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『極黒の魔王の夏休み狂騒曲~水着と筋肉と“絶対に正体がバレてはいけない”ウォーターパーク作戦~』

【番外編】極黒の魔王と、水着と筋肉と『絶対にバレてはいけない』狂騒曲ラプソディ


序章:灼熱の太陽と、極黒の魔王の降臨


七月上旬。うだるような熱気がコンクリートの照り返しと共にアスファルトを激しく焼き、遠くの景色が陽炎で揺らぐ、夏休み直前の週末。

東京都内最大級のレジャー施設『東京メガロ・ウォーターパーク』の巨大なエントランス前は、色とりどりの水着や浮き輪を持ち、これから始まる水遊びへの期待に胸を膨らませる一般客でごった返していた。

そんな喧騒の中、周囲の視線を文字通り「独占」している一人の少女がいた。


「ううむ……暑い。暑すぎるではないか! 太陽の奴め、わしを丸焼きにする気か! この絶世の美貌が熱でドロドロに溶けてしまうぞ!」


彼女の名前は恋問持子。芸能事務所「スノー」に所属する世界的トップモデルであり、私立聖ミカエル学園芸能科に通う3年生である。身長175cmの長身と、神が計算し尽くした「黄金比ゴールデンバランス」のプロポーションを持ち、白磁のような肌と黄金の瞳を輝かせる彼女の美しさは、控えめに言っても人類の規格外であった。


しかし、その美しすぎる外見とは裏腹に、彼女の魂には、三国志の時代に天下を恐怖で支配した暴君・董卓とうたくの魂が宿っている。常に上から目線で傍若無人な彼女は、一人称を「わし」と呼び、古風で尊大な喋り方をする、驚くほどの俗物であった。


「ああん、ご主人様! 私の陰に入ってください! あるいは、この私がご主人様の汗を拭き取る極上のタオルとなりましょうか!?」


大学進学を機に髪を鮮やかなピンク色に染めた本多鮎が、鼻息を荒くして持子にすり寄る。彼女はかつてのトップモデルであり、現在はインテリタレントとして活躍しているが、その本性は持子を「ご主人様」と崇める狂信的なマゾヒスト(第一下僕)である。


「ちょっと鮎先輩、抜け駆けはずるいですぅ〜! 持子先輩の美しき汗は、この泥棒猫である私が専用の小瓶に回収して、家宝として末代までお祀りするに決まってますにゃぁ!」


あざとく甘ったるいアイドル声を出しながら反対側から抱きつくのは、花園美羽だ。元清純派アイドルの彼女は重度の窃盗癖クレプトマニアを抱えており、持子に対してドロドロとした重い愛と執着を向けている。


「ええい、鬱陶しい! 駄犬! 泥棒猫! わしにくっついてくるな! ただでさえ暑いのに暑苦しいのだ!」

持子が二人を引き剥がそうと文句を言っていると、少し離れた日陰から、氷のように冷ややかな視線が突き刺さった。


「……先輩。みっともないですよ。あまり騒ぐと一般の方の迷惑になります。離れてください」


腕を組み、一切の感情を排したような冷徹な声で言い放ったのは、赤坂・氷川神社の巫女であり、聖ミカエル学園の2年生、風間楓である。173センチの長身で、16歳でありながら20歳くらいの大人の女に見られるクールビューティーな彼女は、民間霊的組織【TIA】の特級エージェントだ。今日の彼女の態度は、いつも以上にツンツンと尖りきっていた。デレる気配など微塵もなく、絶対零度のオーラを放っている。


