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「極黒の魔王と神話の巫女 ― 帝都霊脈決戦 ―」

✴︎極黒の魔王と神話の巫女


――絶望は、時に形を持たない。


それは圧倒的な暴力として現れることもあれば、どれほど足掻いても届かない「絶対的な壁」として、心をゆっくりとすり潰しにくることもある。

大手町の中心、現代の鋼鉄の森と平安の朱塗りが内臓のように絡み合った異界の最深部。

その歪な玉座の間に座す新皇・平将門公は、まさに後者の絶望を体現していた。

どれだけ強力な物理攻撃や魔術を叩き込んでも、東京の地下に張り巡らされた霊脈から無限にエネルギーを吸い上げ、一瞬で傷を再生してしまう**「帝都霊脈との強制リンク(無限超回復)」。

そして、トドメとなる呪詛の核――その顔面へと放たれた必殺の刃を、空間ごとねじ曲げて逸らしてしまう「空間断絶の呪詛」**。


「ハァ……ハァ……ッ、しぶとい男め……。何度殴れば玉座から降りるのだ、貴様は」


「……息が上がっていますよ、先輩。私たちの方が先に魔力切れです」


恋問持子と風間楓は、朱塗りの柱を背にして肩で息をしていた。

持子の右腕を覆っていた漆黒の『魔王の暴力』は、度重なる攻撃の反動で明滅を繰り返し、楓が手にする神話級の宝具『生太刀いくたち』の白銀の輝きも、激しい消耗によって明らかに光量を落としている。

対する将門公は、コンクリートと化した玉座に静かに座したまま、微塵も表情を変えていない。彼を覆う漆黒の鎧には傷一つなく、青白い霊脈の光が全身を脈打つように駆け巡り、その規格外の存在を支え続けていた。


「……無駄だ。我は、この地のことわりそのものぞ。脆き人間どもよ、己の無力さを悟り、この神域いかいの礎となるが良い」


地鳴りのような将門公の重低音が、空間そのものを震わせる。

(……このままでは、ジリ貧どころか完全に押し潰される)

楓は冷徹な頭脳をフル回転させ、活路を探る。

だが、あの二つの理不尽な術式バフが機能し続けている限り、どれほど強力な一撃を放とうとも無意味だ。あのシステムは、将門公自身の力ではなく、この異界を創り出した何者か――黒幕によって外部から付与された、一種のチート・プログラムなのだから。

(おじいちゃん……TIAの地下指令室は、まだ動いているんですか……?)

楓が、遠く離れたサイバーパンクな指令室で死闘を繰り広げているであろう、スケベな好々爺の顔を脳裏に浮かべた、まさにその時だった。


――ピキィィィィンッ……!!


空間を劈くような、ガラスが砕ける乾いた音が異界全体に響き渡った。


「……む?」


将門公が、初めて微かに眉を動かした。

彼の巨躯を脈打つように覆っていた青白い霊脈の光が、突如としてノイズ混じりに点滅を始めたのだ。


「……な、なんだ?」


持子が黄金の瞳を見開く。

ズ、ズズズズズズッ……!!

将門公の足元から玉座へと繋がっていた、見えない霊脈のパイプ――それらが、根元から強引にへし折られるような轟音を立てて千切れていく。

それだけではない。将門公の周囲の空間を陽炎のように歪ませていた「断絶」の結界までもが、まるで電源を落とされたホログラムのように、ノイズを立ててスゥッと霧散していったのだ。


「システムが……落ちた?」


楓は信じられないものを見るように呟き、そして、すぐにその冷徹な瞳に確信の光を宿した。

(おじいちゃん……いえ、TIAの『オモイカネ』の演算能力を超えた何かが、あの理不尽なプログラムを外側から強制的に書き換えた……!)

