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『アブラとニンニクの紳士同盟① ―堅物官僚と魔王の背脂外交―』

✴︎戦略的接待と背脂の協奏曲(霞涼介 編)


【事の発端:金曜日の夜】

「……はぁ!? なんでわしが、あんなコソコソ嗅ぎ回るスパイ共の接待など受けねばならんのだ! 断固拒否する!」


金曜日の夜。持子の高級マンションの自室にて。

腕を組み、ふんぞり返って不満を爆発させる持子に対し、私服姿の風間楓は静かにため息をついた。


「先輩。彼らを野放しにして学園内で殺し合いをされるより、ここで一度ガス抜きをさせて牽制した方が後々面倒がありません。これも帝都の平穏のためです。……行ってください」


「嫌だ嫌だ! わしは明日、家でゴロゴロしながらポテチを食ってゲームをする予定なのだ! 『三國志8 REMAKE with パワーアップキット』で下野(クビ)した呂布が曹操と組んでわし(董卓)を滅ぼそうとしているのだ!!!絶対に行かんぞ!!!」


駄々をこねる魔王。

楓は、スゥッと目を細め、静かに、そして深く……「深呼吸」をした。

(……ッ!? 来る! 楓のヤツ、ついに実力行使(神話級の殺気)に出る気か!)

持子はビクッ!と肩を揺らし、瞬時に極黒の魔力(覇気)を練り上げて防御の構えをとった。

だが。


「…………先輩」


楓は生太刀を抜く代わりに、持子のパーカーの袖をちょこんと摘み、少しだけ上体を屈めて、下から持子の黄金の瞳を覗き込んだ。

いわゆる、純度100%の『上目遣い』である。


「……お願い。……ダメ、ですか?」


トクンッ……!!

普段は氷のように冷徹で、隙一つ見せない孤高の修羅の巫女。その彼女が見せた、破壊力抜群の甘えるような上目遣いと、潤んだ瞳。


「…………ッ!!!」


持子の脳内で、何かが物理的にショートした音が鳴った。

魔王の防御力はゼロに等しかった。


「い、行くッ! 行くに決まっておろうがァァァッ!! 可愛い後輩の頼みだ、わしは明日、全力でこの接待に臨んでやるぞ! 気合い入れるぞォォォッ!!」


持子は鼻息を荒くして立ち上がり、自室の巨大なウォークインクローゼットの扉をバーンッ!と開け放った。


「さあ楓! 明日のために最高の服を選ぶぞ! ついでに貴様も着替えろ!」


「えっ? いえ、私は別に……」


「いいから着るのだ! ほれ、この春の新作のワンピース! 絶対に似合うぞ!」


持子は大興奮で、世界的トップモデルの財力で揃えられた大量のブランド服を引っ張り出し、楓を巻き込んだ深夜の「着せ替えファッションショー」を強制開催した。

実は、持子(175cm)と楓の身長差はわずか2センチほど。

並んで鏡の前に立つと、神が計算し尽くした『黄金比』を持つ持子と、凛とした冷たい美貌を持つ楓の体型はほぼ同じだった。楓はまさに持子と並び立つに相応しい、完成された『双璧の美』であった。


「おおおおおッ! 素晴らしいぞ楓! なまら絵になるではないか!」


淡いパステルカラーのシフォントップスに、風を孕むような軽やかな春のロングスカート。

隣には、漆黒のシックなブラウスと純白のワイドパンツで、クールに決めた楓。

二人揃ってポーズを決めると、そこらのファッション誌の表紙など軽く吹き飛ぶほどの、圧倒的で暴力的な美しさが鏡の中に完成していた。


「……ふふっ。先輩、少しはしゃぎすぎです」


普段は絶対にオシャレなどしない楓も、持子のあまりのテンションの高さに毒気を抜かれたのか、鏡を見つめて少しだけ楽しそうに、はにかむように微笑んだ。

(最高だ……! 明日はこの完璧な春服で出陣してやるぞ!!)

