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覚醒の双刃 ~闇の狂戦士、最終試験~

覚醒の双刃 ~闇の狂戦士、最終試験~


ザワザワ、ザワワワワッ――。


夜の帳が完全に下りた氷川神社の私有林。普段は静寂が支配する神域の森が、今は異様な熱気と殺気に当てられ、木々が怯えるように葉を揺らしていた。


「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


荒い息を吐きながら、本多鮎ほんだ・あゆは大地を踏みしめていた。

その華奢な背中には、禍々しい冷気を放つ漆黒の巨刃**『デュラハンの大剣』と、伝説の薙刀『岩融いわとおし』**という、およそ不釣り合いな二つの絶望的質量が鎮座している。

ゴゴゴゴゴ……ッ!!

鮎の全身からドロリとした濃密な『極黒の魔力』が陽炎のように立ち昇る。限界に近い疲労。しかし、彼女の瞳はかつてないほどに澄み渡っていた。


(……あいつ、あんなに重い武器を二つも背負って……)


少し離れた場所からその姿を見据える風間洋助かざま・ようすけは、内心で舌を巻いていた。

教え子の成長に対する、確かな誇り。限界を超えてなお研ぎ澄まされていく鮎の覇気に、洋助の胸の奥で武者震いのような熱いものが込み上げてくる。

だが、ここは卒業試験。彼はあえて厳しい師の仮面を被り、最強の布陣である葉室桐子はむろ・きりこと吸血鬼ルージュに目配せをした。


「洋助様、あの泥棒猫ばかり見ていないで、わたくしの神術もご覧になって! 行くわよ! 【浄化・穿光せんこう】!!」


シィィィィィッ!!


自身ではなく鮎に注がれる洋助の熱い視線。それにいち早く気づき、苛立ちを隠せない桐子の指先から、空間を裂く音が鳴り響く。放たれたのは、音速すら置き去りにする極太の光の矢。


「ふふっ、洋助様の寵愛を受けるのはこのわたくし、真祖の血を引くルージュですわ!」


バサバサバサッ!!


光の矢に気を取られた死角。ルージュが自身の体を無数のコウモリへと変化させ、鮎の背後へと回り込む。実体化した彼女の口元からは鋭い牙が覗き、両手には血の匂いを纏った真紅の爪が伸びていた。


「さあ、泥棒猫はご退場なさいっ! 洋助様に褒められるのはわたくしですわぁっ!」


シャアアアアッ!!


正面からの圧倒的な魔術、そして背面からの吸血鬼の奇襲。

洋助は目を細めた。(さあ、どう捌く、鮎……!)

チャキッ!

鮎の右手が背に回り、長い柄を握りしめる。引き抜かれた長大な薙刀『岩融』を、鮎は迷いなく真横へと薙ぎ払った。


ブォォォォォォォォンッ!!!!!

極黒の魔力を纏った岩融が空気を圧縮し、暴風の壁を生み出す。

その圧倒的な物理的質量と魔力の風圧だけで、桐子の神術は「パァンッ!」と甲高い音を立てて霧散した。

さらに、背後から迫っていたルージュも「きゃあああっ!? わたくしのエレガントな奇襲がぁっ!」と情けない悲鳴を上げて後方へと弾き飛ばされる。


(……見事だ。岩融の遠心力と間合いを完璧に理解している。だが――)


ゾワッ!

鮎の全身を粟立つような悪寒が襲う。気づけば、洋助が岩融の長い死角を縫うようにして、音もなく至近距離――わずか数十センチの距離にまで踏み込んでいた。


(薙刀の最大の弱点は懐。さあ、どうする鮎。ここで絶望するか、それとも……俺の想像を超えてみせるか!)


洋助は手にした鉄パイプを、一切の手加減なしで鮎の急所へと突き出した。

長大な岩融を振り回す隙など一ミリもない。

しかし、鮎は焦らなかった。

彼女は防御を捨て、あろうことか岩融を強引に背中の鞘へと「戻した」のだ。

ガシャァァンッ! と乱暴な音が鳴るのと同時、空いた両手で『デュラハンの大剣』を引き抜く。


「……っ、これならぁぁぁっ!!」


ズガァァァァァァァァンッ!!!!!!

