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「帝都百鬼戦線 ―― 焦土作戦前夜」

✴︎時を同じくして、大手町の地上部隊――帝都の防衛線もまた、未曾有の崩壊の危機に直面していた。


「あ、あああぁぁぁっ……! な、なんだあいつら……!」


「数が多すぎるッ! 結界が保たない! 退避、退避ィィッ!」


ズゴォォォォォォォォンッ!!

空間の歪みが限界を突破し、大手町のビル群が完全に平安の京の街並みと融合していく。その「巨大な異界」の拡大に伴い、空間の亀裂から這い出してきたのは、先ほど防衛線を半壊させたあの『坂東の狂鬼・重装騎馬大将(黒甲冑の怨霊)』と同等の力を持つ、数十体にも及ぶ特級の狂鬼たちだった。


「ひぃぃぃッ! 陣形を立て直せ! 呪歌部隊、何をしているッ!」


阿鼻叫喚の地獄絵図と化した前線指揮所。

そこから少し離れた装甲指揮車両の中で、内閣府・第七神祇課『彼岸花』の室長である赤城太郎は、冷や汗でワイシャツを濡らしながら、モニターに映る絶望的な戦況を睨みつけていた。

(……最悪だ。持子たち『将門公討伐隊』が足止めを食らっている影響で、異界の拡大速度が想定を遥かに上回っている。このままでは、あと三十分で防衛線は完全に決壊するぞ)

赤城は爪を噛む。

彼は政治家や官僚の顔色をうかがいながら、霊的事件の被害を最小限に抑え込む冷徹な実務家だ。彼が恐れているのは怨霊そのものではない。この戦線が崩壊し、東京が完全に「魔界化」したと判断されれば、同盟国であるアメリカ軍が介入してくる。

奴らは霊的被害を物理的に焼き払うため、戦略級の兵器――最悪の場合、東京全域を灰にする「焦土作戦」すら躊躇しないだろう。

それだけは、国家の威信にかけても阻止しなければならない。


「……長官、横田基地の米軍が独自の動きを見せています! このままでは戦略爆撃機が飛び立ちます!」


部下の悲痛な報告を受け、赤城は震える手で極秘回線の赤い受話器を取った。通話先は、内閣総理大臣および国家安全保障局のトップたちが集まる地下官邸である。


『……赤城君。事態の収拾がついていないようだが? 同盟国が業を煮やしている。このままでは君の責任問題では済まないぞ』


「総理、責任などという次元の話はとうに過ぎております!」


普段の赤城であれば、ここで平身低頭し、脂汗を流しながら必死に言い訳を並べ立てるだろう。しかし、今の彼にはそんな建前を取り繕う気も、政治的な配慮をする余裕も一切なかった。


「現在、帝都大手町はフェーズ4……特級怨霊の大規模な百鬼夜行状態です! このまま防衛線が決壊すれば、アメリカの焦土作戦の前に、東京の人口の半分が『霊的に』食い殺されます!」


『なっ……言葉を慎み給え、一介の室長風情が!』


「慎んでいる場合かッ!!」


赤城の怒号が、装甲車両の狭い車内にびりびりと響き渡った。通信越しの政府高官たちが息を呑むのがわかる。


「超法規的措置の決裁を今すぐ要求します! 民間クランへの国家予算の無制限投入、および自衛隊『極暑』部隊の全火力行使の許可を! 承認が下りないなら、私は今この瞬間に職を辞し、現場の指揮権を完全に放棄します。アメリカの絨毯爆撃で東京が灰になるのと一緒に、あなた方の政治生命も終わると思ってください!」


『……っ! き、貴様……! ……わ、分かった。事後処理はすべて君の部署に一任する。好きにやれ!』


「……言質は取りました。失礼する」


赤城は乱暴に受話器を叩きつけた。彼の手はまだ微かに震えていたが、その瞳にはかつてないほどの鋭い光が宿っていた。


「……出し惜しみをしている余裕はなくなったな」


赤城は通信機の回線を切り替え、自衛隊・特殊作戦群『対特殊武器衛生隊(極暑)』の指揮官へと繋いだ。


『――こちら山本だ。どうした、赤城室長。いよいよ現場のクラン共が泣きを入れてきたか?』


通信の向こうから、山本貞二郎一等陸佐の、砲撃音にも負けない野太い声が響く。徹底した火力至上主義者である彼は、この地獄のような状況下でも余裕の笑みすら浮かべているようだった。


「嫌味を言っている場合ではありません、山本一佐。事態はフェーズ4を突破しました。このままではアメリカが動きます。……貴部隊の、予備戦力を含めた全火力の追加投入を要請します」


『カハッ! いいだろう!』


山本は即座に快諾した。彼にとって、旧帝國の遺産を組み込んだ最新鋭兵器の威力を試すこれ以上ない機会なのだ。


『第一から第三中隊、全車両前進! 10式戦車改、ならびに16式機動戦闘車、これより面制圧に移行する! 怨霊の分際で、我が国の装甲師団の前に立ち塞がったことを後悔させてやる!』


山本の号令のもと、鋼鉄の防波堤が重低音の咆哮を上げた。


「目標、前方一〇〇〇(ヒトマルマルマル)! 黒甲冑の群れ! 全砲門、撃てェッ!!」


地鳴りとともに、横一列に展開した『10式戦車改(魂喰らい)』の砲塔が一斉に火を噴く。砲身から放たれた霊素圧縮徹甲弾は、空間を歪めるほどの青白い軌跡を描き、狂鬼たちの分厚い瘴気の盾を物理的・霊的に食い破りながら着弾した。


ズガガガガガガガッ!!