持子は、かつてないほどの最高潮のテンションと大興奮のまま、ベッドへダイブして眠りについたのである。


***


【翌朝:土曜日 午前8時55分】

チュンチュン……。

爽やかな朝の光が、マンションのエントランスに降り注ぐ。

(ふはははっ! 完璧だ! メイクも服も、今のわしは宇宙一美しいぞ! さあ楓、どこへでも……)

持子は、昨夜決めた「気合いの入りまくった最高にオシャレな春物の服」に身を包み、ウキウキでマンションの自動ドアを抜けた。

だが、そこで待っていたのは、愛しい後輩の姿ではなく……。

黒塗りの公用車の前に立つ、銀縁メガネの男。

政府機関・彼岸花からの刺客、霞涼介かすみ りょうすけだった。


「……おはようございます、恋問様。お迎えに上がりました」


霞が恭しく一礼する。


「…………あ、そういえば」


持子の頭の中で、昨夜の記憶が冷静にフラッシュバックした。

(そうだ……今日のデートの相手は楓ではない。楓の『お願い』で無理やりやらされている、この堅物メガネの工作員との接待だったわ……)


シュゥゥゥゥン……。


持子の中のテンションのメーターが、100から一気に「ゼロ」へと急降下した。完全に冷めた。

つい数秒前までのウキウキ顔は跡形もなく消え去り、無表情で気怠げな『死んだ魚の目』になる。

だが、迎えに来た霞の方の心境は、それどころではなかった。


(――ドキュンッッッ!!!)

霞の心臓が、対霊CQCの戦闘訓練でも味わったことのないほどの激しい警鐘を鳴らして跳ね上がった。

(な、なんだ……この圧倒的な美しさは……ッ!)

春の柔らかな日差しを浴びて立つ持子。

計算し尽くされた淡いパステルカラーのトレンチコートに、美しい脚のラインを際立たせる花柄のタイトスカート。風に揺れる艶やかな髪。

一切の表情を消し、ただ黙ってそこに佇んでいる彼女の姿は……。

(……美しすぎる。喋らなければ、圧倒的な暴力を隠し持った魔王どころか……いや、まさに『女神』そのものではないか……!)

霞は、国家の工作員としての冷静さを一瞬忘れかけ、完全に持子の美貌に見惚れて息を呑んだ。


「……おい、霞」


不機嫌そうな、低い声が響く。


「な、なんでしょうか、恋問様!」


霞はハッとして姿勢を正す。


「さっさと車を出せ。わしは腹が減っておるのだ。つまらん場所へ連れて行ったら、貴様をこのヒールの踵で踏み潰すぞ」


「ひぃっ!? はいっ! 直ちに!」


(やはり中身は理不尽な魔王でした! しかし、そのギャップすらも戦略的だ……!)

霞は慌てて公用車のドアを開け、極黒の女神(超不機嫌)を後部座席へとエスコートした。


***


「……で? わしをどこへ連れて行くつもりだ?」


後部座席でふんぞり返る持子に対し、霞は助手席から振り返り、銀縁メガネをクイッと中指で押し上げた。


「ご安心ください。本日のために、私は恋問様の行動心理学、カロリー消費効率、および帝都の経済回遊性を加味した『完璧な戦略的接待プラン』を構築してまいりました」


ピピッ!

霞が取り出した最新型のタブレットには、色分けされた緻密な円グラフと、エクセルで作られた分刻みのタイムスケジュールが表示されていた。


「午前9時15分より、国立博物館の特別展示をVIPルートで貸切鑑賞。その後、銀座の歴史的建造物にて行われる伝統芸能のシークレット公演を……」


「…………」


持子はポカンと口を開け、数秒の沈黙の後――。


「ぶっ……! ふ、ふはははははははっ!!」


後部座席で、腹を抱えて大爆笑し始めた。

先ほどまでの「冷め切った不機嫌さ」が嘘のように吹き飛んでいる。


「なっ……!? な、何がおかしいのですか、恋問様! 費用対効果と文化的価値を極限まで高めた、最高のルートのはず……!」


「ひぃーっ、腹が痛い! 貴様、本気でそれを『楽しいデート』だと思っているのか!? なんだその円グラフは! 遊びの場にまでエクセルを持ち込む奴があるか、このクソ真面目な堅物め!!」


バンバンバンッ! と運転席のシートを叩いて笑い転げる持子。

霞は赤面しながら冷や汗を拭った。

(くっ……! 国家の威信を懸けたパーフェクト・プランが、秒で『退屈』と一蹴されただと……!?)


