「白銀の援軍 ―― 玉座への最終防衛線」
✴︎一方、その阿鼻叫喚の地上から数百メートル上空。
異界の中心へと続く歪な階段の途中で、滝夜叉姫と相馬将門王との死闘を制した三人の少女――本多鮎、花園美羽、そして吸血鬼のルージュが、荒い息を吐きながら膝をついていた。
「はぁ……はぁ……っ。なんとか、倒したね……」
ピンク色の髪を汗で肌に張り付かせながら、鮎が『デュラハンの大剣』を杖にして立ち上がる。彼女の全身の防具はボロボロに砕け、狂戦士の力をもってしても、立っているのが不思議なほどの重傷を負っていた。
「油断しないでくださいにゃ、鮎ちゃん……。持子様と楓ちゃんが、上でまだ戦っていますぅ……」
美羽もまた、七本の属性短刀のうち数本を失い、太ももから流れる血を押さえながら立ち上がった。
「ええ。わたくしの索敵魔法でも、上の階で持子様たちの魔力が激しく消耗しているのが分かりますわ……! 早く加勢に行きませんと……!」
ルージュが影から這い出し、焦燥に顔を歪ませる。
三人は満身創痍の身体に鞭を打ち、持子たちが死闘を繰り広げる玉座の間へと続く階段を駆け上がろうとした。
だが。
――ズズズズズズッ……!!
「……え?」
鮎が、階段の「下」を振り返った瞬間、その表情が絶望に凍りついた。
空間が歪み、どす黒い瘴気が螺旋を描きながら吹き上がってくる。
その瘴気の中から、ドス、ドス、ドス、と地響きを立てて現れたのは――地上で防衛線を半壊させているはずの**『坂東の狂鬼・重装騎馬大将(黒甲冑の怨霊)』**の群れだった。
一体、二体ではない。十体、二十体……無数の重装甲の狂鬼たちが、階段を埋め尽くすように這い上がってくる。
将門公の危機を察知した異界そのものが、玉座を守るため、防衛線を無視して最強の近衛兵たちを内部へと回帰させたのだ。
狂鬼たちの兜の奥で、真紅の眼光が鮎たちをギロリと睨みつける。
『――我ガ、主君ニ、触レルナァァァァァァッ!!』
耳を劈くような怨念の咆哮。数十の巨大な槍や長刀が、三人を微塵切りにすべく一斉に振り上げられた。
このままでは、背後から持子と楓が奇襲を受ける。
最深部で限界を迎えている二人の背中を、この怪物の群れに晒すわけにはいかない。
「……美羽ちゃん。ルージュ」
鮎が、血まみれの口元を拭い、フッと笑った。
その瞳に、再び狂戦士の昏いハイライトが灯る。
「……ええ。分かっていますにゃ、鮎ちゃん。あの生意気な後輩と、大好きな魔王様の背中は……私たちが守るですぅ」
美羽が、残された属性短刀を逆手に構え、獣のような笑みを浮かべた。
「まったく……! どこまでも人使いの荒い王様ですわね! わたくしが300年パリで培った血の魔術の神髄、見せて差し上げますわ!」
ルージュが両手を広げると、彼女の周囲に真紅の血の刃が無数に展開し、濃密な闇の領域が階段を覆い尽くした。
「行かせないよッ!! ここから先は、一歩たりとも通さないッ!!」
鮎が『デュラハンの大剣』を振りかざし、絶望的な数の狂鬼の群れへと、決死の覚悟で飛び込もうとした――その刹那。
「――ボロボロじゃないか、君たちは」
涼やかで、どこまでも澄み切った男の声が、瘴気の底から響き渡った。
直後。
キィィィィィィィィィンッッ!!
眼下の階段を埋め尽くしていた狂鬼の群れが、下層から突き抜けてきた「白銀の極光」によって、一直線に、そして無慈悲に両断された。
「グォォォォォォォォッ!?」
狂鬼たちの断末魔とともに、漆黒の瘴気が眩い浄化の光に灼かれて蒸発していく。
「な、なに……!?」
目を見開く鮎たちの前に、ゆっくりと階段を登ってくる二つの人影があった。
漆黒の『対霊戦術防護外套』を翻し、遺産武装『九式・霊子振動刀《建御雷》』を肩に担いだ、TIAの次期トップ候補・風間洋助。
そしてその隣には、純白の『装甲神術礼装・天叢雲』を纏い、神々しい浄化の光を放つ八咫烏の令嬢・葉室桐子が、扇で口元を隠して優雅に微笑んでいた。
「よ、洋助さん!? それに桐子さん!?」
「なんで、防衛線の指揮官がここにいるんですにゃ!?」
美羽が驚愕の声を上げる。防衛線は彼らが要となって維持していたはずだ。
「地上の防衛線は、クランの各代表たちと、自衛隊の戦車部隊が死に物狂いで押し留めている。おかげで地上の数は減りつつある」
洋助は、霊子振動刀のシリンダーから圧縮された霊素の排熱をシューッと吐き出しながら、涼しい顔で答えた。
「問題は、こちらの戦線だ。……外の防衛線をどれだけ維持しようと、この玉座への道が突破され、魔王である持子さんや楓が討たれれば、全てが終わる。ここが真の『防衛線』だと判断したから、俺たちはここへ移動してきたんだ」
洋助の論理的かつ冷徹な判断。
だが、鮎、美羽、ルージュの三人が何より驚愕し、そして密かに「悔しい」と歯噛みしたのは、洋助と桐子の『状態』だった。
滝夜叉姫や相馬将門王という神格クラスの怨霊と死闘を繰り広げ、防具も砕け、全身血まみれで立っているのがやっとの鮎たちに対し――。
洋助と桐子は、息一つ切らしていなかった。
防護外套には埃一つ付いておらず、桐子の巫女服の白さは新品のように眩しい。無数の狂鬼を相手に前線指揮を執り、さらにここまで階段を突破してきたというのに、彼らにはまだ底知れぬ『余裕』が満ち溢れていたのだ。
「まったく……あなた方、本当に人間ですの? わたくしたちの苦労がバカらしくなりますわ」
ルージュが呆れたようにため息をつく。
「ふふっ。お疲れ様でしたわ、烏合の……いえ、勇敢な乙女たち」
桐子が、少しだけ敬意を込めた目で鮎たちを見た。
「あとの雑兵の掃討は、私たちに任せておきなさい。洋助様の剣と私の光があれば、この階段は誰一人として通しませんわ」
「……桐子の言う通りだ。君たちは少し休んで、体力を回復させてくれ」
洋助はそう言うと、残存する数十体の狂鬼の群れへと向き直り、刀を鋭く構えた。
「さあ、来い。千年の怨念だろうが何だろうが、俺と桐子の前では、ただの的だ」
圧倒的な実力差を見せつける『武器の天才』と『古代神術の大家』。
白銀の援軍が階段を完全に封鎖したことで、背後の憂いは完全に絶たれた。
あとは、玉座の間にいる持子と楓が、あの理不尽な不死身の武神を打ち倒すのみ。
帝都の命運を懸けた戦いは、いよいよ最終局面へと突入していく――。




