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『帝都霊脈戦争 ― 魔王奪還までの七日間』

✴︎『帝都霊脈戦争 ― 魔王奪還までの七日間』


その常軌を逸した生命力と、自分を助けた矛盾した優しさを前に、御影は大きく目を見開いた。

彼は今日、この狂った帝都・東京を道連れにして、すべてを終わらせて死ぬつもりだった。何十年もの間、地下の霊脈に繋がれ、数千万人の「怨念」や「呪い」の汚泥を濾過し続けるだけの「生きた楔」としての生。そこには希望も、絶望すらもとうに擦り切れ、ただ底なしの虚無だけが広がっていたはずだった。

だが、今、自分の目の前で血を流し、風穴だらけの身体を無理矢理に繋ぎ止めてまで「お前を倒す」と不敵に嗤う少女の姿を見た瞬間。

御影の空っぽだった心臓の奥底で、かつて感じたことのない強烈な「執着」の炎が、ボワリと音を立てて燃え上がった。


(……ああ。なんて美しいんだろう)


それは、彼が数十年ぶりに抱いた、純粋な「エゴ」だった。

こんなにも眩しく、力強く、そして規格外に愚かな存在がいるのなら。この冷たい闇の中で永遠に続く地獄の底にも、ほんの少しだけ、熱が灯るかもしれない。


「……気が変わったよ」


御影は静かに呟くと、クレーターの底からふらりと立ち上がった。

次の瞬間、彼の足元から、文字通り「死の泥」のような漆黒の呪力が爆発的に広がり、周囲の空間そのものを重圧で押し潰した。


「がはっ……!?」


「くそっ、体が……ッ!」


霞涼介、天草・クリストファー・流星、土御門朔夜、葉室鶴子。各組織が誇る4人のエリート工作員たちは、咄嗟に立ち上がろうとしたものの、まるで見えない巨大な杭で四肢を大地に打ち付けられたかのように、地面に這いつくばらされた。御影が放った圧倒的な濃度の呪術による、絶対的な拘束魔法だった。

彼らは指先一つ動かすことができない。しかし、彼らは決してただの「やられ役」ではなかった。

死の恐怖に歯の根を鳴らしながらも、彼らのエリートとしての頭脳は、次の反撃の糸口を掴むためにフル回転していた。

御影は、地に伏す4人を見下ろすことすらなく、ただ熱に浮かされたような瞳で持子だけを見つめながら、冷徹に宣言した。


「これより、東京の地下50メートル以下を、僕の『魔界テリトリー』とする。君たちには、1週間の猶予を与えよう。1週間後に、東京のすべてを僕の物とする。そして、この規格外の化け物(持子)は、僕の『花嫁』としてもらっていく」


その傲慢で絶対的な宣言に対し、地面に縛り付けられた霞が、口内に溜まった血を吐き出しながら鋭く問い詰めた。政府機関「彼岸花」の頭脳としての、決死の情報収集である。


「……ふざけるな。なぜ『1週間』だ? 貴様ほどの力があれば、今すぐこの帝都を沈めることも可能なはずだ。地下で何を企んでいる? 儀式のトリガーは何だ!」


「その通りですわ!」


鶴子が、泥にまみれた顔を険しくして霞に続く。「八咫烏」の誇り高き大和撫子として、彼女は敵の真意を削り出そうと声を張り上げた。


「『猶予』などと恩着せがましいことを! それは、地上にいる数千万の東京都民が避難するための時間を与えたとでも言うつもりですか! 貴様のような怨霊の集合体に、そのような慈悲があるとは到底思えません!」


「慈悲、か。……そうだね」


御影は少しだけ面白そうに目を細め、初めて4人の方へ視線を向けた。


「君たちの言う通り、都民が逃げたければ逃げればいい。1週間あれば、遠くへ逃げられるだろう? もはや、僕にとってはどうでもいいことなんだ。僕の世界の『中心』は、今、書き換わったからね」