将門公は自身の掌を見つめ、静かに立ち上がった。

無限に供給されていた霊脈のエネルギーが途絶え、絶対の防御を誇った空間断絶が失われた。残されたのは、彼自身が持つ「千年の怨念」と「武神としての魂」のみ。


「……外のネズミどもが、我が理に泥を塗ったか」


将門公は漆黒の大刀を引き抜き、ゆっくりと、しかし確かな殺意を伴って、持子と楓へその切っ先を向けた。


「だが、我が志は揺るがぬ。小手先の術が失われようとも、我が武こそが帝都を統べる証ぞ」


「……ふふっ。ははははははっ!!」


持子が、突如として腹の底から哄笑を上げた。


「傑作だ! 貴様を王たらしめていた『メッキ』が剥がれたぞ、怨霊の親玉! 借り物の力でわしの前に立っていたのかと思うと、反吐が出るわ!」


持子の全身から、先ほどまでの疲労を吹き飛ばすかのように、漆黒の魔力が爆発的に噴き上がる。


「……先輩。おしゃべりは後です。……今なら、私たちの『牙』が、あの男のコアに届きます!」


楓が『生太刀』を構え直し、その刀身に再び神々しい白銀の極光を灯した。


「ああ、分かっておる! 行くぞ、楓! あの不愉快な椅子から、この男を引きずり下ろしてやる!!」


反撃の狼煙は、上がった。

――シュンッ!!

空気を切り裂く鋭い風切り音。

先陣を切ったのは、風間楓だった。

彼女の足運びは、風間流体術の極致。重力すらも味方につけた神速の踏み込みは、残像すら残さずに将門公の懐へと潜り込む。


「遅いッ!」


将門公が漆黒の大刀を振り下ろす。その一撃は、重機を真っ二つにするほどの質量と速度を伴っていた。

ガキィィィィィィィィィンッッ!!

火花が散る。

楓は『生太刀』を斜めに構え、その理不尽な重撃を紙一重で受け流した。しかし、弾き返そうとした瞬間、将門公の剛腕がさらに力を増し、楓の華奢な身体を力任せに押し潰そうとする。


「くっ……! 流石は、千年の武神……!」


楓は鍔迫り合いを無理に維持せず、刃を滑らせて後方へと大きく跳躍した。

空中に舞い上がりながら、彼女の唇が高速で神言を紡ぐ。


「――顕現せよ、第二の宝具!!」


パキィィィン! と空間が弾け、楓の手に握られていた『生太刀』が、光の粒子となって形を変える。

次に彼女の手に現れたのは、身の丈ほどもある巨大で美しい白銀の弓――大国主の神話に連なる絶対的宝具、**『生弓いくゆみ』**だった。

楓は空中で身体を捻りながら、見えない弦を限界まで引き絞る。


「穿て――『天之神矢あめのかむや』!!」


ビュンッ!!

放たれた一本の光の矢は、空中で分裂、増殖を繰り返し、瞬く間に数百、数千という『光の雨』となって将門公へと降り注いだ。

一本一本が特級怨霊を消滅させるほどの純粋な浄化の力を持った、回避不能の飽和攻撃。


「……小癪なッ!!」


将門公が吼える。彼は回避することなく、漆黒の大刀を風車のように回転させ、自身の周囲に巨大な呪詛の防壁を展開した。


ズガガガガガガガガガッ!!


光の矢が防壁に衝突し、鼓膜を破るような爆音が連続して響き渡る。強烈な閃光が玉座の間を昼間のように照らし出した。


「……まだですッ!」


楓が着地と同時に、さらに弦を引き絞る。

だが、閃光と土煙の奥から、将門公がまるで鬼神のごとき形相で突進してきた。光の矢を強靭な肉体と大刀で強引に弾き飛ばし、一直線に楓へと距離を詰める。


「我が刃の前に、平伏せよッ!!」


将門公の大刀が、楓の脳天を唐竹割りにすべく、無慈悲に振り下ろされる。

距離はわずか数メートル。回避は不可能。弓では防御できない。

その絶体絶命の刹那。

楓の瞳に、一切の焦りはなかった。彼女の冷徹な思考は、この瞬間を完全に「設計」していたのだ。


「――顕現せよ、第三の宝具」


楓の手から『生弓』が消滅し、代わりに彼女の目の前の虚空に、美しい木目を持つ古代の琴が現れた。

神聖なる音階を奏でる宝具――『生琴いくごと』。

楓の白磁のような指先が、その弦を力強く弾いた。


ボロォォォォォォォォン……ッ!!


