『逢魔が時の邂逅 ――魔王と楔の少年』
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✴︎ 『逢魔が時の邂逅 ――魔王と楔の少年』
✴︎新宿御苑の邂逅と、黒幕の血を吐くような独白
夏休み前日の七月十九日、午後六時。
帝都・東京は、昼間の凶暴な熱気をアスファルトの底に燻らせたまま、ゆっくりと逢魔が時へと足を踏み入れようとしていた。
見上げる夏空は、まるで誰かが無造作に血糊をぶち撒けたかのような、毒々しくも美しい赤に染まっている。ジリジリと肌を焼く西日が木々の隙間から差し込む新宿御苑は、ひぐらしの鳴き声がシャワーのように降り注ぎ、むせ返るような緑の匂いと湿気に満ちていた。
普段なら観光客やカップルで賑わうはずの広場から少し離れた、静かな木陰のベンチ。
そこに、恋問持子は一人で腰を下ろしていた。
芸能事務所「スノー」に所属する世界的トップモデルであり、私立聖ミカエル学園芸能科の3年生でもある彼女は、175センチの長身と神が計算し尽くした「黄金比」のプロポーションを、ゆったりとしたラフな私服に包んでいる。白磁のような肌と黄金の瞳を持つ、絶世の美少女であった。
だが、その神々しい美貌とは裏腹に、彼女の膝の上にはコンビニのビニール袋が無造作に広げられ、そこには山積みのシュークリームが鎮座していた。彼女の魂には、かつて天下を恐怖で支配した暴君・董卓が宿っており、底なしのブラックホールのような胃袋を持つ「暴食」の魔王でもあったのだ。
「……ふむ。やはり甘味は良い。疲れた五臓六腑に染み渡るではないか」
持子は誰に言うともなく独りごちて、三つ目のシュークリームを丸呑みした。
今日はひどく、一人になりたかった。いや、正確には「誰かに呼ばれたような気」がして、ふらりとこの場所へ足を向けたのだ。傍らには、自宅から持参したサーモスの1リットルサイズの巨大な水筒が置かれている。中には、氷をたっぷりと入れた冷たいアイスコーヒーが並々と注がれており、外気との温度差で水筒の表面にはびっしりと水滴が結露していた。
持子が平和に舌鼓を打つ一方で、彼女を取り囲む周囲の茂みの中では、尋常ではない緊張感が張り詰めていた。
彼女を監視し、あわよくば懐柔するために各組織から送り込まれた4人のエリート工作員たち——政府機関「彼岸花」に所属し重力呪具を操る霞涼介、聖三条騎士団に所属し聖拳術を修める天草・クリストファー・流星、陰陽庁執行部「六壬」に所属する土御門朔夜、そして古神道結社「八咫烏」に所属する葉室鶴子の4人が、息を潜めていたのだ。
彼らは持子のあまりにも俗物的で平和なカリスマに当てられ、事実上『アブラとニンニクの紳士同盟』を結ぶ悪友となりつつあったが、それでも任務として彼女の護衛と監視を続けていた。
その時だった。
「——美味しそうだね。少し、隣に座ってもいいかな」
ひぐらしの鳴き声が、ふっ、と途絶えた。
いや、世界から「音」という概念そのものが消失したかのような、圧倒的な静寂。
涼やかな、それでいて鈴を転がすような少年の声が響いた瞬間、茂みに潜む4人の工作員たちは、本能的な死の恐怖に全身の粟を立たせた。霞は息を呑み、流星は十字架を握る手を震わせ、朔夜と鶴子は極度の悪寒に奥歯を鳴らした。
彼らは知っている。目の前に現れた、白い和服を着た儚げな少年が何者であるかを。
彼こそが、帝都を脅かすすべての元凶。絶望の権化であった。
しかし、当の持子は全く動じなかった。
彼女はシュークリームのクリームを口の端につけたまま、黄金の瞳でゆっくりと少年を見上げる。少年は、老舗の高級そうな豆大福が入った紙袋を手に持っていた。
「ほう。なかなか美味そうな大福ではないか」
「ふふっ。君のそれと交換してくれないか? 僕には少し、甘いものが多すぎるんだ」
「よかろう。わしは恋問持子だ。そこに座るが良い」
持子は横にずれ、ベンチのスペースを空けた。御影は小さく「ありがとう」と微笑み、腰を下ろす。
世界の命運を握る、絶対的な覇気を持つ魔王と、虚無を宿した元凶。
二人はベンチで並んで、ごく普通の学生のように豆大福とシュークリームを交換し、平和な雑談を始めた。持子はサーモスの水筒の蓋を開け、紙コップに冷たいアイスコーヒーを注ぐと、無造作に御影へと差し出した。
「ほれ、これも飲め。大福には渋い茶が合うが、この苦い泥水も悪くはないぞ」
「泥水って……あはは、君は本当に面白い人だね。僕の名前は、御影。いただきます」
氷がカランと涼しげな音を立てる。御影はアイスコーヒーを一口飲み、ふう、と息をついた。
やがて、最後の大福を飲み込んだ御影は、ふと虚無の底なし沼のような瞳を、赤く染まった夏空へと向けた。
「……美味しいね。でも、僕には少しだけ、血の味がするんだ。昔からずっと、ね」
「血の味だと?」