「質問に答えろ、悪魔ッ!」


流星が、十字架を握りしめるはずの拳を地面に叩きつけながら吠えた。「聖三条騎士団」の騎士としての怒りが爆発する。


「彼女を『花嫁』だと!? そのふざけた妄言の果てに、彼女の魂をどうするつもりだ! 貴様の『魔界』とやらの正確な座標を吐け!」


「座標……? あはは。そうだねぇ、強いて言うなら、この帝都に張り巡らされた『大日本帝國の呪術グリッド』の最深部、かな」


朔夜が、その言葉にハッと息を呑んだ。「六壬」の陰陽師である彼には、その意味する絶望的な深さが即座に理解できたのだ。


「……まさか、龍脈(霊脈)の源流そのものを魔界に作り変える気か……! そんな真似をすれば、彼女の魂どころか、存在の概念ごと貴様の呪いに飲み込まれてしまうぞ!」


「飲み込まれる? 違うよ。僕たちは『一つ』になるんだ」


御影はそう答えると、それ以上はエージェントたちの言葉を無視し、よろめきながらも真っ直ぐに立っている持子の前へと歩み寄った。

持子は、全身の致命傷から流れ出る血を極黒の魔力で無理矢理に抑え込んでいたが、限界はとうに超えていた。その黄金の瞳の焦点が、わずかにぼやけ始めている。


「……小僧。どこへ行く気だ……。わしは、貴様を……」


「しーっ。もう喋らなくていいよ」


言うが早いか、御影は持子の細い顎をそっと持ち上げ、その青白い唇を、持子の唇に強引に押し当てた。


「んむっ!?」


エージェントたちが絶望の悲鳴を上げようとした、次の瞬間。

御影が「痛ッ」と小さく呻き声を上げ、身体をビクンと震わせた。

意識を手放しかけていたはずの持子が、怒りのあまり、自分にキスをしてきた御影の唇を、全力で噛みちぎる勢いで噛みついたのだ。

御影が慌てて唇を離すと、彼の美しく儚げな唇から、一筋の赤い血がツーッと流れ落ちた。


「……あはは。本当に、君は最高だ。気に入ったよ」


御影は自身の唇から流れる血を指で拭い、それをゆっくりと舐め取りながら、狂気と歓喜に満ちた笑みを浮かべた。

痛みを伴うその感触すらも、今の彼にとっては「彼女が自分に与えてくれた確かな熱」として愛おしかった。

なぜ彼が、今すぐ帝都を滅ぼすのをやめ、1週間という不可解な猶予を与えたのか。

霞たちがどれだけ頭脳を回転させても辿り着けないその「真実」は、極めてシンプルで、かつ狂気的なものだった。

持子が受けた傷は、本来なら確実に死に至る致命傷である。向こうの景色が見えるほどの風穴が三箇所。この穴だらけになった規格外の魔王の命を繋ぎ止め、完全に肉体を再生させるためには、御影自身の持つ途方もない呪力と魔力を、「持子の治癒」に全振りしなければならないのだ。

それはつまり、彼がこの日のために何十年もかけて蓄積してきた「世界を滅ぼすための魔力」を、たった一人の少女を救うためだけに根こそぎ消費することを意味していた。

世界を壊すことよりも、彼女を生かすことを選んだ。

儀式に必要なエネルギーが枯渇する。だからこその「1週間の猶予(チャージ期間)」だった。


「少し、眠るといい。君が目覚める頃には、新しい世界が用意されて、新しいキミになっているはずだから」


御影がそっと囁くと、持子の身体からついに力が抜け、大きな身体がグラリと傾いた。御影は意識を手放した持子を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく抱きかかえる。


「持子ォォッ!!」


「待て、貴様ァァァッ!!」


霞と流星が、喉が裂けるほどの声で叫ぶ。

しかし、彼らの声が届くよりも早く、御影と持子を取り囲む空間が、水面のようにぐにゃりと歪んだ。


「じゃあね、番犬の皆さん。……もし彼女を取り戻したいなら、せいぜい足掻いてごらんよ。もっとも、僕の『魔界』に辿り着ける人間がいれば、の話だけど」


冷酷な嘲笑を最後に、御影は意識を手放した持子を抱きかかえたまま、空間の歪みへと沈み込み、帝都の地下深く、冷たい魔界の底へと姿を消した。

あとに残されたのは、拘束が解けてクレーターの底に倒れ伏す4人のエリートたちの、絶望と怒りに塗れた荒い呼吸の音だけだった。

上空では、第二射の充填を終えた天叢雲の不気味な光が、主を失った地上をただ虚しく照らしていた。


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