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『地下東京地獄戦線 ――魔王救出作戦開始』

✴︎『地下東京地獄戦線 ――魔王救出作戦開始』


――東京地下深層・【八雷神】秘密指令室。

旧帝國の無骨な鋼鉄と最新鋭のサーバー群が入り混じる冷たい空間には、これまでにない殺気と怒号が渦巻いていた。

その修羅場の中心で、ひときわ異彩を放つ静寂を保っている者がいた。

ピンク色の鮮やかな髪を揺らす、元トップモデルにして早稲田大学に籍を置くインテリタレント、本多鮎である。

彼女の顔に、いつもの狂騒は一切ない。


(……ご主人様。私の命の使い道は、あなたを護るための盾になることだったのに。なぜ、あの時私を置いていかれたのですか。……いいえ、泣き言は後です。必ず、必ずお迎えに上がります)


心の中で血の涙を流しながらも、彼女は一切の感情を排し、冷徹なインテリとしての極めて優秀な頭脳で、目前のモニターに映る絶望的な戦況を分析し続けていた。魔王の「第一下僕」としての誇りが、彼女の精神を氷のように鋭く研ぎ澄ませているのだ。

対照的に、感情を一切隠そうとしない者もいる。


「ああああッ! 持子様の唇を奪ったあのクソガキ、絶対にミンチにしてやりますぅぅッ!!」


アイドル歌手の花園美羽は、美しい顔を夜叉のように歪めて絶叫していた。手には五行と聖・闇の属性を宿した特級呪具「七牙」の短刀が握りしめられ、その両目からはドス黒い怒りの涙が流れ落ちている。泥棒猫として社会から弾き出された自分を、借金ごと買い取り、絶対的な光で照らしてくれた唯一の神。その神の唇を奪った御影への憎悪は、美羽の理性を完全に焼き切っていた。

そこへ、重い足音を響かせて4人の若者たちが指令室に転がり込んできた。


持子を監視し、そして彼女に命を救われたエリート工作員たち――霞涼介、天草・クリストファー・流星、土御門朔夜、葉室鶴子である。

彼らの立場は、一枚岩ではない。

流星、朔夜、鶴子の3人は、それぞれが強大な力を持つクランの所属である。各クランの指示を多少逸脱してここまで来たが、すぐに所属に戻れば処分対象にはならない。だが、このまま国家のテロリストに認定されたTIAに与し続ければ、後々重い処分を受けることは免れない。

だが、霞涼介だけは違った。


「……俺のIDは、すでに内閣府のシステムから抹消されていた。帰る場所を失った、正真正銘のテロリストというわけだ」


銀縁メガネを押し上げながら、霞は自嘲気味に笑った。国家の防衛を担うエリート官僚としての輝かしい未来、そのすべてをたった一人の少女のためにドブに捨てた男の顔だった。


「今まで、国のために完璧な予定表通りに生きてきた。だが……すべてを計算ずくで動く人生は、あいつにパフェとジャンクバーガーを食われた日に終わったんだ。……それでも構わない。あのバカみたいな笑顔を、もう一度見るためならな」


重力呪具を握る霞の拳には、一切の迷いがなかった。

それに呼応するように、流星が首から下げた銀の十字架を力強く握りしめ、前に出た。


「我が『聖三条騎士団』の上層部は、この事態への不干渉と撤退を命じた。だが……教義の中でしか救いを見出せない神よりも、あの日、この身を挺して俺たちを庇ってくれた極黒の翼のほうが、よほど温かく、尊かった!」


流星の碧眼に、狂信的とも言える強い光が宿る。


「異端審問にかけられ、騎士の称号を剥奪されようと構わない。俺の『聖拳』は今この瞬間から、彼女を地獄の底から奪還するためだけに存在するッ!」


続いて、ダボダボのカーディガンを羽織った陰陽師、土御門朔夜が、面倒くさそうに、しかし凶悪な笑みを浮かべて肩をすくめた。


「『六壬』のお偉いさん方は、自衛隊と事を構えるのを恐れて引きこもっちまいましたよ。でもね、俺はあの大食らいのゴリラ……いや、最高の悪友に、まだ二郎の正しい食い方を教わってないんでね。破門上等。俺の式神の全霊を懸けて、冥府魔道だろうが道を切り開いてみせますよ」


そして最後に、美しい黒髪を揺らして葉室鶴子が一歩前へ出る。


「我が『八咫烏』は本隊こそTIAに協力し撤退を完了していますが……私は父から、安全な後方待機を命じられました」


鶴子は凛とした声でそう言うと、手にした扇子をバサリと広げた。その瞳には、大和撫子としての強い誇りが燃えている。


「ですが……あの時、身を挺して私を護ってくれた『真の友』を見捨てるなど、恥を知る者のすることではありません! 私は組織の駒としてではなく、恋問持子の友としてここに立ちました。この扇、彼女の道を阻むすべてを吹き飛ばすために振るいましょう!」


「よく来てくれた、若いの」


重苦しい空気の中、TIA代表である風間助平が、疲労の色を濃くした顔で口を開いた。4人の若きエリートたちの覚悟に、歴戦の化け物霊能者である彼の目にも僅かに光るものがあった。

助平の耳には、小型の通信用インカムがはめ込まれている。その隣では、知恵の神の転生体である天才電脳少女・風間高子が、神話級の演算能力でキーボードを叩き、情報の整理を行っていた。


