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『極黒の魔王を接待せよ!〜国家予算とクランの威信をかけた土日のデート戦争〜』

✴︎夜の公園。


冷たい春の夜風が吹き抜ける中、ベンチの周辺には強烈な『ニンニク』と『背脂』の匂いが漂っていた。


「うっぷ……。主よ、我が胃袋に与え給うたこのジャンクな試練、少々ヘビーすぎます……」


「……気持ち悪い。式神に僕の胃の油を吸い取らせたい……」


「おーっほっほ……わたくし、由緒正しき葉室の血に、アブラとカラメが混ざってしまいそうですわ……」


先ほどまでの『ラーメン二郎』の洗礼により、国家やクランの威信を背負った四人のエリート工作員たちは、完全に青息吐息であった。

だが、彼らはただ胃もたれに苦しんでいるだけのポンコツではない。

政府機関・彼岸花の霞涼介かすみ りょうすけが、胃薬を水なしで飲み込みながら、銀縁メガネをギラリと光らせた。


「……皆様。胃腸の不調を訴えている場合ではありません。我々は今、極めて『危険な状態』にあります」


ピピッ!

霞が内ポケットから最新型のタブレットを取り出し、画面を空中に投影する。

そこに映し出されたのは、彼らが通う『私立聖ミカエル学園』の立体マップ。だが、その校舎のマップは、無数の赤、青、白、黒の光点で埋め尽くされ、異常な点滅を繰り返していた。


「……あぁ、やっぱりね。僕も言おうと思ってた」


ダボダボのカーディガンを羽織った土御門朔夜つちみかど さくやが、面倒くさそうに袖から紙の式神を一枚滑り出させる。


「僕の放った索敵用の式神や低級のあやかしたちが、さっきから廊下で何者かの『聖なる光』に焼かれてるんだけど」


「フッ! 異教の妖など、我が『聖三条騎士団』が放った監視の天使ケルビムたちが浄化して当然なのだよ!」


天草・クリストファー・流星りゅうせいが、胸元の十字架を握りしめてドヤ顔で言い放つ。


「笑い事ではありませんわ!」


バサァッ!! と、葉室鶴子はむろ つるこが激しい勢いで扇子を広げた。


「わたくしの『八咫烏』が配置した霊鳥の使い魔も、霞様の仕掛けた重力トラップに引っかかってバタバタと墜落しておりますのよ!? 今、学園内は各陣営の監視網が複雑に絡み合い、小規模な『縄張り争い(テリトリー・バトル)』が勃発していますわ!」


そう。彼らは皆、ターゲットである恋問持子を監視すべく、登校初日から学園中にありとあらゆる監視網を敷いていた。

最新鋭の隠しカメラ、重力センサー、式神、使い魔、妖、さらには天使まで。

あまりにも高密度で配置されたそれらが互いに干渉し合い、今や学園は、いつ大規模な霊的戦闘に発展してもおかしくない一触即発の火薬庫と化していたのだ。


「……それに!!」


鶴子は顔をゆでダコのように真っ赤に染め上げ、ワナワナと震えながら三人(男たち)をキッと睨みつけた。


「どこの変態陣営ですの!? 女子更衣室やトイレにまで監視の術式やカメラを仕掛けたのは!! 破廉恥! 破廉恥にもほどがありますわァァッ!!」


「なっ……!? わ、我ら騎士団の天使に邪淫の意図はない! 主の御目は常に等しく、すべてを見守っておられるだけなのだよ!」


「……僕じゃないよ。妖が勝手にトイレの個室に住み着いちゃっただけ。回収するの面倒くさいし」


「国家の防衛において、死角は許されません。戦略的かつ徹底した24時間のモニタリングは、危機管理の基本です」


「言い訳はよろしいですわ! とにかく女子の着替えやトイレを監視するなど、淑女として絶対に許しません!! 今すぐ撤去しなさい!!」


「断る! これも魔王を浄化するための聖戦なのだ!」


「……うるさいなぁ。君たち、僕の式神で口を縫い付けようか?」


バチバチバチバチッ!!

夜の公園に、天使の光、式神の呪力、八咫烏の神気、そして政府の重力場が渦巻き、四人の間で本格的な殺し合いが始まりかけた――その時。

――ズドンッッ!!!


