『双刃顕現 ――極黒の魔王、両翼を得る』
帰還せし双刃 ~極黒の魔王と最強の眷属~
ザワァァァァッ……。
夜の帳が完全に下りた赤坂・氷川神社の境内。冷たい夜風が木々を揺らす中、神域の空気はどこか異質な緊張感に包まれていた。
社務所の縁側では、『極黒の魔王』こと恋問持子が、朱色の盃を片手に腕を組み、威風堂々たる姿勢で座している。その傍らでは、ドS巫女・風間楓が、鉄面皮のまま静かに緑茶を啜っていた。
「……来たか」
持子が、黄金に輝く魔眼を細める。
月明かりに照らされた鳥居の向こうから、二つの影が歩み寄ってくるのが見えた。
大地そのものを震わせるような、圧倒的な質量と覇気を伴う重厚な足音。
そしてもう一つは――(無音)。
玉砂利を踏む音はおろか、衣擦れの音、呼吸音、さらには生命の鼓動すら一切感じさせない、完全なる幽鬼の歩法。
本多鮎と、花園美羽であった。
「持子様。ただいま戻りました」
「お待たせしましたですぅ、持子さん」
二人の姿を視界に捉えた瞬間、持子は息を呑み、盃を持つ手をピタリと止めた。
(……なんだ、このヒリつくようなプレッシャーは)
以前の彼女たちも十分に強力な配下であった。だが、今の二人から放たれる気配は、明らかに次元が違っている。
鮎の全身からは、静かでありながらも周囲の空間を歪ませるほどの、底知れぬ圧を伴った『極黒の魔力』が陽炎のように立ち昇っている。
対する美羽は、確かにそこに立っているにも関わらず、目を閉じれば「気配」がまるで見えない。極限まで研ぎ澄まされた刃そのもの――いや、死の概念そのものを纏ったような、冷徹極まる暗殺者のオーラを放っていた。
「ほう……。二人とも、見違えるほど良い面構えになったではないか」
持子が立ち上がり、不敵にして傲岸不遜な魔王の笑みを浮かべる。
「さあ、見せてみよ! わしが愛する最強の下僕たちが、その死地でどれほどの力を手にして帰還したのかを!」
「――はいっ!」
ドンッ!!
鮎が一歩、石畳を力強く踏み砕いて前に出た。
彼女の背には、絶望的な冷気を放つ巨大な『デュラハンの大剣』と、伝説の長刀『岩融』が十字に交差するように背負われている。
鮎はまず、右手を背に回し、岩融を引き抜いた。
刃長だけで約106cm(3尺5寸)に達する、武蔵坊弁慶が振るったとされる長大な薙刀。鮎はそれを、まるで自身の指先のように軽々と、かつ完璧な重心移動で頭上にて旋回させた。
ブォォォォォォォォンッ!!
空気を圧縮し、断ち切る凄まじい風切り音。発生した突風が、十数メートル離れた持子の前髪を激しく揺らす。
(……なんという膂力と遠心力の支配! 以前の力任せな剣閃とはまるで違う!)
持子が感嘆の声を漏らした、次の瞬間。
「――シィッ!」
鮎は踏み込みと同時に岩融を背中の鞘へと滑り込ませ、流れるような動作で、今度は『デュラハンの大剣』を両手で引き抜いた。
遠心力を一切殺さず、極黒の魔力の『重さ』を大剣の刃先に一点集中させた、神速の唐竹割り。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!!
分厚い石畳のわずか数ミリ手前。その巨大な鉄塊が、ピタリと寸止めされる。衝撃波だけが放射状に放たれ、境内の枯れ葉を一掃した。
「……武器の換装。敵の間合いと戦況に合わせて、長刀の『線』による制圧と、大剣の『面』による絶対破壊を瞬時に使い分けます。今の私なら、どんな絶望的な戦況でも、必ず持子様をお守りしてみせます!」
凛と言い放ち、胸を張る鮎。その足元の影がドロリと歪み、ルージュがヒョコッと顔を出した。
「ふふんっ、わたくしの『ルージュ部屋』からの武器の出し入れも、完璧なタイミングでしたでしょ?」と、得意げに胸を反らせている。
「素晴らしいぞ、鮎! ルージュ! まさに一騎当千、無双の狂戦士よ!」
持子が歓喜の声を上げる中、今度は美羽が、音もなくスッと前に出た。
月光が、美羽の両太ももから腰にかけて巻かれた、上質な漆黒の革の戦術用ベルトを照らし出す。
そこには、赤(火)、蒼(水)、緑(風/木)、琥珀(土)、白銀(金)、そして白(聖)と黒(闇)――五行と聖闇の属性魔力を宿した、七本の特級呪具たる短刀が整然と収められていた。
「私の新しい、絶対殺しの牙ですぅ」
チャキッ……!
