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『超高級マカロンと、取り返しのつかない説教』

✴︎戦略的接待と背脂の協奏曲(天草・クリストファー・流星りゅうせい)


***


午後3時00分。

霞からの引き継ぎを終えた流星は、春物の気合いの入った服に身を包んだ、美しすぎる持子を前に、内心で激しくガッツポーズをキメていた。

(おお、主よ! やはり彼女の美貌は神の奇跡! だが、その内側に潜む魔王の魂は、この私が浄化してみせるのだよ!)


「さあ、迷える子羊ラムよ! まずは君の穢れた胃袋……いや、魂を神聖なる甘味で満たそうではないか!」


流星がエスコートしたのは、都内にあるフランス直輸入の超高級サロンだった。

テーブルに並べられたのは、宝石箱のように煌びやかな「奇跡の超高級マカロン詰め合わせ」と、最高級のダージリンティー。


「ほぅ……午前中の脂っこいハンバーガーとは打って変わって、随分と可愛らしい菓子ではないか」


「フッ……本場フランスの三ツ星シェフが、魂を込めて焼き上げた芸術品なのだよ! さあ、口に含んでその愛と浄化の甘みを感じるがいい!」


パクッ。サクッ、ホロッ……。


「……おおっ! なまら美味いぞ、流星! 外はサクサク、中はしっとり、フルーツの香りが鼻を抜けるわ!」


「フフフ、そうだろう、そうだろう!」


午前中のカロリーの暴力から一転、上品な甘さに持子も大満足。次々とマカロンを平らげ、機嫌良く紅茶を啜る彼女の姿は、どこからどう見ても『絶世の美少女の優雅なティータイム』であった。

(完璧だ……! 胃袋を掌握し、彼女の警戒心は完全に解かれた! ここから一気に、我が聖三条騎士団のロマンチックな勧誘へと持ち込むのだ!)


「……さて、持子。甘いもので心も満たされたことだし、次は君の魂を真に浄化する、素晴らしい場所へ案内しよう」


「ほう? どこだ?」


「ふふっ……ついてきたまえ」


***


流星が持子を連れ出したのは、学園の近くにある、厳かな雰囲気の『教会』であった。

ステンドグラスから差し込む、黄金色に輝く夕暮れの光。

静寂に包まれた礼拝堂の中、流星は祭壇の前に立ち、持子に向かってバサッとマント(制服のブレザー)を華麗に翻した。


「さあ、恋問持子! 君の中に眠る邪悪な魔王……いや、暗黒の魔力を悔い改め、この場で洗礼を受けるのだ! そして、僕たち『聖三条騎士団』に入団し、共に主の剣として正義の道を歩もうではないか!」


ドヤ顔で言い放つ流星。

彼は本気で、持子の真っ直ぐな魂に訴えかければ、この厳かな空間と自分の熱意で、彼女を確実に改心させられると信じていた。マカロンの甘味とこのロマンチックなシチュエーション、落ちない女などいないと!

だが、持子はポカーンと口を開けた後、呆れたように鼻を鳴らした。


「……嫌だ」


「な、なにッ!?」


「だいたいな、貴様らのような組織(騎士団)は、いつでも『自分たちが絶対の正義!』『教義に従え!』とうるさいのだ! 宗派がどうの、異教徒がどうのと、面倒くさいことこの上ないわ!」


持子はステンドグラスを見上げながら、やれやれと肩をすくめた。


「わしはな、あっちの神様より、日本のユルイ神の方が性に合っておるのだ。教会が苦手というわけではないが、どうにも肩が凝る」


「ユ、ユルイ神だと……!? 主の絶対的な愛を前に、ユルイなどという不敬な……!」


「ふはははっ! 最近な、クラスの奴から日本の神話の漫画を借りて読んだのだ。それに、後輩の巫女(楓)からも神話の話をよく聞くようになってな! あれはなまら面白いぞ!」


持子は目をキラキラと輝かせ、前世の『暴君・董卓』としての血を騒がせながら、神聖なる教会の中で熱弁を振るい始めた。


「特に、あの大国主おおくにぬしという神! あやつは最高だな! 国中を旅して、行く先々で美しい女神を口説き落とし、各地に妻を作っておる! 『国中に自分の女がいる』など、王としてなまら素晴らしいハーレムではないか! わしは激しく同意するぞ!」