数十トンの巨体を誇る狂鬼たちが、強固な霊体構造ごと内側から粉砕され、悲鳴を上げる間もなく光の粒子となって吹き飛ぶ。

さらに、都市部の瓦礫を乗り越えて『16式機動戦闘車(不知火)』が高速展開し、霊子レーダーで不可視の怨霊の増援を次々と捕捉。大口径の機関砲による掃射で、怨霊の群れを文字通りハチの巣に変えていく。

上空からは、AH-64Dアパッチ・ロングボウ改が急降下し、聖水気化爆薬を搭載したヘルファイアミサイルを無慈悲に投下。大手町の交差点が、怨霊の存在を真っ向から否定する神聖なる浄化の炎で真っ白に染め上げられた。


「ハッハッハ! 見たか化け物ども! これが近代火力と旧帝國の遺産の融合だ! 押し潰せェッ!」


山本の狂気じみた高笑いが、戦場に響き渡る。

さらに赤城は、現場の封鎖を担う警視庁・公安部『特殊呪歌対策課』の葛西研二課長にも回線を繋ぐ。


「葛西課長、前線の被害状況は」


『ギリギリだ、赤城! うちの特製電磁警棒のバッテリーも保たねえ! だが、意地でも一般市民は巻き込ませねえよ! ……お前の頼みだ、最後まで付き合ってやる!』


非能力者でありながら長年の勘で現場を支える葛西もまた、血を吐くような覚悟で防衛線を維持していた。彼の部下たちは、物理的な盾と妨害電波を放つ警棒のみで、一般市民が避難する地下鉄の入り口を死に物狂いで死守している。


「恩に着ます。……第七神祇課の全権限をもって、主要七クランの各代表にも通達!」


赤城はキーボードを弾き、多種多様な民間組織をギルドとして競わせるシステムの、最大のリミッターを解除した。


「特別追加報酬を現在の十倍……いや、白紙小切手で確約します! 各クランは出し惜しみをやめ、保有する全戦力を投入し、何としてもあの黒甲冑の群れを押し留めてください!」


『承知した! 我が八咫烏の誇りにかけて、帝都の土は踏ませぬ!』


『応ゥ! 鳳翼の山伏の意地、見せてやるわい!』


『南無阿弥陀仏……全僧侶、結界の出力を最大に!』


通信機越しに、八咫烏の葉室嗣綱、鳳翼山伏衆の蔵王権蔵、曼荼羅浄土門の蓮華院慈空をはじめとする各クランの長たちが次々と快諾の咆哮を上げ、最前線へと身を投じていくのが聞こえた。

自衛隊の砲撃の隙間を縫うように、クランの精鋭たちが独自の術式で戦場を駆ける。


天照坐皇大御神あまてらしますすめおおみかみ……ッ!」


八咫烏の代表・葉室嗣綱が白装束を血に染めながら祝詞を唱えると、上空から幾重にも重なる巨大な光の柱が降り注ぎ、狂鬼たちの瘴気を一瞬で焼き払った。

その焼け野原へ、鳳翼山伏衆の代表・蔵王権蔵が、筋肉の鎧を限界まで隆起させて突撃する。


「金剛法・夜叉砕きィィッ!」


霊気を極限まで圧縮して纏った豪腕が、重装甲の狂鬼の兜を正面から殴り飛ばし、頭部ごと粉砕する。

背後からは、曼荼羅浄土門の僧侶たちが一斉に読経し、空中に巨大な金色の梵字を浮かび上がらせて強固な結界を展開。狂鬼の長刀による凶悪な斬撃を、激しい火花を散らして弾き返した。

さらに、龍胆組・霊学会の無法者たちが、霊力増幅剤である『呪薬』を致死量スレスレまで飲み込み、瞳を血走らせながら禁忌の呪符を巻き付けたショットガンを乱れ撃つ。聖三条騎士団の甲冑騎士たちもまた、巨大な十字架の槍を掲げ、「アーメン!」の絶叫とともにエクソシズムの神聖魔法で怨霊の急所を的確に串刺しにしていた。

普段はいがみ合い、それぞれが相容れない教義と歴史を持つ彼らが、今この瞬間だけは『帝都の防衛』という一つの目的のために、己の命を削って完璧な連携と死闘を見せていた。

だが、その熱狂的な通信網の中で、一人だけひどく間延びした声が響いた。


『ほっほっほ。血気盛んなことじゃのう、若いのぅ』


TIAの代表であり、楓の祖父でもある風間助平だ。通信の背後からは、暢気に茶をすする音すら聞こえてくる。


「風間代表! TIAの主力部隊も前線へ――」


『うちの主力部隊は前線にもうだしとる……ワシにはワシの「仕事(役割)」があるんじゃ。』


「なっ……! この期に及んで何を――」


『安心せい。ワシの代わりと言っては何じゃが、ウチの「最高傑作」と、その可愛いお嫁さんを、一番重要な場所へ向かわせたからな』


プツッ。

一方的に通信が切れる。赤城が舌打ちをしたその時、モニターの戦況図で、二つの強大な霊力反応が防衛線から離脱し、異界の最深部――将門公の玉座がある高層ビルへと急速に移動していくのが確認された。


(……風間洋助と、葉室桐子か)


赤城は、前線を自衛隊とクラン連合に完全に預け、単独で異界の中心へと突入していく二つの「白銀の光」をモニター越しに見つめた。

もしこの防衛線が突破されれば、帝都は終わる。だが、その防衛線をいくら維持しようとも、最深部の『王(将門公)』を討ち果たせなければ、結局はジリ貧で全滅するのだ。


「……頼みましたよ、次世代の化物ども。我々大人は、意地でもこの泥沼の境界線を死守してみせる」


赤城はネクタイを乱暴に引き結び、自らも指揮車両のハッチから身を乗り出し、炎と咆哮が入り交じる絶望的な防衛戦の陣頭指揮を執り続けた。

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