持子は残りのシュークリームを咀嚼する手を止め、じっと御影を見据えた。訝しむ持子に対し、御影は自身の細く青白い腕をさすりながら、静かに、ひどく穏やかな声で語り出した。
「僕はね、この国が戦前に作り出した、『八雷神』という呪術兵器の実験体なんだ。いや、唯一生き残ってしまった『失敗作にして成功例』と言った方が正しいかな」
その言葉に、持子の眉が微かにピクリと動いた。『八雷神』。それは、高田馬場囲碁愛好会(TIA)が秘匿し、自衛隊の山本一佐すらも狙う、大日本帝國が遺した負の遺産である。
「何十年も昔、僕は生きたまま肉体を切り刻まれ、骨に直接呪符を打ち込まれ、この帝都の地下に流れる龍脈(霊脈)に魂を強制的に繋がれた。実験の名目は、国家の霊的防衛。でも、その実態は地獄だった」
御影の声が、微かに、しかし激しく震え始めた。夕暮れの熱気の中にあって、彼の周囲だけが絶対零度の冷気を放っているかのようだった。
「君たちには想像もつかないだろうね。数千万の人間が暮らすこの東京で生まれる、ありとあらゆる『怨念』や『呪い』、そのすべての汚泥を、たった一人の身体で濾過し続ける痛みが。毎秒、毎秒、数万本の焼けた針で内臓を刺され続けるような苦痛が、何十年も休むことなく続くんだ。……死にたくても、システムが僕を死なせてくれない。僕は帝都を護るための、都合の良い『生きた楔(ゴミ箱)』だったんだよ」
茂みで聞いていた霞たちは、そのあまりにも残酷な真実に息を呑んだ。国を守護するという大義名分の裏で、一人の少年の永遠の苦痛がこの平和な日常を支えていたという事実に、彼らの信念が揺らいだ。
持子は、無言のままサーモスの氷を揺らした。彼女の黄金の瞳には、かつて孤児院時代に共に合気武道を学んだ兄弟弟子『竜』の面影が、目の前の少年に重なって見えていた。
「……お主が、増上寺や大手町で起きた事件の黒幕か」
持子の低く静かな問いかけに、御影は悲しげに微笑んで頷いた。
「だから、僕は壊すことにした。こんな狂った犠牲の上に成り立つ世界なんて、存在してはいけないと気づいたから。手始めに、増上寺に眠る源義経と武蔵坊弁慶の霊核に呪詛を送り込み、暴走させて『将軍守護結界』にヒビを入れた。あの時は君たちに邪魔されたけれどね。それでもまだ足りなかったから、今度は大手町の平将門公の封印を内部から食い破り、結界を完全に崩壊させた。すべては、この帝都の霊脈を完全に僕の支配下に置くための布石だったんだ」
御影は立ち上がり、持子を見下ろした。その虚無の瞳の奥には、数十年分の深い深い悲哀と、どうしようもない世界への憎悪が、黒いマグマのように渦巻いていた。
「今夜零時。僕は帝都の霊脈を逆流させ、この悲しみに満ちた世界をリセット(初期化)する。何百万の命が消えようと構わない。痛みも、悲しみも、生贄も必要ない『無』の世界を創るんだ」
夕風が吹き抜け、御影の白い和服の裾が揺れる。彼は持子に向かって、すっと細い手を差し伸べた。
御影は、持子から放たれる圧倒的な「魔王の覇気」に、自分と同じ暗闇を生きる同類としてのシンパシーを感じていたのだ。
「……でも、君は特別だ。君のような規格外の存在なら、僕と一緒に新世界へ行ける。争いも痛みもない世界へ招待しよう。君ほどの力があれば、僕の苦しみを分かち合えるかもしれない。さあ、手を取って」
それは、悪魔の誘惑ではなく、救いを求める迷子の子供のような、切実な哀願にも聞こえた。
茂みの工作員たちは、持子がその手を取るのではないかと生きた心地がしなかった。彼女は人間社会のルールなど意に介さない暴君なのだから。
しかし——持子は、口の周りについたシュークリームの甘いクリームを手の甲で無造作に拭いながら立ち上がり、真っ向から一蹴した。
「断る」
「……え?」
「わしの推し(雪)と、この美味い菓子がない世界など、塵芥にも劣るわ!」
持子の言葉には、一欠片の迷いもなかった。
彼女は董卓としての死のトラウマを抱え、孤独な幼少期を過ごしてきた。しかし、恩人である雪や、仲間たちとの絆を通じて、バケモノではなく「人間」として生きる道を選び取ったのだ。彼女にとっての「今」は、手放すにはあまりにも愛おしく、そして美味すぎた。
その清々しいほどの拒絶に、御影は差し出した手を力なく下ろし、悲しそうに目を伏せた。
「……そうか。君も結局、僕から目を逸らす『あっち側』の人間なんだね」
夕陽が沈みかけ、二人の影がアスファルトの上に長く伸びる。
決して交わることのない二つの魂。魔王と黒幕の対話は終わりを告げ、帝都を舞台にした容赦のない最終戦争の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
やっとここまで来ました。最初に作ったプロットの半分です。
持子(董卓)は、高校最後の年です。
タイトル通りJKは今年いっぱいですので、留年しない限り今年で終わりです。