「おお、楓! お前は随分と涼しそうな顔をしておるな。どうだ、後輩として、わしをうちわで扇いではくれまいか?」


「……お断りします。ご自分で扇いでください。それに、私はあなたたちの世話係ではありませんので。だいたい、そんなに暑いなら服を脱げばいいじゃないですか」


ぴしゃりと冷たく跳ね返され、持子は「むぅ、今日の楓は冷たいではないか」と唇を尖らせた。

そこへ、エントランスの奥からけたたましい声が響き渡った。


「おーい! 持子ちゃーん! こっちこっち! マジ遅いしー!」


手を振って走ってきたのは、自前の美しい黒髪をツインテールに結び、露出度の高いギャル風の水着の上に薄手のパーカーを羽織った少女。古神道結社「八咫烏」に所属する由緒正しき大和撫子、葉室鶴子である。以前、持子とのデートで強行プロデュースされて以来、すっかりギャルファッションが気に入り、今日は自前の黒髪を活かしたツインテールギャルとしてウキウキで参戦していた。


「チョリーッス! 持子ちゃん、今日もマジパネェ美しさじゃん! ウチ、アガるわー!」


「おお、鶴子! その黒髪のツインテール、なまら似合ってるぞ! わしの見立て通りではないか!」


親友同士の二人がハイタッチを交わす背後には、かつて持子を監視・懐柔するために各組織から送り込まれたエリート工作員たちが控えていた。


「お疲れ様です、恋問さん。本日のプールの混雑状況と日照角度を計算し、最も効率的に全アトラクションを制覇するためのスケジュールをエクセルで作成してきました」と、分厚い防水タブレットを掲げる政府機関「彼岸花」の霞涼介。


「あー……あっつい。もう帰ってクーラーの効いた部屋でゲームしてえ……。なんで休みの日にプールなんて来なきゃなんねーの……」と、ダボダボのUVカットパーカーを着込んで気怠げに呟く陰陽庁「六壬」の土御門朔夜(※可憐な美少女にしか見えない男)。


そして、一人だけ高温のアスファルトの上に正座し、深く頭を地面に擦り付けている金髪碧眼の超絶美形ハーフ騎士がいた。聖三条騎士団の天草・クリストファー・流星である。


「恋問殿……! 以前のデートで、貴女様からの『友として遊ぼう』という温かいお言葉を、私のちっぽけな狂信とプライドで払いのけてしまった大罪……! いかなる罰も受けます! どうか、どうかこの愚かな私にみそぎをお与えください……! 私の背中を鞭で打ってください!」


周囲の一般客が「えっ、何あのイケメン、土下座してる……」「ヤバい宗教?」「撮影かなにか?」とヒソヒソ声を上げる中、流星は血の涙を流さんばかりの勢いで懺悔していた。


「ええい、目立つではないか! 立て、流星! そんな昔のこと、わしはとうに忘れたわ! 今日は遊ぶために来たのだ、友としてな! わしは貴様を許すから、とっとと面を上げろ!」


「おおお……! 主よ、この極黒の魔王のなんと慈悲深きことか……! アーメン!」


流星が感涙にむせび泣きながら立ち上がったその時である。


「おっす! 待たせたな、みんな!」


快活な声と共に現れたのは、小柄ながらも引き締まった体躯を持つ女子と、カマキリのように鋭利な雰囲気を持つ細身の男だった。

聖ミカエル学園・合気武道部の仲間である、千手美貴と森盛夫である。二人はしっかりと手を繋いでおり、恋人同士の甘い空気を隠そうともしていなかった。

その二人の姿を見るなり、これまで傍若無人に振る舞っていた持子は、パッと明るい顔になり、まるで気心の知れた親友同士のように手を上げた。


「おう! 千手! 森! 遅いぞ! わしを太陽の生贄にする気か!」


「悪い悪い! 電車がちょっと遅れちまってさ。いやー、それにしても持子、相変わらずすげー目立ってんな。モデルのオーラダダ漏れじゃん」


細身の森がカラカラと笑い、小柄な千手が持子の肩を軽く小突く。

持子にとって、自分を合気武道部に迎え入れてくれた彼らは、特別な存在だ。組織のヒエラルキーや裏社会の思惑など一切関係ない、純粋な「対等の友達」なのである。


「ふはは! 当然であろう! わしの美貌は隠そうとしても隠しきれぬからな! 」


千手と森は合気武道の使い手であり、プロの格闘家とも互角に渡り合えるほどの強さを持つ「人間として超強い」二人だが、彼らは魔法や術、クランの存在など一切知らない、ごく普通の高校生である。当然、持子たちが裏社会でドンパチやっていることや、董卓の魂がどうのこうのということなど知る由もない。

