『前衛の天才は教え上手ですが、キュンとすると浄化されます』
無自覚に口説く武器の天才に弟子入りしたら、婚約者が常時スナイプしてくる件
都心から少し離れた、氷川神社が管理する広大な私有林。
街の喧騒から完全に隔離された漆黒の森の入り口に、野太いエンジン音を響かせてジープが停車した。
「着いたぞ。ここなら、どれだけ派手に暴れても外には漏れない」
運転席から降り立った風間洋助は、ルーフキャリアに縛り付けていた分厚い布の塊――多種多様な自身の武器コレクションを軽々と下ろした。純粋な筋力と、重心を完璧に捉える技術の賜物である。
「さあ、始めようか。本多鮎」
森の開けた空間に立った洋助は、先ほどまでの穏やかな好青年の顔から一変し、武を極めた者特有の研ぎ澄まされた表情になっていた。その空気に当てられ、鮎もまた狂戦士としてのスイッチを入れる。
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
離れた場所では、葉室桐子が持参した折り畳み椅子に優雅に腰掛け、水筒の紅茶を啜っていた。彼女は稽古そのものを妨害する気はないらしい。ただ、その双眸は獲物を狙う鷹のように、暗闇の中でギラギラと鮎の一挙手一投足を監視していた。
そして、その桐子から少しだけ距離を置いた木の根元には、ジープに同乗してきた吸血鬼の元女王、ルージュが立っていた。
「……まったく。わたくしのような高貴な存在を、こんな土と泥だらけの森に連れ込むなんて。洋助様のお顔を拝むためでなければ、絶対に付き合いませんわ」
「あら、帰っていただいて一向に構いませんのよ? 汚らわしい吸血蝙蝠さん。あなたのその下品な視線が洋助様に触れるだけで、森の空気が淀みますわ」
桐子が紅茶のカップから口を離さずに冷たく言い放つと、ルージュも負けじと鼻で笑う。
「ふふん。嫉妬深い女は殿方に嫌われますわよ、古代神術の小娘。」
バチッ、と二人の間に見えない火花が散る。極光と極闇の相容れない存在。決して女同士仲良くなどなれないが、洋助という「推し」を見守るという一点においてのみ、奇妙な空間を共有していた。
「まずは、武器を置け。素手の『基本』からだ」
洋助の指示に、鮎は意外そうな顔をした。大剣の振り方を教わるものだとばかり思っていたからだ。
「君の戦い方は、圧倒的な膂力と闇の魔力に任せた『破壊』だ。だが、武器というのは己の身体の延長線上に過ぎない。身体の使い方が雑なまま巨大な質量を振り回せば、隙だらけのただの的になる」
そう言うと、洋助は鮎の背後に回り込み、彼女の腕や肩の位置を直接手で触れて修正し始めた。
「肩の力を抜け。足の親指から丹田、そして背骨を通って指先へ……力を『流す』感覚だ。そう、今の君は少し力みすぎている」
背後から包み込まれるような体勢。耳元で囁かれる、深く涼やかな男の声。そして、ごつごつとしているが温かい、武道家の掌の感触。
「ひゃっ……、あ、あの……洋助さん、近……っ」
トクンッ、と。
鮎の胸の奥で、今まで感じたことのない種類の甘い痺れが走った。
持子へ向ける、すべてを捧げたいという狂信的で重い『愛』や『忠誠』とは全く違う。もっと軽やかで、顔が熱くなり、どうしようもなく動揺してしまう……純粋な『雌』としての好意。
(な、なにこれ……っ。私、こんな感情……!)
鮎がその無自覚な色気に酔いそうになった、まさにその瞬間だった。
――バチィィッ!!
「あがっ!?」
突如、鮎の脇腹にスタンガンのような鋭い痛みが走った。
驚いて視線を向けると、離れた場所で紅茶を飲んでいる桐子の指先から、チロチロと青白い『浄化の神術』の火花が散っているのが見えた。
「あら、ごめんなさい。夜の森は悪い虫が多いから、つい牽制してしまいましたわ。……洋助様には一ミリも当てていないから、安心して続けてちょうだい?」
ニコリと微笑む桐子の目は、完全に据わっていた。
『次にドキッとしたら、その心臓ごと浄化するわよ』という、音なき絶対の脅迫である。
「……恐ろしい女。あれが正妻の余裕のなさというものですわね」
ルージュがヒソヒソと呟くが、その実、彼女もまた洋助の密着指導を見て顔を真っ赤に染め、自身のドレスの裾をギリィッと握り締めていた。
(あああっ! 洋助様のあの逞しい腕! わたくしも背後から包み込まれたいですわぁっ!)