その音色は、空気を震わせる物理的な音波ではなく、魂の根源に直接響く「神の波動」だった。


「なっ……!?」


大刀を振り下ろそうとしていた将門公の巨躯が、空中でビタリと静止する。

『生琴』の神聖なる波動が、彼の怨念と魂の結びつきに強烈な干渉を起こし、その思考と肉体をわずか一秒――されど、致命的な「一瞬」だけ完全に硬直させたのだ。


「……先輩ッ!!」


楓が、血を吐くような悲鳴に近い声で叫ぶ。

文字通り、自らの命を囮にして作り出した、千載一遇の「一瞬の隙」。


「よくやった、楓よォォォォォォッ!!」


楓の背後から、全てを薙ぎ払うような暴風を巻き起こし、恋問持子が弾丸となって飛び出した。

彼女の背後には、かつて大陸の覇権を握った暴君・董卓の巨大な幻影が、赤黒いオーラを放ちながら完全に顕現している。


(……この男の行動原理は、ただ一つ)


持子は、黄金の瞳で硬直する将門公の顔面――呪詛の核が集中する眉間を真っ直ぐに睨みつけながら、己の闘気を限界まで圧縮していく。


(帝都を護る。そのために、全てを己の支配下に置く。……ふん。やり方は気に食わんが、その『覚悟』だけは……王として、本物だ)


持子の右腕に、極黒の魔力が集束していく……のではない。

彼女は、自身の『魔王としての器』そのものを、一点に集中させたのだ。

それは拳でも、蹴りでもなく――。


「貴様の叛逆、この魔王が……認めてやるわァァァァァァッ!!」


ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!


持子は、自身の額――『頭』に全ての極黒の魔力と暴君の覇気を圧縮し、将門公の顔面(呪詛の核)へ向けて、全力の『頭突き』を叩き込んだ。


「グ、ガァァァァァァァァァァッ!?」


硬質な何かが粉々に砕け散る音が、異界全体に響き渡った。

それは単なる物理的な衝撃ではない。二つの強大な「王の器」が真正面から激突し、互いの魂をぶつけ合う、理不尽極まりない概念の衝突。

持子の泥臭くも圧倒的な、魔王としての「意地」を込めた頭突き。

その一撃は、将門公の誇り高き武神としての魂を破壊することはなかった。

代わりに粉砕されたのは――黒幕によって彼を縛り付け、怨霊として狂わせていた『強迫観念の呪詛』そのものだった。


パリィィィィィィンッ……!!


将門公の顔面を覆っていた漆黒の瘴気が、ガラスが砕けるようにパラパラと剥がれ落ちていく。

玉座の間を構成していた平安の朱塗りの柱が砂のように崩れ落ち、現代の無機質なコンクリートの壁が本来の姿を取り戻し始めた。

大手町を覆っていた巨大な異界が、その根源を絶たれたことで急速に崩壊していく。


「……ハァ……ハァ……。どうだ、目が覚めたか、ヒゲのオッサン」


持子は額から一筋の血を流しながら、ニヤリと不敵に笑って将門公を見上げた。

呪縛から解き放たれ、憑き物が落ちた将門公の瞳には、先ほどまでの狂気は微塵も残っていなかった。

そこにあるのは、ただ深く、静かな、帝都を愛する一人の男の眼差し。


「……ふっ。……はははっ」


将門公の巨躯が、静かに崩れ落ち、片膝をついた。


「……我の理が、力負けしたか。……しかも、小娘の『頭突き』にな」


将門公は、自身の身体が美しい光の粒子となって崩壊していくのを、どこか安堵したように見つめた。


「……よかろう。我は敗れた。……この帝都の未来は、貴様らのような規格外の『王』と、その家臣どもに託すとしよう」


「……託されるまでもない。わしの街は、わしが護る。貴様は二度と目を覚まさず、土の下で大人しく寝ておれ」


持子が腕を組み、傲岸不遜に言い放つ。


「……ふっ。頼もしいことだ」


将門公は最後に微かに微笑むと、持子と楓へ向けて深く頭を下げた。


「……見事なり、極黒の魔王よ。そして、神の巫女よ。……さらばだ」


フゥゥゥゥゥッ……。

突如として吹き込んだ一陣の夜風とともに、平将門公の巨躯は完全に光の粒子となり、空高く、帝都の夜空へと昇っていった。

それと同時に、大手町を覆っていた異界の結界が完全に消滅し、本来の静寂が戻ってくる。


「……終わりましたね、先輩」


楓が、生琴を消散させ、静かに息を吐いた。


「ああ。……ったく、最悪の夜遊びだったぞ。……帰ったら、鮎に最高級の肉を焼かせよう。美羽には……肩揉みだな」


持子が、額の血を乱暴に拭いながら、ようやく緊張を解いて座り込んだ。

東の空が、うっすらと白み始めている。

帝都・東京は、誰にも知られることなく、未曾有の危機を乗り越えた。

極黒の魔王と神話の巫女、そして彼女たちを支えた者たちの手によって、再び新しい朝を迎えようとしていた。


――極黒の魔王と東京霊脈戦線(完)――


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