『断絶の彼方へ』
✴︎深淵への突入と、吸血鬼の咆哮
「道は開けたぞ! 行け、楓達!」
背後から響く洋助の声に、持子、鮎、美羽、そして楓が地を蹴った。
すれ違いざま、持子は背後で白銀の極光を振るう二人の姿を黄金の瞳に深く焼き付けていた。
TIAの次期トップ候補である風間洋助と、八咫烏の令嬢である葉室桐子。二人の圧倒的な武勇は鮎や美羽から噂に聞いていたが、その戦いぶりを直接目の当たりにするのはこれが初めてだった。
(……凄まじいな。流石は東京の裏社会を束ねる頂点の才覚か)
素直な感嘆を覚えるのと同時に、持子の背筋に冷たい戦慄が走った。あの純度が高すぎる『浄化の光』は、魔王たる持子や魔に連なる者たちにとって、存在そのものを灼き尽くす致命的な天敵となり得る力だ。それは、隣を並走する楓が内に秘める神話級の威圧感と同等か、それ以上に厄介な輝きだった。
異界の深淵へ近づくにつれ、空気は粘り気を帯びた高密度の呪詛へと変わっていく。
その重苦しい道中、走りながら鮎がふと疑問を口にした。
「ねえ、楓ちゃん。私たちを呼んでくれたのは嬉しいけど……ぶっちゃけ、あの洋助さんと桐子さんって人と組んで突入した方が、相性も勝率も良かったんじゃないの?」
「同感ですにゃ。あの二人の光なら、怨霊の親玉も一網打尽にできそうですぅ」
その言葉に呼応するように、鮎の足元の影が不気味に揺らめいた。
「ちょっと待ってくださいませ!」
影の中から、真紅のドレスを纏った金髪の吸血鬼、ルージュが上半身だけをヌルリと現し、鮎と美羽に猛然と反論した。
「お二人の光は確かに強烈ですけれど、それだけではダメですわ! あの極限まで濃縮された怨念を前にしては、純粋な光は逆に反発を生んで弾かれてしまいます! 光の威力を叩き込む隙を作るための極上の『闇』……つまり、わたくしや持子様のような魔の力も不可欠ですのよ!」
前を見据えたまま、楓はルージュの言葉を肯定するように冷徹な声で頷いた。
「……ルージュの言う通りです。将門公の空間断絶を打ち破り、神格化すらしているその核をピンポイントで叩き潰すには、純粋な光だけでは疑問です。光も闇も、物理も呪術も入り混じった『多種多様で規格外の力』の乱打が必要不可欠だと……私の勘がそう告げています」
それに、と楓は背後で激戦が続く防衛線を一瞥した。
「あの絶望的な怨霊の軍勢を前にして、戦線を完全に維持するには、洋助と桐子さんの火力が絶対にあそこに残っていなければならないんです。彼らはあの場の前線指揮官でもありますから。それに、彼らが防衛の要として残ることは、政府機関や他の七クランとの間でも絶対の合意事項でした」
理路整然とした、しかし確かな信頼に満ちた楓の言葉に、鮎たちも納得して力強く頷く。
だがその直後、四人の視界が突如としてぐにゃりと歪んだ。
前へ進むことはできる。しかし、上下左右の方向感覚が完全に麻痺し、三半規管を直接かき回されるような強烈な吐き気――『魔力酔い』が彼女たちを襲った。将門の怨念が作り出した、巨大で濃密な幻惑の魔力結界だ。
「……ッ、厄介な結界ですね」
楓が鋭く舌打ちし、神術で結界を祓おうと印を結びかける。だが、すぐにその手を止めた。
結界の範囲が広すぎる。将門公の規格外の魔力を前に、道中の結界を強引に解除し続ければ、楓の魔力は著しく消耗してしまう。最深部で将門公の核を砕くための余力を残さなければならない状況で、これは致命的なロスになる。楓の冷静な顔に、初めて焦りの色が滲んだ。
その時だった。
「まったく……このわたくし、ルージュの出番ですわね!」
ルージュがふわりと影から抜け出し、得意げに胸を張った。
「楓様、ここはわたくしに任せなさいな! いいこと? わたくしが300年間、花の都パリの地下――光の届かない漆黒の迷宮を支配していたのは伊達ではありませんわ。遠くの景色が視覚として『見える』わけではありませんが、周囲の魔力の流れや空間の構造は、手に取るように『分かる』のです!」
ルージュの真紅の瞳が怪しく光り、周囲の狂った空間を正確に脳内へマッピングしていく。
「索敵・空間把握魔法、展開! ……見つけましたわ。将門公の玉座は、あの歪んだ高層ビルの上層――空間が断絶している特異点の向こう側ですわ! わたくしが案内いたします!」
ルージュが指差す先、スカイラインをねじ曲げるようにそびえ立つビルの頂上で、黒い瘴気の渦がとぐろを巻いている。
しかし、ルージュはそこでふいに表情を険しくし、低い声で忠告した。
「……気をつけてくださいませ。将門公の恐ろしい魔力に隠れて見落としそうになりましたが、玉座の近くにもう二つ……とてつもない強敵の気配が潜んでいますわ」
「上等だ。相手が誰であろうと、わしらが退く理由にはならん」
持子は不敵な笑みを浮かべ、黄金の瞳を爛々と輝かせた。
「よくやった、ルージュ! 鮎、美羽、楓! あの渦の向こう側がわしらの戦場だ!」
持子の王としての力強い号令と共に、四人と一匹は、ルージュの的確なナビゲートに従い、理不尽なる武神が座す玉座へと迷いなく突入していった。