しかし、談笑していた二人の視線は、不意に持子の横で控えているピンク髪の美女に釘付けになった。


「お、おい千手……あの人って……」


「嘘でしょ……本多鮎さん!? なんで超トップモデルで、今はインテリタレントとしてテレビに出まくってる本多先輩がこんなところに!?」


二人が直立不動で深々と頭を下げるのを見て、鮎は激しく動揺した。普段、持子陣営の中では「ただのバカな犬」として扱われ、楓には見下され、美羽とは泥棒猫と罵り合っている彼女が、一般人からここまで純粋な尊敬の眼差しを向けられるのは久しぶりだったのだ。


「えっ、あ、はい! 本多鮎です! ふ、普段はタレントとして頑張ってますぅ! 今日は持子……ちゃんのお友達として遊びに来ましたっ!」


鮎は必死に猫をかぶり、アイドルスマイルを作って握手に応じた。心の中では(ご、ご主人様をちゃん付けで呼んでしまった……! あとでどんな罰を……!)と冷や汗をかきながら。

その瞬間、持子、楓、美羽、そしてエージェントの四人の間で、声なきテレパシー(アイコンタクト)が激しく飛び交った。


(……おいお前ら、分かっておるな。千手と森は、魔術もクランのことも何も知らない『ただの強い一般人』だ! 決してわしらの正体を悟られるな!)


(ええ。ここで私たちの素性がバレたら、聖ミカエル学園での平穏な日常が終わります。絶対に、能力者だと悟られてはいけません)


(マジかよ、今日一日『普通の高校生』のフリしなきゃなんねーのか……めんどくさ……)


(主よ、我に一般人として振る舞うという、新たな試練をお与えくださるのですね……!)


そう、彼らにとっての今日の最大のミッションは、「千手と森に能力がバレないように、完全自粛してプールを楽しむこと」に決定したのである。



第一章:水着とオイルと、隠しきれない本性


更衣室を抜け、一行がプールサイドに姿を現すと、周囲の空気が一変した。

特に持子の水着姿は圧巻だった。黒を基調としたシックでありながら挑発的なビキニは、神が計算し尽くした黄金比のプロポーションを惜しげもなく披露している。


「さあ、まずは日焼け止めだ! わしの背中に塗る栄誉を与えてやろう!」


持子がプールサイドのビーチチェアにうつ伏せになると、待ってましたとばかりに美羽が飛び出してきた。


「はいはいはい! クソがぁッ! 泥棒猫の私が優しく隅々まで塗ってあげますにゃぁ!」


美羽が高級サンオイル(※売店から無意識に略奪しそうになったものを慌てて雪のカードで買ったもの)を手に取り、持子の背中にまたがろうとする。


「させません! ご主人様の背中は第一下僕であるこの私が……ッ!」


と、鮎が飛び出そうとしたその瞬間。


「おお……さすが本多先輩。立ち振る舞いからしてトップモデルのオーラが違うぜ……。あの凛とした佇まい、隙がない」


「ええ。あんな風に優雅にパラソルの下にいるだけで絵になるなんて……。さすがテレビに出てる人は違うわね」


少し離れた場所で、森と千手がキラキラした尊敬の眼差しで鮎を見つめていた。


(……ッッッ!! し、しまった! ここで私が泥棒猫と取っ組み合いの喧嘩をして「ご主人様のお背中を流させろ!」などと喚き散らしたら、一般人の後輩たちの前で『トップモデル・本多鮎』の社会的な尊厳が完全に死ぬ!)


鮎は血の涙を流さんばかりの顔でピタッと動きを止め、ギリィッと手にしたタオル(ハンカチ代わり)を噛み締めた。


(おのれ泥棒猫……! 今日だけは、今日だけは一般人の手前、譲ってやります……! しかし心の中では、私がご主人様の背中を舐め回すように塗っているのですからね!)


