『天より降る断罪と、極黒の魔王』
✴︎『天より降る断罪と、極黒の魔王』
✴︎冷徹なる天の断罪
同じ頃。
帝都・東京の地下深層に位置する、内閣府・第七神祇課『彼岸花』の専用オペレーションルーム。冷たい青白い光を放つ巨大なメインモニターには、高度数百キロメートルの軍事衛星から送られてくる高精細な光学・霊力複合映像が映し出されていた。
そこに映っていたのは、赤く染まった新宿御苑のベンチで、並んで大福とシュークリームを食す二人の姿だった。
「……驚いたな。まさか、向こうから同じ座標に収まってくれるとは」
国家の調整官たる赤城太郎室長は、銀縁眼鏡の奥で冷徹な目を細めた。彼の脳内で、感情を一切排した冷酷な計算式が弾き出されていく。
帝都を終わらせようと目論む国家最大の脅威である黒幕(御影)。そして、自衛隊すら手こずる規格外の力を持った制御不能の特級危険物(持子)。この二つの「爆弾」が、今、完全に無防備な状態で、たった数メートルの距離に座っている。
「千載一遇、いや……神がこの国に与えた最後の慈悲か」
赤城は決断した。ここで両者を同時に消し去れば、帝都の危機は去り、同時にTIAの圧倒的な優位性も大きく崩すことができる。
彼は迷うことなく、コンソールパネルの最深部にある物理プロテクトを解除し、『彼岸花』が他省庁にも秘匿して極秘裏に運用する**『衛生軌道上・超高出力霊子レーザー兵器(コードネーム:天叢雲)』**の起動シークエンスに入った。
「なっ……赤城室長!? 何をされているんですか!」
メインオペレーターの悲鳴に近い声が、張り詰めた司令室に響き渡った。
「対象の周囲半径十メートル以内に、味方の潜入工作員1名とクラン工作員3名近接しています! TIAや自衛隊、各クランへの事前通達も行われていません!」
さらに、後方の監視ブースから、政府上層部の監視官たちが血相を変えて飛んできた。
「赤城くん、君は狂ったのか! 総理の決裁も、防衛省との調整もなしに軌道兵器を使うなど、完全な独断専行だ! 現場の被害はどうするつもりだ!」
「直ちにシークエンスを中止しろ! これは越権行為だぞ!!」
怒号と警告のアラートが司令室を埋め尽くす。しかし、赤城は微動だにせず、手元のコンソールに最終承認のパスワードを打ち込み続けた。
「……五月蝿いですね。国家の癌細胞と、猛毒の劇薬が一つに集まる奇跡など、二度と起こらない。犠牲を伴わぬ防衛など、絵空事に過ぎないのですよ」
赤城の冷たい声が、監視官たちの怒号を凍りつかせた。
「工作員4名の命と引き換えに、数千万の都民の命が救われる。これほど安い買い物はない。……それに、現場の処理なら後でいくらでも『なかったこと』にできます」
「ターゲット・ロック。天叢雲、発射カウントダウン開始。10、9、8……」
無機質な機械音声が響き渡る中、赤城は強引に天叢雲の発射プロセスを推し進めた。宇宙空間の衛星軌道上では、旧帝國の遺産と現代科学が融合した巨大な砲塔が展開し、絶死の霊子エネルギーを臨界点までチャージし始めていた。
赤城は手元のインカムのスイッチを押し、現場の茂みに潜む霞涼介の回線へと直接通信を繋いだ。
『霞。これより10秒後、軌道上から極秘レーザー兵器による面制圧を行う。貴様はそこで両者の逃亡を阻止し、時間稼ぎをしろ。国のために死ね』
――場面は変わり、地上。新宿御苑。
インカムから聞こえた赤城の無慈悲な命令に、茂みに潜む霞涼介の呼吸が止まった。
霞の超優秀な官僚的頭脳が、瞬時に現状を分析し、最適解を模索する。
(室長の言う通りだ。ここで黒幕を押さえ込めば、国は救われる。俺の命一つで済むなら……)
しかし。
彼自身の完璧な計算式を、どうしようもないノイズが激しくかき乱した。
それは、ほんの数日前の記憶。自分が分刻みで作成した完璧なエクセルのスケジュール表を秒で破り捨て、時価5万円のメロンパフェを前菜代わりに平らげた後、路地裏の薄汚れたジャンクバーガー店で大口を開けて笑っていた、一人の少女の顔だった。
ジャンクバーガーをナイフとフォークの神速さばきで食べる自分を見て、涙を流して大爆笑していた持子の、あの太陽のような笑顔。
(……俺は、あのくだらない日常を、あいつの笑顔を、国のために見殺しにするのか?)