「「「……っ!?」」」


突如、三人の足元が恐ろしいほどの重圧に押し潰された。

霞が、メガネの奥の瞳を冷徹に細め、スーツの裏に仕込んだ『対霊・近接格闘術(CQC)』用の重力呪具を起動させたのだ。


「……頭を冷やしてください、皆様。我々の目的を見失っていませんか?」


霞の静かで、しかし絶対的な圧を伴う声が響く。


「我々の任務は、極黒の魔王ターゲットの懐柔です。もし今、我々の使い魔同士が学園内で大規模な衝突を起こせば、どうなるか。……あの理不尽な暴君が、ただ黙って見過ごすと思いますか?」


その言葉に、流星、朔夜、鶴子の脳裏に、帝都霊脈暴走事件の惨事がフラッシュバックした。


「……もし彼女の平穏な日常(と食事)を邪魔すれば、我々は四人まとめて、あの魔王に始末されるでしょう」


「ひぃっ……!」


「主よ……それは避けたい結末です……」


「……想像しただけで、面倒くさすぎる……」


三人の戦意が、急速にしぼんでいく。

場を完全に掌握した霞は、重力呪具をオフにし、ネクタイを直しながら一つの提案を口にした。


「……提案があります。我々自身が潰し合っては元も子もありません。ここは一つ、各組織の思惑を一旦保留し、現場レベルでの『不可侵条約』を結びませんか?」


霞はタブレットを操作し、学園の監視エリアを四等分する図面を表示した。


「監視エリアは四陣営で均等に分割。他陣営の領域への干渉は禁止。得られた最低限の生態データは共有。……そして、鶴子さんの強い要望にお応えし、更衣室およびトイレの監視装置は『全陣営即時撤去』とします。これでいかがですか?」


「……オーッホッホ。当然の配慮ですわ。その条件なら、呑んで差し上げます」


鶴子がホッと胸を撫で下ろし、扇子を閉じる。


「……なるほど。無駄な争いをして魔王に消されるよりは、ルールを決めた方が効率的だね。僕も同意するよ」


朔夜がカーディガンの袖をブラブラさせながら頷く。


「主の導きか……! 悪魔の力に頼らずとも、我ら高潔なる者同士で手を取り合う時が来たのだな!」


流星が芝居がかった手つきで、霞に向けて手を差し出した。


夜の公園。


ラーメン二郎の強烈なニンニクとアブラの匂いをプンプンと漂わせながら、四人のエリート工作員たちは、互いの命と任務を守るため、固い握手を交わした。

かくして。

学園を舞台にした裏社会の泥沼の殺し合いは、官僚エリート・霞涼介の論理的な仲裁により、間一髪で回避された。

極黒の魔王の平穏(?)な日常を守りつつ、自らの命を繋ぐための秘密協定――『アブラとニンニクの紳士同盟』が、ここに正式に締結されたのである。


「……よし。これで互いに無用な牽制は避けられますね」


霞が銀縁メガネをクイッと押し上げ、胃薬のパッケージを握りしめながら頷いた。


「ああ! 我ら高潔なる魂を持つ者同士、正々堂々とあの極黒の魔王……いや、迷える子羊を導こうではないか!」


流星が夜空に向かって十字架を掲げる。


「おーっほっほっほ! 淑女の協定ですわね。わたくしも、無粋な真似はいたしませんわ」


鶴子が優雅に扇子を口元に当てる(ただし息はニンニク臭い)。


「……面倒くさいけど、まあいいや。とりあえず今日は帰って胃薬飲んで寝る……」


朔夜がダボダボのカーディガンの袖をブラブラさせながらため息をついた。

四人がそれぞれの帰路につこうと踵を返した――その刹那。


――スゥッ……。


一切の足音も、空気の揺らぎすらもなく。

彼らの円陣のど真ん中に、漆黒の長髪をなびかせた一人の少女が立っていた。


「なっ……!?」


「主よッ!?」


「……嘘、僕の式神の索敵に全く引っかからなかった……!?」


「ひぃっ!?」


四人のエリート工作員たちは、心臓を鷲掴みにされたような悪寒を覚え、瞬時に後方へと飛び退いた。

霞はスーツの裏から『対霊・近接格闘術(CQC)』の重力呪具を構え、流星は両拳に聖水を纏わせて『聖拳術』の構えをとる。朔夜は両袖から無数の紙の式神を羽ばたかせ、鶴子は大和撫子らしからぬ素早さで扇子を刃のように展開した。


「……ごきげんよう、各陣営のエリート工作員の皆様」


氷のように冷徹で、どこまでも澄み切った声。

そこに立っていたのは、私立聖ミカエル学園の制服の上に巫女服の千早を羽織った少女――持子の後輩であり、日本神話における荒ぶる神・スサノオの娘「須勢理毘売命すせりびめのみこと」の転生体、風間楓だった。


「か、風間……楓……! TIAの、特級の規格外……ッ!」


霞が冷や汗を流しながら呻く。


「……あなた方が先輩……恋問持子にコソコソと嗅ぎ回っているのは、とうに気づいています」


楓の切れ長で美しい瞳が、四人をゴミでも見るかのように冷たく射抜いた。


ゾクリッ……!!