ビシッ! と親指を立てて、大国主の女性遍歴を大絶賛する魔王。


「ハ、ハーレム!? 神聖なる神話を、なんと不純な目で……ッ!」


「それに、本妻であるスセリビメの嫉妬深さも良い! あのドロドロの愛憎劇! だがな、わしが一番好きなのはその先なのだ!」


持子は前のめりになり、嬉しそうに語り続けた。


「あの嫉妬深くて気性の荒いスセリビメがな、大国主に向かってこう言ったのだ。『あなたには女がたくさんいるのでしょうけど、私にはあなただけなんですよ』……とな! くーっ! 普段はきっつい女が、いざという時にあんな健気な言葉を吐くなど! あの大国主もさぞかしドキュンと胸を撃ち抜かれたであろうな! そういう人間臭いギャップや『ゆるさ』が、わしはたまらなく好きなのだ!」


「こ、恋問持子……君というやつは、どこまで魂が魔王……いや、堕落しているのだ!」


流星はワナワナと震えながら、胸元の十字架をギュッと握りしめた。

だが、持子はそんな流星の肩を、ポンと気安く叩いた。


「まあ、そう青筋を立てるな。わしは教会という組織の息苦しさは苦手だが……『天草・クリストファー・流星』という個人まで嫌っているわけではないぞ?」


「……え?」


流星の目が点になる。


「貴様も、この学園のクラスメイトだ。わしにとって、クラスメイトとは等しく大切な仲間(雑兵)だ。だから、そうやって『洗礼を受けろ』だの『正義に従え』だのとうるさく言わなければ、ただの友として、普通に遊びに付き合ってやってもよいぞ?」


夕暮れの教会の光の中。

魔王でありながら、誰よりも人間臭く、そして驚くほどに器の大きい言葉。

流星は、その真っ直ぐな黄金の瞳に見つめられ、一瞬だけ胸の奥がドクンと激しく鳴った。

大国主がスセリビメの言葉に撃ち抜かれたように、流星もまた、魔王の寛容でフラットな歩み寄りに心を揺さぶられたのだ。


(……友、として……?)


だが。

彼は生粋の狂信者であり、聖三条騎士団のエリート工作員であった。その凝り固まった『正義』の教義と、エリートとしてのプライドが、彼女の寛容な歩み寄りを反射的に拒絶してしまったのだ。


「ふ、ふざけるなッ!」


バシィッ!

流星は、持子の手を思い切り振り払い、熱血のあまり早口でまくし立ててしまった。


「異教の、それもハーレムを作るような淫靡な神を称賛し、主の絶対的な教えを『うるさい』だと!? 悪魔め! やはり君のそのふしだらな魂は、僕の聖拳術で物理的に浄化するしか……ッ!」


その反論を聞いた瞬間。

持子の顔から、スッと表情が消えた。


「……そうか。ならば、話は終わりだ」


「えっ……」


「友の歩み寄りを無下にし、己の価値観だけを押し付けるような輩と、これ以上過ごす時間はない。わしは帰る」


持子はクルリと背を向け、一切の未練もなく教会の出口へと歩き出した。


「あ、待っ……! 恋問持子ッ! まだ話は終わってないのだよ! 迷える子羊よォォォッ!!」


バタンッ。

重厚な教会の扉が、無情にも閉ざされた。


「…………」


静寂の礼拝堂に、一人取り残された天草・クリストファー・流星。

駆け引き無しの真っ向勝負で挑み、あと一歩で彼女と「個人的な絆」を通わせられそうだった彼の『魔王懐柔作戦』は、自身の融通の利かない独善的な反発により、見事なまでの自爆という形で幕を閉じたのであった。


「あ、あああぁぁぁ……。僕は、なんてバカなことを……主よぉぉぉぉっ!!」


夕暮れの教会に、マカロンの甘さも吹き飛ぶような、エリート騎士の悲痛な後悔の叫びが木霊した。

――『アブラとニンニクの紳士同盟』第二走者、天草・クリストファー・流星。


見事なまでの自爆により、午後の部、完全敗北にて終了!

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