「……っ、ふざけるなッ!」
霞の口から、優秀な官僚らしからぬ、感情むき出しの絶叫が迸った。
彼は国家への忠誠も、自身の命も、完璧な予定表もすべてを投げ捨て、持子を突き飛ばして射線から外すべく、茂みから猛然と飛び出した。
同時に、霞への極秘通信を知らない流星、朔夜、鶴子の3人もまた、空から迫り来る「神の怒り」にも似た圧倒的な殺意を本能で察知していた。
彼らもまた、所属する組織の目的など完全に忘れ去り、ただ一人の破天荒な悪友を助けるためだけに全速力で地を蹴った。
「逃げろ、持子!!」
霞の悲痛な叫び声が響く。
走りながら、陰陽庁の土御門朔夜はダボダボのカーディガンから無数の護符を放ち、上空に向かって何重もの式神の盾を展開した。
古神道結社『八咫烏』の葉室鶴子も、美しい扇子を翻し、己の神術の粋を集めた強固な防衛結界を瞬時に空中に編み上げる。
そして、聖三条騎士団の天草・クリストファー・流星と霞涼介は、己の全霊力と身体能力を両足に込め、持子の元へ神速で駆け抜けた。
4人のエリートたちが、己の身を挺して彼女の盾になろうとしたその瞬間。
誰よりも早く、頭上の致死の光に気付いていた持子が動いた。
「馬鹿者どもがッ!!」
持子は逃げるどころか、自分を助けようと集まってきた4人のエリートたちを両腕で強引に抱き寄せ、力任せにその場に伏せさせた。
「うわっ!?」「きゃあっ!」
同時に、彼女の身体から漆黒の霧が爆発的に噴き出す。持子が持つ『極黒の魔力(覇気)』を限界まで圧縮した、あらゆる干渉を弾き返す絶対防御陣の展開である。
その刹那。
持子の黄金の瞳が、ベンチに座ったまま、落ちてくる死の光を虚無の表情で見上げる御影の瞳と交差した。
本来なら、この帝都を滅ぼそうとする敵である御影を助ける義理など、微塵もない。ここで見捨てれば、事件は終わるのだ。
しかし、その深い絶望と諦観を宿した御影の瞳を見た瞬間、持子の脳裏に強烈なフラッシュバックが起きた。
それは、彼女が極寒の札幌での記憶。
共に汗を流し、厳しい合気武道の稽古に一緒に励んだ**「幼なじみで兄弟弟子の『竜』」**の面影だった。似ていた。
(……チィッ!!)
持子は盛大な舌打ちと共に、己の理性を蹴り飛ばした。
本来、自分と4人の工作員を守るためだけに構築し、極限まで圧縮していた防御陣を、彼女は限界を超えてさらに拡張し、無理矢理に御影をもその黒いドームの中に引きずり込んだのだ。
直後。
上空数百キロメートルの彼方から放たれた極太の光の柱が、音も、熱すらも置き去りにして、新宿御苑の半径10メートルを瞬時に焼き切った。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
一拍遅れて、空気がプラズマ化する轟音と、大地が蒸発する凄まじい衝撃波が御苑を吹き荒れた。
周囲の木々は一瞬で灰と化し、池の水は沸騰して水蒸気爆発を起こす。
やがて、焦げ臭い煙と土煙が晴れていく。
すり鉢状になった巨大なクレーターの中心。
そこには、持子が展開した極黒のドームが、ひび割れながらも辛うじて形を保っていた。
その下で、霞、流星、朔夜、鶴子の4人、そして御影は、奇跡的に「完全な無傷」で息をしていた。
だが。
「……持子、さん……?」
鶴子が震える声で顔を上げた先。
全員を庇うようにして、大きく両手を広げて立ち塞がっていた持子の身体は、無事では済まなかった。
彼女の絶対防御陣を限界まで広げたことで生まれた僅かな綻びを、天叢雲のレーザーが容赦無く貫通していたのだ。
持子の左肩、右脇腹、そして左大腿部の三箇所には、「向こう側の景色がはっきりと見えるほどの、巨大な風穴」が空いていた。
骨も、肉も、内臓の一部すらもが、綺麗に消滅している。普通の人間なら、即死していてもおかしくない致命傷だった。
「ガハッ……!」
持子は口から大量の赤黒い血を吐き出した。長身の身体がグラリと揺らぐ。
「持子!!」
霞たちが悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、持子はそれを片手で制止した。
彼女は、スッカラカンになった体内の僅かな残滓魔力をかき集め、極黒の霧を物理的な質量へと変換し、無理矢理に自分の傷口に蓋をして血止めを行った。
バキリ、という不気味な音と共に、無理矢理に身体を繋ぎ止められた持子は、穴だらけの痛々しい身体でゆっくりと立ち上がった。
そして、己の血で口元を赤く染めながら、ベンチから崩れ落ちて呆然と座り込んでいる御影をビシッと指差し、不敵に、狂気すら孕んだ声で嗤ったのだ。
「……フン。これしきの風穴、どうという事はない! わしはこれから、貴様のその捻じ曲がった根性を叩き直しに、倒しに行ってやる。だから、震えて待っておれ!!」
その常軌を逸した生命力と精神力。
世界を滅ぼそうとする自分を、自分の命を削ってまで助けたという、矛盾に満ちた規格外の優しさ。
虚無の底で死を望んでいた御影は、黄金の瞳を爛々と輝かせる魔王の姿を前に、大きく目を見開いた。