鮎が悔しさに身悶えする中、持子は「ふむ、今日は泥棒猫一人か。まあよい、しっかり塗るのだぞ」と、美羽のオイルマッサージを気持ちよさそうに堪能していた。

その後、一行はそれぞれ思い思いにプールを満喫し始めた。

波の出る巨大プールでは、流星が「主よ、この穢れなき水をもって、迷える魂たちに洗礼を……」と真顔で十字を切りながら、人工的に作られた大波に真正面から呑まれていた。


流れるプールでは、朔夜が浮き輪にすっぽりとハマったまま「あー、流れるのすらめんどくさい……。このまま海まで流してくれ……」と完全に無気力状態で漂っている。


霞は「流体力学に基づいた最も抵抗の少ないストロークを……」とエクセルで計算した通りに泳ごうとして、計算外の他人の水飛沫にあっさりバランスを崩し溺れかけていた。


鶴子は自前の黒髪ツインテールを揺らしながら、「マジ映えるー! チョベリグ!」と防水スマホで自撮りを連発している。


森と千手は、水中で「水の抵抗を利用した合気武道の円運動」の特訓を真面目に行い、一般人離れした強さと体幹を発揮して周囲の客を驚かせていた。


そんな平和な(?)光景の中、パラソルの下で一人涼んでいた持子のもとに、見慣れた爽やかな人影が近づいてきた。


「やあ、持子ちゃん。奇遇だね。こんなところで会うなんて」


「おお、洋助ではないか! 貴様も遊びに来ておったのか」


声をかけてきたのは、楓の兄であり、TIAの次期トップ候補である風間洋助だった。極めて誠実な性格だが、「無自覚に女性を口説き落とし狂わせる」天性のタラシ体質を持つ彼は、爽やかな水着姿で周囲の女性客の視線を無自覚に集めていた。

洋助は、黒いビキニ姿でパラソルの下に座る持子を見て、ふっと優しく、そして甘い微笑みを浮かべた。


「それにしても……本当に綺麗だね、持子ちゃん。今日の水着姿、まるで女神みたいで……正直、ちょっとドキドキしちゃったよ。太陽の光すら、君だけを見つめているみたいだ」


さらりと、あまりにも自然に放たれた無自覚タラシの直球ストレート。

その言葉を聞いた瞬間。


(――――ッッッ!?!?)

持子の心臓が、トクン、と大きく跳ねた。

顔がカッと熱くなり、指先が微かに震える。それは、絶世の美女「貂蝉」としての肉体が、そして持子という一人の少女の中に僅かに残っていた『女』の部分が、純粋にイケメンからの甘い言葉にときめいてしまった証拠だった。


(な、なんだこの胸の高鳴りは! わ、わしは今、男の言葉にドギマギしておるのか!? この顔の熱さはなんだ! 恥ずかしいではないか!)


しかし、その乙女の動揺は、コンマ一秒後には巨大な黒い影によって完膚なきまでに叩き潰された。


(ええい、落ち着けわし!! わしの中身は三国志の暴君、魔王・董卓ぞ! 髭面のムサ苦しいオッサンぞ! イケメンの言葉にときめくなど、魔王の矜持に関わるわ!!)


