持子を拉致監禁し、傷害未遂を引き起こした張本人を!? しかも警察沙汰にもせず、穏便にうちの事務所に移籍させろって言うの!?」


「い、いや、雪、落ち着け。あやつはもう完全にわしの忠犬で――」


「犬とか猫とかの問題じゃないわよ! トップモデルを引き抜いて、しかもこんな大事件を揉み消して示談にする……っ、示談金と移籍金で、一体いくらのお金が吹っ飛ぶと思ってんのよぉぉぉッ!!!」


「ぬぅっ!?」


 雪はベッドから立ち上がり、鬼の形相で正座する持子を見下ろした。


「あんたは世間の常識が欠如しすぎてるのよ! どんだけ私に苦労をかけたら気が済むの! ああもう、今すぐその本多鮎の事務所の社長と、反社連中に話をつけに行かなきゃ……! 銀行からいくら借り入れればいいのよ……一億? いや、二億円は下らないわよ!!」


「に、におくえん……」


 その莫大な数字に、さすがの魔王も冷や汗を流す。


「いい!? あんたはこれから、その『犬』と一緒に死ぬ気で働いて、この借金を一円残らず返済してもらうからね! 私の! 命に代えても!!」


「は、ははぁっ! 承知いたしました、社長……ッ!!」


 かつて天下を震撼させた暴虐の魔王は、借金という現代の絶対的な暴力の前に、ただひれ伏すことしかできなかった。


 ――こうして、凄惨な拉致事件は、立花雪の血を吐くような奔走と、莫大な借金という形で強引に幕引きを迎えたのである。



追加しました。

書き直しと追加話が〜

読み直す程に、頭が痛い!

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