森中に轟音が響き渡り、凄まじい衝撃波が枯れ葉を天高く巻き上げた。

大剣の広大な腹が、洋助の鉄パイプの刺突を真正面から受け止めていた。


(……!! 大剣の『面』を盾にしただと!? しかもこの一瞬で、武器を換装スイッチしたというのか……!)


洋助の眼が見開かれる。

岩融の「線」の牽制から、大剣の「面」の絶対防御へ。思考の淀みすら無い最適解。


ギリィッ……ギギギギギギッ!!

鉄と鉄が軋み合い、火花がバチバチと爆ぜる。

やがて、耐えきれなくなったように足元の土が爆発し、視界が濛々たる土煙に覆われた。


「――……そこまでだ」


静寂。

洋助の落ち着いた声が響いた瞬間、森を満たしていた殺気が嘘のように霧散した。


「ふぅ……」


土煙が晴れていく中、大剣を両手で支え、膝をつきながらも不敵な笑みを浮かべる鮎の姿があった。

洋助は静かに歩み寄ると、彼女の髪に付いた枯れ葉を愛おしむように優しく払い落とす。


「おめでとう、鮎。多人数包囲を捌ききり、状況に応じた武器の特性を見事に使い分けたな。あの瞬間の換装……正直、俺の想像を遥かに超えていたよ。お前はもう、立派な戦士だ」


洋助の、どこまでも誠実で、心からの称賛。


「あ……」


その温かな掌の感触と誇らしげな声に、鮎の中で張り詰めていた緊張が解け、視界がじんわりと涙で滲む。彼女の白い頬が、カッと林檎のように赤く染まった。


「あ、ありがとうございます……洋助さんっ!」


満面の笑みで歓喜に震える鮎。

しかしその感動の余韻をぶち壊すように、土煙の向こうから黒い影が猛スピードで飛んできた。


「よ、洋助様ぁぁぁっ!!」


ガシィッ!

弾き飛ばされていたルージュが、涙目で洋助の足に勢いよくしがみついた。


「わ、わたくしのコウモリ分身からの強襲、セクシーかつデンジャラスでしたでしょう!? 鮎ばかりズルいですわ! さあ、ご褒美に洋助様の甘い血を……チュパッ! いやん、洋助様のふくらはぎ、とても逞しいですわぁんっ!」


すりすりと洋助の足に頬擦りをするルージュ。頬を染めて洋助を見つめる鮎。

洋助が「こら、ルージュ、くすぐったいって……」と苦笑いした、その時だった。


ピキィィィィィィィンッ……。

森の空気が、文字通り凍りついた。

物理的な冷気ではない。背筋を這い上がるような、純粋な『殺意』による温度低下。


「……へぇ」


振り向いた先。

葉室桐子が立っていた。

しかし、その瞳からはハイライトが完全に消え失せ、底なしの漆黒に染まっている。彼女の背後には、神聖なはずの光の魔力が、どす黒い怨念のようなオーラへと変質して渦巻いていた。


「ルージュ? あなた、戦闘訓練中にも関わらず、洋助様の御御足おみあしに何をしておりますの? そして鮎さん……ずいぶんと嬉しそうに頬を染めて、いい御身分ですわね……」


ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

桐子の頭上に、先ほどの数十倍はあろうかという超高密度の光の槍が、次々と顕現していく。


「あ、いや、桐子? これは試験が終わったから……な?」


洋助の額から、ツーッと冷や汗が流れる。


「言い訳は地獄で聞きますわ。泥棒猫ども……洋助様に見惚れて隙だらけになるなら、その不純な心ごと、塵一つ残さず浄化して差し上げますわ!! **【極大浄化・天罰てんばつ】**ぉぉぉぉっ!!」


「「ひぃぃぃぃっ! す、殺されるぅぅぅっ!」」


ドッギュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!!


夜の森に響き渡る、超特大の爆発音と、嫉妬に狂った正妻の理不尽な雷鳴。

闇の狂戦士・本多鮎は、過酷な最終試験を乗り越えた直後、真の『絶望』の恐ろしさをその身に刻み込むことになったのである。


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