「お前さんたちも薄々勘付いとるじゃろうが、状況は最悪じゃ。現在の勢力図を整理するぞ」


助平は、葉巻に火をつけることも忘れ、渋い声で戦況を語り始めた。


「我々TIAに味方する協力クランは、鶴子の『八咫烏』、そして『鳳翼山伏衆』、『曼荼羅浄土門』の三つじゃ。さらに、中立であった裏社会の『龍胆組・霊学会』も、莫大な資金で丸ごと買い上げ、金で強引に協力を取り付けた」


「……非協力なのは、流星の『聖三条騎士団』と、朔夜の陰陽庁『六壬』ですね」


霞の言葉に、流星は十字架を握りしめて唇を噛み、朔夜はダボダボのカーディガンの袖を所在なさげに弄った。


「ええ。六壬のトップである土御門泰臣は、国に逆らう気はありませんからね」と朔夜はため息をつく。そして、ふと鋭い視線を助平へと向けた。


「……ただ、うちの上層部は薄々感づいていますよ。このTIAという組織の裏に、国家の監視すら軽々とすり抜けて兵器をハッキングし、裏社会を裏金で掌握するような、底知れぬ『大陰陽師』のような怪物が隠れているのではないかとね」


その言葉に、助平の肩が微かにビクッと跳ねた。

無理もない。現在、この指令室のすべてを取り仕切っているのは、目の前にいる生ける伝説・風間助平ではないのだ。

インカムの向こう側――絶対に表舞台には立たない安全圏から、国を一つ滅ぼせるほどの殺気を放ちながら、冷徹に盤面を動かしている影の絶対君主。

立花雪である。

彼女が千年以上を生きる不老の怪物にして最強の陰陽師であるという真実を知るのは、風間家の人間(助平、高子、楓、洋助)だけだ。洋助の婚約者である葉室桐子すら知らない極秘事項である。

雪は、愛する娘(持子)の往く道を邪魔する者すべてを排除すべく、かつて自分を熱烈に愛していた助平をアゴで使い、裏からすべての手筈を整えていた。指令室にいる鮎や美羽、霞たちエージェントは、助平自身が卓越した知略で指示を出していると完全に信じ込んでいる。


『……助平坊や。無駄話はいいわ、早く状況を伝えなさい』


インカムから響く雪の冷たく、絶対零度の声に、助平は冷や汗を拭いながら咳払いをした。


「……コホン。問題は、御影の動きじゃ。奴は今、全魔力を持子嬢の治癒に回しておるため、自身は地下50メートルの最深部から動けん。じゃが、奴は東京に渦巻く『怨念』や『呪い』の力を一部使い、地下鉄や旧下水道のネットワークに、無数の『魔界』や『異界』の門を開け放ちおった」


高子がメインモニターに映像を映し出す。

そこに映っていたのは、文字通りの地獄絵図だった。地下鉄のホームやトンネルを、多種多様な魑魅魍魎が徘徊している。

名もなき低級な妖から、聖書から抜け出してきたような悍ましい姿の天使、西洋の悪魔、UMA(謎の生物)、そして戦の怨霊まで。御影の底なしの絶望に呼応した、あらゆる世界のバケモノたちが、理不尽に混ざり合って地下空間を埋め尽くしていたのだ。


「奴らは結界の性質上、地上には出られん。じゃが、地下に突入しようとする自衛隊や我々の部隊にとっては、最悪の障害となる」


『洋助。そして、桐子』


インカム越しの雪の指示を受け、高子がマイクを取って前線に立つ二人に呼びかけた。


「お兄ちゃん、桐子さん、聞こえる? あんたたちの立ち位置、控えめに言って地獄だから覚悟してね」


通信の向こう側で、「武器の天才」風間洋助と、「絶対浄化」の力を持つ八咫烏の葉室桐子が息を呑む音が聞こえた。


「高子からの指示を伝えるわ」と、助平が雪の言葉を代弁する。


「洋助、桐子。お前たち二人は遊撃部隊として、この地獄と化した地下浅層を駆け回れ。ミッションは三つじゃ」


助平は指を三本立てた。


「一つ、地下に蠢く魔物たちを退治して道を切り開くこと。二つ、孤立したTIAや協力クランの仲間たちを助けること。そして三つ……我々をテロリストとして攻撃してくる自衛隊『極暑』の部隊が魔物に全滅させられそうになったら、奴らも助けてやれ」


「……はあ!? 冗談キツイぜ、爺さん!」


通信機越しに洋助の絶叫が響く。無理もない。自衛隊の戦車に砲身を向けられ、命を狙われながら、その自衛隊を魔物から守り、さらに味方も救う。常軌を逸したマルチタスクである。


「お任せください、洋助さん。持子さんのため、そしてこの東京のため、不肖・葉室桐子、全霊を尽くします!」


「桐子!? 君、真面目すぎるよ! ああもう、やるしかないのか!」


洋助の悲鳴と、桐子の神聖なる光の爆発音が通信越しに響き、回線が切れた。


「すべての道は、洋助たちがこじ開ける。お前たちは、その奥へ進め」


助平(を通して語る雪)の言葉に、指令室の面々は静かに武器を構えた。

本多鮎、花園美羽、そして氷川神社の巫女である風間楓。

霞涼介、天草・クリストファー・流星、土御門朔夜、葉室鶴子。

持子に魅入られ、持子に救われた7人の愚か者たち。

彼らは互いの顔を見合わせ、言葉を交わすことなく深く頷き合った。

組織の垣根も、信念の違いも、今はどうでもいい。

国家のテロリストになろうが、破門されようが、地獄の底まで落ちようが構わない。目的はただ一つ、あのバカみたいに大食らいな魔王を、この世界に連れ戻すことだけだ。

かくして、かつてない規模の総力戦の幕が上がり、**「特級魔王・救出パーティ」**が、深い地下の暗闇へとその足を踏み入れたのである。


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