持子はブルブルと首を振り、無理やり『男』の魂を前面に押し出した。


「ふ、ふはははは! 当然であろう洋助! わしを誰だと心得ておる! この絶世の美貌の前では、太陽すらも傅くというものだ! 貴様もわしの美しさにひれ伏すがよい!」


「あはは、相変わらず持子ちゃんは元気だね」


女としてのときめきを強引に魔王の傲岸不遜さで上書きした持子を見て、洋助は爽やかに笑った。

だが、その微笑ましい光景を、背後から猛烈な殺気を放って見つめている黒髪の美女がいた。古神道結社「八咫烏」の次期代表であり、洋助の婚約者である葉室桐子だ。


「洋助様……私という婚約者がいながら、他の女に甘い言葉を……ああ、浄化神術『天照あまてらす』でこの一帯を……!」


桐子の指先から、あらゆる邪気を蒸発させる極限の光が漏れ出しそうになった瞬間。


「ストォォォップ!! 桐子さん、能力禁止!! 一般人(千手と森)が見てますから!!」


霞と美羽が猛スピードで桐子に飛びつき、物理的にその腕を羽交い締めに抑え込んだ。


「な、何をなさるの! 離して!」


「ダメです桐子さん! 今日はあそこに『一般の方』がいるんです! 神術とか絶対禁止ですから!」霞が必死に耳打ちする。


「あ、あの二人、合気武道部の友達だから! 能力見せたらマジでヤバいんだって!」美羽も焦りまくる。


「……っ! わ、分かっておりますわ……!」


千手と森が「どうかしましたか?」と不思議そうに近づいてくるのを見て、桐子はしぶしぶ浄化の光を体内に収め、「ほほほ、何でもありませんわ。少し準備体操をしていただけです」と不自然な笑顔を作った。


「おや、そちらの銀髪の可愛らしいお嬢さんは? 楓の友達かな?」


無自覚なタラシ体質の洋助が、パーカーを着た朔夜(※男)に向かって爽やかに微笑みかけたが、桐子が再び爆発しそうになったため、一行は洋助たちと適度な距離を保つことにした。



第二章:暴食の魔王と、房中術のみそぎ


昼時。プールのフードコートにて。


「おばちゃん! ラーメン五杯、唐揚げ特盛り三皿、フライドポテト山盛り、焼きそば三個、あと食後にクレープと巨大パフェを頼むぞ!」


底なしのブラックホールのような胃袋を持つ「暴食」の魔王、持子の本領発揮である。脂っこい肉やジャンクフードを愛する彼女の前に、次々と高カロリーな料理が積み上げられていく。


「なまら美味いぞ! プールで泳いだ後のジャンクフードは最高だ!」


極度に興奮して北海道弁を丸出しにしながら、持子は豪快にラーメンをすする。その光景は、絶世の美少女の姿とは全く釣り合わない、どこかのオッサンのような食べっぷりだった。


「ふむ、これだけの量を頼むとなると、お会計が複雑ですね。エクセルで割り勘の計算をしましょう。ええと、総額を人数で割って、分数を……」


霞が論理的に提案した瞬間、持子の表情が一気に険しくなった。


「貴様ァッ!! 楽しい食事の席で、人間を上下に串刺しにする邪悪な古代の呪術(分数)を使う気か! 分母というおぞましい呪詛を使うなと何度言ったらわかるのだ!!」


持子が立ち上がり、魔王の威圧感で霞を睨みつける。数学が壊滅的にできない持子にとって、分数はこの世の絶対悪なのだ。


「まあまあ、持子。落ち着けって」 


騒ぎを止めたのは、森だった。彼は細身の体からスッと立ち上がると、千手と顔を見合わせて頷き、財布を取り出した。


「今日の昼飯代は、俺と千手で払うよ」


「ほう?」持子が目を丸くする。


「いいんだよ。あの夜の件、まだちゃんとお礼してなかっただろ? そのみそぎみたいなもんだ。今日は俺たちの奢りだ。遠慮せず食え!」


千手もニッと笑って親指を立てる。

あの夜の件。

それは数週間前のことである。恋人同士である森と千手は、ついに結ばれる夜を迎えた。しかし、鍛え上げられた武道家同士であるがゆえの緊張か、はたまた相性の問題か、森の「男」がどうしても千手の中に入らないという緊急事態が発生したのだ。

焦った二人が藁にもすがる思いで助けを求めたのが、同じ合気武道部の仲間である持子だった。

持子は、かつて後宮に数多の美女をはべらせた暴君・董卓の魂を持っている。その知識の中には、古代中国から伝わる究極の性愛術『房中術ぼうちゅうじゅつ』の秘伝が刻み込まれていたのだ。