美羽が両手を交差させ、瞬時に『火』の短刀と『風』の短刀を逆手で引き抜いた。
「――【無足】」
シュンッ……。
一瞬で、美羽の姿がブレて消え失せた。
「なっ!?」
持子の黄金の魔眼が、驚愕に見開かれる。目で追うことすら不可能な神速の歩法。
次の瞬間、持子の首筋に、ゾクリとするほどの冷たい金属の感触が添えられていた。背後に回り込んだ美羽が、二振りの短刀を虚空で交差させ、完璧な死角を取っていたのだ。
「……敵の属性に合わせて七つの刃を使い分け、風魔の二刀流による思考分割で隙をゼロにします。……もう誰にも、私の背中は取らせないですから」
一切の感情を排した、死神のような冷徹な声。もしこれが実戦であれば、極黒の魔王の首すら一瞬で地に落ちていただろう。
だが直後、美羽は短刀をカチャリと鞘に戻し、正面に回り込むと「えへへっ」と無邪気な笑顔を持子に向けた。
圧倒的な武力と、神速の暗殺術。
自分のために地獄の特訓を乗り越え、これほどの力を手にして帰ってきた二人の誇らしい姿に、持子の胸の奥で強烈な「萌え」と「愛おしさ」が限界突破のメーターを振り切った。
「おおおおおおっ……! お前たちぃぃぃっ!」
持子は感極まって涙目を浮かべ、魔王の威厳など完全に投げ捨てて、両腕を大きく広げ二人に向かって突進した。
「よくぞ、よくぞここまで……! さあ、この極黒の魔王の胸に飛び込んでくるが良い!!」
「持子様ぁぁぁっ!」
「持子さぁぁぁんっ!」
二人はそれぞれの武器を放り出し、持子の柔らかい胸の中へとダイブした。三人で団子のように抱き合い、頬をすり寄せて歓喜の涙を流す。
「よしよしよし! 偉いぞ! 本当によく頑張ったな、二人とも!」
持子が二人の頭をワシャワシャと撫で回す。すると、先ほどまでの冷徹な戦士のオーラはどこへやら、二人の口からはせき止めていたダムが決壊したように「本音」が溢れ出した。
「うぅぅ……死ぬかと思いましたぁ……! 下心ゼロのイケメン(洋助さん)に優しく手取り足取り指導されてキュンキュンするたびに、正妻のヤバい女(桐子さん)からガチの殺意で【極大浄化の雷】を撃ち込まれ続けて……心休まる暇が1秒もなかったんですぅぅっ!」
鮎がこれまでの理不尽な精神的苦痛を、ボロボロと泣きながら訴える。
「鮎先輩はまだイケメン成分があるからマシですよぉ! 私なんて、夜の森で妖に内臓抉られて死にかけるたびに、そこのドS巫女に回復魔法で無理やり傷を塞がれて、『はい金縛り解除。続きです』って、無限コンテニューの最悪なデスゲームを何百回もやらされたんですからねぇぇっ! 痛いぃ! 理不尽ぃぃっ!」
美羽も持子の服をギュッと握りしめ、溜まりに溜まったド黒い愚痴を号泣しながら吐き出した。
「えっ……? お、お前たち、一体どんな地獄を見てきたのだ……?」
歴戦の魔王であるはずの持子が、二人のあまりにも生々しく凄惨なトラウマ語りにドン引きし、顔を引き攣らせる。
「……文句は多いようですが、二人とも、実戦に足るレベルにはなりましたね」
ズズッ……と縁側で平和に緑茶を飲んでいた楓が、立ち上がって氷のように冷たく言い放つ。
「これで、次なる霊的災害が起きても、少しは私の負担が減ります」
極黒の魔王と、覚醒を果たした最強(にして深刻なトラウマを抱えた)下僕たちは、こうして再び赤坂・氷川神社に集結した。
彼女たちの騒がしくも血生臭い日常は、さらなる激闘へと向かって、容赦なく加速していくのであった。