「ふははっ……いいだろう、霞! 貴様のそのクソ真面目さ、嫌いではないぞ! だが、わしの腹は歴史や文化では膨れん! さっさと『甘いもの』をよこせ!」


「……っ、承知いたしました。では、直ちにプランBへ移行します」


***


午前11時00分。

霞が案内したのは、銀座の超高級フルーツパーラーのVIPルームだった。


「おおおおおっ! なまらデカいではないか!」


持子の目の前に運ばれてきたのは、内閣府の機密費を惜しみなく投入した、黄金に輝く『至高のメロン・タワーパフェ(時価5万円)』。


「ふっ……。全国から選び抜かれた最高級のクラウンメロンのみを使用し、金箔をあしらった芸術品です。さあ、存分に……」


ズバァァァァァァッ!!!


霞が説明を終える前に、持子はスプーンを風車のように回転させ、時価5万円の芸術品をわずか『十秒』で平らげてしまった。


「ゴキュッ! ……うむ、美味い! 糖分が五臓六腑に染み渡るわ!」


持子は満足げに唇を舐めると、黄金の瞳で霞をジロリと睨んだ。


「……で? 霞よ、これは『前菜』であろう? わしの腹を満たす『肉』と『アブラ』はどこだ?」


「なっ…………!?」


霞は完全にフリーズした。

(じ、時価5万円の超高級パフェが……ただの食前酒扱いだと!? ば、馬鹿な、私の胃袋ならこれ一つで三日は保つぞ!?)


「あ、あの、恋問様。一応、この後は銀座の最高級フレンチのフルコースを予約しておりまして……」


「却下だ! 気取った小皿料理など、わしの胃袋の足しにもならんわ!」


持子は立ち上がり、気合いの入った春物の服を翻して霞のネクタイをグイッと引っ張った。


「ついてこい、霞! 貴様は真面目すぎるのだ。わしが本当の『飯』というものを教えてやる!」


「ひぃっ!? ちょ、領収書が! まだ領収書をもらって……引きずらないでくださいぃぃっ!」


――ズルズルズルッ!


***


午後12時30分。

霞が連行されたのは、銀座の裏路地にひっそりと佇む、学生や肉体労働者が集うジャンクフードの聖地。

『超ギガ盛り・背脂マシマシ肉汁バーガー・ドカン』であった。


ジュワァァァァァァッ!!


鉄板で焼かれる肉の匂いと、飛び散る油。


「さあ! 食え霞! これが『トリプル・チーズ・デス・バーガー』だ!」


ドンッ!! と霞の目の前に置かれたのは、もはやハンバーガーというより「肉とチーズの地層」だった。滴る肉汁と、これでもかとぶっかけられた背脂のソース。

(……し、死ぬ。これを食べたら、昨日の二郎のダメージが残る私の胃腸は完全に破壊される……!)

霞はメガネを曇らせ、絶望の淵に立たされた。

だが、内閣府のエリート工作員としてのプライドが、彼を突き動かした。


「……ッ! 『対霊CQC・精密動作マイクロスレッド』……展開!!」


シュッ!


霞は、持参していたシルバーのナイフとフォークを両手に構え、目にも留まらぬ神速のナイフさばきで、巨大なハンバーガーを一切の油を飛ばさずに『一口サイズ』へと解体し始めた。


チャキキキキキッ!!


「な……なんだその動きは!?」


持子が目を見開く。


「……ハンバーガーの構造的弱点(パティの隙間)を突き、チーズの粘着力を計算して刃を入れる。これなら、オーダーメイドのスーツに油一滴たりとも跳ねさせることはありません……パクッ」


霞は真顔のまま、綺麗に切り分けた肉塊を口に運び、咀嚼した。


「……圧倒的なカロリーの暴力、そして血液をドロドロにする悪魔的な塩分濃度。ですが……脳内の報酬系を直接刺激する、極めて戦略的なジャンクテイストですね。悪くありません」


「ぶっ……!! あーっはっはっはっはっ!!」


持子は、机をバンバン叩いて再び大爆笑した。気合いの入った春服がシワになるのも構わず、腹を抱えて笑い転げる。


「ひぃーっ! 貴様、最高だな霞! なんでハンバーガーを食うだけでそんなに大真面目に死闘を繰り広げているのだ! おかしくて腹がよじれるわ!」


「私は常に全力で任務(食事)を遂行しているだけですが!?」


「ふはははっ! いいぞ、貴様は本当に面白い! わしの宮廷道化師にしてやりたいくらいだ!」


持子の言葉に、霞はメガネの奥の瞳を鋭く光らせた。

(……今だ。空気が完全に弛緩している!)


