「帝都守護神・平将門」
✴︎絶望の玉座と、白銀の援軍
――大手町の中心、異界の最深部。
本来ならば無機質なコンクリートとガラスで構成された高層ビルの展望フロアは、平安の朱塗りの木材と現代の鉄骨が内臓のように絡み合った、極めてグロテスクで歪な「玉座の間」へと変貌していた。
血のように赤く明滅する無数の呪符。鼓膜を圧迫するほどの濃密な瘴気。
その最奥、天を衝く黒い渦を背負うようにして鎮座する漆黒の玉座に、千年の怨念を宿した武神――新皇・平将門公は静かに腰を下ろしていた。
「……よくぞ辿り着いた、大陸の覇者の魂を持つ魔王よ。そして、神の血を引く修羅の巫女よ」
地を這うような、しかしどこまでも威厳に満ちた重低音が、空間そのものを震わせる。
玉座の前に立った恋問持子は、黄金の瞳を細め、傍らに立つ風間楓とともに不敵な笑みを浮かべた。
「ふん。千年ぶりの目覚めにしては、随分と寝起きが悪いではないか。帝都のど真ん中でこんな悪趣味な城を建ておって……いったい何のつもりだ、怨霊の親玉よ」
持子の背後に、かつて長安を恐怖で支配した暴君・董卓の巨大な幻影が立ち昇り、ビリビリと空気を焦がす。
将門公は、持子の圧倒的な覇気を受けても微塵も動じず、ただ静かに、哀愁すら漂う真紅の眼光で眼下の帝都を見下ろした。
「……我は、千年の長きに渡り、この地の霊脈の底から帝都を見守り続けてきた。……だが、今のこの地は脆すぎる。愚かなる者どもが霊脈を弄び、穢し、いずれ外からの大いなる厄災によってこの帝都は跡形もなく蹂躙されるであろう」
「なんだと?」
持子が眉をひそめる。
将門公がゆっくりと立ち上がった。その巨躯から放たれるのは、単なる破壊衝動ではない。あまりにも強大で、独善的な『守護』の意志だった。
「我は、この帝都を護る。そのために霊脈の全てを我が身に集め、この地を不可侵の神域へと作り変えるのだ。現世の脆弱な人間どもが死に絶えようとも、帝都という『器』そのものは永遠に我の加護のもとで残り続ける。これこそが、絶対の護りぞ」
「……本末転倒ですね」
氷のように冷徹な声で、楓が前に出た。彼女の手には、神話級の宝具『生太刀』が白銀の輝きを放っている。
「人が生きていない街を護って、何の意味があるんですか。それはただの、巨大な墓標です。……それに、あなたのその強引な霊脈の簒奪には、裏で糸を引いている黒幕の気配がする」
「如何なる者の手引きがあろうと、我が意志は揺るがぬ。この帝都を我が手に収めるのみ」
将門公が、漆黒の大刀をゆっくりと構えた。その切っ先が持子たちに向けられる。
「我が理を否定し、この帝都の未来を背負うと抜かすのならば――示してみせよ。貴様らに、我を退け、この地を護るだけの『力』があるということをッ!!」
「……ははっ、ははははははっ!!」
持子が天を仰いで哄笑した。その声に、王としての絶対的な矜持が宿る。
「言ってくれるではないか、亡霊風情が! 貴様のくだらん理屈など知らん! わしの目の前で王の玉座にふんぞり返り、わしの住む街を勝手に作り変えるなど、万死に値するわッ!!」
持子の右腕に、極限まで圧縮された漆黒の『魔王の暴力』が渦を巻く。
楓もまた、呼応するように『生太刀』の神気を爆発させた。
「行くぞ、楓! あの不愉快な椅子から、この男を引きずり下ろしてやる!!」
「はい、先輩ッ!」
二人の少女が、帝都の真の守護者を決めるべく、絶望の玉座へと地を蹴った。
――ズガァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!
大手町の中心、異界の最深部。現代のコンクリートと平安の朱塗りの木材が内臓のように絡み合った歪な玉座の間で、爆発的な破壊音が響き渡った。
「オラァッ! どうした、帝都の怨霊の親玉ァ! 千年の眠りで身体が鈍っておるのではないかッ!!」
恋問持子が、かつて長安を恐怖で支配した暴君・董卓のカリスマと圧倒的な暴力を右の拳に圧縮し、平将門の巨躯へと叩き込んだ。
その一撃は、将門の漆黒の鎧を消し飛ばし、大木のような左腕を根本から粉砕する。常の怨霊であれば、その「魔王の暴力」に触れただけで霊体構造が崩壊し、塵となって消滅するほどの致命傷だ。
だが――。
「……無駄だ。我は、この地の理そのものぞ」
コンクリートと化した玉座に座したまま、将門公は微塵も表情を変えない。
シュゥゥゥゥッ……!
粉砕されたはずの左腕の断面から、青白い光の奔流――東京の地下に張り巡らされた『霊脈』のエネルギーが直接噴き出し、瞬きする間に新たな腕と鎧を再構築してしまったのだ。
「チッ……! またですかッ!」
風間楓が鋭く舌打ちをする。彼女はスサノオの娘「須勢理毘売命」の魂に呼応し、神話級の宝具『生太刀』を振るって将門の死角へと踏み込んだ。
「ならば、その核ごと消し飛ばすまで――ッ!」
キィィィィィィィンッ!
空間を切り裂く白銀の神速の刃が、将門公の顔面――呪詛の核が集中する眉間へと突き出される。
しかし、刃が将門の肌に触れる数ミリ手前で、まるで水面に石を投げ入れたかのように空間がグニャリと歪んだ。
『生太刀』の刀身は、将門の顔面をすり抜け、明後日の方向の空間へと逸らされてしまう。
「なっ……空間そのものを、断絶させて……ッ!?」
バランスを崩した楓の腹部に、将門の無慈悲な蹴りが突き刺さった。
「が、はぁッ……!」
「楓ッ!!」
持子が咄嗟に楓の身体を受け止めるが、その殺人的な衝撃に二人は数十メートルも後方へと吹き飛ばされ、朱塗りの柱を何本もへし折りながら床を転がった。
「ゲホッ……かはっ……。くそっ、なんてデタラメな……」
血を吐きながら立ち上がる持子の黄金の瞳に、かつてないほどの焦燥が浮かぶ。
どれだけ魔王の暴力を叩き込んでも一瞬で傷が塞がる**「帝都霊脈との強制リンク(無限超回復)」。
そして、トドメとなる核への一撃をことごとく逸らす「空間断絶の呪詛」**。
「……将門公自身の力だけじゃない」
荒い息をつきながら、楓が『生太刀』を杖代わりにして立ち上がった。その冷徹な頭脳が、絶望的な状況を瞬時に分析する。
「誰かが……この異界を創り出した黒幕が、意図的に将門公にあの二つの理不尽な術式を付与しています。東京の霊脈エネルギーを無限に吸い上げ続ける限り、あの男は事実上の『不死身』です……ッ」
「ふざけおって……! 誰が仕組んだにせよ、わしの目の前で王の玉座にふんぞり返るなど、万死に値するわッ!」
持子は再び闘気を練り上げるが、その足取りは重い。無限の回復力を持つ敵を前に、二人のスタミナと魔力は確実に底を尽きかけていた。
辿り着けない。どれだけ手を伸ばしても、あの男の命に、届かない。
圧倒的な絶望が、冷たい泥のように二人を包み込んでいく。