その視線だけで、四人の肌が粟立つ。彼女の背後には、神話級の宝具『生太刀いくたち』の白銀の輝きと、凄まじい修羅の殺気が陽炎のように揺らめいていた。


「ヒィッ……! ま、まさか、我々をここで消すおつもりですの!?」


鶴子がガチガチと震える。


「……安心してください。今日は、あなた方に『決定事項の温情』を伝えに来ただけですから」


楓は表情一つ変えず、淡々と告げた。


「温情……だと?」


流星が眉をひそめる。


「ええ。あなた方が先輩を監視し、あわよくば自分の陣営に『懐柔』『引き抜き』を行おうとしていること……良いでしょう、許可します」


「「「「……は?」」」」


予想外の言葉に、四人はポカンと口を開けた。


「その代わり、ルールは私が決めます。今週末、明日と明後日の土日に、あなた方一人ずつに半日(6時間)、先輩へのアプローチの時間を与えましょう」


楓は指を鳴らし、彼らのスマートフォンに強制的にスケジュールを一斉送信した。


ピロンッ♪


それぞれの画面に、以下の予定が表示される。

* 土曜 午前(09:00〜15:00):霞 涼介(政府機関・彼岸花)

* 土曜 午後(15:00〜20:00):天草・クリストファー・流星(聖三条騎士団)

* 日曜 午前(09:00〜15:00):土御門 朔夜(陰陽庁・六壬)

* 日曜 午後(15:00〜20:00):葉室 鶴子(古神道結社・八咫烏)


「条件を説明します」


楓の冷たい声が響く。


「一、時間は厳守。午前の者は、朝9時に先輩を迎えに行き、午後3時までに『次の者』へ無傷で引き継ぐこと。午後の者は、午後3時に引き継ぎを受け、夜8時までに先輩のマンションへ送り届けること」

「二、連れ回す場所はどこでも構いません。ただし……『ティータイム(お菓子)』と『食事』には、絶対に連れて行くこと。空腹にさせれば、あなた方の命の保証はありません」

「三、この時間内に、各自が持てる全ての予算と魅力を駆使して、先輩への懐柔や引き抜き工作を完了させること」

楓の条件を聞き、霞がメガネを光らせた。


「……つまり、我々に公式な『接待デートのチャンス』を頂けると? 国家予算で調達した至高のパフェを振る舞う絶好の機会……」


「おお! 主よ! この超高級マカロンで、あの子羊の魂を浄化する時間が与えられるとは!」


「老舗の和菓子、予約しておかないと……面倒くさいけど」


「オーッホッホ! 皇室御用達スイーツの出番ですわね!」


四人の目に、工作員としての野心と闘志が燃え上がった。


「……以上が、私からの温情です」


楓の目が、スゥッと細められる。

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!

途端に、公園の木々が激しく揺れ、空気が重圧でミシミシと軋み始めた。

楓から放たれるのは、本気の、純度100%の『殺意』。


「……嫌なら、今ここで全員、チリ一つ残さず退場(消去)して頂きます。……どうしますか?」


「「「「謹んで、お受けいたしますッ!!!」」」」


四人は、軍隊のような見事な直立不動で、深々と頭を下げた。逆らえば一秒で首が飛ぶ。エリートとしての生存本能が、最善の選択をさせたのだ。


「……よろしい」


フッ、と。

凄まじい殺気が嘘のように霧散した。


「せいぜい、先輩を楽しませてください。……以上、解散」


バサッ!


楓が翻した千早が夜風に舞う。

四人が思わず瞬きをした次の瞬間には、修羅の巫女の姿は、まるで幻のように公園から消え去っていた。


「ハァ……ハァ……ッ、死ぬかと思った……」


「なんなんだあの威圧感……本当に高校生かよ……」


その場にへたり込む四人。

だが、彼らの瞳には絶望ではなく、確かなる闘志が宿っていた。


「……フッ。お膳立てはされました。明日の午前は私のターン。内閣府の機密費の力、見せてあげましょう」


霞が不敵に笑う。


「ふははは! 午後は我が聖三条騎士団のロマンチックなエスコートで、悪魔の心をメロメロにしてやろう!」


流星がマント(制服)を翻す。


かくして。


極黒の魔王・恋問持子を巡る、各陣営のエリート工作員たちによる、国家予算とクランの威信(とお菓子)を懸けた、血で血を洗う『地獄の接待デートリレー』の幕が、切って落とされたのである!

こんな感じで、ドンドン話が進んでいくはずだったんだけど、キャラが多すぎると、大変でデート作戦に落ち着きました。

頭から知恵熱がでる!

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