「恋問様。道化師ではなく、パートナーとしてはいかがですか?」


霞はナプキンで口元を優雅に拭い、真剣なトーンで切り出した。


「我々、内閣府・彼岸花の庇護下に入っていただければ、今日のメロンパフェのような『至高のカロリー』も、国家予算で半永久的に安定供給をお約束します。TIAのような民間組織よりも、遥かに盤石な環境を提供できますよ」


直球の引き抜き(リクルート)。

持子は残りのハンバーガーを豪快に飲み込むと、黄金の瞳で真っ直ぐに霞を見つめ返した。


「……断る」


一秒の躊躇もない、明確な拒絶。

霞が息を呑む。


「わしは王だ。たとえ国家であろうと、他人の傘下に入って飼われるつもりは毛頭ない。わしの街は、わしのルールで護る」


持子はニヤリと笑い、霞の肩をバンッと力強く叩いた。


「だがな。貴様のそのクソ真面目でズレた『貢物(接待)』、嫌いではなかったぞ。国家の犬としては面白みが足りんが、一人の男としては……まぁ、合格点をやっておこう!」


「恋問、様……」


持子の屈託のない笑顔。

霞は、自分が完全に『懐柔工作』に失敗したことを悟った。

だが不思議と、悔しさは微塵もなかった。

性格も立場も全てが逆。だからこそ、彼女の理不尽な振る舞いや、こちらのズレた真面目さが、奇妙なほどピタリと噛み合うのだ。この規格外の魔王の隣で、またプレゼンをして笑わせてみたいとすら思ってしまった。


「……ふっ。光栄です。ですが、次こそは私のエクセルで作った完璧なデートプランを完遂させてみせますからね」


「ふはははっ! 望むところだ、堅物メガネ!」


***


午後3時00分。

霞は、次の担当者である天草・クリストファー・流星が待つ待ち合わせ場所へ、持子を無事に送り届けた。


「では、私はこれで。流星、あとは頼みましたよ」


「フッ、任せておけ! ここからは愛と浄化のターンなのだよ!」


持子と流星が去っていくのを見送りながら、霞はスマートフォンを取り出し、赤城室長への直通回線を繋いだ。


「……室長、霞です。報告します。ターゲットの『彼岸花』への引き抜きですが……完全に失敗しました。申し訳ありません」


霞は胃の痛みを堪えながら、処分を覚悟して頭を下げた。

だが、電話の向こうの赤城の声は、予想に反して弾んでいた。


『何を言っている霞! お前の報告データと、現場の監視カメラの映像を見たぞ!』


「えっ?」


『あの理不尽で傲岸不遜な極黒の魔王相手に、お前、何度も大爆笑させていたじゃないか! しかも、肩まで叩かれて「合格点」をもらうなど……TIAの連中以外で、あそこまで彼女のパーソナルスペースに踏み込んだ奴はいないぞ!』


赤城の興奮した声が響く。


『移籍はできなくとも、国家と彼女との間に「個人的な友人」という極太のパイプができたんだ! これは我が『彼岸花』にとって、千金の価値がある外交的勝利だ! よくやった霞、お前を高く評価するぞ!!』


ブツッ。ツーツーツー……。


「……はぁ。なるほど、外交的勝利、ですか」


霞はスマートフォンをしまい、春の空を見上げた。

完璧な予定は崩れ去り、胃袋は脂で限界を迎え、引き抜きにも失敗した。エリート工作員としては散々な結果だ。


「ですが……悪くない半日でしたね」


霞はふっと口角を上げると、メガネをクイッと押し直し、次の「戦略的プレゼン」の構想を練りながら、意気揚々と帰路につくのであった。


――『アブラとニンニクの紳士同盟』第一走者、霞涼介。


任務(引き抜き)は失敗したが、魔王という「最強の友人」を得る大勝利にて、午前の部、完結!

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