持子は二人の切実な悩みに応え、「ふはは! 任せておけ! わしの『房中術』は漢の時代から無敗よ!」と、龍が滝を登るような角度や、陰陽の気を調和させる呼吸法など、極めて実践的かつディープな夜の技術を真顔で指導した。


結果として、持子の指導のおかげで二人は見事に結ばれ、最高の夜を過ごすことができた。

……ただし、その指導と実践が行われたのは『持子の部屋のベッド』であり、興奮しきった二人にベッドを占領された持子は、仕方なく部屋を追い出された。


「ふむ。なるほど、あの夜の房中術とベッド占拠の件か」


持子は腕を組み、尊大な態度で頷いた。


「わしの漢代から伝わる皇帝の秘術を授け、見事に事を成し遂げたのは大いに褒めてやろう。だが! 恩人であるわしを部屋から追い出し、わしのベッドを一晩中占拠したのは少々やりすぎだぞ! !」


その言葉に、事情を知らないエージェントたちや楓がギョッとして目を丸くした。


「ぼ、ぼぼぼ、房中術!? ベッドを占拠!? 恋問さん、あなた一体この二人に何を教えて、自分の部屋で何をさせていたんですか!?」


霞がメガネをズレ落としながら叫ぶ。


「……先輩。いくらなんでも、高校生が自分の部屋で破廉恥なことを……」


楓が汚物を見るような冷たい目で持子を睨む。


「ばっ、声がでけーよ霞! 違うって、ただの武道の『特殊な体幹トレーニング』と『密着時の関節の柔軟性』の特訓だよ! な、千手!」


森が必死に一般人向けの(苦しい)言い訳をする。


「そ、そうそう! 持子の『指導』が的確だったおかげで、無事に『技』が決まったって話! ベッドを使ったのは……床だと痛かったからだよ!」


千手も顔を真っ赤にしながら話を合わせる。


「ふははは! 照れることはないぞ森、千手! わしの指導が的確だったのは事実だからな! まあよい、この昼飯代はその時の禊として、奢られてやるのが『当然だな』!」


持子は少しもへりくだることなく、対等の友達としてその申し出を堂々と受け入れた。


「よし! わしは恩着せがましいことは言わん! お前らの心意気、ありがたく頂くぞ! おばちゃん、唐揚げもう一皿追加だ!」


「おう、しっかり食えよ!」


千手と森が安堵の笑みを浮かべる。対等な友達同士の気兼ねない奢りに、魔王の心も大満足であった。



第三章:筋肉とオッサンと、湯けむりの桃源郷


夕方。遊び疲れた一行は、施設に併設された巨大な温浴施設(スーパー銭湯)の女湯に浸かっていた。

(※男性陣の森、霞、流星、朔夜、そして洋助は男湯へ向かっている)

湯気が立ち込める広い岩風呂。

その湯船の奥で、持子の瞳の奥に潜む「三国志の暴君・董卓」が、完全に覚醒していた。


(ふはははは! 見よ、この桃源郷を! 右を見ても左を見ても、うら若き乙女たちの裸体、裸体、裸体! わしのための酒池肉林ではないか!)


持子の口元はだらしなく緩み、その瞳は完全に「スケベなオッサン」のそれと化していた。彼女の魂は董卓なのだ。昼間は洋助にときめいた「女」の部分も存在したが、お風呂場というシチュエーションにおいては、中身のオッサンが完全に主導権を握り、周囲の女性陣の裸をねっとりとしたエロい目つきで舐め回すように堪能しているのである。

これはスノーのメンバーや楓にとっては「いつもの事」であった。


「ああん、ご主人様! そんな熱い視線で見つめられたら、この駄犬、お湯の中で溶けてしまいますぅ! 昼間は一般人の手前我慢しましたが、さあ、私のこの体を存分に隅々までご覧ください!」