「ああ、助かるよ桐子。……さて、鮎。次はステップだ」
当の洋助は、婚約者の強烈な嫉妬にも、鮎の動揺にも全く気づいていない。彼には一切の下心がないのだ。ただ純粋に、目の前の原石を磨き上げることに全神経を集中させている。
それが、何よりもタチが悪かった。
そこから始まった洋助の指導は、まさに「前衛の天才」と呼ぶにふさわしいものだった。
武術の達人や天才というのは、得てして「感覚」で動いているため、他人に教えるのが絶望的に下手なことが多い。「自分だけが強ければいい」と考える者も裏社会には腐るほどいる。
だが、洋助は違った。
彼は己の技術を言語化し、鮎の身体的な癖や、狂戦士としての闘争本能を否定することなく、それに合わせた最適な身体操作を論理的に、かつ懇切丁寧に叩き込んでいく。
「次は、闇の魔力を乗せてみろ」
基本の体捌きを終え、いよいよ武器を握った鮎に洋助が指示を出す。
鮎が極黒の魔力を全身から立ち昇らせると、桐子の眉が不快げにピクリと動いたが、彼女は神術を放たなかった。私情で「正当な訓練」を邪魔するほど、桐子も愚かではない。
ルージュもまた、腕を組んで真剣な表情でその光景を見つめていた。
「……認めたくはありませんが、あの男、教えることに関しても天才的ですわね。あの力任せの猪娘の動きが、目に見えて洗練されていってますわ」
「当然です。私の洋助様は、完璧な御方ですから」
桐子が誇らしげに胸を張る。そこだけはルージュも完全に同意らしかった。
「ただ魔力で武器をコーティングするんじゃない。武器の重心の移動に合わせて、魔力の『重さ』を先端へと滑らせるんだ。ほら、ここだ!」
「……っ! こう、ですか!」
ブンッ!!
鮎が放った岩融の斬撃が、先ほどまでとは全く違う鋭い風切り音を立てて夜気を切り裂いた。明らかな威力と速度の向上。鮎自身が一番、その劇的な変化に驚いていた。
(すごい……。この人、本当に教える天才だ……っ!)
真剣な眼差しで指導を続ける洋助の横顔を見つめ、鮎は理解した。
裏社会のモテない男たちから、彼が「ヘイトナンバーワン」として忌み嫌われている理由を。
圧倒的な美貌。完璧な技術。それらをひけらかすことのない誠実さ。見返りを求めず、他者のために全力で汗を流せる純粋な心。
こんな下心のない真っ直ぐな好意を向けられて、惹かれない女などいるはずがないのだ。
「いい太刀筋だ、鮎! その感覚を忘れるな。もう一振りだ!」
洋助が太陽のような無邪気な笑顔で褒め称える。
トクンッ。
「あ……っ、はい! がんばりま――」
「あぁんっ、洋助様の笑顔、眩しすぎますわぁ……っ♡」
鮎とルージュが同時に顔を赤らめ、キュンとした瞬間。
バチィィィンッ!!!
「ぎにゃぁぁぁっ!?」
「ひぃんっ!?」
すかさず桐子の『浄化の神術』が、鮎の太ももと、ついでにルージュの足元を正確に撃ち抜いた。
「あらやだ、また大きな羽虫と、鬱陶しい金髪の蛾が。……集中なさい、泥棒猫たち」
「ひぃぃぃっ……! 理不尽ですぅぅっ!」
「わ、わたくしはただ見ていただけですのよぉっ!?」
下心ゼロの天才的な指導に心惹かれては、その度に飛んでくる嫉妬の神術に焼かれる二人。
熱が入りすぎた洋助が時間を忘れ、「よし、もう一連撃いってみよう!」と夜遅くまで指導を続ける中、鮎は武術の向上と引き換えに、心身ともにボロボロになっていくのであった。