ピンク髪の鮎が、隠すどころか逆に持子の前に進み出て、自身のプロポーションを強調するようにポーズをとる。


「抜け駆けクソがぁッ! 持子先輩、泥棒猫の私のこの瑞々しい肌をロックオンしてくださいにゃぁ! 先輩の視線、全部盗んでみせます!」


美羽も負けじと持子の前に立ちふさがり、わざとらしく胸を寄せてアピールする。二人は持子に見られることを、むしろ至上の喜びとしていた。


「ええい、お前ら二人は毎日見飽きておるわ! どけっ! わしが堪能したいのは……そっちだ!」


持子のねっとりとした視線の先には、湯船の端で身を沈めている楓と、無邪気に髪を洗っている鶴子の姿があった。


「……はぁ。また始まったんですか、先輩の男の目」


楓は深くため息をつき、腕で胸元を隠しながらも、完全に諦めたような顔をしていた。


「見るならどうぞ、勝手にしてください。減るもんじゃありませんし。……ただし、触ったら沈めますからね」


相変わらずデレの少ないツンツンした態度の楓だが、持子の視線を拒絶して逃げ出すことはしない。


「持子ちゃーん! どうしたの? ウチの肌、なんか変?」


一方の鶴子は、親友である持子の「中身」のことなど全く気にする素振りもなく、バシャバシャとお湯を掻き分けながら持子のすぐ隣までやってきた。


「見て見てー! 今日一日で水着の跡がついちゃった! ほら!」


無防備すぎる鶴子が、持子の目の前で肌を晒す。


「おおおお! 素晴らしい! 鶴子、その健康的な肌、なまら良いぞ! ……楓! お前もそんな端っこにいないで、こっちへ来い! おいでおいで!」


持子が湯船の中で手招きをする。


「……嫌です。なんで私が行かなきゃいけないんですか」


「いいから来い! 早く来ないとお湯ぶっかけるぞ!」


「……っ。子供ですかあなたは……。仕方ないですね」


楓は露骨に嫌そうな顔をしながらも、渋々といった様子で持子の隣へと歩み寄った。


「ふははは! 左に大和撫子ギャルの鶴子! 右にクールビューティー巫女の楓! これぞ天下統一! わしの人生に悔いなし!!」


普段はガードが固くて見られない二人の柔肌を間近で堪能し、持子(董卓)は湯船の中で至福の雄叫びを上げていた。

そして、その時である。


「ぷはーっ! サウナの後の水風呂からの温泉、最高だな!」


豪快に湯船に入ってきたのは、合気武道部の千手だった。

その姿を見た瞬間、持子(董卓)の視線が完全に釘付けになり、スケベな感情が別のものへと上書きされた。


「な、なんという……!!」


小柄な千手の体は、まさに「鋼鉄」であった。無駄な体脂肪など一切ない、極限まで絞り込まれた細身のマッチョ。腹筋は見事なエイトパックに割れ、肩や腕の筋肉は彫刻のように鋭く隆起している。プロの格闘家すら凌駕する、純粋な「武の結晶」とも言える超筋肉質の肉体美がそこにあった。


(おおおおおお……! なんという恐るべき筋肉の鎧! あれほどの肉体を練り上げるのに、どれほどの修練を積んだというのだ! わしが前世で率いていた屈強な武将たちすら青ざめるレベルの超絶ボディではないか……!!)


スケベなオッサンの目はどこかへ吹き飛び、純粋な武将としてのリスペクトと感動で持子の目がキラキラと輝き始めた。


「千手! お前、すごい筋肉だな! なまらかっこいいぞ! ちょっと触らせてくれ!」


「お? 筋肉褒められるのは嬉しいね。いいよ、触ってみな」


千手が自慢げに力こぶを作ると、持子は「おおお! 硬い! まるで石のようだ!」と大興奮で千手の筋肉を堪能し始めた。鮎と美羽は「あんな筋肉ダルマのどこがいいんですかぁッ!」と血の涙を流していた。

そんな騒ぎから少し離れた洗い場で、桐子は一人静かに体を洗っていた。

桐子は「闇の魔力を絶対殺すマン」としての特殊な知覚能力により、持子の内側から漏れ出る「非常に男臭い、武骨でスケベな気配(董卓の魂)」をはっきりと感じ取っていた。


(……本当に、不思議な方。絶世の美女の皮を被った、むさ苦しいオッサン。しかも昼間は洋助様に一瞬だけ女の子みたいな顔をして……。でも、不思議と嫌悪感はないのよね)


桐子は持子を毛嫌いすることはなかった。むしろ、その裏表のない欲望のままに生きる姿に、どこか清々しさすら感じていたのである。だからこそ、敢えて近づくことはせず、少し離れた場所から静かに見守っていた。


(ふふっ。でも、洋助様にはあんな目つきはさせませんわ。洋助様の視線は、この桐子だけのものですから!)


桐子は一人、愛する婚約者の顔を思い浮かべて頬を染めていた。



終章:夏の夜の風と、帰路のまどろみ


すっかり日が落ち、夜の帳が下りる頃。レジャー施設の広大な駐車場にて、カオスな一日を過ごした一行は解散の時を迎えていた。


「じゃあな、持子! 今日は楽しかったぜ!」


「おう! 次の部活もよろしく頼むぞ、千手、森!」


持子と笑顔で手を振り合い、千手と森はしっかりと手を繋ぎ、恋人同士の甘い雰囲気を漂わせながら夜の街へと歩き出していった。最後まで彼らに能力者だとバレることはなく、最大のミッションは無事に完遂されたのである。


「楓、またな。持子ちゃんも、今日は楽しかったよ」


「洋助様、他の女に笑いかけないでくださいませ! さあ、帰って私の特製オムライスを……」


洋助は苦笑いしながら、腕にガッチリとしがみつく桐子と共に駐車場を後にした。二人の歩く後ろ姿は、紛れもなく東京の平和を危ういバランスで支える恋人同士のものであった。

残されたエージェントの四人。


「さて、私は内閣府の赤城室長へ、本日の魔王のジャンクフード摂取量とプールの滞在時間を報告せねば」


霞がメガネを押し上げながら呟く。


「私も、教会の地下へ戻ります。今日こそは……主の御名のもとに安らかな祈りを」


禊を終えてスッキリした顔の流星が十字を切る。


「あー、マジ疲れた。俺は帰って寝る。報告は適当にでっち上げとくわ」


朔夜がダボダボのパーカーのポケットに手を突っ込んであくびをする。


「ウチも帰るっしょ! ギャル服隠して、また八咫烏の大和撫子に戻んないとね! 持子ちゃん、また遊ぼーね!」


鶴子はツインテールを揺らしながら、足早に去っていった。

彼らはそれぞれ、国家や裏社会の組織への報告という任務、あるいは日常へと戻っていく。

そして、最後に残った「スノー」のメンバーと楓。

駐車場に停められた、ピカピカに磨かれた鮎の愛車、新型CX-5。


「さあご主人様! 私の車の特等席(助手席)へどうぞ! 車内のエアコンは完璧に調整してあります!」


ピンク髪の鮎が、得意げに助手席のドアを開ける。


「抜け駆けクソがぁッ! 持子様、後部座席で泥棒猫の私が疲れた脚をマッサージしてあげますにゃぁ!」


美羽がアイドル声と汚い言葉を入り交えながら後部座席に乗り込む。


「……先輩、私も後部座席で失礼します。美羽さんの暴走を止める監視役が必要ですし」


楓が冷徹な顔で、しかししっかり持子の背中を守るように車に乗り込んだ。


「ふははは! どいつもこいつも騒がしい奴らだ! だが、最高に楽しい一日だったぞ!」


持子は助手席にドカッと座り、大きく伸びをした。


「鮎、安全運転で帰るのだぞ。わしは少し……食いすぎて眠い」


一日中遊び倒し、食べ尽くした暴食の魔王は、黄金の瞳をゆっくりと閉じ、忠犬の運転する車の中で静かな寝息を立て始めた。

夏の夜の生暖かい風が、窓の隙間から入り込み、カオスで騒がしくも、どこか温かい彼女たちの日常を優しく包み込んでいた。


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